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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

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32/41

31 惑う姫君※

(まて。待って、ちょっと待て……!!)


 唇を塞がれるのは初めてで、これが口づけなんだということはわかる。わかるが。


 ぷはっ、と辛うじて身をひねり、腕のなかから抜け出すとまた抱きすくめられそうになる。

 ロゼルは慌てた。


「なんで……、何で私なんだ!? おかしいだろ!」


「いえ、ちっとも」


 銀縁眼鏡の奥のまなざしは真剣そのもの。申し訳ないが少し怖い。

 あっという間に両手首を片手で捕まれてしまった。「失礼」の断り文句と同時に腰を引き寄せられ、膝の上に乗せられてしまう。


挿絵(By みてみん)


 唖然として、一言。


「本当に、失礼だ……昔から。リース先生は私を何だと」

「お慕いしています」


「…………は?」


 イデアの膝越しなので馬車の振動が伝わらない。けれど、乗り心地云々以前に気恥ずかしさで爆発しそうだった。

 すでに許容範囲を越えている。この上、なんの告白か。


「ずっと、お慕いしていました。女性として」


「嘘、だろ……私はまだ子どもだぞ? 十四だ」


「嘘じゃない。たしかに貴女は未成年だが、もう我慢の限界です。第一、ノエル皇子から求婚されたじゃありませんか」


「――ッ、こら! 先生っ……やめ……!?」


 捕まれた手首の内側や手のひら、あらゆるところに口づけられている。とても切ない表情で。まるで、ものすごく大切なひとへの贖罪か何かのように。

 

 不覚にも、ぞくり、と身震いした。

 目が合う。流した水色の視線に容易く絡めとられる。

 近づく、穏やかな年長者の顔。そのくせ切羽詰まった瞳の光にほだされる。


(……なん、なんだ。これ……?)

 自分の体じゃないみたいに、固くて広い胸に。意外と力強い腕に抱きすくめられて、うまく拒否できない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 溶けるような二度めの口づけもやっぱり、やたらと有無を言わさず、優しかった。


 ただ。


「せん、せ……」


「『イデア』と呼んでいただけませんか。

 かれではない、僕を夫に選んでください。きっと、今以上にイヴァン様の片腕として働けるよう頑張りますから。……やがて当主となる貴女のためにも」


「!」


 じわり、と疼く胸の痛みがある。

 どうしよう。

 今、自分はとてつもなく「女」なんだと思う。そのことに。



 ――――戸惑う。

 痛みは、あれだけの想いを打ち明けてくれた皇子によって生まれたもの。

 不可解なほど、脳内が痺れるような喜びはイデアによって。


 言葉一つ。体で触れあうこと一つで、こうも何かを刻みつけられるのかと、また震える。


 年若い乙女でしかない膝の上のロゼルに、イデアは猛烈に甘く容赦なかった。

 頬に。額にと軽く口づけの雨を降らせて囁きかける。もちろん抱いたまま。


「僕自身からも、ご両親にお伺いを立てます。どうかご検討ください。――と、言いますか」


 ふわり、と耳から直接流し込むように告げられた。


「僕なしで、いられますか? 貴女でなければだめなんです。貴女が大人になるまで、きちんと待ちますから」


「!」


 何を待つと言うのか。

 いや、すでに色々と待ったなしだろう……?


 と。

 抗議の言葉は上向けられた(おとがい)に落とされた唇や人差し指に、あっけなく封じられた。


 両手の拘束はもう、とっくに解かれていた。




   *   *   *




「どう、しようか……」


 天蓋(てんがい)を見上げ、寝台に寝そべりながらロゼルはぼうっとした。右手を天井に向けて伸ばしては裏返し、細部までまじまじと眺める。

 こんなところからも、性別は偽れない。薄い手のひらだ。剣を握ったこともない。指も細い。

 「意図的に」触れられたからこそわかる。男性の手ではない。



 あれから記憶が飛んでいる。

 気がつくと夕食やら入浴やらを済ませ、自室でこの状態だった。イデアは、邸のなかでは普通だった。馬車を降りた瞬間から。


 一連の出来事は幻だったのかと、首を(ひね)りたくなる。それでも。


「夢……じゃないんだよな。わからない。本当に、何で私なんだ……二人とも」


 掲げていた手を戻し、唇に触れると妙に生々しくて。

(だめだ。寝よう)


 ロゼルはうつ伏せになり、素早く寝具にくるまると潔く目を閉じた。明日はバード邸に招かれている。久しぶりに大好きな幼馴染み(エルゥ)に会える。


(エルゥなら……どうするんだろう。こんなとき)


 ぽやぽやと、温もると同時に忍び寄る眠気。

 胸に芽生えた、名付けようのないあらゆる感情にひとまずの安息を。居場所を与えたくて。


 くたくただったロゼルは、そのまますとん、と惑う意識を手放した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] し〜お〜の〜ね〜 さん〜〜〜!! いっやあ、怒涛でしたね(赤面) 殿下もやるなら、イデア先生もやる気満々! ロゼちゃん、どんなに利発で男装で振る舞ってても、やっぱりまだ十四歳の女の子よ…
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