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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

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38 謁見

 翌朝、ロゼルはミシェルに伴われて皇宮を訪れた。皇妃のお気に入りの画伯夫人とその()は、数多(あまた)の女官に付き従われて、恭しく奥宮(おうきゅう)へと渡る。先頭は皇王の侍従。


 ほんのり青みがかった石を幾何学模様に嵌め込んだ壁。リコリスの花が白から薄紅へと色を変えるように生けられた、大きな花器。


 それらを深緑の瞳に映して令嬢は歩く。

 隣をゆくミシェルは落ち着いた臙膩(えんじ)色のドレス。奇はてらわない基本的なデザインのそれは、慎ましやかで華やかな貴婦人そのもの。

 対するロゼルは花曇りの空色。澄んだ水色にわずかな灰色とラベンダーを垂らしたような、けぶる色合いは――


 ちら、と娘の装いを見つめたミシェルは閉じた扇子を口許に当てた。

(自分で選んだのよね、この衣装)


 似合ってはいる。盛装で、との条件も満たしていた。が、あえての色使いなのだと邸を発つ際、はっきりと告げられた。


「ねぇロゼル」


「はい? 母上」


 切ってしまった髪をうなじで束ね、付け毛で作った幾筋もの三つ編みでドレスに見合うボリュームにしている。

 目線は、ほぼ同じ。大きくなったな……と、改めて目を細める。

 まるで、まぶしいものを見るように。


「今日の謁見は正式なもの。お話をいただいたときから組み込まれた日程(スケジュール)だけれど、貴女の気持ちはそのままで」


「は」


 ――それは『はい』か。或いは『は?』か。


 前者だな、とミシェルは笑んだ。広げた扇で口許を隠し、ふわりと顔を寄せる。「好きなように、おやりなさい」


 耳許でささやかれた小爆弾に、ロゼルはくすくすと笑った。今度はしっかり「はい」と答える。どこからどう見ても甘やかな、見目麗しい母娘(おやこ)だった。



 カツン、と一際高く、案内の侍従の踵が鳴った。


「キーラ画伯家ミシェル夫人、ならびに第三息女ロゼル嬢をお連れしました。陛下、ならびに妃殿下にお取り次ぎを」


 身の丈よりはるか上。天井まで届きそうな大扉は既にひらかれている。

 控えていた別の侍従に案内されるまま室内へ。

 ロゼルは生まれて初めて、謁見の間へと立ち入った。




   *   *   *




「ようこそ、夫人。それにロゼル嬢。顔を上げて」


 直接の許し。

 皇王マルセルの柔らかな声に誘われ、ロゼルは伏せていた(おもて)を上げた。


 広々とした空間。厳かな佇まいの部屋だった。天井は高く、左手の壁一面が硝子(ガラス)窓。

 あまりじろじろ見るわけにいかないが、壁に施された彫刻柱から伸びる蔦の意匠がドーム状の天井で組合わさり、絵画的なステンドグラスを気ままに飾っていた。


(どうしよう。見たい)

 思わず本能のままに凝視したくなるが、ぐっと堪える。

 今はだめ。何しろすべてが記録に残る正式な場なのだ。


 残念ながら努力の甲斐なく、ロゼルの揺るがぬ持病は軽々と周囲に伝播(でんぱ)した。ともすれば堅くなりがちな場の空気が、ふいにほどけて和らぐ。

 皇王の隣に掛ける皇妃は、楽しげな笑い声を響かせた。


 朗らかで、花のよう。

 『嫁して子を四人成しても、なお色褪せぬ』と、評判の美貌と気質の持ち主だ。皇王の気配とはまた異なる、うつくしさの中に凛と通った意思を感じさせる女性だった。


 結い上げられた金糸の髪。紅の瞳。


 おそろしいほど整った容貌がにこり、と微笑む。まなざしは親友と言って差し支えないミシェルに。次いで初対面のロゼルに向けられた。


「いらっしゃいロゼル嬢。お会いできて嬉しいわ」


「勿体ない仰せにございます、皇妃様」


 匂いやかな、若々しい令嬢姿の()()()()()少女。

 意外にも涼やかな、きっぱりとした(いら)えに皇妃――雪花(ゆきはな)はいっそう笑みを深めた。「話に聞いた通りの子ね」と、どこかわくわくしている。


 いたずらな視線を投げ掛けられ、ミシェルも小声で答える。

 これくらいなら、記録には残さないでしょう? と言いたげに。


「ふふっ、親でも一筋縄では参りませんわ」


「まぁまぁ、我が国の誇る美女の語らいはあとにして。……ノエル?」


「は、陛下」


 壇上の父から話しかけられたノエルは、皇王譲りの柔和な声音で応じた。


「外はこの通り雪だが、幸い晴れている。中庭の小温室でも見ておいで。ロゼル嬢が望むなら、薔薇を好きなだけ差し上げるといい」


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