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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

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35 キーラ家の女傑たち

「あのね、リースさん。私も女親よ。気の利かないことは言いたくないし、何よりあの子の幸せを願ってるわ。でも」


 貴婦人の足下に(ひざまず)く騎士のように、(こうべ)を垂れている。

 イデアは顔を伏せたまま、ぴくりと身じろいだ。


 逆接で締めくくられた。

 つらつらと滑らかに紡がれる苦言。長い睫毛にけぶる蜂蜜色の瞳は、斜め下へと流されている。

 キーラ画伯家当主の妻ミシェルは、肩からずり落ちていた大判のショールを大儀そうに戻した。


 サロンにまだ来客の姿はない。予定されるご婦人がたの茶会には早い時刻。

 空隙を突くようにイデアは雇い主の奥方のもとに訪れていた。



『ロゼル様と結婚させていただけませんか』


 開口一番、この上ない直接的(どストレート)な言葉だった。現状、呆れたまなざしをたっぷり注がれているが無理はない。


 ミシェルは至極呆れていた。内心大絶叫だった。

(甘い……、甘い甘い甘い! どいつもこいつも詰めが甘い。歯が浮いちゃうわ!)

 レガートの社交界を牽引する女性としての自負。それを総動員して、かろうじてうっすらと微笑むまでは。



「……顔を上げてくださいな、リースさん」




   *   *   *




 ミシェルが昼日中のキーラ家で寛ぐのは珍しい。ここ数日の豪雪でも国立劇場は催しごとで目白押しだったし、彼女は美術監督として一日の大半をあちらで過ごしている。

 でなければ、皇妃に呼ばれて皇宮へ。一昨日も『相談があるのよ』と、招かれたばかりだった。


 他ならぬ昨日、皇族の私的空間である奥宮から貴婦人達の影を取っ払ったのはミシェルだ。

 何のことはない。皇妃主宰の観劇会を、劇場の皇族主賓席(ロイヤルボックス)を貸しきって催しただけ。

 ――それだけで、主だった面子やお付きの高位女官は集められる。

 それもこれも、すべて。


「聞いていらっしゃらない? ロゼルには求婚者がいるわ。あちらの熱意がすごくて、断るに断れないの。当人同士も知らぬ仲じゃないし。年のころもぴったりなの」


「聞きました。しかし、()()()()()()()()()()()?」


 イデアは真っ直ぐに眼鏡の奥から夫人を見上げた。

 ミシェルも。

 今度は真っ直ぐ視線を落とす。

 品のよい、肌馴染みのよい薄紅(うすべに)の口紅をかさねた唇は、苦笑の形をとってもなお艶かしい。


「……本当に、言葉を取り繕わないのね。貴方」


「勿体ないお言葉です」


「褒めてないわ」


「よく言われます」


「でしょうね。まぁいいわ。主人はこれを?」


 幾分、疲れた表情で夫人は尋ねた。

 イデアは実に良い笑顔を返す。


「今思うと、ことあるごとに焚き付けて来られたのはあの方ではないかと思いますが。明言は一度も」


「そう」


 わかったわ――下がって、と言おうとした途端、何かに目を留めた。「?」と、イデアも訝しげに首を傾げる。


「……夫人。なにか?」


「えぇ、あったわ。大事なこと。退出の前にちょっと待ってね、リースさん」


 ミシェルはおもむろに姿勢を正すと、ぱんぱん! と両手を打ち鳴らした。たちまち続きの間の扉がひらく。控えていた侍女らがぞろぞろと入室した。

 ぴしりと横一列に並ぶ。五名。

 みな、ミシェルの腹心とも呼べる、ある意味の(ごう)の者だった。


「お呼びでしょうか、奥様」


「えぇ。あなたたち。今朝の顛末は聞いてるわね?」


「もちろんです。奥様」


 ぎらり、と鋭い眼光。

 代表その他四名の侍女が、未だ跪くイデアを穿つように目線で射抜いた。

 ――何だろう。とてもいやな予感がする。


「あの……?」


 立って逃げ出したい衝動に駆られつつ、受け止めなければならない気もした。そんな男に、ミシェルは実に優雅な微笑みを見せた。

 ただし、目は笑っていない。


「ふふっ。『心当たりがない』とは言わせないわ。さ、あなたがた。スパッとやっちゃって」


「畏まりました」


「……えっ」


 以降、すばらしい連携が繰り広げられた。

 瞬く間に移動した彼女らにより、両側から腕をとられると無理矢理立たされる。そのまま後ろ向きに隣室へと連行されかけた。

 思いがけない力強さに()()()を踏み、あわや転びかける。

(いや、自分は成人男性のはずなんですが……!??)

 訴えは声にならず、喉の奥でかき消えてしまった。


 下手なことは口走れない。妙な威圧感が周囲から放たれている。

 無駄なあがきかも知れないが、イデアは必死にミシェルに訴えた。


「ふ、夫人!? 彼女らは何をっ??」


「あらいやだ。『何』と仰ったの、リース()()? そっくりそのままお返しするわ。一体『何』をどうしたら、ただでさえ凛々しいうちの三女が、より長男っぽくなっちゃうのかしら。この大事なときに。

 言わなくても結構よ。甘んじなさい。さ、連れていって」


「お任せを」


 年嵩の侍女がにっこりと笑う。

 ――――やばい。


 心当たりがありすぎる。

 さぁ……っと青ざめるのが自分でもわかった。潔く抵抗をやめて諸手をあげる。降参の意を込め、天を仰いだあと目を伏せた。


「……わかりました。如何様(いかよう)にも従います。どうぞ、煮るなり焼くなり好きになさってください」


「良い心がけですこと」


 ふふっと笑む若い侍女に褒め(?)られ、銀縁眼鏡の青年はあえなく、賑やかな彼女らとともに扉の向こう側へと消えた。



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