第2話
その日の夕方頃――。
康大とハイアサースと圭阿の3人は、遅めの出発をした。
これからのことと、薬草採取から満足に食事をしていなかったことを踏まえ、多めの昼食をとり、3人で必要な物を相談していたら、気付かぬ間にこんな時間になっていた。
ダイランドは「命の危険が無ければ俺も生きたかったんスけど」と申し訳なさそうに言いながら、夕食用のサンドイッチのような物と保存食の干し肉を作ってくれた。
康大にしてみたらそれだけでも充分ありがたい。ハイアサースから「旅の間は食べる物がないと何かの幼虫とかも食べたな」という話を平然とされ、とにかく食生活を心配していた。
「しかし荷物が少ないな……」
軽装で腰の小袋程度しか荷物のない圭阿を見て、康大は感心半分、不安半分で言った。圭阿の旅装は忍者だからで説明できるようでもあり、適当にやっているようにも見える。康大とハイアサースはしっかりリュックのような袋に背負っているというのに。ハイアサースにいたってはそこに例の鎧まで着込んでいるのに――。
これには康大も下心抜きで「どうせ戦闘では役に立たないし脱いだ方がいい」と言ったが、
「騎士様の代役として村を出た以上、外にいる間はその役目を果たさなければならぬ!」
と断固として譲らなかった。ただ剣に関しては思い入れもないのか素直に短剣に変え、その分荷物も持てるようになった。
「拙者の場合、必要な物はそのあたりから調達するでござるよ。拙者からすれば康大殿の方が荷物が多すぎでござる」
「・・・・・・」
康大には反論できなかった。
自分でもそれは理解していた。
ダイランドからもらった食料、そして最低限必要の水筒や毛布以外にも、簡単な着替え(さすがに元の世界から着てきた服は汚れがひどいので変えている)、寝袋のような物、鍋、食器とかなりの大荷物だった。それでも現代社会と違って文明の利器がないため、まだまだ全然不安だった。
これにはハイアサースからも呆れられ、「引っ越しでもするのか」とため息混じりに言われた。康大の荷物に何の疑問も覚えなかったのは、フォックスバードだけだ。
当然、一番体力のない人間が一番重い荷物を背負えばその進みは予定よりはるかに遅くなる。
出発から数時間後、結局街まで半分も言っていないところで3人は野宿をする羽目になった――。
「申し訳……ない……」
疲労困憊といった様子で荷物を肩から下ろし、康大は2人に謝った。
「これから康大殿の荷物は、ある程度拙者が持った方がいいでござるな」
「……うん」
康大は男として情けないと思いながらも頷く。
実はここに来るまで、同じ申し出が何度かあったが、康大はそれを全て断っていた。康大にも男の意地がある。
しかし、ここまで来たらもはや疲労で意地をはる気力も無くなり、かつ自分が足手まといであることも自覚させられた。
そもそも圭阿には、異常とも言える物を背負う能力がある。余計な意地をはって断ることこそ非合理的だった。
馬鹿な真似をした康大の足取りは、重い鎧を着ているハイアサースよりはるかに重かった。
そのハイアサースは、現在1人で野宿のための薪を取りに行っていた。周囲は鬱蒼と茂る森で、本来なら1人で薪を取りに行くなど危険きわまりない。
だが、幸いにも彼女には、康大同様モンスターに襲われないどころか、生き物として認識してもらえないという、喜んでいいのか悲しむべきなのか分からないスキルがある。相手が人間でも進んでゾンビを襲う訳もなく、安全度で言えば圭阿以上だった。
「ところで康大殿、この機会に是非お聞きしたいことがあるのですが」
「ん?」
ダイランドが作ってくれたサンドイッチ的なものを食べながら、康大は何とはなしに返事をする。圭阿の話より、この時代の調理技術で、これだけの物が作れたことに素直に感心していた。
(世が世なら有名店の強面シェフになれただろうに……)
そう思わずにはいられない。
そんな風に油断していたせいだろう。
「はいあさーす殿のことをどう思うでござるか?」
「ぶっふぉ!」
思わず食べた物を全て吐き出しそうになった。
今まで誰とも付き合わず、恋愛話もしたことがない康大でも、それがどういう意味かは分かる。
「だ、だから別に俺とハイアサースの関係はそういうんじゃ――」
「しかし康大殿も独り身でござろう?」
「まあそうだけど……」
「ならば、その歳で妻を娶るのは当たり前。まあぞんび化の問題もありましょうが、そこは婚姻してから考えればよろしいでござる」
「よろしくねえよ……」
康大はため息を吐いた。
まさか圭阿がまだそのことを考えていたとは、思いも寄らなかった。
「今の俺はご覧の通りのゾンビだし、そんなことしている余裕はない。アイツだって結婚する気0だし余計なお世話だ」
康大はきっぱりと答える。
そもそも釣り合わない――という言葉は隠しながら。
言えば自分がより惨めになる。
しかし圭阿は、そんな康大の反論など馬耳東風とばかりに自分の主張を押し通す。
「こう言ってはなんでござるが、そこまでの歳になったら当人達の意志などどうでもいいでござる。拙者には世話になったお2人が、世帯も持てぬ放蕩者と蔑まれるのが我慢ならんのでござるよ」
「それ以前の問題だけど」
未婚かどうかより、人間かゾンビかの方が大事だろう。既婚者かどうかは言わなければ分からないが、ゾンビかは見れば分かる。
「確かにぞんび化は由々しき問題でござる。さればこそ、助け合って協力するためにも、2人は結婚するべきでござる。恩人を貶めるようで心苦しいでござるが、今のはいあさーす殿は康大殿以外誰も嫁にしてはくれんでござる」
「だからそういう話は――!」
康大は圭阿の言い回しにいい加減腹が立ち、怒鳴りつけようとした。
「そうカッカするな、大人げない」
だがそれは薪拾いから戻って来たもう一人の当事者によって止められる。
「ハイアサース……」
「まあ私も、いつかはそういう話をされるのではないかと思っていたよ」
ハイアサースは冷静……というより何か諦めた表情で言った。
「今朝はいきなりで取り乱したが、確かに私のような年増がいつまでも一人というのは、体裁が悪いだろうな。まあ私にもかつて婚約者がいたが」
「・・・・・・」
冷静を装っていたが、康大にとってその事実はあまりに衝撃的だった。釣り合いが取れない相手だと分かっていても、他人の物と分かるのはショックだった。
(あ、俺今完全に卑屈なくせにやたら繊細な好感度0のなろう系の主人公になってる……)
ははは……と乾いた笑いがもれる。転生することには憧れていたが、ああいう主人公には絶対になりたくはなかった。
ただ、この話には続きがあった。
「おや、それは妙でござるな。はいあさーす殿はまだ処女でござろう?」
「お前は本当に口さがないな……。確かに私は婚約者はいたが処女だ。1人目の婚約者は婚約した翌日に村に巡礼に来ていたシスターに一目惚れし、彼女と駆け落ちした直後2人揃ってモンスターに殺された。2人目は婚約をしたその日に体調を崩し、そのまま呆気なく死んだ。3人目は婚約を交わす前に、それまでの出来事から私が呪われていると言い断られた。村に結婚相手がいなくなった私は親に教会に入れられ、最終的に私自身が呪われて死人になったという笑えないオチだ」
「それは災難でござったな。しかし呪いがもしあったとしても、康大殿なら問題ないでござろう。なにせはいあさーす殿同様死んでいるのですから」
「ははは、そうだな」
ハイアサースは乾いた笑いを浮かべた。
それが今まで見たことがないほど虚ろだったので、康大は胸が締め付けられそうになった。
こんなとき男だったらろうするべきか。
余計なことをせず、黙って見守っていた方が、これからの関係も考えていいのではないか。
(いや、それはない!)
康大はそんな消極的で弱い心を否定する。
それは彼が嫌ってきた主人公達の行動だ。康大はライトノベルをよく読むが、その大部分の主人公達に関しては憧れるどころか嫌悪していた。何故あんなにモテているのに、優柔不断な態度をとって女の子達を傷つけるのか。なぜ自分の愚にも付かない正義感を振りかざすだけで、相手のために生き方や考え方を1ミリも変えようとしないのか。境遇には憧れても、その生き方は軽蔑に値する
そんな彼らを反面教師にし、康大は現実の世界を生きてきた。どんな事でもなるべくはっきりと態度を示し、必要だと思ったら嫌なことでも可能な限り進んでやるようにした。そういう日々の心がけがなかったら、ゾンビに噛まれることさえなかっただろう。
それにも拘わらず、実際に異世界に転送されたら、軽蔑している人間達と同じ態度をとっていた、いや、とろうとしていた。
康大はサンドイッチを置き立ち上がると、ハイアサースを抱きしめた。
突然のことにハイアサースは呆然とする。
一方、圭阿は「おお!」と、驚くより感心する。
「そ、そんなこと言うなよ。お、お前はいい奴だから、その、あのさ、えと、なんだろ、その……」
肝心なところでマシな言葉一つ出ない自分が情けなく、涙が溢れてくる。こんな使い物にならない目玉なら、涙なんか流れなければいいのに。言うべき言葉ははっきり分かっているのに、結果が伴わずひどく惨めな気持ちになった。
だが、ハイアサースにとってはそれで充分だった。
「……ありがとうな」
ハイアサースはまるで母親が子供に語りかけるように言うと、康大を優しく抱きしめ返した。
これではどちらが慰めたのか分からない。
「これはもう……結婚しかないでござるな!」
いい雰囲気になりかけたのに、圭阿が自信を持って場違いな事を言う。
康大は頭がこんがらがりすぎ、どんな感情を抱けばいいのかすら分からなかった。
一方、康大よりはるかに人生経験が豊富なハイアサースは、苦笑するだけで何も言わなかった。
それから康大が落ち着くまで、ハイアサースはそのままじっとしていた。
康大も鎧越しだったので、邪な気持ちには一切ならず、ただただそれを受け入れていた……。
「・・・・・・」
ばつが悪そうに康大が離れた頃には、もうお互いの顔が分からないほど辺りは暗くなっていた。尤も、康大にとってはその方色々と都合がよかったが。
圭阿はあれから何も言わずに、野営の準備を淡々としていた。彼女も自分が余計なことを言い続けていると、なんとなく理解し始めていた。
「しかし婚約か」
康大が落ち着いたところでハイアサースが呟いた。
「だからその話はもういいって」
「まあお前が結婚相手ではあまりに頼りなさすぎるが、このままでは私も生涯独り身なのは事実。ゾンビのままではシスターとして教会にも戻れんし、圭阿の言う通り、ただの行き遅れだ。まあ、世間体もあるし、婚約ぐらいならしてもいいか」
「ちょ――お前そんな大事なことを簡単に!」
「なに、大したことではあるまい」
ハイアサースはこともなげに言った。
康大は現実世界との結婚観というか恋愛観の違いを、まざまざと見せつけられた気がした。
死が隣にあるようなこの世界では、流暢に惚れた腫れたの関係を続けている余裕などないのだ。とにかく結婚して子供を産み子孫を残す。それが何よりも重要視されていた。
「でどうする? お前が責任を取って私と婚約するか?」
「え、あ、え、う……」
まず何と答えるのが正解だろうと、しどろもどろの対応をしながら康大は考えた。
その次に、そもそも正解なんて存在しないだろうという正解にたどり着く。
そして今、自分が彼女をどう思っているかという感情こそが、最も大事なんだと確信した。
「じゃ、じゃあせっかくだからお願いします……」
言った瞬間、我ながら最悪だと思えるような返事をした。
とはいえ、顔は真っ赤で、心臓が跳ね上がりそうなほど緊張しているのだからどうしようもない。
「ふむ、ならばこれで契約成立だな。だがあくまで仮のようなもの。お前は本当に頼りないからな、このゾンビ化が治った暁には、破棄させてもらうかもしれんぞ。それとあくまで名目上で、スケベなことは許さんからな」
「あ、ああ……」
康大は頷く。
こうして異世界に来てから3日目、童貞で恋愛経験も無いのに恐ろしいほど早く婚約者ができてしまった。脳みそが単純でへっぽこだが、美人で巨乳の上真面目で思いやりがあり、現実世界なら羨望するだけの相手と。
異世界転送以上に非現実的な事態に、康大は喜んでいいのかどうかすら分からなくなる。
ハイアサースを見ても、普段と態度を全く変えないため何を考えているのかは分からない。こう言う時、男女の恋愛能力の圧倒的な差異を思い知らされる。
唯一圭阿だけは分かりやすい行動に出た。
「ほう、婚約が成立したでござるか。それなばらさあ!」
そう言って2人に、荷物から即席で作った布団のような物を指し示す。
「とっとと致すでござる」
『致さん!』
2人声を揃えて否定した。
「はあ……」
康大はたき火を挟んだハイアサースに背中を見せて毛布にくるまりながら、ため息を吐く。
圭阿のせいで面倒くさいことになったが、ハイアサースと婚約できたこと自体に不満は無い。むしろ幸運と言えるかもしれない。ただ相手の立場や状況、自分の責任、それ以外にも様々ネガティブ要因がのしかかり、時間が経つにつれ罪悪感が強くなっていった。まるで自分の手込めにするために、ハイアサースをゾンビ化させたように思えてきたのだ。
康大は頭を振って目を瞑る。
《青春してるねえ、人の子よ》
ミーレが呼びもしないのに、今日はいつもの特殊効果すら見せずに一瞬で現れた。
「またお前か……」
《そう、私だ。なにやら青臭い空気を探知して、業務外時間だというのに積極的に来ました》
「いいよな女神は、こういう悩みとは無縁で」
《そうとも言えないわよ。中には女神休職制度を利用して人間との恋愛に溺れる奴もいるし。もちろん復職はするけど》
(別にペナルティとかは無いんだ……)
康大が思っている以上にフレキシブルな職場だった。
《まあアタシはそういうの興味ないし、仕事の時間以外は誰かのためじゃなく、自分の好きなことだけしてたいわ。それでどうよ、寝込み襲っちゃう系?》
「襲うか馬鹿! ただ俺はこんな状況にアイツを追い込んだことがだなあ」
《アイツ(笑)》
「お前本当もうマジで死ねよ」
これほど美しい容姿だというのに、自分でも理解できないほど罵詈雑言が溢れ出す。脳内に勝手に居座ってるせいか、それともマイナス方向に威厳があるせいか、気後れする気持ちを1ナノグラムも抱けなかった。
《ごめんごめん。でもさ、そんなに真剣に考えることもないんじゃない? なんか、おっぱいちゃんも軽いノリだし、そもそも誘ってきたのは向こうっしょ。役得ぐらいに思っとけば?》
「そんな単純な話か?」
《今までアタシが見てた海外ドラマだとそんな感じだった》
「欧米人は即物的だからなあ……」
自分がウエットすぎるのではないかとは思う。ただ、まだ理性で感情に折り合いがつけられるほど、恋愛経験豊かでも大人でもなかった。
《とりあえずもう婚約しちゃったんだから、後は流れに身を任せなさい。そもそも告白するかどうかでうじうじ悩んでいるような状況は、とっくにすっ飛ばしちゃったんだからさ。アタシああいうの見てるとイライラするのよね。神の力で2人とも全裸にひん向いて○ックスしないと出られない部屋に放り込んでケダモノのような声を出させたいそして思い切り冷やかしたいお前ら口ではえらそうな事言っておきながら一皮剥いたらケダモノと同じだなって》
「最後すごい早口だな……。どうしてお前みたいなのが女神になれたのか本当に不思議だよ……」
康大は心の底から呆れた。ミーレと話すと悪い意味で感心することが多すぎる。
ただ、彼女との下らない話は、いつも康大を取り戻させてくれた。
「……とりあえず、余計なことは考えないで、今まで通り接するしかないのかな。上手くやれる自信は無いけど」
《それがいいわね。それじゃおやすみ、アタシの夜はこれから始まるけどナ! イッツパーリナイ!》
「はいはいおやすみ」
その言葉を最後に2人の会話は終わり、康大はいつも通りの眠りへと落ちていった……。
今回は前書いた短編みたいな内容デス