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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

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28/41

27 二年越しの求婚者

 その日の午後。

 二人が昼食を終えて再びイデアの部屋に戻ると、さほど間を置かずに扉が叩かれた。

 画布(キャンパス)と向かい合っていたイデアはぴくり、と反応する。


「はい。どうぞ?」


 パレットで絵の具を混ぜつつ、視線をあげずに答えると、おそるおそる扉がひらかれた。


 ――まだ若い。

 (くるぶし)まで至らない、丈短い膝下のお仕着せから察するに、侍女見習いの少女だ。腕にさほど大きくはない木箱を抱えている。


「制作中、大変申し訳ありませんリース様。お嬢様にお届け物なのですが……こちらで?」


「えぇ。――ロゼル様? 僕が代わりに受け取っても?」


「頼む」


 とっくにみずからの絵に集中し、真顔で筆を滑らせる焦げ茶の髪の少女はただ一言、表情のない声で告げた。


 令息姿の生徒の変わらぬマイペースさに目許を和らげ、イデアは一つ息をつくと立ち上がる。

 扉まで近づくと、廊下の冷気がひやり、と漂った。


 少女に向けて手を差し出すが、なぜかいっこうに渡される気配がない。「?」と、首をひねる。


「あの……? 失礼。お渡しいただけますか」


 侍女見習いの少女も、赤みがかった茶色の髪を揺らしてわずかに小首を傾げた。非常に申し訳なさそうな上目遣いだ。

 十二、三歳ほどだろうか。少し気弱そうだが、やや声を抑えてしっかりと話し始める。


「――お許しを。じつは皇宮からお嬢様へ直接のお届け物なのです。お運びくださったのは皇族専任侍従の方で、必ずご本人にお渡しするようにと。

 ただいま階下(した)でお待ちです。こちらにお嬢様直筆でサインを、とのことでしたので」


「ははぁ、わかりました。ロゼ……」

「聞こえてた。貸して」


「はい」


 いつの間にかペンを持参したロゼルが傍らに立ち、箱に添えられた用紙にさらさらと記名していた。

 イデアは何となく、ぼぅっとその様を眺める。


 (こうして()()()少女と並ぶと――確かに。傍目には、理知的でうるわしい貴族の少年にしか見えないのかもな)


 侍女見習いの少女は明らかに頬を上気させ、うっとりとしていた。イデアはこっそりと微妙な表情になる。


 ――ここの古株の使用人達は、なぜ新しく入ったものに未来の当主の性別を教えてやらないのか。


 同情のまなざしで、イデアは去り際の彼女に「ご苦労様」と優しくねぎらった。




   *   *   *




 廊下をしずしすと去る小さな背を見送り、ぱたん、と扉を閉める。ふと教え子と目が合った。

 ロゼルは右手で箱を持ちあげ、厄介そうに深緑の瞳をすがめている。


「――悪い、先生。今ここで()()を確認していいかな。差し出しが皇王陛下なんだ。特に何かを贈っていただく心当たりはないんだが。

 不在の父宛ならともかく、非公式でも簡単なやり方――皇妃様から母を経由するやり方じゃないのがわからない。

 ひょっとしたら、『キーラ家』として正式に受け取るべき、急ぎの案件かもしれないから」


「え!? あぁ……そうですよね。ではこちらへ」


 素早く画材置き場と化していたテーブルの上を整理し、場所を空ける。

 「あぁ」と軽く応じたロゼルは、そこに真新しい白木の箱を置いた。


 そぅっ……と蓋を開けると、中には青い絹布(けんぷ)に包まれた()()が収まっている。銀の縁飾りが施された真っ白なメッセージカードが添えられていた。


 ――白、銀、青。

 レガートの皇族をあらわす貴色に、ごくり、とイデアの喉が鳴る。

 ひらいたカードの端に押されているのは、間違いなく皇王御璽(ぎょじ)。ロゼルはそれを気負いなく手に取った。一拍後、盛大に顔をしかめる。


「…………ばっっっかじゃないの。陛下」


「ばッ……??! いや、ロゼル様! 陛下ですよ陛下! 今上マルセル陛下からの直筆……!」


「だってほら。見てみなよ。宛先、ぜったい間違ってる。あー阿呆らしい」


 ふい、と目を据わらせたロゼルは文字通りカードを放り出し、すたすたと絵の場所まで戻ってしまった。

 そのまま椅子に腰掛け、無言で先ほどの続きを描き始める。

 ――――何かこう、ひしひしと伝わる圧が凄い。気迫の密度が段違いに濃くなった。


「あの……?」

「読みたきゃ読めば。包みも開けて構わない。私はいい。見なくてもわかる」


「あ、はい」


 そんなに――? と、裏向きに落ちてしまったカードを拾い上げ、くるりと返す。文言(もんごん)は短かった。



「……………………は?」


「だろ。馬鹿げてる」


 たっぷり八秒ほど空けて漏らされた師の極大の疑問符を、ロゼルは賛同の意味で嘲笑(わら)い飛ばす。


 イデアは辛うじて「……そう、ですね」と同意するのに(とど)めておいた。カードを握り込む衝動を必死に抑える。



 ――――(いわ)く。

 “貴女を、我が息子ノエルの妃にと内々に進めております”の一文。


 青い布をはらり、と(めく)ると、中からは紛うかたなきこの国(レガート)の第一皇子ノエルの澄んだ美貌が生き生きと写し取られた、見事な肖像画があらわれた。


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― 新着の感想 ―
[一言] あうう。 ネタバレを…ネタバレを知らなかったら、ものすごく面白い展開なのに……‼︎ でも、ここからどうそこまで行き着くかが楽しみです!
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