日曜日
あの星すごい綺麗
君はそう言ったね。とても愛らしい笑顔で。君の眼に指先に映る星はどれだけ輝いていたのだろう。でもね、僕の眼にはそれは見えないんだよ。君がいくらきらびやかな世界に包まれていようと、僕にはそれらはみすぼらしくくすんだ世界に他ならない。でも君が笑顔だから僕はいいんだ。満足だ。
時々君の意識は宇宙に吸い込まれているね。銀河の眼に魅せられて君は上を見上げるんだ。僕のことなどさっぱり目に見えてなどいないのだろうね。でもいいよ。僕は僕だから。君の眼から放たれた雷が星を壊していくよ、ほら。誰もいない、何もない岩石の塊を君はまるでさもありなんという風に貫くよ。僕はそれを眺めては微笑む他なかった。
それから君が欲しがった琥珀のアストロラーベ、僕はこれで君のために歯車仕掛けの船を出そう。白金の針が君を導く。僕は引導を。君の頬を電子が走った。それは君の顔に回路を刻んだ。とてもかっこいいから僕は君を写真に収めた。でも現像できないから捨ててしまうんだね。構わないよ。
アンドロメダから来た幽霊列車を君は掬い取って、放った。見てごらん、白鳥座が死に絶えているよ。僕は知っていて、君は知らない。いつまでも、これからも、これまでも。あれは。そもそもアンドロメダってなんだい。
ああ、これは酷い。見てごらんよ。君は無数の小さな命が暮らす星を焼いてしまった。ほら、ヒトが焼け焦げてしまった。仕方がないね、僕がかたしておくから君はベッドにお戻りよ。まったく、正しいことをしてくれたものだ。おまけに星系ごと消してしまうんだから。うわっ、ばっちい。
札をめくってみたんだ。これはよくないことが起きる。今日は魚が釣れない、ときたものだから。
罰せよ、汝を罰せよ。時の裁定者たる汝規則犯したり。よってここに裁定者たる我汝を拘束せん。嘆き、悲鳴を上げよ。これこそ至極の罰則である。汝死すべし。我汝の斬首を行わん。汝許されざる者なり。見よ、アゼの左手尚怒りたるぞ。メゼクの眼汝を捉えたるぞ。捧げよ、命、捧げよ対価。捧げられん、星よ。ルベドの赤色化行われん。ミッカースの子宮より緑星生まれん。ああ、崇めよ。
いつしか僕は変革をきたした。星を眺めていた頃の僕と今の僕はもう違う。いつからだろうね。星渡る船を出した時に僕の脊椎を変えられてしまった。あああああああ、痛む背中を君はさすってくれた。そんな君が愛しくて愛しくて、愛しくて……愛しくて…………
例えば君がだけどさ、聞いていないのは知っているけどさ、聞いて欲しいんだ。この流星群を僕に降り注がせてくれるなら僕は力を持って君を征するよ。愛しい君を見ていると高ぶってくる。怯える姿が素敵だね。でも知っている。
闇の中で僕は君を葬った。泣くことなんてしなかったよ。だって君はまだ隣にいたからね。
ホルフガスの草原についたよ。石英の草が煌めいて眩しいくらいだ。それを一つ摘んでから、口に含んだんだ。でもやっぱり美味しくなんてないんだ。そもそも僕には石英の草原なんて見えやしないというのに。何を言っているんだか、バカバカしい。でも君は綺麗だよ。君さえ居てくれればそれだけで。
僕は気づいた、君はいない。君など存在しなかったんだ。はなから。そうこの世界もすべて幻。僕は辛くなんかないよ、だって君がいるからね。ほら見なよ、月が海に沈んでいくよ。さりとて全くの波も起こさず水面は今日も今日とて沈黙している。おお、おお、おおお……なんと。
君の好物くらいしっかり覚えているよ。ほうらたんとお食べよ。慌てる必要はない誰も取って食やしないよ。誰も。この世界には君しかいない。落ち着いて。口の周りについてるよ。君は一人じゃないんだから。僕と僕と僕がいるよ。いつまでも、見守っている。さあ。
見違えるね、君は美しくなった。僕が見ていない時のせせらぎの中で君は僕から遥かに近くて遠い存在となった。僕の伸ばした手が流砂となって流れていく。君はその死の翼を羽ばたかせて全てを殺戮する。僕はそのあとを箒で掃いていくよ。素晴らしきかな、追憶の果てに今二人はいるんだ。君がいて、君がいる。僕もいた。それと僕もね。だから泣かないで。君の流した涙はやがて海を作り出し、声を朽ち果てさせるんだ。神秘の不知火が佇んでいて、瑪瑙の朱雀が死人の目を啄むこの美しさは何物にも代えがたい。
いで行かん、サイハテの茨の庭園へ。ヴェロニカの海賊船がこちらに砲撃を盛んに行っている姿を見て二人で笑ったよ。そしてひとしきり撃たせた後君は船を分解してしまった。人も積荷も。その屍で草鞋を編んで投げ捨てた。なまじ命があると死にきれないよね。でも君は全てを殺めていった。スキップしながら殺めたよ。僕は晩御飯の支度をする。
不可思議の滝を流れていく咎を裁定者が裁いていく。咎に貴賤なく、すべてが平等、差別なく、死刑だ。全ての咎を彼らは掬っては焼き、掬っては焼いた。その緑の炎はとても美しくて。僕は思い悩んだ。果たしてこれで良かったのか、僕が歩んだ道はこれで良かったのか。君をこうして導いたこと、星の海を枯らしたこと、神を裂いたこと、それから、それから……。でも僕は後悔はしない。もう後戻りなど出来ぬところまで来ているのだから。そう、もう振り返っても運河は無い。
カイパーベルトを切り落とし、ズヴェズダに結び付け、君はカチューシャを口ずさむ。君の思い人は誰だい。僕は知っている。すでに彼はもういない。君が一億の彼方に食べてしまったからね。僕が食べさせたんだ、君は知らないし、君に思い人なんていないから大丈夫だね。僕は胸をなで下ろして、君の横にお茶を満たしたカップを置くのさ。さて、再び僕は船を漕ぐよ。
鉄血艦隊が果敢に進軍している、僕はその勇壮な姿に胸を打たれ、敬礼を送った。鋼鉄の彼女らは亡霊の水兵に操られ、同類を殺しに行く。きっと美しいのだろうなあ。
皆の魂を君は吸い込んで光神化した。全ての魂を集めてそして君は輝く。フォトナイズし始めた君の指先からみるみる堕天してまるでタチアナのようだったよ。知らないのかい。
君が雷で光を切り裂く。そして闇が栄え宇宙に安寧が訪れる。これは世の理である。雷帝が掌から試練を生み出した。それを飲み込むとそれはやがて形を変え異形の者と成り果てた。君は恐れた。
僕の脳みそは狂って狂って仕方がない。こうして銀河を蹴り殺す位にはまだまともではあるが、頭蓋の中をクウォークが目まぐるしく駆け回るんだ。そして僕の意識をかき乱していく。宇宙の法則の如く。永遠の氷獄の中でも、その炎絶えることなくただただカンテラの中で細々と灯りつづけている。それさえも知らぬまま、稲妻が穂を手折る。
君と僕で一つ。僕らが世界を砕いて再生を繰り返す。うっかり生命が繁栄するまでし忘れたこともあったけど、構わず君は繰り返した。
目が覚めた。どうも僕は夢を見ていたらしい。非常に頭がおかしな夢を。君とか僕とか何が何だか。宇宙とかよくわからないし、僕はそもそも高校生だ。ああ、嫌な夢だった。それにしても今日は冷えるからあと五分だけ、あと五分だけ寝ちゃおう。ガラスの向こうで小鳥がさえずってやがる。さえずりまくればいい。嫌いじゃないけどね。今日は体育があるから学校を休みたいけど。行かなきゃお母さんもお父さんも怒るだろうなあ。
五分の後僕はおもむろに布団から這い出た。フローリングの床が冷たくて頭にきちゃうな。僕は伸びをしつつ立ち上がると、制服の下に着ていく服を箪笥から数着放り出し、布団に帰ると中でごそごそと着替え始めた。
僕は君と天の川を下っていく。タングステンで出来た船は鳥達を焦土の上に叩き落としながら進む。僕は君の濡れた上着を脱がすんだ。君の濡れた肢体は官能的で、愛しい。ああ、愛しい愛しい愛しい。永久に抱きしめていたい。ああ、昂ぶってくる。君のためなら昴を宝石の中に閉じ込めて指輪にすることだってできる。指輪の素材はフレイヤの骨だ。僕のこの情愛は決して君には伝わることはない。もし伝えれば君の心が壊れてしまうことくらい、僕は知っていたからね。でも君も僕の内に秘めたる感情位知っている。だから君はクロムのナイフで僕の頭を貫いたんだ。僕は君を抱きしめたよ。そして四二京と九二回目の夕食をとった。美味しいかい。蠍座の天ぷらは今日の自信作さ、うん。この水は果てからとってきたいい水だよ。ほら、こんなに透き通っては銀河の光をプリズムのように、ねえ。
僕らに終焉の針は回ってこない。僕が止めてしまったから。ブラックホールが爆発したよ。否、それでも君の瞳の中には預言が囚われているから、僕は僕で僕なのさ。それはそうそのこと。
そして、僕は左手をかざして端から端まで橋を架けた。これでカナプカの工程が完成した。これから行われるは時空の錬金術。これより君に残骸の美しさを教えよう。それが僕が君にできる唯一のことだから。このエケネイスを君に。そしてゼウスの右手を天秤に。嗚呼、もう僕の限界だ。既に心臓が臨界点に達してしまった。苦しくて、それが快感なんだ。分かるよね。それは踏み潰してはいけない。それは破壊神の頭脳だ。
ガガーリンの船旅は再び終わりを告げる。僕と君は船を降り、平生の大地に足を下した。君の足にぼろきれを巻いて傷つかないように気を付ける。何者も叶わぬ愛って。
サクリファイスの杯に純血を、アークの大皿に獅子の誇りを、テーベの棺に憎しみを湛えよ。さすれば旅は開かれん。今、この運命に終わりを告げる。アルベドよ、彼らを浄化せよ。
僕と、君と、そして僕らはこうして。