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第14話

 その景色を一言で例えるなら図書館。

 それも「大」がつくほどの本で満たされていた。

 康大はその光景に、一瞬言葉を失う。

「僕もここには初めて来たけど、予想以上に本が収納されているね」

 康大ほどの感動は見せなかったが、フォックスバードも彼なりにこの光景に感心していた。


 4人が扉をくぐった先に待っていたのは、隙間なく本が詰められた本棚が整然と並び、かつそれが延々と続くという、文字通りの書庫だった。湿気などそういったことを考えてか、室内は全て水分を吸収しやすい木で作られており、また本棚と本以外何もない。明らかに館の外観に合わない広大な空間は、ただ本を貯蔵するためだけに存在していた。

「世の中にこんなに本があったのか……」

 活字とは最も無縁そうなハイアサースは、感嘆のため息を漏らした。尤も彼女の場合、聖書は毎日欠かさず読んでいるのでそこまで文盲というわけでもないが。

「ここはおそらく2000年ぐらい前から、ありとあらゆる人間やそれ以外が本を収めていったからね。罠を作った阿呆のせいで近年は激減したけど、それでもやっぱりかなりものがあるよ」

 フォックスバードは手近にあった本の背表紙を愛おしそうになぞりながら言った。研究者と名乗るだけあって、やはり本には目がないらしい。

「しかしこれでは些か多すぎるのではござらんか? どうやってこの中から目的の本を見つけるのでござる?」

「あともう一つ、墓場って言うのも気になる」

 康大は圭阿の疑問に付け加える。

 あの本は表紙がその先を表現していた。確かに、本はこの場所にたどり着くための鍵であったが、それだけとも思えなかった。実際ここに来るまで、図書館と墓場がミックスしたような場所に送られるのではと思っていた。

 2人の呟きにフォックスバードは少し考え、

「康大君の疑念には僕では答えられない。だから圭阿君の疑問にのみ回答しておこう」

 そう言った。

「圭阿君が心配している通り、ここの蔵書量は莫大で、さらにあらゆる言語の本が存在しているため、闇雲に捜せばそれだけで一生を終えてしまうかもしれない。ただそれは、実際に館を利用していた人間達も考えていたことなんだ。そこである有能な魔法使いがとても便利な魔法を作り出し、それは館を出現させる魔法と共に知者達に広まった――」

 フォックスバードはそう言うと、呪文を唱え始める。当然手枷はしているままだが、この呪文もそこまで魔力が必要ではなく、影響はないらしい。

 この時フォックスバードが唱えた呪文は、幸か不幸か康大にもところどころ理解出来る言葉だった。

 ただ。


「search program run……index.exe……create unique……」


 その呪文には明らかに英語で、フォックスバードが英語を理解していないのは不自然な気がした。さらに;(セミコロン)や*(アスタリスク)といったた単語も含まれ、まるでプログラミングコードを呪文にしているようだった。

「……これでよし」

 そうフォックスバードは呪文の終わりを告げたが、見た目は何も変わっていない。

 せっかくなので何か起こる前に、康大は自らの疑問を解消させることにした。

「あの、今の呪文明らかに英語使ってたんですけど、フォックスバードさん本当に英語知らないんですか?」

「えいご? 恥ずかしながら僕は今唱えて呪文がどんな意味か、さっぱり知らないんだよ。僕が知っているのは、発音とその際の魔力の込め方だけさ」

「そういえばコータは寝ていたが、館を出現させる時も似たような呪文を使っていたな」

「つまり大昔の人間はある程度プログラミングを理解していたのか。それが逆に今の時代になって影も形もなくなったと」

 実はこの世界は、現代文明が滅んだ後の地球だった――ッ! とミーレの話を聞く前なら想像できただろう。しかしこのセカイは時間軸も元の世界と同じで、次元だけが違うのだ。同じ地球で、遙か昔に同じ文明が栄えたとは考えづらい。

(あれ、でもそう考えるとそんな大昔にプログラミングなんてあるはずないし、結局どういうことなんだ? ひょっとして俺がいるセカイの文明レベルだけ極端に遅れているとか? なんかもう考えれば考えるほど訳が分からん……)

 康大は頭を抱える。

 一方、フォックスバードは余計なことは考えず、しっかりと優先順位を弁えていた。

「まあ時間があれば僕もそのあたりの研究をしたいけれど、残念ながら今はその余裕がない。とっとと必要な物を探そう。えっと……インテライト初代の医学書ならだいたい500年前ぐらいかな……」

 フォックスバードはそう言いながら何もない空間で、手を縦に動かしたり横にスライドさせたりする。ハイアサースと圭阿にはそれが何の意味を持っているのか全く分からなかったが、康大にはばかでかいスマートホンを操作しているように見えた。

 やがてフォックスバードの操作に連動するかのように、本棚が独りでに動き出す。本棚の重さは康大がざっと見た限りでも自分の体重の倍はありそうで、それが空を飛ぶというのだから壮観だ。


「すごいな……」

「ああ、鳥肌が立ってきた」

 ハイアサースが腕をさする。

 康大も同様に腕をさすりながら、その意見に同意した。

「奇遇だな、俺もそうなんだ」

「ちなみに拙者もでござるよ」

 さらに圭阿まで同じようなことを言う。

「僕もだ」

 しまいには操作している本人であるフォックスバードまでそんなことを言い出した。

 ここまでくればそれが異常だと、皆も理解し始める。

「……本当に部屋の温度が下がってる!?」

「左様でござるな。しかし何故?」

「おそらく僕がこうして資料の検索を始めたことが、何らかの引き金になったんだろう。そしてほら、向こうを見るといい」

 フォックスバードに言われて視線の先を追うと、部屋の奥の方に、ゆらゆらと頼りなく揺れる()()があった。

 遠目では布きれが棚引いているようにしか見えないが、本当にそうならそろそろ地面に落ちていないとおかしい。

 それは次第に落ちるどころか大きくなり、やがてその中心部に顔のような物が現れた始めた。その何かを中心に、周囲の空気がさらに下がっていく。それだけではなく、その何かは口では説明できない嫌な気配もまき散らしていた。

 あれが何者であれ、()()()()()()であることは明らかだ。

「フォックスバードさんどうします!?」

「とりあえず目障りだからこうしよう」

 フォックスバードは本人にしか見えない眼前の操作盤を操り、ハイアサースのような豪快さで本棚をその何かに叩き付ける。

 康大はその智者とは思えない潔さに唖然としたが、幸か不幸か本棚はその何かを通り抜け、壁にぶつかりそうになった。

「おっと、あぶないあぶない。本を駄目にするところだった」

「フォックスバードさんもそういうことするんですね……」

「どういう意味か分からないけど、鬱陶しい蚊がいたら叩き潰すものだろう?」

「・・・・・・」

 名目上とはいえダイランドの師匠を名乗るだけあって、思考回路は世紀末のそれに近いようだ。康大にはこのフォックスバードと対立した時、勝てる未来が一切想像できなかった。

 本棚をいきなりぶつけられたことが切欠にでもなったのか、何かは突然身体を震わせる。

 そして音波ではなく、脳に直接届く声でその場にいる全員に言った。


【ここにある知識は全て私ものだ! 私こそが全ての英知の結晶なのだ! 何人たりとも認めん!】


 エゴの塊のような言葉は、聞いていて不快以外の何物でも無い。その声には嫉妬やそねみ劣等感といった負の感情がまとめて込められ、好感度を抱く余地は皆無だった。

 この中で、アンデッドに関してはフォックスバードと張るほどの知識を持っているハイアサースが、それを睨む。

「醜悪な妄想に取り憑かれた薄汚い亡者が……!」

「おそらくアレがここで死んだ、最初に罠をはった智者のなれの果てだろう。死後まで妄執に取り憑かれ、輪廻の輪から外れただけでなく、守護者と錯覚し悪霊に成り果てたようだ」

 フォックスバードも表情は変わらなかったものの、その瞳にはありありと軽蔑の色が浮かんでいた。

「しかし面倒だな。あの虫けらが妨害して、検索が中断されてしまった。もうさっきみたいに棚を動かすことさえ出来ない。やれやれ、どこまで僕を苛つかせてくれるのかな」

(うわ……)

 康大の背筋に冷や汗が流れる。

 感情を露わにしてそう言ったのなら、それほど恐怖を感じなかっただろう。普段と変わらぬ表情のまま、抑揚のない声で言うから恐ろしいのだ。


【悉く死ね!】


 2人の挑発に反応したのか、悪霊はより明確な敵意を4人全員に向ける。

 それと同時に、全ての本棚が宙に浮いた。どんな状態でも本が下に落ちないところを見る辺り、その辺りの気配りだけは出来るらしい。

 その気配りの100分の1でも生きた人間にできれば、おそらくあの悪霊ももっとマシな死に方が出来ただろう。康大にはそう思えてならなかった。

 とはいえ、もちろん同情する気は欠片もない。

 本棚を浮かして空いた空間から、雨後の竹の子のごとくゾンビ――それもしっかり武具を装備した死体軍団(アンデッドアーミー)を召喚するような者には特に。

「墓場って結局こういう意味だったのか! まあ最初からすんなりいくとは思ってなかったけどね俺は!」

「しかしどうするでござるか? 相手はこちらの攻撃が通じない様子」

「そこで私だ!」

 自称騎士、本職聖職者のハイアサースがここぞとばかりに胸を張って言った。

 日頃は頼りにならないことこの上ないハイアサースだが、こと聖職者……というよりこの場合祓魔師(エクソシスト)的なことに関しては、態度通りの信頼が置けた。

 ただ不安な点が何もないわけでもない。

「けどハイアサース、アンデッドの数は滅茶苦茶多いぞ。どんどん増えてるし逃げ場も隠れる場所もないし、下手するとあの廃墟以上の数になる。さすがにそこまでの聖水は持ってないだろ。あの時みたいな壁みたいなのは無理じゃないか?」

「確かに。"神の御城壁"をここでするのにはさすがに聖水が足りない。だがあれはあの時の状況を考えて使ったまでのこと。ここには助ける人間も守るべき人間もいない。"聖域への帰属"を使って死者達を一掃しよう!」

「ほう、君は"聖域への帰属"も使えるのか。これは今まで随分と過小評価をしていたみたいだね」

「?」

 康大は不思議そうな顔をする。

 ハイアサースとフォックスバードの間で会話が成立しているようだが、康大には訳が分からない。最初から理解するのを諦めている圭阿は、眉1つ動かさなかったが。

 2人でよく分からない会話をした後、ハイアサースは康大に分かりやすい話をした。いつもとは完全に立場が逆転している。

「やることは以前とほぼ同じだ。私が地面に聖印を書くので、その手伝いをして欲しい。かなりの規模になるので、大変な作業だが」

「そういうことなら任せろ。まあ俺も現状、お前に頼まれたことしかすべきことなんて思いつかないし」

「では皆で作業を分けよう。僕はあの死に損ないを牽制する。ハイアサース君は"聖域への帰属"の為の準備をし、康大君はそのサポート。圭阿君は状況を見て誰かをサポートしてくれ」

「あと念のため言っておくが、あのアンデッドはスペクターで物理的な攻撃が効く。背骨を切り裂けばものの役には立たなくなるはずだ」

「了解」

「わかったでござる」

 フォックスバードとハイアサースの補足を受け、康大と圭阿は頷く。

 この4人なってから、こういうやり取りは初めてだった。今まではずっとフォックスバードと康大が頭を使い、それに女性2名が従っていたのだから。

(今後もこのままだと楽でいいんだけど)

 今まで散々頭脳労働を強いられてきた康大は、そう思わずにはいられなかった。


 4人が話し込んでいる間にも、スペクター軍団はどんどん近づいてくる。それに加えてどんな魔法を使っているのか、周囲の空気も息が白くなるほど寒くなってきた。このままあの悪霊を放っておけば、凍死するのも時間の問題だろう。

「いくぞ!」

 ハイアサースは自らに気合いをつけるようそう言うと、ポケットから小さな筆のようなものを取り出す。

 それに別のポケットから取り出した瓶詰めの聖水をかけると、筆は剣と同じ大きさまで巨大化した。


「私は聖印を書いている間無防備だ! しっかり守ってくれよ!」


「ああ! ……いや、でもそもそも……」


 ハイアサースの勢いに押されいったん力強く答えた後、康大はある根本的な事実に気付き、すぐに冷静になる。

 おそらくまだその事実に気付いていないハイアサースは、真剣な表情で地面に字を書き始めた。

 やがてスペクターの先頭集団とハイアサースが指呼の距離まで近づく。

 ハイアサースはそれに気付いていなかった。

 ()()()()康大もハイアサースについてはいくが、その足取りはゆっくりで、それほど焦ってはいない。

 圭阿には康大がそこまで悠然としている理由が分からなかったが、康大に倣い苦無を放ったりはしなかった。

 そしてついに先頭のスペクターがハイアサースの真っ正面に立つ。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 ハイアサースが退かずに一直線に進むと、スペクターは何も言わずにその道を譲った。

 さらに後から来たスペクターも同様で、その剣を振るうことはなく、迷惑そうにハイアサースを避けながら前に進む。ハイアサースの後に続いた康大に対してもその態度は同じで、2人の存在は満員電車に置かれた荷物のようなものだった。

「これは……」

 離れた場所でその様子を見ていた圭阿が、隣にいたフォックスバードに尋ねる。

「まあ彼らはアンデッドから、風景の一部と思われているようだからね。それは召喚されたスペクターが相手でも変わらないということさ」

「なるほど、言われてみればそうでござった!」

「けれど、あの死に損ないに対してはそうでもないらしい」

 フォックスバードは、憎悪に満ちた目で2人を見下ろす悪霊の敵意に気付いていた。加えて悪霊の回りに集中していく、邪悪な魔力の存在にも。

 悪霊の目の前に氷の塊が突如現れ、それがハイアサースと康大に向かって飛んでいく。

 圭阿もこれは全く予想出来なかったため、反応が遅れた。

 しかし、フォックスバードにとっては完全に予想の範囲内で、


【!?】


 氷塊は2人にぶつかる前に空中で蒸発する。

「二流に相応しい三流の攻撃だね」

「さすがふぉっくすばーど殿!」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、スペクターがかなり近づいて来たから、どうにかしてくれないかな。彼らは一直線に僕たちのことを狙ってるんだよね」

「委細承知!」

 そう答えると、圭阿は群がるスペクターに向かい苦無を投げる。

 その苦無は明らかに地面に向かって投げられたもので、到着と同時に爆発を起こした。

 当然、先を進んでいた康大とハイアサースが影響を受けない計算の元放たれたものであるが、康大は思わず後ろを振り向いた。

「爆裂苦無か……そういえば1本だけ残ってるとか言ってたな」

「・・・・・・」

 振り返ったのは康大だけで、ハイアサースは一心不乱に地面に筆で線を引いていた。

 やっていることは重要かつ最も危険な場所にいるのに、2人の作業はとことん地味だ。

 スペクター達はぶつかることはあっても、攻撃することは一切無い。本当に道ばたにある岩のような扱いだ。

 そうあることがどれだけ重要か分かっていても、人間性を否定されたようで康大は切なくなる。

 そんな康大の心情など全く察していない様子で、ハイアサースは作業を続ける。

 何か手持ちぶさたになってきた康大は、改めて部屋の様子を観察してみた。

 本棚が浮いて見通し易くなった部屋はざっと見た限り、およそ100メートル四方ほどの広さがあった。この空間全てに字を描くのは邪魔が入らないとはいえ大仕事だ。しかもスペクターはまだしも、悪霊は的確に康大達を狙っている。フォックスバードのフォローがあっても、いつまで防ぎきれるか分かったものではない。

 そんなことを考えているうちに、当のフォックスバードが圭阿に担がれスペクター達を大きく飛び越して現れる。散々2人で引き寄せ、かつ爆裂苦無でなぎ払ったせいで、今は康大達のいる方が手薄になっていた。

 それでも倒したそばからわき出てくるので、全体数はそれほど減ってはいない。いや、むしろ増えていた。

「やあ、調子はどうだい?」

「ハイアサースはしっかりとやってるみたいですけど、広さ的に終わりが……」

「いや、この様子ならそれほど時間はかからないだろう。"聖域への帰属"は十時に書けば事足りる。そうこういっている間に、どうやらハイアサース君は一字は書き終わったようだね」

 気付けばハイアサースは壁の縁あたりまで、文様のような複雑な栓を描き終えていた。

 それと同時に筆も小さくなる。

 それが聖水が切れた合図なのか、再び聖水をかけると筆は元のように大きくなった。

 その刹那、再び悪霊の氷塊が4人を襲うが、この行動を読んだフォックスバードにより事なきを得た。

「後残り一字を描けば、この部屋のスペクターは一掃され、新しくわき出ることもなくなる」

「便利な魔法だな。あの時もそっちの方が良かったんじゃないか?」

「残念ながらこれは屋内専用だ。土の床では使えん。後は――」

「拙者達がすぺくたーと悪霊を牽制しながら、はいあさーす殿が描き上げるだけ、ですな」

 そう言って圭阿はスペクターに向けて苦無を投げる。爆風に気をつける必要から放たれた苦無は、より強い爆発を起こし、スペクター達に武器を振るわせることなく爆散させた。

 どうやら爆裂苦無を事前に追加していたらしい。その材料がどこにあるのか分からなかったが、康大にはそれ以上に爆発による酸欠が気になった。

 そう思うと、心なしか呼吸も苦しくなってくる。

「あのさ、圭阿、爆裂苦無をあまり多く使うと空気が……」

「ああ、それは杞憂だよ康大君。ここは人がいる限り、無尽蔵に空気が入ってくる構造になっているんだよ。まああくまで僕たちに伝わる噂が情報の出所だけど」

「そういうことなら……」

 どうやらフォックスバードの言うように杞憂だった……と思った方が気が楽なので、康大はそう思うことにした。

「だがこの"聖域への帰属"をもってしても、あの悪霊は消せないだろう。残念ながらこの場所との結びつきがあまりに強すぎる。執念の強さはそのまま存在の強さだ」

 次の一字を書き始めながら、苦々しそうにハイアサースは言った。

「かといって拙者の苦無も効かない故、どうしたものか……」

「その点に関しては僕がなんとかしよう。おそらくハイアサース君が"聖域への帰属"を完成させれば、これは消えるはずだから」そう言ってフォックスバードは件の手枷を持ち上げる。

「だからそのまま続けて欲しい。今回の戦いが上手くいくかどうかは、ハイアサース君にかかってるんだよ」

「任せろ!」

 ハイアサースは力強く頷き、再び字を書くことに集中し始める。もし康大がフォックスバードにそんなことを言われたら、プレッシャーに押しつぶされていたかもしれない。

(頭が軽い分、そういうのが俺達の中でも1番強いのかな……)

 フォローという、あまり責任感のない任務を割り当てられた康大はそう思った。

 実際、スペクターから襲われない以上、やることと言えばせいぜいライブ会場の警備員のように、進路場にいる邪魔なスペクターを脇に寄せるぐらいだ。

 やがて攻撃対象が背後に移動したことでスペクターの集団が振り返り、再び最初と同じような展開になる。

 相変わらず悪霊の攻撃も単調で、発動と同時にフォックスバードに防がれているし、このままなら凍死する前に片がつくだろう。


 ――そう思うと絶対に碌な事が起こらないので、康大はなるべく考えいなようにしていた。


 しかしやってることが単調な人員整理だけだとどうしても飽きてしまい、余計なことを考えてしまう。


 それがよくなかった。


「……動きが妙だな」

 フォックスバードが不意に呟いた。

 その一言で康大は冷水を浴びせられた気になる。やはり来るべき時が来てしまったか、と。

「どういうことでござるか?」

「いや、あの死に損ないがさっきから魔力を集めるだけで、それを放出していないんだ。何か大がかりな魔法の準備をしているようだね。本来なら今こそチャンスなんだけど、残念ながらこちらには有効な攻撃手段がない」

「つまりはいあさーす殿が魔法をより早く完成させることを願うばかりでござるか」

「いや――」

 フォックスバードは首を振る。

 

「どうやら今終わったようだ」


 そして戦いは第二局面を迎える――。

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