第::->(16)話
この話だけ視点がフォックスバードに変わります
「随分焦っているようでござるな」
「……なるほど、そういうことか」
圭阿並の的確な現状分析が出来、さらに人の嫌がることに関してはエスパーもかくやというほどの推察力を発揮するフォックスバードは、悪霊の焦燥の原因をすぐに理解する。
とはいえ、まだ推測の段階で確証はない。
それでも確かめてみる価値は充分にあった。
「圭阿君、一斉にあの死に損ない近くの本棚に向かって、苦無を投げてくれないかい? とにかく一斉に、出来るだけ多く投げて欲しい」
「それは構わないでござるが、本に被害が出ないようにするのは些か難しいでござる」
「いや、2,3冊ぐらいなら穴を開けても構わないさ。そこは僕が上手く補修するから」
「しからば!」
圭阿は言われた通り、指の間に挟める8本と、口に挟んだ1本の合計9本の苦無を天井に向かって一斉に投げる。
その内の何本かは腐竜の身体を貫通しながら、目的の本棚に進んで行った。
【――ックソがァ!!!】
今までこちらの攻撃にはほとんど無反応だった悪霊が、苦無に向けて氷塊を当てるという初めて明確な防御反応を示す。
それを見たフォックスバードがいやらしい笑みを浮かべた。
推測が確信に変わった瞬間だった。
「圭阿君、あの唯一苦無が刺さらなかった本棚を、本ごとでもいいから爆裂苦無で吹き飛ばして欲しい」
『ええ!?』
圭阿ではなく、2人の元に戻ってきた康大とハイアサースが驚いた。
「いや、そんなことしてもしあの本棚に目的の本があったら、読めなくなりますよ!」
「まあそこらへんは僕が上手くやるさ、ただあまり迷っている時間は無いんだよ。そろそろ室温も凍死レベルまで下がってきたし、腐竜の狙いが僕たちに向かないとも限らない」
「それはそうですが……」
康大は白い息を吐きながら釈然としない顔をする。
しかし、圭阿は疑問を口にする前に既に行動を起こしていた。
彼女にとって、命令は絶対であり、重要なのはそれが出来るか出来ないかの一つしかない。出来なければ再考を促すが、出来ればその内容が何であれやらない理由にはならなかった。
「覇っ!」
圭阿の爆裂苦無が一直線に本棚に向かって飛ぶ。
その攻撃は悪霊も予想していたのか、狙っていた本棚の前に巨大な氷塊を出現させた。
結果、氷塊にぶつかった瞬間苦無が爆発し、天井付近に浮かんでいる全ての本棚が大きく揺れる。
その衝撃で本棚を束縛する力が失われたのだろうか。
全ての本棚は一直線に地面に落ち始めた。
「こっちでござる!」
落ちる本棚の位置を瞬時に把握した圭阿は、3人を自分の周りに引き寄せる。
それでも最低限の魔法はかかっていたのか、本棚は自由落下終了直前で慣性が緩和され、中の本共々無事に着地した。
だからといって、何百キロの本棚が落ちてきたことに変わりはない。下にいたら確実に押しつぶされていただろう。
実際、多くのスペクターはその被害に遭い、火葬されたようにボロボロに骨を砕かれ、本棚の土台になった。
「もうこうなったら、何をすればいいかだけ教えててください!」
康大は現状の理解を半ば諦めた。
腐竜の暴走から今まで、康大の予想通りだったことは一つもない。
康大の質問に対するフォックスバードの答えは簡潔だ。それだけでなく、行動理由さえも過不足なく説明されている。
「本棚の中にあの死に損ないの依り代となっている本がある。それを破壊して欲しい。尤も、今は床に落ちてシャッフルされてしまったがね。とはいえ邪悪なものだから、ハイアサース君の力ならすぐに見つけられるだろう」
「まかせろ!」
圭阿とは別の理由で考えることを放棄しているハイアサースは、言われた通り、すぐにそのために必要な魔法の詠唱を始める。こういう時だけは、深く考えない彼女の脳筋的思考回路が逆に心強い。
魔法自体は簡単なのか詠唱は一瞬で終わり、
「あれだ!」
ハイアサースはすぐに目的の本棚を指さした。
【させるか!】
フォックスバードの意図に気付いた悪霊が、本棚の仕切によって作られた狭い通路から、スペクターを康大たちの元に送り込もうとする。
目的の本棚までは、そのスペクターがひしめく通路を通り抜けなければならない。
圭阿が目で「拙者が行きましょうか?」と尋ねたが、フォックスバードは首を振った。
彼の頭の中では本棚が床に落ちた時点で、既に勝負は決していたのだ。
本棚の操作権を悪霊の隙をついて奪い返した時点で。
フォックスバードはこの部屋に初めて入った時と同じように、空中に見えない操作盤を出現させる。それを満足そうに見た後、あの時と同じように手を使って操作を開始した。
すると、目的の本棚が進行上にいたスペクター達を蹴散らしながら、すさまじ勢いでこちらに向かってくる。
【な、なんだと!?】
悪霊の声が焦燥から恐怖へと変わった。
その時、フォックスバードはこの場所に来てから最も楽しそうで、最もいやらしい笑みを浮かべる。
「書庫の操作権が戻ったら、こうなることは火を見るより明らかだろう。まったく、君が阿呆で助かったよ」
そう言って目の前に来た本棚から、1冊の黒く薄汚れた本を取り出した。ここまで近づけば、フォックスバーならハイアサースの力を借りずとも目的の本は分かった。
【や、やめろぉ!!!!!!!】
フォックスバードは悪霊の声を無視して、ぱらぱらと本をめくりため息を吐いた。
「君の依り代にしているこの本は、君自身が納めた本だね。しかしまあ、なんて恥ずかしい内容だ。文章も冗長だし、内容はほぼ先人の盗用ときた。この程度の愚書をよく納める気になったものだね」
【き、貴様に何が分かる!】
「さあ? 別に分かりたくもないかな。さて、君のその下品で不愉快でうんざりする声を聞くのもこれで最後だねえ。いやあ、魔力は三流もいいところだけど、僕を不快にさせる能力だけは認めてあげるよ。それじゃあ、とっとと消え去れクソ野郎」
【ぎぃぃぃぃぃいいいやぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!】
それが悪霊の断末魔だった。
フォックスバードが手に取った本を魔法でそのまま燃やすと、悪霊も同時に燃え始める。
【わ、私の知識が……私の全てが……お願いだ……奪わないでくれ……お願いだ……】
「敵意、嘲笑、焦燥と来て最後は憐憫か。クズに相応しい末路だね。まああの世で自分が殺した連中と仲良くしてるがいいさ」
「・・・・・・」
悪霊のしてきたことを許す余地はないし、その身勝手な懇願は聞くに値しない。ただ、康大はフォックスバードのようにあそこまで非情になることは自分では不可能だろうな、と心の底から――。
(思ってるだろうなあ、康大君のことだから)
フォックスバードは内心苦笑する。
やがて悪霊の声も消え、スペクター達もその身体を維持出来ず灰となって消えていく。室温は未だ氷点下レベルだが、それもしばらくすれば上がっていくだろう。
ようやく全てが終わったのだ――。
次話からはいつも通り康大中心です




