04 一番最後に気づく事
それは些細な事だった。
近くで落とし物を拾ったという通行人の人が、私の家を訪ねて来て、それを渡してくれたという事。
落とし物は小さな紙切れで、そこには私の名前が書かれていた。
その人は、落とし主に関係する人がひょっとして住んでいるのではないかと周辺を探したらしい。
それで、紙切れに書かれていた文字をヒントに探し、その文字とと同じ文字が書かれている表札を発見。私の家まで辿りついたと言うわけだった。
受け取ったそれは手紙だった。
書かれていた私の名前はおそらく宛名だろう。
そして、そこに書かれていた筆跡は、まぎれもなく篝の手で綴られた文字だった。
手紙の封を開けて読みたかったが、私は我慢した。
早く真実を知りたいと言う気持ちはあったが、親友である毬を置いて先に知る事などできなかったから。
私は急いで毬に連絡して神社に向かい、彼女に会いに行った。
二人で、紙切れを広げて書かれている文面を視線で追っていく。
『さっそくだけど、ごめん。
お前らがこれを読んでるころには、俺はこの世界からいなくなってると思う。
でも別に悲しくなる必要なんかねぇよ。
もともと事故で死んでたんだから。事実が元に戻っただけだし。
いないのが普通だったんだからな。
悲しむだけ時間と労力の無駄だと思うぞ。
もうちょっとマシな言葉が言えないのか、だって?
そんなの無理だ。なんたって俺はお前より頭悪いらしいからな。
別に気にしてなんかないけど。
話がずれた。
お前らはたぶん疑問に思うと思う。
何で俺が一度死んだって事を、俺自身が知ってるかって。
二回目になるけど、またごめん。
それは、お前らが話してるのを聞いちまったからだ。
でも、別に盗み聞きしようとしてたわけじゃないぞ。偶然聞こえちまったんだから、しょうがないだろ。
俺は悪くねぇ。
嘘です、ごめん。
それでもっとその話の事が色々知りたくなって、毬の親父さんに神社に伝わる話をいくつか聞いたんだ。
けどな、俺って一週間たったらまた消えちまうらしい。
急にいなくなったら、お前らびっくりするかもしれないな。
お前らが俺をいつ生き返らせたのか分かんなかったから、俺はいつまた死んだ事に戻るのか分からない。
だから今は、急いでこの手紙を書いてる。
本当はこんな事書きたくなかったけど、何が起きたのかずっと分からないで気にしてるのも嫌だろうなって思ったから、書く事にする。
一度死ななかった事になった俺は、またいつか、たぶん遠くない日に死んでいた事になる。
だから、死んじまったとしても俺の事は気にするなよ。ずっと悲しんだままでいたら、俺がちゃんと成仏できないし。
だから、二人は絶対に元気でやっててくれ。そうじゃないと承知しねぇ。
時々俺がいた事を思い出して、毬と二人で思い出話をしてくれれば、それだけで俺は満足だし。
そういう事だから。
死んだ人は生き返らない。
だからお前らは「二人」で仲良く、前向いて歩いてけ。
俺が言いたいのはこれだけだ。
最後に……。
毬へ、俺は怒ってないからな。俺達はずっと友達だ!
そして……』
手紙を最後まで読み終えた私達は二人で肩を寄せ合って、しばらく涙を流した。
せっかく篝が残してくれた手紙だというのに、力が入ったせいで皺くちゃになってしまっているし、水を吸ってヨレヨレになってしまった。
そうだ、篝は間違っていない。
死んだ人は生き返らない、人生にやり直しはきかない。
起こってしまった事が、どんなに悲しくて理不尽だったとしても、私達はずっと頑張って生きていかなくちゃいけないのだ。
命がある限り。
だから、私はその言葉を口にする。
もっとちゃんと悩んで、後回しにしないで、真剣に向き合っていれば、きっとずっと前に気が付いていたかもしれない気持ちを。
「私も、篝の事好きだよ。好きだったよ」
それから、二人で大泣きする私達を心配してやってきた毬のお父さんに、お騒がせした事を謝ってある事を聞いた。
篝が死んでしまったこの世界では、彼が生き返っていた世界でやった事は、誰の記憶にも残っていないはずだけれど、聞かなければ気が済まなかったからだ。
私の質問を受けて、毬のお父さんは目を見開いて驚いた後、何かを思い出そうとするように深く考え込んだ。
そして、遠くの方を見つめながら言葉を返してくれる。
「そうだね。確かに私は、この神社にまつわる事を誰かに話したと思う。願い事が叶う期間の事や、その対価に魂を差し出さなくてはいけない事を。よくは思い出せないけど、その誰かは凄く真剣な表情をして必死だったから、つい教えてしまったんだよ。対価になってしまった魂を助ける方法はあるかって、願いを叶えて生き返った人間も、生きている人間と同じように願いを叶えてもらう事が出来るのか、って事も……」
私は毬と顔を見合わせて、頷きあった。
ずっと考えていた答えが分かった。
毬の魂を助けてくれたの篝だったのだ。
自分がとっくに死んでいた事が分かってショックでないはずはないのに、それでも篝は友達を助けるために、前を向いてどうにかしようと努力してくれたのだ。
「篝君、ごめんね。ごめんね。私も、大好きだったよ……」
私は、いや私達はもう間違えない。
どんなに悲しい事が起きても、きっと二人で手を繋いで乗り越えて見せる。
やりなおしが聞かない人生を精一杯に生きて見せるだろう。
いつか再会した時に、色んな思い出話をしてあげられるように。
いつまでもいつまでもずっと。
そうやって生き続ける。
だから……。
「篝も天国で笑ってて」
私はこの世界からいなくなってしまった友達へ向かって、たぶん心配で今も空から見守っているかもしれないそんな友達へ向かって、そう呟いた。