むずかしい、小さな姫君
物心ついたときから(……何か違うな?)と思っていた。
おそらく、言葉の読み書きよりも先に絵筆を与えられ、心に浮かんだものを目の前の媒体に写しとることを、呼吸と同じほど身近に感じるよう――教育されていた。
それとは別の、違和感のようなものに近頃よく苛まれる。
ふ、と息をつく。
深緑の視線の先には、今日の課題「静物画」の題材である果物たちが白いテーブルクロスの上に無造作に置かれていた。
「くだらない」
ちいさな令嬢は、手にした木炭のチョークをぽいっと放り投げた。チョークはかつん! と乾いた音をたて、憐れ半ばからぽっきり折れる。描き終えたばかりのスケッチブックの上に「アクセントだよ」と言わんばかりの点を二つ、寸分違わずに添えて。
絵は完璧の一語に尽きた。
この子は天才だと、一体誰が言い出したのか?
父母や姉たちではない。
かれらは、そんな軽々しい言葉で誰かを持ち上げたりしない。
いつも真摯にやるべきこと、担うべきことに向かい合うかれらに虚飾は忌むべきものだ。
ふん、と背後に流し目をくれて、焦げ茶の巻き毛を背に垂らした少女はそのまま扉へと向かった。むしゃくしゃする。こんなときは、あの子を愛でるに限る。
カチャ、と開き、通路に控えていた侍女にただ一言、淡々と告げた。
「エルゥに使いを」
「はい」
主の気性をよく心得た侍女は無駄なく答えて目を伏せると、速やかにその場を去った。
件のエルゥ――隣家の令嬢、エウルナリア・バードを最速でキーラ画伯邸に招くために。
侍女の背を見送った少女は、自身の肩にこぼれ落ちた豊かな巻き毛をうるさそうに後ろへ払うと、苦々しげなため息を一つ、ついた。
ロゼル・キーラ、八歳。
彼女はその卓越した才能の片鱗をすでに見せ始めていたが、一見したところ、まだ普通の少女だった。