表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/28

23話:賢人のヤフーに入社と東日本大震災

 2010年10月20日、午前9時過ぎに美紀さんから絹恵さんの携帯電話に電話が入り良品計画を2700円で1万株買おうと言われ、了解し、すぐ買い注文を入れ、2700万円で買えた。しばらくして2010年が終わり2011年となった。年が明けるとすぐに、長男の田嶋賢人へヤフーから採用内定の通知が届き、その晩、早速、お祝いをした。2011年は寒い日が多く2、3月になっても寒かった。


 そんな2011年3月11日、東北の東部太平洋沖を震源とする巨大な日が日本大震災が発生し、東北太平洋岸は大津波で多くの家屋が流され、多数の人命が失われた。その後、福島第一原発の原子炉冷却装置が海水を浴び停止して冷却できなくなり加熱して爆発して大量の放射能が大気中に放出されて、その周辺を立ち入り禁止区域に指定して住民を移住させるという近年まれに見る大災害となった。


 東京でも帰宅困難者が出て、東京から徒歩で帰る人々の集団が国道をひたすら歩く姿がテレビに映されて国民が意気消沈してしまった。新横浜の田嶋家と池添家でも口数が少なくなり呆然としていたが4月になると再び日常の生活を取り戻した。ところが、ヤフーでは東北支援のボランティアが動き出し、社内でもインターネット募金という形で東北への支援をサポートした。


 そのために美紀さんと絹恵さんがヤフーの東北大震災への募金200万円と震災孤児の教育のための募金に200万円ずつ、2人で合計800万円を募金した。そして田嶋賢人もボランティアとして仙台に入りボランティア活動をする様になった。この動きを見て美紀さんが絹恵にボランディ募金をしようと以前の株投資勉強会を開こうと提案してきた。もちろん絹恵さんも了解して、インターネットの株投資勉強会のホームページに募金のために株投資を再開しようと呼びかけた。


 以前のメンバーに連絡すると多くのメンバーが参加希望が出て来て応募順50人を新しいメンバーとして迎え入れた。5月も田嶋賢人は5月のゴールデンウイークも仙台に入りボランティアの活動をして親を亡くした事も達の進学のために募金を優先的に使おうと考えて、そのグループのメンバーとして活躍し、子供達に勉強を教える日も増えた。やがて5月が過ぎると織絵がアメリカ留学をどうしたら良いか、迷っていると、兄の賢人が今しかないなら留学したら良いと言った、


 アメリカで得てきた知識を世のために使えと言われ留学を決意し、6月1日、新横浜から高速バスで成田へ行き、ロサンゼルスへ飛び、3ヶ月間のロサンゼルスの大学のサマースクールに参加した。2011年9月26日月曜日午後にオリックス株が下げてるのを見て3000株ずつ5500円で買いをいれ1650万円ずつ購入した。情報提供を希望する人には電話連絡を入れると2000株1100万円を購入したと情報が入った。


 やがて、秋、12月が過ぎ2011年が終わり2012年となった。その後、その後も被災地では復興住宅の建設が大急ぎで作られ、また、東北から関東、関西へ移動した住民も数多かったようだった。そうして暖かくなり4月の桜のシーズンになったが日本では東日本大震災の記憶が残り、経済も活気がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ