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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

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30/41

29 忘れないで

 頬に触れる温もり。今までにない至近距離の直接接触。

 ロゼルは、ひたすら驚いた。


(……え?)

 やさしく。逃れがたい拘束感で自分を抱き留める四つ年上の第一皇子を、信じがたい思いで見つめる。


 将来の主君として慕わしく、生涯を通して誠実に仕え、支えたいと――キーラ家の跡取りとしてずっと考えていた。それを、根底からがらがらと覆される。


「……本気ですか」


「もちろん」


「あの。私は家督を継ぐつもりなんですが」


「その点は、父からイヴァンに頼み込んでもらってる。きみが絵を心底好きなのは知ってる。でも、それは皇宮(ここ)でも続けられる。芸術の都(レガート)で、絵画に秀でた皇妃なら尚いい。そう思わない?」


「……」


 とっさには反論できず、ロゼルはゆるゆると目線を降ろした。


(どうしよう)

 ノエルはまだ離してくれない。記憶するより大きな手とがっちりした腕の感触に、否応もなく性差を思い知らされる。

 ()()()()()()()()()()と。


(――……っ……!)


 今さらのように耳が熱くなった。

 やばい。色々とやばい。この場面での自覚は非常によろしくない。


 少女の劇的な変化に、赤くなった耳を見下ろしたノエルは意外そうに目をみひらいた。


「あの、殿下」


「なに」


「私は……女扱いされるのに慣れていない。とりあえず離れましょう。離してください」


「なぜ?」


 きょとん、と。

 とても不思議そうな皇子の声音に、逆にロゼルが戸惑う。頬をうっすら染めたまま整った顔を睨みあげ、できるだけ抑えた声量で訴えた。


「ご存知ないんですか? 私は、ここでは男だと認知されてる。女官にも。ご弟妹にも」


「そうだね」


「男と『こんなこと』するって、噂になったらどうするんです。……その、見られたら」


「いいね。誰か、スルッと通りがからないかな。とびきりお喋りな女官とか。国外まで一気に広めてもらわないと」


「……!! 殿下! お戯れも大概、に……ッ?!」

「戯れじゃない」


 妙にきっぱりと言い切ったノエルが、すぅっと身を離した。

 よかった、一安心――と思いきや、近くの扉をカチャリ、と開けられる。滑り込むように中へと押し込まれた。


(?!)

 声は出せなかった。

 カーテンがぴっちり閉まっているので薄暗い。きょろきょろと見渡すと、さほど広くない小部屋だと知れる。


「ここ、は……」


 思い出した。

 ここは、ノエルに謁見を望むものが通される控えの間だ。だから応接間の(てい)でもない。言うなれば待ち合い室。落ち着いた花模様のソファーと大理石のローテーブルのみが中央にしつらえてある。


 カーテンを開ければ、深い紅色の絨毯があざやかに部屋を彩るはず。ここを特別な空間と演出するのには、それで充分だった。あとは品のよい絵皿や静物画が数点、壁際に飾られている。


 そこで、はたと気づいた。

 まだ手を握られている。



「? ……殿下?」


「『殿下』はやめて。座ろうか。冗談抜きで、あの男のいない場所で話したかったんだ」


 手を引いて促されるまま、すとんとソファーに腰を落とす。その無防備さに苦笑しつつ、ノエルも並んで腰かけた。

 なんとなく、逃げられたくなくて手は握ったまま。みずからの膝の上に置き、さらにもう片方の手で包み込む。

 ロゼルは上目遣いで、ひっそりと問いかけた。


「……かれが、殿下に何かしましたか?」


「次に『殿下』呼びしたら、押し倒して口づけるね」


「すみませんノエル」


「……」


 色気もなく真顔で謝罪するロゼルに、何とも言いがたい笑顔になるノエル。

 まぁ、しょうがないか――と、吐息して続けた。時間は限られている。()()()()()()


「リース氏のことは置いといて……結論から言おうか。父と約束した。正々堂々ときみに求婚することは認められてる。代わりに、きみが私を選ばなければ諦める。無理強いはしない」


「無理強い、ですか」


 そのわりには、先ほど脅されたような……と、渋い顔になるロゼル。


 くすっと笑ったノエルは、右手を彼女の手のひらから離し、ソファーの背凭れに掛けた。ちょうど、彼女の背に手を回すように。


 ぴくり、とロゼルが反応する。――警戒された。

 引きそうになる身体を、手を。みずからの膝の上に縫い止めた左手で押さえる。少年に見えても柔らかい、瑞々しい少女の手だった。


 なんとなく、指に指を絡める。

 想像以上に繊細な感触をうっとりと味わった。


「…………お返事、は」


「あとでいい。今聞いて、今答えられるものでもないでしょう?」


「……はい。あの、で……じゃない、ノエル。離してもらえませんか。お願いですから」


「いいよ」


 膝の上の手をどかす。

 ほっとした気配が伝わり、自由になった彼女の左手はあっという間に去っていった。

 けれど。


「??! ぅわっ! の……ノエルっ!」


 背に回した右腕で、強引に彼女を引き寄せた。

 つよく。固く抱きしめて耳許でささやく。


「忘れないで。きみが好きだ。諦めることになったとしても。……本当は無理矢理にでも。誰にも渡したくなんかない」



 ――――ちっとも引っ掛からず、『殿下』と呼んではくれなかった。その賢さと冷静さが、今はちょっと憎らしい。


(残念。口づけられなかったな)


 ぎりぎりで、あと一歩。

 ほんの少しの身じろぎで触れられる温かな場所に、踏み込んで自分を刻みつけられない。己れの紳士さ加減にどうしようもなく呆れ、肩を落とす。


 ノエルは嘆息とともに力を抜き、ことん、と彼女の首筋に額を当てた。


 森のような。

 澄んだ木立と工房(アトリエ)の匂い。外の雪の香りがした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 美味しい! 美味しい!! 美味し過ぎますっ‼︎‼︎‼︎ 展開も描写も完璧!じゃないですかっ…? 今話の完成度、特に高いと思いました。 モロ香月好みの物語一直線!です。 更新楽しみにして…
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