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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
八歳篇
12/41

11 キーラ家の茶会

 初夏。

 青みを増した空の下、丹念に手入れされた植え込みや木々の形はほぼ球形。花は種類ごと、色合いを計算し尽くされて区画ごとに幾何学模様に植えられ、タペストリーのよう。

 ゆえに、キーラ家の庭は美術館か、どこか絵本めいた風情がある。


 爽やかな気候に恵まれた本日は、ガーデン・ティーパーティ。

 ビュッフェコーナーを設けての立食形式に、招かれた紳士淑女の歴々は皆、品よくさざめいて談笑を交わしている。乾杯の小グラスは既に空けられたあとだ。



 そんな中。


 「失礼」と人混みをかき分け、水際だった雰囲気をそなえた少年が一人、現れた。

 幼いながらに凛とした物言いに、周囲の大人達はおや、とお喋りを中断させる。


 少年に見えるこの家の令嬢――ロゼルは、目当ての少女を人垣の隙間にとらえ、ふわりと口許を綻ばせた。

 しぜん、呼び掛ける声が浮き浮きと明るくなる。ぐっと人波をかき分け、ようやくの思いで彼女の背へと近づいた。


「いらっしゃいエルゥ、やっと見つけた。今日も可愛いね」


「わ! ありがとうロゼル。本日は父ともども、お招きいただいて…………ん? ロゼル?」


「うん?」


 愛称を呼ばれた少女は柔らかな黒髪を跳ねさせ、肩越しに振り向いた姿勢のまま固まった。挨拶の口上も中途半端に真っ二つ。


 空よりも深い、真青(しんせい)の瞳がこぼれそうなほど見開かれている。

 手には白い陶器の優雅な花模様の皿に、プチケーキが三個。

 レアチーズ、苺のタルト、クランベリーのムース……まだ、二個はいけそうだ。


 そこまで確認したロゼルは、スゥッと視線を右側に流して傍らのデザートコーナーの一隅(いちぐう)(ゆび)さした。

 ぴんと伸びた背筋。すっきりとした体躯。意志のつよそうな眉。

 ―――どこからどう見ても、やんごとない令息だ。

 


「エルゥの好きなチョコは、あっち。フォンデュもあるよ」


「えっ……? ほんと?」


 喜色満面で親友が教えてくれた場所へと視線を移した少女はしかし、ぐるん! と秒で向き直った。

 ロゼルはおぉ、と感嘆する。

 素早い。彼女にしては中々(なかなか)な反応速度だった。


「じゃなくて! あ、いえ。後で絶対に行くんだけど」


 (行くんだ)


 にこにこと、普段はきつい深緑のまなざしを和ませる―――見たところ()()としか思えぬ出で立ちのロゼルに、エウルナリアはぽかん、と大口を開けて見入ってしまった。


 二度見、三度見のレベルではない。ガチの凝視。

 頭の先からよく磨かれた革靴の爪先(トウ)までしっかり眺め、再度、凛々しい微笑みをたたえる顔まできっちり一往復。

 そこまで済ませ、ようやく時が動き出した。


「――ずいぶん、思いきったのね? でも……すごく似合ってる。格好いいわ。なんだか……ロゼルが、()()()()()()()()()()()()()


 薄水色(ペールブルー)のドレスをまとった黒髪の少女が、愛らしい頬を紅潮させてひっそりと呟く。

 これはこれで、大変眺めがいのある破壊力だが――


 ロゼルはにっこりと笑った。


「おいで。座れる席まで案内してあげる。私も君と一緒に、ゆっくり紅茶が飲みたい」


 そっと、彼女のケーキ皿とフォークを一重ねにして奪うと、小さな手をとり歩き出した。色とりどりの大人達の波を、すいすいと通り抜けて。




   *   *   *




「へぇ……さすが、ミシェル様。完璧ね」


「うん。理解のある(ひと)で助かった」


 会場となっている庭の端、あざやかな緑蔭に設けられた白いテーブルクロスの茶席。

 まだ、それほど暑くはないがさまざまな細工の扇を口許でひらひらさせる貴婦人方が数名、近くの席を艶やかに彩っている。


 その中央に座するのは、ロゼルの母ミシェルだ。ホストとして、周囲への挨拶を終えたところで劇団のファンでもある彼女らに捕まったらしい。

 ――彼女は、国立大劇場の美術監督をつとめるので。


 ミシェルは愛娘と目が合うと、ぱちん! と片目を瞑ってみせた。男装のロゼルは、それに涼やかな微笑で応える。

 惚れぼれするほどの令息ぶりに、「きゃあ……っ」と上がる声の数々。

 場は、いっそう華やいだ。


「で? どちらにいらっしゃるの。新しい先生って」


「あぁ、あいつ……その辺で見かけたな。でも、どこかの供で来たらしい彫刻家だかに、熱烈に話しかけられてたから。黙って置いてきた」


「そう……ざんねん。ご挨拶したかったな」


 エウルナリアは一口、紅茶を含むと行儀よくフォークで切ったタルトを口に運ぶ。

 と、みるみる間に蕩けそうなほど幸せな顔になった。――わかりやすい。



「ね、エルゥ。スケッチしてもいい? 食べてる表情が、すごくいい」


 パタン、と用意しておいた画材一式を広げると、急いで嚥下したらしい少女が色をなした。けほ、けほ、と()せている。よほど慌てたらしい。


「だめ! だめよ。いくらなんでも。恥ずかしいじゃない!!」


 

 ――――……その、レガート湖そのものの双眸に涙を浮かべ、懇願する幼い美貌の羞恥に赤らんだ頬に。珊瑚色の唇に。


「やばい。描きたい……ごめん。食べてて。勝手に描くから」


 もはや、訴えの一切を無視(スルー)できるほどの集中状態となった親友に、隣家の少女は「ええぇ……もう。仕方ないなぁ」と、ちいさく吐息した。


これからも、合間をみて続けますね。こちら(外伝)も!


お越しくださり、ありがとうございました。

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