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俺のこと好きとか聞いてねえ!

作者: 九田無


 だるい、が俺の口癖である。

 今風の怠惰な若者の典型例だ。

 学校などで、授業が始まる数分前から度々「怠い」と連呼し、挨拶と同時に素早く座るなり机に突っ伏すのが習性の高校生である。

 これは幼い頃からの生まれ持った業みたいなもので、どれ程かというと余りの怠惰さに近所の寺の坊主に「悪魔でも憑いてる?」と心配をされる程である。

 そんな俺だが、遂に怠惰さも極致まで至ったのか、遂に超えてはいけない一線を越えてしまったようでして。

 端的にいえば怠すぎて死にました。

 横を走っていたトラックに積まれていた荷物が、不幸にも俺の横を通る際に支持するロープが切れてしまったようなのであった。

 これは事故なのでは? と思うかもしれないが、ところがどっこい避けようと思えば避けられたのである。

 果たしてこれは自殺なのかと思いもするが、故意に人へ声をかけて不注意を誘い人を殺したと懺悔する人間もいるので、これはやっぱり自殺なのだろうと思うわけです。

 それはそれとして。


 でも、とその時俺は思ってしまったのです。

 あ、これいとだるし。

 気づけば俺は荷物の下敷きで。

 ちょっと色々と見るに堪えない俺を、何故か俺が見下ろしているところだった。

 そう、つまり幽霊である。

 俺は幽霊になってしまったのだ!

 これはこれで怠いのでは? と思いもするが、飯無し眠り無し、ふらふらしてて良いというのならば、別に怠くもない感じ?

 救急車のサイレンと共に人もどんどん増えてくる。ふとその中に、見知った顔があるのに気付く。

 ポニーテールと赤い眼鏡が今日も麗しい、山田さんだ。

 山田さんは俺(だったもの、が正しい?)をみると、その大きな瞳を開いて、ボロボロと涙を流した。

 誰かが俺のために泣いてくれるのを見ると、暗い喜びが胸を満たす。なんていうのだろうか、背徳感?

 しかもそれが、山田さんともなればひとしおである。

 ありがとうございます、と伝えたい。

 そうこうしているうちに、俺の救助が始まった。手遅れなんじゃね? とかいう声が聞こえたが、自分自身思っていることなので文句が言えない。悔しい。

 見てても暇なので、もう一度山田さんの方を向くと、山田さんも俺の方を見ていた。一瞬、目が合ったように感じてビビる。

 山田さんはすぐに目を逸らすと、人ごみの中に消えていった。

 俺は振り返って、自分の身体をもう一度眺める。

 まあこりゃ、目を逸らすよな……。


 §


 幸運なのか、俺は死んでいなかったらしい。

 よく死ななかったなと医者が呟いていたが、俺も思っていたので文句が言えない。悔しい。

 じゃあ俺は如何しているかというと、未だに浮遊霊である。浮かんで遊ぶの字のまんま。

 飽きるまで、こうしていようと思っている。

 ただ俺の暇つぶしは読書かゲームがもっぱらなので、それが出来ない今、早くも飽きてきている。でもどうせなら普段ではできないことをしようと。なのでやっているのが、山田さんのストーキングである。

 うわっ、私キモすぎ……。

 キモいのは百も承知である。しかし、どうせなら山田さん眺めて幽霊を終わりたい。成仏するわけじゃないよ?

 しかし、今日も山田さんはかわいい。

 そんなことを思っていると、いきなり山田さんが吃驚したのか足を止めた。

 どうやら飛んでいた蜻蛉に吃驚したらしい。

 虫に吃驚する山田さんかわいい。

 しかも誰も見てないのに顔を真っ赤にさせて、一人で恥ずかしがっているのもかわいい。

 少し足早になった山田さんを、俺はぷかぷか浮きながら追いかけた。


 その後も山田さんを観察していると、時は過ぎて昼休みとなった。

 山田さんは教室で飯を食べる派だ。俺もそうだけど。というかそこ以外行くところないし。

 今日は飯を食べる山田さんを見て、終わりとしよう。さすがに家までついていくのは何かキモいし。

「そういえば、ヤマ大丈夫?」

「えっ、何が?」

「だって、松尾さん入院しているんでしょ?」

「チャンスだよ山ちゃん! お見舞い行って好感度アップだよ!」

 まあ、行っても寝てるから意味ないけれど。

「だって、好きなんでしょ? 松尾さんの事?」

「ま、まって!」

「あっ、ごめん。声大きかった?」

「いや、まあ、というか。いきなり話題変わって、びっくりしたというか……」

 …………なんですと?

「でもさぁ、本気で好きなんでしょ?」

「だったらねぇ?」

 本気だと……?

 いや、ば、馬鹿な……。もっと早く言えよおおおおおおお!!

 それ知ってたら、もっと頑張って避けてたよ!

 もう怠いとか、怠さ極まって死んだりしねえよ!

 あの時このまま死ぬのもあり、とか思ったのこの先彼女出来ねえだろうなって、思ったから大人しく下敷きになったんだぞ!?

 山田さんとお付き合い出来たらもっと必死に避けてた! もう必死! むしろ避けるの頑張って死んでた!

 もう相思相愛じゃねえか! 結婚してくださいって、幽霊やめたら真っ先に言うぞ!

 制服デートするの生きる活力にしよ! 山田さんの制服抱き枕にして寝よ!

 というかもう死んでられねえ!

「ちょっと、もえちゃん。山ちゃん恥ずかしがって顔真っ赤じゃん」

「えっ、あ、ごめんごめん。まさか、そこまでとは……」

「も、もう、やめてよお……」


 §


「雄太ぁ! よかったよぉ……」

「かあちゃん、俺は大丈夫だって」

 一心不乱に病院目指して生き返ったら、どうも母ちゃんが居たらしく酷く泣かれた。

 まったく、俺は酷い親不孝をしたものだ。もう二度と、ああいうことはしないでおこう。

 ナースコールで呼ばれたお医者さんが、椅子に座りながら。

「具合はどう?」

「元気です。今から学校行けるぐらい元気です。いや寧ろ行かせてください」

「そ、そうかい……?」

 顔に引き攣った医者の横で、母ちゃんが「やっぱり頭を強く打ちすぎたみたい」とまた泣きそうな顔になっていた。

 泣くなうっとうしい。


 直ぐにという訳にはいかなかったが、俺の説得が功を奏したのかすぐに退院できた。

 クラスメイトに軽い挨拶をし、学友たちと軽口を叩きながらも、俺はその時を心待ちにしていた。

 そう、山田さんである。

 あの山田さんの友人。もえ某とろり巨乳某の性格を考えれば、山田さんを煽り告白に向かわせるのは最早必然。

 俺の勝ちだ。

 不敵な笑みで弁当を食べていると。

「あの、松尾君……ちょっといいかな?」

 心中が激戦地のように穏やかならずとも、俺は努めてクールに返事をする。

「い、い、いいいよ?」

「えっ、あ、うん。ちょっときて」

 やだ、恥ずかしい。


 そうして場所を移した先は、西校舎の階段脇である。西校舎は特別教室しかないので、全くといっていいほど人が居ない。

 なに? 屋上? 我が校は閉鎖されております。

「あの、それでね。話っていうのは――」

「山田さん! 好きだ!」

 みなまで言うな。と決めるつもりだったが、勢い余って告白してしまった。

 だけど、まあ、問題ないだろ。相思相愛だし。

「……は、はいぃ」

 案の定、山田さんは顔を真っ赤にしながらもオッケーしてくれた。

 大勝利である。

「あ、ありがとう」

「う、ううん。あの、それでね?」

「なになに?」

「その制服にしわがついちゃうから、あの、制服を、そのだぃ――て寝るのは、や、やめてほしいかな」

 …………んん?

「えーと、それはつまり、というかなんで? それを?」

「あのね。私実は昔から見えたり聞こえちゃったりする子で……」

 ふむふむ。……つまりは。

「今までのも全部、聞こえていたと」

「う、うん」

「あ、あははは」

 死にてぇ。

「でもね」

 山田さんの声に、顔を上げる。

「そんな松尾君も、好きだよ」

 そう言いながら、顔を真っ赤にして笑う山田さんの笑顔に。

 俺は思わず、見惚れてしまって。

「……ぉれも好きです」

 顔を俯けて、そう言うのが精一杯だった。



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