第12話
2人で扉を抜けると、そこには一直線の廊下が待っていた。
城や豪邸にあるような背の高い絨毯が敷き詰められた、ファンタジー的な廊下ではなく、本当に飾り気のない床に内装だった。もし床が石ではなくタイルであったなら、「元の世界に戻ったのかな」と思えるほどの学校ぶりである。
木戸のため外の様子は見られないが、そちら側が校庭……ではなく外に面し、向かい側に連なる扉の先にはトラップ満載の部屋が控えていることは明らかだった。扉側も窓側も壁は真っ白で、扉にしても何の特徴もない木の扉で、中に何があるのかは外からでは全く分からない。
とはいえ、今度は今までと違い、入る部屋を選べるらしい。
康大とハイアサースとりあえずどこにも入らずに、廊下を進む。もちろんそれは康大の提案で、ハイアサースは早速手近な部屋に入ろうとしていた。
「……あ」
少し歩いていると、先頭にいたハイアサースが見慣れた背中を見つけた。
視力の良いハイアサースがまず彼らに向かって走り出し、そのあとに康大が慌てて続く。
突然走り出したハイアサースに康大はまた吃驚したが、幸いにも彼らは現実の存在だった。
「フォックスバード殿! ケイア!」
「ああ、ハイアサース君、よかった、無事だったんだね」
「健勝そうでなによりでござる」
振り返ったフォックスバードと圭阿も、安心したような顔を見せる。
「どうも、2人とも結局入ってきたんですね」
「まあね。急いでいるのだからあまり悠長にはしていられないさ」
「フォックスバードさんでも、この館の謎には手を焼きましたか?」
わずかに優越感を交えて康大は言った。無事なのだから突破したことは明らかだが、自分の方が上手くやれたのではないかという、わずかな自負心があった。
康大の言葉に、フォックスバードは表情を変えないものの、圭阿は複雑そうな顔をする。
「圭阿?」
「いえ、突破はしたのでござるがそれがなんとも力技というか……」
「力技?」
「なに、大したことじゃないさ。僕はその罠に使われている魔法の構成を解読して、それ自体を力尽くでぶっ壊したんだ。僕は人を踊らせるのは好きだけど、自分が踊るのは耐えられないからね」
「・・・・・・」
フォックスバードの話を聞き、「やはり次元が違った」と康大は改めて認識させられた。
「さて、これで皆合流できたな。フォックスバード殿、これからどこに行けば良いのか貴殿は知っているか?」
「自信を持って知っている……と答えたいところだけど、僕はそこまで有能では無いんでね。かといって虱潰しにやると時間がかかる。ここは魔法で――」
そう言いかけたフォックスバードの両腕に、不意に光が集まる。それはやがて輪っかのような――言うなれば手かせになった。
突然のことに驚く3人。しかし、当のフォックスバードだけは平然としていた。
「制御枷か……。なるほど僕が今まで散々好き放題したから、なんらかの装置を発動させてしまったらしい。これで僕の魔力を押さえつけるつもりらしいけど――」
フォックスバードが微かに力を入れると、その制御枷はガラス細工のように砕け散った。
しかし、またすぐに光が集まり、壊れる前の制御枷と寸分違わぬ物がフォックスバードの腕に完成する。
「……とうやらこの制御枷を作るシステム自体を解析しなければならないようだね。しかしその大元がこの館のどこにあるのかさえも分からないから、骨が折れるな。時間に余裕があれば良いけれど、今の状況だと厳しいだろう」
「つまりこれからはフォックスバードさんの魔法無しと言うことですか?」
「まあそうなるね」
あっけらかんとした態度でフォックスバードは答えた。
せっかく最大戦力と合流できたというのに、合流と同時に戦力として計算できなくなるとは。
(あ、何か昔こういうゲームあったな。あの時はムカついたけどリアルだと――)
「アハハ……」
乾いた笑いしか出てこない。
「しかし困ったでござるな。ふぉっくすばーど殿の魔法が使えないとなると、いったいどこの部屋を調べれば良いのやら」
「この建物は外から見た限り3階まであって、今ざっと調べた限り1階には10室部屋があった。ちなみに2人はここにくるまでいくつの部屋をクリアーした?」
「2つでござる」
「となると、俺達と合わせもまだ20以上はそのままの部屋が残っている可能性が高いな。だからといって手分けして探すのも……」
フォックスバードには魔法が無くとも、あらゆる知識と知恵があり、圭阿も阿呆ではない。ただ圭阿のそれは生存と戦闘方面に偏りすぎている。ハイアサースは論外として、一偏に多くの部屋を調べる場合、自分とフォックスバードの2つのチーム分けは継続せざるを得ないだろう。だからといって、虱潰しに部屋に入って調べるのは、とても効率が良いようには思えなかった。
「幸いにも、現状僕たちは入れる部屋を選ぶ事が出来る。ここは全員で情報収集してから、どの部屋に入るかを決めるべきだろうね」
「賛成です」
こうして4人で館を調査することになった。
2階に続く階段は廊下の行き止まりにあり、構造はやはり学校にある廊下の階段そのものだった。途中に踊り場があり、そこで方向転換して上に向かう。
2階も1階とほぼ同じ作りだった。唯一違うことがあるとすれば、1階に続く階段があることぐらいか。
結局何も手がかりを見つけられないまま、4人は3階に上る。再び条件反射的に扉を開けようとしたハイアサースには、圭阿が寸前で止めた。
3階も似たような……どころか同じ作りだった。意匠の欠片もない、殺風景を通り越した完全手抜きの内装である。
しかし、廊下の終点には幸いにもヒントらしきものがあった。
「これは……」
「地図だな」
康大の呟きにハイアサースが自信満々に答える。
当然、言われなくとも康大にだってそれぐらいは理解出来た。
廊下の終点には、明らかにこの館のことを描いたと思われる地図があり、しかも、部屋ごとの説明までついていた。もはやこれはヒントですらない、そのまま答えだ。
だが――。
「なんて書いてあるんだ、これ?」
それはあくまで読めれば、の話である。
「拙者にも何が書いてあるやら……。ふぉっくすばーど殿は?」
「うん、僕にもさっぱり読めない文字だ。つい最近までは見たことすらなかった文字だよ。つい最近までは、ね、康大君」
「まあ、そりゃそうですよね……」
康大は頷く。
その文字は康大が現実世界から着てきたTシャツに書かれている文字と、全く同じだったのだから。
だからといってゴーレムの時のような、日本語だったわけではない。それに、康大にしても完全に読めるわけでもない。
その地図に使われていた文字は英語だったのだから。
どこの世界の人間が何の目的で書いたのか、康大には分からない。
しかしそれは今は重要ではない。重要なのは、康大の学力でギリギリ読める字であったということだ。
康大は、「異世界に英語なんて必要ねーよ!」と言って英語を全く勉強せず、今は底辺校に通う末期の友人と違い、現実をしっかり見据えてちゃんと勉強をしてきた。そんな過去の自分を今更褒めたくなった。
「1階にあるGarden(花壇)とFog(霧)が俺達が入った部屋だろうな……。あ、部屋説の明以外にも何かあるな。何々、If you would go into the room,the all room would change with ……、げげ、悪質だ」
「どうしたんだい?」
「ある部屋に入ったら、その瞬間全ての部屋の配置が地図ごと変わるそうです。つまりこの地図の意味を理解出来ないと、同じ部屋に何度も入るハメに……」
「確かに悪質だねえ」
フォックスバードは苦笑しながら言った。ただしその目は全く笑っていなかった。
「それより早くどこに行くか教えてくれないか? 時間が無いのだぞ」
「ああ、そうだな」
珍しくハイアサースに窘められ、康大は再び真剣に英語を調べ始めた。
中にはStatistics(統計)やSlaughterhouse(屠殺場)など読めない文字もあったが、大部分は簡単な単語で、必要と思える部屋の目星はつけられた。
「とりあえず問題の本がありそうな図書館(Library)と本の部屋(Book's room)は分かりました。どっちが正解でしょうかね……」
「ふむ、この罠を作った人間に相応しい、底意地の悪いクイズだ。残念ながら僕にもどちらが正解かは分からない。しかしなんだかんだ言っても2分の1だ。僕たちは2組に分けられるし、ここで謎を解析するより、入ってしまった方が早いかもしれない」
「そうかもしれません」
フォックスバードの提案に康大は頷く。ハイアサースと違い、理論で考える人間がそう言っているのだから、それが一番の近道なのだろう。
「それではまた二手に分かれるとしようか。僕には文字は読めないが、康大君が文字の形状を教えてくれれば、間違った部屋に入ったとしても、その後地図を見てすぐに追いつけるだろう」
「じゃあ俺が正解の部屋に入った場合はどうします?」
「待っていて欲しい、としか言えないね。捜している本は僕にしか分からないだろうし、しまう本の関係上あまり色々して欲しくはないかな」
「分かりました。それじゃあ――」
今度は楽をしようと率先して圭阿とコンビを組もうとする。暴走しないという点だけでも、圭阿の方が遙かに楽だ。婚約者とか巨乳だとかいう話は、この際どうでもいい。
しかし、そんな康大の手をハイアサースがしっかり握った。
「私達が力を合わせれば余裕だな!」
「え? え?」
「ということは今回も同じチーム分けか」
「仲良きことは美しきことでござるなあ」
「え? え?」
「それで、僕たちが行くべきはどっちの部屋かな。それは君が決めていいよ」
康大が呆然としている間、勝手に話を進められる。ここまで状況が進むと今更「ハイアサースと圭阿を代えて」とは言えない。康大はそこまで空気が読めない人間ではない。
(それにハイアサース絶対凹むし、いちおう形の上とは言え婚約者だし……あ、これ詰んでるわ)
思わず康大は泣きそうになった。
「康大君?」
「あ、はい、ちょっと人生の無常を感じてました。えっとじゃあ2つの言葉を今から教えるんで、フォックスバードさんには近い方に入って貰って、その後部屋がシャッフルされたら、俺達がもう片方の部屋に入ります」
「分かった」
康大からレクチャーを受けたフォックスバードは、康大に確認をとりながら2人で3階の図書館の部屋の方に入っていった。
それと同時に地図の文字も代わり、何の皮肉か今フォックスバードが入った部屋が本の部屋になった。
「それでは私達も行くか!」
「あっ、はい」
康大は力なく頷く。
そんな康大とは対照的に、扉を開けるハイアサースは外見上はどこまでも頼もしかった……。