表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/41

36 求婚の舞台裏(前)

 ――徒歩で雪のなかを歩む少年。


 もとい、ロゼルが邸に戻ると暖かな空気と、どことなく達成感を漂わせた侍女らに囲まれた。雪のついたコートをそのうちの一人に手渡し、怪訝そうに問う。


「? 何かあった? 皆、すごく嬉しそうだ」


「嬉しい……ことは、ございませんわ。奥様のご指示のおかげで、ほんの少し溜飲を下げられただけですの」


「へぇ」


 (ミシェル)が関与するなら、これ以上立ち入るべきではない。経験上、ロゼルはすみやかに思考を切り替えた。

 チャリ、と胸元の懐中時計を探り、確認する。午後五時すぎ。夕食にはまだ早い。


(なら、今日のエウルナリアでも描こうか――あの子を描きながらなら、“あのひと”とも普通に話せるかもしれない)

 内心の動悸はとことん無視して、自然さを装い彼女らに視線を流した。


「先生はいる? 夕食まで部屋で絵を描くから、よかったら来てと伝えて」


「……畏まりました」


 ぴく、と片眉を上げて返事をしたのは、ミシェルの腹心の侍女。

 ははぁん、と勘が働いた。どうやら、よほど彼女らの神経を逆撫でることをしでかしたらしい。


 ふ、と口の端を上げる。


「まぁ、そう怒らないでやって。何をやったか知らないけど。貴女がたの手にかかっては、先生もたじたじだったでしょう」


「えぇ。私どもの気は晴れましたわ。あとは、お嬢様のお好きなようになさってくださいませ」


「? わかった」


 ぽんぽん、と膝下の雪の名残を払う。「お茶はいらない。お隣でたくさんいただいたから」と言い置き、やわらかな笑みを残してロゼルは階段に向かった。




   *   *   *




 ……なるほど、溜飲。

 「お戻りなさいませ、ロゼル様」の挨拶とともに入室した師を見て、ロゼルは目を瞬いた。


 ない。

 綺麗さっぱり、ない。


「ないね……」


「えぇ。なくなりました。一思いにどうぞ、と侍女頭の方にお願いしたら、こうなりまして」


「あのひと、苛烈だからね。私の乳母でもある。まぁ――おいでよ。そこ、冷えるでしょ」


「ありがとうございます」


 なんとも情けない顔をした青年が、後ろ手に扉を閉める。ゆっくりと暖炉の前でイーゼルの画布(キャンパス)と向かい合っていたロゼルの元へと歩んできた。


 カタン。


 パレットと筆を、座っていた椅子に置く。

 立ち上がったロゼルは傍らの教師を仰ぎ見た。手を伸ばす。――とても、とても短くなった髪に。


 さらりと指先を滑る前髪。長さを残してもらえたのはここだけだった。イデアは何となく嬉しそうな、くすぐったそうな顔で愛弟子を見つめている。


 次いで、左耳の下。切りたての髪は毛先が綺麗。自分も今朝、切ったのでわかる。……物足りない。


「後ろ、触っていい?」


「どうぞ」


 触れやすいように、との配慮か、イデアは前傾姿勢で目を閉じた。眼鏡の奥で灰茶色(アッシュブラウン)の睫毛がまっすぐ、床を向く。下ろされたそれと左頬にあかあかと暖炉の明かりを受け、時が止まったようだった。


 そっ……と、うなじに触れる。

 首もとを覆うセーターだから、素肌に掠ったわけじゃないのに、イデアはぴくりと反応した。無視する。


 二、三度毛先を指で触り、ロゼルは身を離した。離したつもりだった。


「! ……先生? 何してるの」


「いえ、目の前に貴女がいるとどうしても」


「堪え性のない大人だね!?」


「はい。その通りです」


「~~ッ、居直ればいいってもんじゃない。だめだって! 離し」

「――――申し訳ありません、ロゼル様」


(?)

 腕の力は弱まらない。みずからを抱きとめるイデアの手は楽に背を回り、腰と左肩に当てられている。右肩に温もりを感じた。深い謝意と悔恨に満ちた吐息と囁きは、肩から漏れた。


「せん、せ……」


「私は、貴女がどんな姿でも好きなので。今朝も、その……また一段と凛々しくなられたな、と。道を踏み外す者が大勢出るのではと危ぶみまして」


「こんな(なり)で道を誤るのは、先生くらいだよ。しっかりしなよ……」


 もぞ、と身じろぎするが抜け出せない。

 仕方なく、困ったあげくイデアの背に両手を当てた。すると、余計に変な感じに抱きしめられてしまう。


(!)

 いけない。

 今度こそ、きちんと話したいと思ってたのに。


 妙な、胸騒ぎに似た落ち着かなさを抱えかねて、ロゼルはかれの耳許で言葉にならない懇願をこぼした。


「だっ……! ちょ、やめ……、待って。頼むから」


 ――ひとの、話を聞け。


 願いは通じたのか。一片なりとも理性は残ってくれていたのか。くるしげな表情で、イデアは事の顛末を。ロゼルがバード邸に出掛けていた間のことを話し始めた。



「……夫人にお願い申し上げる前に、想いが(せき)を切るのを止められなかったのは、僕の至らぬ点でした。いくら、焦っていたからと」


「何? 母になんと言われたの。わかるように教えなよ、先生」


 教え子の。

 想う相手の叱咤は効果絶大なようで、イデアは苦笑まじりに顔をあげた。

 至近距離にもほどがあるイデアの水色の瞳を覗き込む。視線が絡む。



 ――――

 続く、言葉に。

 打ち明けられた求婚の舞台裏に、ロゼルは不覚にも息を飲んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あああ。 いいですね♪ 出来れば、凛々しくなったであろう新生イデア・リース先生の挿絵を見たかったですね〜 ロゼちゃんがやっぱり年相応の女の子だなぁと。 「求婚の舞台裏」が気になりますね! …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ