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02 こじれた関係



――それは少し前の出来事だった。


『ずっと前から篝君の事好きだったの。あの……つきあってくれないかな』


 毬が篝に告白した。

 その事を私は知っている。


 初めから知ろうとしたわけではない。そもそも毬がそんな気持ちを抱いている事すら私は気が付いていなかったのだから。

 きっかけはたまたまの事、偶然の出来事だった。


 忘れ物をとりに教室に戻った時。

 室内から聞こえて来た声は紛れもなく毬の声で、彼女の前には篝がいる事が分かった。


『……俺は』


 篝が何かを言いかける。


 私はその言葉の続きを聞く事ができずに、その場から身をひるがえしていた。


 胸の内で、心臓が暴れているのが分かった。

 私は動揺していたのだ。

 それは何故か。

 全ては分からないけれど、その時に抱いた感情の一部だけは分かる。


 仲が良かった二人が、どこか遠い所へと言ってしまう様な、そんな予感がして。


 私はそれを嫌だと思った。


 二人はきっとお互いの事を特別に大切にするだろう。

 私はどちらの事も良く知っているから、二人の性格がよく分かっていた。


 毬は優しくて、困っている人を放っておかないし、誰かが悲しんでいても手を差し出す事の出来る人間だ。

 篝は少々言動などが配慮にかける事があるものの、曲がった事が嫌いで、弱い物をのけ者にすることはないし、悪い事に手を出す事もない。


 だから、そんな二人はおそらくきっと、関係が進んでもちゃんと互いの事が思いやれるはず。

 誰かに気がうつるなんて事もないだろうし、他の事にかまけて相手に寂しい思いをさせる事もないだろう。


 だからきっととてもお似合いの仲になるはずなのだ。


 何も悪い事は無い。

 何もない、そのはずなのに。


 そんな風に二人の関係が進んでしまう事を私は嫌だと思っている。

 思ってしまっている。

 だから……、


 あの日も篝と喧嘩をしてしまったのだ。


『私なんかと話すより毬と話す方が楽しいんでしょ!? だったらさっさとそっちに行けば! 篝なんて大っ嫌い』


 きっかけは些細な事。

 一緒に遊ぶという約束をしていたのに、篝は他に外せない用事が出来てしまった。

 なんて、そんなありきたりな出来事。


 毬のところに行って、もしかして二人で仲良く遊ぶのかも。……と、そんな可能性が頭をよぎった瞬間、私は言葉が止められなくなって篝にひどい言葉をぶつけてしまったのだ。


 大事な親友と友達が、私の知らない所で、楽しんでいる。

 そんな想像をしたら、自分を止められなかったのだ。


 それは完全な勘違いだった事にも関わらず。


 後で確かめた時に、どんなに後悔しても遅い。

 時間は戻らないのだから。







 過去の事を思い出しながら家に向かって通学路を歩いていると、つい先ほど再生したばかりの声が私に話しかけて来た。


「ちょっと良いかな、話があるの。私の家まできてほしいんだけど」


 それは毬だった。

 どこか不安そうな様子で、こちらの顔色を窺う様な素振りを見せる親友。


「ごめん、今日は用事があって……」


 告白を盗み聞きしてしまた事や、胸の内に抱いている嫌な気持ちもあって、目を合わせて話をする事が出来ない。

 こんな状態で普通に接する事など無理だと思った私は、嘘を言って断ろうとした。


 さっと身をひるがえしてその場から去ろうとするのだが、強い力で腕を掴まれる。

 そして、いつもの毬とは思えない焦った声で制止された。


「待って!」


 いつも穏やかな調子で話をする毬が、どうしてなのか声を固くして言葉を続けて来た。

 何かあって毬は困っているのかもしれない、とそう思った私は親友の事が心配になった。


「どうしても、駄目かな。お願い。話したい事があるの」


 私の記憶の限り、毬は自分の我がままを相手に押し付ける様なことはしなかったはずだ。

 それなのに、目の前にいる親友は自分の要求を絶対に押し通そうとする。固い意思を秘めてる様な真剣な様子で私の反応を待っていた。


「えっと、ちょっとなら……」


 そんな風に言われては仕方がなかった。

 いくら微妙な関係になってしまっているとはいえ、毬とは親友なのだ。


 彼女の願いを無下にできなかった私は、自分の家へと向かうのを止めて一緒に毬の家の方へと歩いていく。


 到着するまで二人の間に会話は無かった。

 無言だ。


 私の隣を歩く毬は、これまでに一度も見た事がない様な固い表情をしている。どんな時でも……クラスのスピーチや文化祭の劇の時でも緊張した様子を見せなかった彼女なのに、一体何があったらそんな風になってしまうのかと、内心で首を傾げるしかなかった。


 やがて、毬の家へと辿り着く。

 そこは、つい先日も足を運んだ場所……神社だった。


 賽銭箱の前までやって来た、私達は立ち止まる。


 小さな神社でそれほど有名でもない場所だ。

 私達以外の人はいなかった。


 目的地を間違えたと言うわけではない

 毬の家はここの神社なのだから。

 証拠に毬がお正月や地域のお祭りの日などに、初詣のお客さんを相手にしてお守りはお札を売ったり、出店の店番などの手伝いもしている事を知っている。

 

「それで話って……?」


 無言の空気に耐えられなくなった私は、足を止めたのをいい機会だと思い、さっそく声をかけた。


「……実はね」


 毬は神妙な面持ちで話しだす。

 それは驚くべき内容の事ばかりだった。


「私、数日前に聞いちゃったんだ。篝くんを生き返らせてっていうお願い事をしてるところを……」


 誰もいないと思って言ったというのに、私の言葉はどうやら毬に聞かれていたらしい。

 だが、それだけではこんな場所でわざわざ話をする事もないだろう、とそう思いかけた私は直後にはっとする。


「篝が死んだ事、毬は覚えているの?」


 私の願いで、篝は死ななかった事になったはずだった。

 だから、篝が死んだと言う事は私以外は皆忘れてしまっているはずだ、それだというのに、なぜだか毬は覚えている。

 私はその事が不思議でたまらなかった。


「うん、だって私も篝君が生き返りますようにってお願いしたから」

「えっ!」

「だから、私達は一つのお願いを二人で叶えた事になるんだよ」


 毬も同じ事を願っていた。

 結構衝撃的な内容であるはずなのに、私は口ほどには驚いてはいなかった。


 なぜなら、毬は篝の事が好きなのだから、そうしてもおかしくはないと知っていたからだ。


「でも、問題があるの」


 けれど、毬は続きを口にする。

 彼女は、叶えた願い事は一つだけではないのだと。


「篝君が私の事を好きになりますようにって、そうお願いしちゃったの……」

「……毬が? 冗談だよね」


 述べられた言葉に私はすかさず聞き返したけれど、毬は首を振って冗談ではないのだと返事をする。


「どうして?」


 私には分からなかった。

 自分の心以上に分からない。


 毬は、優しい人間だ。

 誰にでも手を差し伸べて声をかける事が出来る人間で、だから自分の願いの為に誰かをどうにかしようなどとは、考えられるはずがないのだ。


「私はね、本当はそんなに優しくはないんだよ。そうだった、……って最近気づいちゃった。優しくしたら相手からも優しくしてもらえるものだって思い込んでたの。だから、いっぱい気にかけてあげた篝君が、優し私の事好きにならないはずがないんだって、そう思い上がってた」

「でも……」


 戸惑いながらも私は悲しそうにしている毬に向かって、どうにか言葉を紡ぎ出す。


「二人は両想いなんじゃ……」


 そこまで言ってしまってから、私は気が付いた。

 毬の告白に対する篝の返事を、最後の言葉を聞いていない事に。


「まさか……」

「うん、振られちゃったんだ。他に好きな子がいるからって。だからお願いしたの。あはは、そんな風に断られなきゃ、気が付かないなんて、私ってホントに駄目な子だな」


 目の前で目じりに涙を浮かべながら毬は、私の手を取って自分の手で優しく包み込んだ。


「友達が篝君のこと好きだって気が付いてないから、今の内ならチャンスだってそう思って願っちゃったの。ひどいよね。最悪だよね。友達失格だと思う」


 その友達が誰を指すのかは私には分からなかったが、涙交じりに聞かされる親友の懺悔の言葉はとても痛々しくて、それでとても悲しくて、すぐに聞いていられなくなった。


「違う。最悪なんかじゃない。だって毬は私に話してくれたから。ずっと黙ってる事も出来たのに、私にちゃんと話してくれた。だから最悪なんかじゃないよ。それに私には、毬が見返りの事を考えて人に優しくしてるようには見えなかったよ。毬が優しいのは本当の事だと思う」

「……そうかな」

「そうだよ」


 私には、分かる。

 だって毬はただの友達じゃなくて、私の特別な友達……親友なのだから。


 打算だけを考えて行動するような人間が、誰かの大切な人になれるわけないのだ。


 だから毬はきっと本当に優しい人なのだと思う。


「私も謝らなくちゃいけない事があるんだ」


 私は告白を盗み聞きした事や、胸の内に抱えている嫌な気持ちの事を話した。


「だから、これでお相子にしない?」


 全てを話し終えた私は、手を差し出す。

 私の意図が分かった毬はおずおずといった様子で手を伸ばし、こちらの手を握り返した。


 これが終わったら、きっと何もかも元通りだ。


「仲直りの握手。これが終わったら。私達、親友から隠し事なしの大親友になれるね」

「大親友かぁ。……篝君が好きになる気持ちちょっと分かった気がするなぁ」

「え? なに?」

「何でもないよ」


 私達はそこで、いつまでも二人で笑い合った。




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