表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/41

33 語らい(前)

 玄関でノッカーを打ち鳴らしたロゼルは、左手に伸びる長い通路を歩き、離れの棟まで案内された。


 いわゆる本邸がバード楽士伯家の生活空間なら、離れは音楽空間だった。

 防音壁が施された三階建てで、一階は小ホール会場やサロン。二階は各種楽器室。三階は図書室になっている。

 なんでも天候を気にせずに通いたいからと、何代目かの当主が強引に二つの棟を繋げてしまったらしい。

 

 やがて辿り着いたサロンでは、幼馴染みの少女がわくわくとロゼルを待ち受けていた。




   *   *   *




 しゅんしゅん、と湯の沸く音がする。


 淹れられた紅茶の水色と香りを楽しんだあと、ゆっくりと一口含む。同時に左右に視線を滑らせた。

 左の扉にはエウルナリアの従者レイン。

 右の窓辺では、赤毛の少年が長椅子で半ば寝そべるように寛いでいる。

(そういえば、()()()()に挨拶がまだだったな)

 唐突に思い出したロゼルは、ちょっとばかり投げやりに、まずは右側へ声をかけた。


「来てたの? グラン」


「来てたんだよ。ロゼル」


 短い応酬。赤い髪。暗めの紺色の瞳。

 きつめの容貌が整っている少年――グランは友人の一人。そしてエウルナリアの()()()()()()()()()()


(……酷なことをするよな。アルムおじ様も)


 頬杖をつき、遠慮なく見つめているとグランは居心地悪そうに身じろいだ。

 背(もた)れのクッションをごそごそと胸の前で抱え直し、「何だよ」と睨んできたので微笑み返す。


「何でも……と、言いたいところだが。折角のエルゥとの逢瀬に残念だなと思って」


「はいはい。乙女の語らいに口出しなんかしねぇよ。邪魔はしない。どうぞ?」



「あぁもう、二人とも!」


 ぺしぺし、と丸テーブルを叩いてエウルナリアが声をあげた。


「仲が良すぎるのも考えものよね? ロゼル。それより……髪、切っちゃったの? ずいぶん思いきったね。いつ?」


 サロンのちいさな主は、こういうときの手腕に長ける。負うべき責任、握るべき主導権はきっちり押さえるしっかり者だ。

 ロゼルは頬杖をついたまま、目線のみで彼女を流し見た。


「今朝、急に。でも、短いと短いなりに鬱陶しいよね。下を向いたら落ちて来るから特に邪魔。今度からはもう少し長さを残そうかな。似合わない?」


「……また、切るつもりなんだ……、ううん。似合ってるわ。その……、ドキドキするよね。ちょっと大人びたっていうか。格好いいと思う」


 憧れちゃうな、とにっこりするエウルナリアには、こちらこそ目を奪われる。

 ロゼルは正面から向き直り、遠慮なくまじまじと眺めた。


 雪花石膏(アラバスタ)の如き肌。ゆるやかに波打つ黒い髪。深青の瞳。造作においては言わずもがな。素晴らしくうつくしい少女に育った。

 育てたわけではないが、会うたびに絵に写し取ってきた彼女はこれからも、目をみはるほどうつくしく羽化するだろう。

 それを、つぶさに。


「……描きたい……。うっかりした。私としたことが、なんでスケッチブックを忘れてきたんだ」


「ロゼルの『うっかり』は、かなり珍しいよね。何かあった?」


「なくはない」


「あるのね。さ、お話して?」


「話してもいいけどさ」


 ちら、とまなざしを左右に送る。

 グランはすでに、うつらうつらと眠りそうだがレインはしゃん、と立っていた。使用人らしく無言だが、やたらと姿形が美々しい。存在自体がうるさい。というか、立ち入ったことは聞かれたくない。


 ロゼルは声をひそめた。


「……こいつら、置いて行ってもいいのなら。バード邸の冬の庭は雪がいっぱいで綺麗だし、案内してよ。話すならきみと二人がいい」


「まぁ」


 青い目を丸くした少女が、ころころと笑い出した。「喜んで」と付け加える。

 立ち上がり、おもむろに従者に言い添えた。


「ごめんねレイン。私のコート、持ってきてくれる? ロゼルと散策してくる。あ、グランには何か掛けてあげて。窓辺は冷えるわ」


「畏まりました」


 落ち着いた微笑をたたえて頷き、すっ、と通路に姿を消すレイン。

 優秀な側付きらしく、空色に白い毛皮の縁取りがなされたふかふかのコートを手に、サロンに戻ったのはすぐだった。


「さ、行きましょうかロゼル」


 にこにこと笑むエウルナリアに目を細め、自身も控えていたらしいメイドから、預けておいたコートを着せてもらう。


「うん。……では。お手をどうぞ、姫君?」


 ことさらに甘く、令息らしく。

 小首を傾げたロゼルはエスコートのため、やさしく右手を差し伸べた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ