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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
八歳篇

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15/41

14 噂の火消しと三姉妹※

「ね、聞いた?」


「え。何が?」


「実はね――」



 ……と。近頃のキーラ邸はかしましい。表面上は穏やかなものだが、一歩使用人らの勤労スペースに立ち入ろうものなら、それは凄まじい噂の嵐だった。


 (いわ)く。

 ロゼルお嬢様が家庭教師のリース氏を襲っていたとか。

 いや、先に手を出したのはリース氏に違いないとか。

 待て待て、お嬢様はあいつに泣かされてたぞとか。

 ちょ、待てそれ本気でやばいやつ……!! 等々。枚挙に(いとま)がない。



 そんな、好奇と非難の渦を断ち切ったのはその年の夏、久々に帰邸したロゼルの姉達だった。


『……いつから、ここは暇人の巣窟になったの?』


 すぅっと細めた迫力満点な瞳は、澄みきった緑の瞳。父と同じく焦げ茶の巻き毛を右肩の前で緩く編み、一本で垂らしている。

 すらりと背の高い彼女の名はベリル。十九歳だ。


『なるほど総入れ替えか。名案ね、都中に求人をかけましょう』


 にっこりと微笑む次女は十六歳。一昨年からレガティア芸術学院の寮に入り、いっこうに邸に寄りつかない。

 帰省は夏期休暇と年越しの年に二度のみと、実のところ諸外国を巡る長女以上に邸での滞在日数は少ない。

 母より少し暗めの(ハシバミ)色の髪と瞳。おおむねミシェル似だが、目許はほんのり父譲り。名をセピアという。


 ―――使用人らは戦慄した。

 かくして、キーラ邸には粛々たる平穏が戻った。




   *   *   *




「助かったよ姉上方。私は、あの手の噂話はつい放っておいてしまうから」


「まったく……母上は何をしておいでなの。かわいいロゼ、顔を見せて? すごく久しぶりね。背が伸びてるわ」


挿絵(By みてみん)


 くい、と遠慮なくちいさな(おとがい)に手をかけ、妹の顔を上向かせるセピア。

 喜びに上気した頬、陶器のような肌。夢見るような淡い色彩の彼女は、腕の良い人形職人が手がけたビスクドールのような雰囲気を漂わせる。

 ――口をひらくと、その苛烈さもまた(ミシェル)譲りと評判ではあるが。


 くすくす、と笑ってロゼルは答えた。


「母上は、ここのところずっと劇場と皇宮を往復してる。なんでも皇妃様と共同で新しい歌劇を作られるのだとか。

 脚本、衣装、美術に音響……とにかく忙しいらしくて」


「母上らしいわね」


「……で? (くだん)の教師はどこ。火のないところに、と言うし。一言釘を刺したいんだが」


 コツ、と踵を鳴らし二人に近寄ったのは長姉のベリル。年齢のわりに落ち着いた物腰は、彼女をいかにもこの家の総領娘に見せたが――


 幼いロゼルは、さらに年齢(とし)不相応の泰然さに苦笑を添えて物申した。


「ベリル姉上。火も何も……かれは、十八のいい大人ですよ。私はこんな格好だし、まだ子どもだ。煙など立つわけがない」


 さらり、と言ってのける仕草はすでに匂いやかな清艶ささえまとっている。

 斜に構えた、幼いながらも玲瓏たる美少年の風格と言うべきか―――


 ベリルとセピアは、ちら、と互いに顔を見合わせた。声には出さなかったが両者とも同じ、困惑の色をその表情に滲ませている。


 曰く、何とも言いがたい、末の妹の()()()()()()


「「…………」」


 たっぷりとした間を空けたあと、セピアはおそるおそる“それ”を口にした。実に、彼女らしからぬ物言いだった。


「あの、ね……ロゼ。とっても言いにくいんだけど。貴女、男の子の格好が似合いすぎてるわ。下手な美少女顔負けっていうか……間違いの一つや二つ、起こってもおかしくない感じなのよ。相手が大人だからこそ」


 うん、うんと傍らで深く頷くベリルも同様のまなざしだった。

 きょとん、と深緑の瞳を瞬くロゼル。これもまた罪のない瑞々しさで、見るものを惹き付ける。

 ―――どうしたら、わかってくれるのか。流石に二人の姉が困り果てたとき。「……っふ……!」と、息の漏れる音が聞こえた。


「あっ……ははは! はは……っ、傑作ですよセピア姉上? ない。ないですから!」


 伸びやかな若木のような身体を二つに折り、苦しげにひぃひぃと息をつくロゼル。

 二人の姉は、目を丸くした。

 というか……記憶にあるより、ひどく伸び伸びと明るくなっている。少しばかり気難しい猫のようだった妹が。


 それをもたらしたのが、果たしてかれなのか。それとも彼女自身の成長によるものなのか……


 ふっ、と。

 わかりかねる中にも喜ばしい空気を感じ、ベリルは頬を緩めた。


「ま、いい。最近は何を描いてる? リース氏がいないなら、それはそれでいい。姉妹水入らずで過ごそうじゃないの」


 笑いを収めたロゼルは、目じりにうっすらと涙を溜めて顔を上げた。それを、指ではらりと払う。とても晴れやかな表情で。


「えぇ。私も久しぶりに姉上方の絵が見たい。……どこがいいかな。四阿(あずまや)に行きます? 冷たいお茶を用意させましょう。いい天気だ」


 からり、と晴れた空。午前のまだ涼気を含む空気。レガート湖を渡る風は心地よく、今まさにレガティアは年に一度の最たる観光シーズン。街はごった返しているし、現地人はみずからの家屋敷で寛ぐに限る。


 にこやかな末の妹の屈託のない笑顔に。

 年の離れた姉二人はつられたように、それぞれの瞳を優しくすがめた。


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