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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

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39 吐息も何もかも

 小温室の外観は大きな鳥籠のようだった。

 すかした雪を盛られた、幾つもの小山の向こう側。

 年の瀬を前の真冬に、奇跡的な快晴が広がっている。


「……すばらしいですね」


 思わず呟く。とたんに肺を満たすつめたい空気。

 にも(かか)わらず青空の(もと)、鳥籠のなかには春が閉じ込められていた。


「失礼。お足元にご注意を」


 騎士が一人、先だって歩いてゆく。

 皇宮を飾る花を栽培するための温室は、係の者が出入りしやすい表の区画にもある。

 ここは皇族や、それに近しい者のための憩いの場。

 ゆえに、さほどの華美は必要とされない。こじんまりとした公園と呼べそうな中庭で、それとなく木立に囲まれている。ほっと一息つける四阿(あずまや)のようでもあった。


 キィィ、と扉が軋む。


 中に入ると目に映るのは、背の高くひょろりとした木に絡みつく南方の蔦植物。段で分けられて並ぶ鉢植え。直接地面に植えられた茂みもありつつ野放図ではない。花は美観を引き立て合うように配置され、そこかしこで咲いている。

 むせかえる緑の気配。今度は花の甘い香りが胸に満ちた。


 板が渡された細い道の向こうには、丸テーブルと椅子が(しつら)えてあった。ご丁寧に長椅子(ベンチ)もある。


 供をしてくれた騎士に、ノエルは「ありがとう。ここまででいいよ。戻ってて」と告げた。

 もの慣れた騎士は「は、殿下」と、あっさり(きびす)を返す。


 ――本当に、いなくなるとも思えない。ただ距離を置いてくれるのだろう。


 パタン、と白木で縁取(ふちど)られた透明な硝子(ガラス)の扉が閉まる。

 ノエルは、ロゼルの手を引いた。皇王そっくりの琥珀色の瞳が伏せられ、いとおしそうに彼女を覗き込む。


一昨日(おととい)ぶり。ロゼ。どう? 考えてくれた?」




   *   *   *




 春めいた陽射しを頬に受け、ロゼルは肩の力を抜いた。緊張の第一段階は終了している。今は第二段階。


「もちろん、考えました。おかしくなりそうなほど考えました」


 らしくない長考だったと苦笑する。

 随分じっくり時間をかけた、お膳立てされたお見合いだった。

 周囲の気遣いはやさしかった。無事に芽吹き、すくすくと伸びて欲しかったのだろう。自分とノエルの間に、恋心を。


(……)

 眉がひそむ。

 つきん、と痛む。

 握った左手が、勝手に胸を押さえた。


 ノエルと過ごせた、限られた時間。

 四年間のうちの僅かな日数――それらは、一昨日の求婚も含めてたしかに特別なものだった。

 それだけは、伝えたかった。


「ずっと……家督を継いで。片腕となり側近として、即位した貴方を支えるのだと思っていました。この手で(えが)きたいと渇望するものを一生、心のうちに追いながら」


「僕も。……きみに、妃としてずっと支えてもらえたらと願ってる。生涯変わらずに」


「こういう時の貴方は、本当に真っ直ぐだ」


 ぽろり、と敬語が抜け落ちる。

 ノエルは、それは甘やかな微笑で受けとった。


「寄り道も回り道も、必要ないと思ってるからね」


 すがめられた瞳は、この上なくやさしい。

 ロゼルは、反射で少しだけもう一人の求婚者を思い出した。



 ――かれは、違う。

 こんなにやさしい目をしない。のほほんと、ふだんは穏やかなくせに、内側はとても狂おしい。

 突拍子もなく求めてくるのだ。

 おかげでこっちはもう、どうしたらいいのかわからないほど追い詰められた。追いかけてるのだと思ってたのに。

 年齢差も身分差も、()()()()()()()あってないようなものだった。

(私には充分遠いのに。まだまだ、全然遠いのに)


 けぶる空色のドレスに視線を落とす。



 ノエルは、そっと嘆息をこぼした。

 エスコートした手と、腰に当てた手でロゼルを引き寄せる。


「残念。私では、だめだった?」


「……どうして……こんなときまで、優しいんですか」


 まだ『だめ』とも、『いい』とも言っていない。なのにノエル(このひと)は答えを先回りしてしまうのだ。


 冬の光を弾く銀の髪。整った顔がゆっくりと近づいて、頬の横を素通りした。

 耳許で、染み入るように「好きだから、かな」とささやかれ、感情がごちゃ混ぜになる。目の前が白くなるほど、くらくらした。



 乙女みたいに震える吐息で、必死にこぼす「ごめんなさい」は、すべてを言いきれなかった。


 抱き寄せられた、皇子の胸に。

 力強い腕のなかに、吸いとられたから。



 ――――ちょっとだけ、泣いたと思う。



 水色の空。

 晴れてるのに、硝子窓の外側ではまた、ひらひらと雪片が舞い降りていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] もうっ…………!!! めっっっちゃ良かったです!!!!! ラスト泣きました。 ロゼちゃん、やっぱり女の子ですね~ そして、ノエルはどこまでも優しいジェントルマン。 私なら、「狂おしい」激し…
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