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第6話

 街に戻った康大とハイアサースはサムの酒場で待機し、やがて圭阿も戻ってくる。

 全身返り血を浴びたその姿は殺人鬼そのもので、可愛らしい笑顔との対比がすさまじかった。

 圭阿は布袋に納めたシャーマンの首をサムに渡す。

 あまりに早い事件解決にサムは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、約束通りすぐに上に掛け合おうと言い酒場を出て行った。

 サムが戻ってくるまでの間、圭阿は先ほど2人に宣言した通り、ゾンビになった人間はどこまで生きていられるのか話し始めた。

 出来れば康大もハイアサースも聴きたくなかったが、今の圭阿に逆らう度胸もなく、身をちぢこませながら話を聞く。

「実は昨日の晩に血管を切って、どれだけ血が流れれば死ぬか試していたのでござるが、ご覧の通り貴奴めはぴんぴんしておりました。そもそも最初に切った時もあまり血が流れず、ぞんびは元より血が少ないようでござる。さらに毒も飲ませたでござるが、こちらはそれなりに効果があり申した。ただそこで死なれると他のことが試さないので軽い毒に留め、その後四肢を――」

 話の内容もさることながら、圭阿の様子が恐ろしく、康大は顔を上げることすら出来ない。

 話しながらある程度の高揚があればまだマシだったのだろう。血に酔った、という解釈が出来る。しかし、圭阿の口調はまるで研究発表をする学者のようで、そこに感情の起伏は一切感じられなかった。人を殺すことはもちろん、凄惨な拷問をすることにさえ恐ろしいほど抵抗が無いのだ。

 康大は今まで自分がどれほど平和な場所にいたのか思い知らされる。現実(ゾンビ)世界で1年暮らしたとしても、圭阿の境地に至れるとは到底思えない。

 自分達の身体に関することなので話はしっかり最後まで聞いていたが、全てを聞き終えた頃には、康大はゾンビでもはっきり分かるぐらいげっそりした。

 しかし、隣のハイアサースは顔色一つ変えていない。

 やはりどんなに間抜けでもこの世界の住人だけあって、殺伐とした話に耐性があるのか。

 そう思った康大の耳元で、

「すまん、最初の数分で寝てしまい、話をほとんど聞いていなかった。もう一度話せと圭阿に言うのも怖いから、あとで教えてくれ」

 ――とハイアサースはささやく。

 難しい話だけでなく、体調の悪くなるような話もしっかりシャットダウンしてくれるらしい。本当に身体に優しい睡魔だ。

 それから圭阿が着替えの為に席を外したので、ハイアサースにかいつまんで説明してやる。聞いてるだけで具合が悪くなるような話だったが、内容自体は康大もしっかり頭にたたき込んでいた。

「まず俺達……というか現状お前は、血がほとんど流れず出血死が死因になり得ない」

「ふむふむ、そこまでは分かった!」

 分かって当然の話であるのに、自信満々に答えるハイアサース。いったいどういう育て方をしたらこういう子が育つのか、康大は不思議に思った。

「……続けるぞ。血が流れても問題がないと言うことは、心臓が止まっても大丈夫ということになる。心臓は体中に血を送り出す器官だからな。果たして心臓を抉……無くてもあのシャーマンは死ななかった」

「心臓がなくても大丈夫なのか!? こうなると逆にどうすれば死ぬのかという話になるな」

「ずばり弱点は毒だったらしい。外傷的には圭阿が思いつく限りの重要な臓器を抉……切除していった結果、最終的に脳みそを抉ったときに死んだそうだ」

「つまり毒さえ盛られず脳みそさえ無事なら、私は何があっても大丈夫というわけだな!」

「いいやそうとも言えない」

 康大は真剣な顔で首を振った。

「お前やあの男のゾンビ化は俺と違って傷が回復……とは違うけど、まあ治るわけじゃない。だからどっかが欠損でもしたら、そのままの可能性が高い」

「回復魔法で治せるんじゃないのか?」

「これは出発の準備をしている時フォックスバードさんに聞いたんだが、お前のゾンビ化を治せたのは、魂に回復をしたと思い込ませただけで、実際に傷までは回復していないそうだ」

「初耳だ……」

「それは少し妙でござる」

 着替えを終えた圭阿が唐突に話に加わる。

「拙者康大殿とはいあさーす殿の様子をつぶさに観察しておりましたが、小さな傷は人間同様普通に回復しておりましたぞ。たとえば草で指を切ったようなものなら」

「そんなことが……」

 康大は圭阿の観察眼に舌を巻く。

 本当にこの忍者はなんでもできるな。――そう思ったが、本人の自己判断は大分違っていた。

「なにやら過剰に感心されているご様子ですが、拙者、生まれ育っての忍者故、自分から上手く目的を作ることが出来ませぬ。有り体に言って、命令がなければ力が発揮できないのでござる。故に、康大殿とはいあさーす殿がいてくれると、とても助かるのでござる」

「・・・・・・」

 「まるでロボットだな」という言葉を康大は寸前で飲み込んだ。今までそのロボットに散々助けてもらったのだ。揶揄する権利などどこにもない。尤も、言ったところで圭阿に意味が通じるわけでもないが。

 とにかく、康大には自己判断で行動しているように見えたが、それも事前に目的が決まっていたから出来たことらしい。もし平和な世界になったらどうやって生活していくのか、康大には想像もつかなかった。

「ということはフォックスバード殿が間違っていたのか?」

 考え込んでいる康大に変わり、ハイアサースが圭阿に答えた。

 しかし圭阿は「拙者門外漢故、何も言えませぬ」と答えは返ってこなかった。

「……おそらく」

 ようやく頭を切り換えられた康大が言う。今は圭阿とのこれまでとこれからより、自分達の身体の方が重要だ。

「可能性は2つある。1つはいちおう食事はとっているわけだから、その栄養がしっかりと回復に使われていたということ。もう1つは、ハイアサースの回復呪文力が予想以上に強かったこと」

「じゃあ、やっぱりフォックスバード殿の話は間違っていたのか?」

「いや、あれほど知識のある人が、自信が無いことをおいそれと断言するようには思えない。ここからは推論の上に推論を重ねることになるが、多分自然に回復できる怪我には限りがあり、大きな怪我をした場合は回復魔法は利かないんじゃないかな」

「つまり、大怪我を負わないようにしろ、ということか」

「そうだな、そう思う。少なくともその点に関しては確実だ」

「こんな事ならはいあさーす殿に、拷問中回復魔法をかけてもらえばよかったでござるな」

『・・・・・・』

 康大もハイアサースも黙り込む。

 2人の脳裏には、かつてダイランドが連れてきたあの強盗の姿があった。たった1回の拷問的回復で、こうもしっかり記憶に残っているのに、それをずっと続けろというのは精神的に耐えられない。

 康大はいずれにしろ無関係だが、ハイアサースはあの時とっとと帰って本当に良かったと痛感する。

 そんなことをしている内に初めて酒場で会ったあのバーテンダーが現れ、3人に馬車まで案内すると言ってきた。相変わらずぶっきらぼうな態度だが、以前と違い敵意はない。

 言われるがまま3人がついていくと、酒場の少し離れた所にある小さな牧場に、2頭の馬と荷台があった。

 約束はしっかり守られたのだ。

 ただし、3人はこの時になってある致命的な問題にようやく気付く。

 それは。


「誰が御者やるんだ?」


 だった。

 初め、康大は圭阿がやるものだと思っていた。マリア達と馬車で来たのだから、御者役は一番立場の低い彼女だと思いこんでいた。しかし圭阿の元の世界に馬車はなく、当然そのスキルも無いので別の人間が御者をし、その人間は盗賊に殺されたという。サムに誰か御者を紹介してもらえないかと頼んでも、当てはないとにベなく断れる。駄目元でハイアサース聞いてみたところ案の定駄目で、村に馬車はあったが御者をしたことはなかった。

 呆然と立ち尽くす3人。

 そんなとき、今回もハイアサースが放った一言が事態を大きく動かす。

「とりあえずやってみよう!」


 やってみた。


 最初に3人がかりで荷台に馬を取り付ける。

 馬は訓練されていたようで、暴れることなくされるがままだった。馬具の付け方に関しては、幸いにもハイアサースが知っていた。

 やがてサムが領主から出発許可が下りたことを伝え、いよいよ出発となる。

 最初の御者は馬具に詳しく、伝説の女騎士の末裔として多少は乗馬の勉強をしていたという言い出しっぺのハイアサースが務めることになった。

 しかし。


「はーっ!!!」


 ――と大きなかけ声を上げ、ハイアサースが手綱を大きくしならせた瞬間、康大は急いでそれを掴んだ。

「いきなりなにすんだべ!?」

「この街中でそんなに大きく手綱動かしたら、馬が家に突っ込んで大事故になるだろ!」

「私の田舎では皆こうしていたぞ」

「ここはお前の田舎じゃない!」

 ちなみにハイアサースの田舎で使われている馬車馬は、皮膚の厚い巨大な農耕馬で、そもそもそうしなければ動かなかった。そして言うまでもなく今馬車を引く馬はそうではない。

 もし康大が止めなければ、馬が突然暴れだし、家に突っ込む前に3人とも荷台から放り出されていただろう。

 ハイアサースはすぐに失格となり、次に圭阿が御者役になる。

「初めてにしては上手いもんだな」

 何でもそつなくこなす圭阿は、街中をスイスイ走らせ、そのまま門を抜けて外に出る。康大も圭阿ならできるだろうと期待していたが、期待以上の成果だ。

 だが、なぜかたいして走ってもいないのにも関わらず、馬が異常に疲労し、歩みも徒歩と変わらないほど遅くなる。

 ひょっとして病気の馬を掴まされたのだろうか。

 明らかに不自然な反応に、康大はまずそこを疑った。

 しかし真相は違った。

「うーむ、拙者の力ではここまででござるか」

「え、どういう意味だ?」

「拙者今まで傀儡の術で馬を操っていたでござるよ。術を使えば意のままに操れるのですが、その分無理矢理動かされている馬は死ぬほど疲れるでござる。それでも一流の忍者なら、もっともたせることも出来たのでござるが」

「手綱で動かしてたんじゃなくて、術で操ってたのか……」

 残念ながら圭阿は根本的に御者という役職を理解していなかった。

 こうなると残りは自分以外いない。

 康大は今までテレビや漫画やその他諸々の媒体で見てきた御者の知識を総動員し、手綱を恐る恐る振るう。

 あまりに力が弱すぎたのか、それとも疲れもあったのか、初め馬は全く反応しなかった。

 そこで念のため仮面をかぶり怖がらせないようにしてから、露店で買ったニンジンを馬に食べさせご機嫌を取る。

 効果は覿面だった。

 ハイアサースを馬にしたかのように食い意地のはった2頭は、それから康大に対し従順になり、少しの動作で荷台を走らせてくれるようになった。

 ただ燃料が切れると、新たなニンジンを食べさせるまで一歩も動かなくなったが。

 あまり燃費のいい移動手段では無かったが、それでも行きよりははるかに速いスピードで街道を進んで行く。

 そして夕方過ぎ頃、3人はフォックスバード邸へと到着することが出来たのだった――。

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