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01 彼が死ななかった世界



 人生はやり直しがきかない。

 どうやったって起ってしまった事は無かった事にはできないし、時間を巻き戻してなかった事にはできない。

 後悔して、悲しんで、苦しんで。

 そうやって私達は過ちを抱えて生きていかなければならない。


 例えば、大切な誰かとケンカして心ない言葉をぶつけてしまった時。

 例えば、大切な誰かと下らないお喋りをして、その先二度と会えないとも知らずに分かれてしまった時。


 やり直しが聞かないのだから、前を向いて進んで行かなければならない。

 私達は、過去ばかり見つめていては駄目なのだ。


 仲違いしてしまった誰かと仲直りする為に。

 失くしてしまった誰かとのこれからの何気ない時間を、他の誰かには大切に使ったり。


 そうやって未来を向いて生きる事が、過去を無駄にしないって事で、大切な事なのだと思う。


 けれど……。


 けれど、もしその未来がどうしても受け入れられるものじゃなかったら、その時はどうすれば……良いのだろう。






 友達が死んでしまった。彼が。


「車道に飛び出したネコを助けようとして轢かれたんですって」

「まだ若いのに可哀想に……」


 近所のおば様達が噂している。

 私の知っている彼……数日前までは生きていたかけがえのない友達は、死んでしまったのだ。


 前の日にちょっとしたことで口喧嘩をしてそれきりで、まだごめんねを言えていなかったのに、死んでしまった。


 葬式が終わって、一週間が経って、そして噂すらされなくなっても私はその事実を受け止められないでいた。


 もしかしたら、今のこの現実は夢なんじゃないか。

 目覚めて起きたら彼がひょっこり現れて、何くわない顔をして「あはよう」って挨拶してくれるんじゃないかと。

 そう思える。


 でも、夢はいつまでたっても覚めない。

 その度にいつも私は思うんだ。

 これは夢なんかじゃなくて、現実なんだと。


 何度も何度も。

 同じ事をぐるぐると。

 繰り返して……。


 けれど、そんな私に声をかけてくれる子がいる。

 (まり)

 彼女は、私の心優しい親友。

 他の誰よりも熱心に私の心配をして、いつも労わってくれる子だ。


「大丈夫?」って、いつも私に声をかけてくれて。

 でも私はその言葉に応えられない。


 だって、彼がいないのだから。

 大丈夫になんてなれるわけがない。


 この先もずっと同じだと思っていた。

 けれど……。


 友達から聞いた話を脳裏に思い浮かべる。

 それは私の親友の家に関わる内容。

 その家……神社では、何でも願いを叶えてくれる気まぐれな神様が住んでいるらしいという事。

 

 だから、私はその場所に足を向けたのだ。


 彼がいない世界がどうしようもなく嫌になったから。


 そうして、神社にお参りをして私の願い事を行った時。

「彼の事を生き返らせてください、何でもします、何だってあげます」って、そんな風に行った時。


 どんな気まぐれで神様が微笑んだのか分からないけれど、到底叶うはずのない願いは叶ってしまった。

 不思議な事が起こって、彼は生き返ってしまったのだ。


 私の目の前には一つの変わってしまった世界がある。

 彼が死んだという事実がなくなり、彼が死ななかったというそんな世界が。







 それから数日後。


 学校の昼放課、私は彼……(かがり)に話しかける。


「ねぇ、宿題やった?」

「やってない」

「そんなの駄目じゃん。次の授業で提出だよ」

「謝ればなんとかなる。なんなら土下座する」

「クラスメイトの前で?」

「前で」

「かっこわる……」


 もうどうやったって聞けるはずのない声だったのに、今は当たり前の様に私の耳に届いてくる。

 失くしてしまった日常、当たり前の風景。

 私はそれがすごく嬉しくて、同時に凄く悲しくなった。


「そんな事言って、いつか後悔しても知らないよ。人生はやり直しが聞かないんだから」

「何だよ、急に。そんな頭良さそうな大人みたいな事言い出して」


 篝は知っているのだろうか。

 自分が一度死んでしまった事。

 家族でも友人でもない、道端を歩いてたたぶん全く知らないだろう猫を庇う為に死んでしまった事。

 知らないはずだ。

 知ってたら、こんな風に普通に過ごせるはずがない。


「人なんて、いつ死んじゃうか分かんないんだから」

「何か妙に実感のこもった言葉だな。何かあったのか」

「別に、何にも」


 何も知らないで呑気な顔して喋っている篝の事を見ていると、少しだけイライラしてくる。

 数日前は、篝が生きてただそこにいるだけで嬉しかったのに。

 人間とは何て、贅沢で慣れるのが早い生き物なのだろう。


 しばらく私達の間に無言の空気が満ちた。

 何となく決まずい思いをしていると、横から親友である毬が話かけてきた。


「篝君どうしたの? またケンカでもしたの?」

「ちげーよ。こいつが勝手にだんまりしてるだけだし」

「駄目だよ。仲良くしなくっちゃ。あ、でも篝君達の場合は、ケンカする程仲が良いって事なのかな?」

「はぁ? そんなわけねーし」


 毬は人懐っこい笑顔を浮かべながら楽しそうに篝を話をしている。

 人当たりの良い性格をしている私の親友は、誰とでもすぐに仲良く会話する事ができる達人なのだが、それを考えても特に篝とは仲が良かった。


 二人は話をしながらよく笑い良く喋っている。

 その様子は誰が見ても、誤解しようがないくらい仲の良い友達の絵だった。


 私の親友が私の友達と仲が良い。

 それは本来は歓迎すべき出来事で、喜ぶべき出来事なのだろうけど。

 私はなぜかその光景を、素直に受け入れる事が出来なかった。


 理由は分からない。

 最初はそうではなかった。


 いつの間にかそうなっていて、気が付いたら無視できない感情が心の中に膨れ上がっていた。


 それは、とても曖昧でよく分からない形をしたものだけれど、私はそれの存在をはっきりと自覚していた。


 まどろっこしい良い方をしているけれど、つまりはこういう事だ。

 毬と篝が仲良くしている光景を見ると、私はなぜだか嫌な気持ちになる。


「あれ、どうしたの?」

「なんだよ、トイレか? もう放課終わるぞ」


 私が席を立ちあがると、今まで仲良く話をしていた二人が同時に会話を止めてこちらに視線を向けてくる。


 そこにある二つの表情には、疑問の色しかなくて、私は何だか自分がひどく嫌な人間になってしまったような気がした。


「ちょっと、宿題の事聞きたいから、他の子に聞いてくる」


 私はそれだけを早口で二人に伝え、次の授業の準備の為に用意していたノートを掴んでその場から離れる。




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