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言語論的推理小説集④「アーティストの夢」

作者: 鈴木准丸
掲載日:2017/09/30


「会えるの?」

「うん、授業参観、来るって言ってるから」

「ほ、ほんとうに?」

「授業中だったらみんな教室にいるし、騒がれないかも、ねえ、こっそり抜けられる?」

「ウチは、お母さんもお父さんもこないし」

「わかった、じゃあ十一時ちょうどに、場所はあとからね」

「あ、ありがとう、サインとか、頼めるかな?」

「だいじょうぶと思う、言っとくね」


     *


 かれこれ十分は経過しただろうか、さすがに教室がざわつきはじめた。トイレに行くと言って席を離れた少女が戻ってこないのだ。黒板の前に立ち、ついいましがたまでつくり笑いを振りまいていた教師の表情にも、どうしてよりによってこんな日に、でもいったいどうしたというのだろう、と困惑と不安とが入り乱れて広がっていくのが見てとれた。生徒たちがそわそわし、いないのはわかっていてもあえて確かめるように少女の机に視線を送っていた。それを制するように教師は咳払いをし、平静を装い授業を続けようとしたが、さらにそれを制するように、教室の後ろから声が飛んだ。

「先生、見に行ってあげたほうがよろしいんじゃないでしょうか」

 そう言って、白いスーツ姿の一人の母親が、前方から肩越しに自分のほうを振り向いている自分の娘と視線を交わし、娘がそれに軽く頷いてみせた。教室の背後に横並びする親たちから一斉に同意の声が上がった。グリーンのパンツスーツに身をくるんだ若い女性教師はそれに従うほかなく、教卓に開かれた台帳を閉じ、廊下へと駆け出していった。戻らない少女と面識があるのだろうか、二人の女親がその後を追って教室を出ていった。声を上げるのを我慢していた生徒たちがここぞとばかりに騒ぎ出した。席から立ち上がり、親たちを振り向く生徒も何人かいた。

ひとつ上の階で娘の授業参観をしていた柴山進一郎の耳にも、女性たちの悲鳴が届いた。反射的に教室の後ろを振り向いた娘の強い視線が柴山をとらえていた。それに気圧されるように、柴山は教室から駆け出した。男親と言えば、柴山以外には杖を携えた銀縁メガネの男が一人いるだけだった。階段を降り、廊下に出たところで、騒ぎがどうやら洗面所で起こっていることがわかった。柴山は廊下の奥へと走った。病気の発作か、あるいは事故か、予期せぬ事態が出来しているのには違いなかった。走りながら、上履き用にと持参し履いていた安物のスリッパがもどかしくてならなかった。

 個室の前でいまにも腰を抜かそうとしている女性たちをかき分け、柴山はそこに横たわっている少女に近づいた。それが病気でも事故でもないのは一目で明らかだった。少女の首には捩じられたタオルが巻かれていたのだった。鼻孔に手をかざしたが、息は漏れていなかった。念のため人工呼吸をしようかと教師を振り返ったが、彼女は首を横に振るばかりだった。無駄だと言いたいのか、この事態をうまく呑み込めないというのか、その動作の意味を柴山は推しはかりかねた。柴山は少女を抱き起こした。どうやら人工呼吸が有効な状況ではなさそうだった。柴山の腕の中で少女の身体がわずかに、しかし重みを伴って揺れたとき、彼女の耳から何かが床にこぼれ落ちた。ころころと転がるそれを柴山は片方の手で止め、拾い上げた。イヤリングのようだった。と言ってもまがい物だった。人形遊びに使う、小さなプラスティック製のイヤリングだった。


     *


 印象に残った映画の一場面をひとつだけあげろと言われたら私は迷わずアーティストの夢(・・・・・・・・)をあげます。「アーティスト」というのはもちろん、ミシェル・アザナヴィシウス監督が二〇一一年に発表したサイレント映画です。アカデミー賞史上、サイレント映画としては二本目、フランス映画としては初めて作品賞を受賞したことで知られていますが、アカデミー賞を受賞するくらいですからちっともフランス映画っぽくない。ゴダールとかヴィスコンティとか、難解というか、何も起こらない映画に比べれば私は俄然好きなんですが、サイレント映画の人気男優がトーキー映画時代に乗り遅れ、うらぶれ、そして自滅すんでのところでかつて彼が世話をし、いまは超売れっ子になっている女優に救われるという、わるく言えば、そこいらじゅうにごまんと転がっているストーリーです。けれども映画冒頭の、男優役の主人公(ジャン・デュジャルダン)が映画館で自分の出演している映画をスクリーンの裏側から反転映像で見ているシーンからして、あるいは、映画会社の建物を縦に割り、階段を上から降りてくる者と下から上がってくる者とを同時に描きながら踊り場で遭遇させるシーンといい、随所に差し出される場面の()に思わず惹き込まれるのです。

 それでアーティストの()というのは三十分を過ぎたあたり、その男優がうなされる悪夢のことです。何にうなされるのかと言えばそれは声が出なくなる夢、です。そう、サイレント映画の俳優が声が出なくなる夢を見、慄くのです。私も一俳優として、もし声が出なくなってしまったらどうしようとその場面に身をつまされました。でもそこは彼とは少し様子が違う。彼の置かれる状況のほうがより複雑です。なぜならそもそも彼は無声映画時代の、声で商売をしない俳優であり、私はむろん、現代の、地声で商売をする俳優だからです。無声映画の俳優が声が出なくなる夢を見る、そしてそのことに恐怖する。なんという捻り(・・)なのでしょう。いえ、この場面の濃さ(・・)はそれだけではありません。サイレント映画という枠組があるにもかかわらず、この場面では音が出るのです。男優が鏡台にウィスキーグラスを置く音、慌てふためき立ち上がって椅子を転がす音、その姿に愛犬が吠える声、いきなり鳴り響く電話、スタジオの扉が開く音、外を歩く女優たちの嬌声、風の音、そして宙を舞うつけ髭(・・・)が地面に落下する際の爆音……。しかし、いっぽう彼はいくら声を振り絞ろうとしてもそれは出ない(・・・)

 何より私の興味惹くのは、それはサイレント映画のわけですから、役者の声からその他諸々の物音の類に至るまで本来は何ひとつとして録音されていないはず、という点です。撮影時に集音マイクが使われていないし、それどころかBGMすら映画館で生演奏されていたのですから当たり前と言えば当たり前です。一本のフィルムとして収斂されるパッケージの中には音がいっさい介在しない、それこそがサイレント映画たるゆえんです。けれども、それがパッケージになる前、つまり撮影されているあいだには、音は確かにそこに在るのです。「アーティスト」のあの場面は、もちろんやがて来たるであろうトーキー映画時代へのサイレント映画俳優の潜在的恐怖として象徴的に機能しているわけですが、文字通りのサイレント時代にはそれはつくりえなかった。とすれば、あのシーンはパッケージの内側に収められ完成されたものではなく、パッケージになる前の剥き出しの撮影現場そのものだった。私たち観客は、あの音の連鎖によっていきなり映画の撮影現場を眼前に突きつけられた、そういうことが言えるでしょう。虚構としての映画の内部世界が、あそこでいったんその世界の外側へと足を踏み外すのです。

 私は役者としてのキャリアを相応に積み、人並みかあるいはそれ以上の名声を得てきたと自負しています。そして、いまの私のアーティストとしての夢は、演じる側からつくる側、演出する側へ向かっています。とは言え、こういうストーリーを描きたい、そうした具体的なプランは何ひとつありません。しかし、ストーリーはもとより、「アーティスト」のあのシーンのように、映画の内側から思い切り境界を逸脱するような、そうした遊び心に充ちた作品を撮りたいと思っているのです。


     *


「お前が目を離したせいに決まってる」

「そんなことを言ったって、この子から片時も注意を逸らさないで家のことができるわけがないじゃない」

「……。先生には?」

「電話はしておいたわ。とりあえず診てみないことにはとおっしゃってたけど」

「お母さん、痛いよう」

「ダメ、触っちゃ。ますます奥に入っちゃう」

「いいですかあ、いったん止めてもらって」

「ストップ!」

「う~ん、いまひとつ緊迫感が伝わってこないな。三歳の娘が人形遊びのイヤリングを自分の耳につけようとして過ってそれが耳孔に落っこちてしまった。実際、自分の娘、一人娘ですよ、がそうした事態に直面している、そのことをもっと強くイメージしてもらわなきゃ。二人とも子持ちでしょ。『異物』って、英語で何て言うか知ってます? 『フォーリン・ボディ』! 『フォーリン』は『外国』の『フォーリン』。大事なんだな、この先の展開を考えたら。芝居のテーマが異国で暮らす日本人夫婦の異物感なんだ。それが、わかってるとは思うけど、娘の耳に入り込んだ異物と絡んでんだ。だからさ、ここで、こう、ぐいっ、とやっておかないと後々主張が死んじゃうんだよな。可愛い娘の耳に異物が入っちまったんだ。居ても立ってもいられないでしょ。気が動転すんでしょ。脇汗、脂汗出まくりでしょ。舌渇きまくりでしょ。小便ちびっちゃうでしょ。あと、注意を片時も(・・・)逸らさないっつうのは堅すぎるな。昭和の老夫婦の会話じゃないんだからさ。なおして! シキュウ!」

「いちんちじゅうこの子に目を張りつけてろっていうの、?」

「うん、まあいいか。片時よりゃだいぶいい。それでやってみよう。台本(ほん)なおして。いいね! そんじゃもういちど!」

「ちょ、ちょっと時間をもらってもいいですか?」

「なんの時間? 役づくり? 冗談じゃないよ。やってたんでしょ、演劇。こっちは素人じゃないって聞いて入れてんだからさ」

「じゃあもう一回!」

 亜咲美(あさみ)から電話があったのは営業会議の只中だった。決算まであと四ヶ月だが、これまで八ヶ月の業績は特需分を差し引いても前年を五パーセント強下回る、きわめて厳しいと言わざるを得ない状況だ。ぶち込めるところは片端からぶち込んでいけ。支店長の声が荒くなっていた。この際、不良債権の回収は後回しだ。そう、欠損でのペナルティは痛いが、五パーセントを越える落ち込みとなってはもっと痛い。私は、自分が担当する得意先の動向を報告し終わってから、先刻来着信ランプが点滅している携帯電話を手に足早に会議室を抜け出した。いよいよこの時がきたかと私はコールバック操作をしながら身構えた。同時多発テロの年に生まれた愛猫は今年十五歳になる。これまでは大きな病気や怪我ひとつなく私よりもずっと元気にしてきたが、この二週間ほど普段は滅多に入らない一階の納戸の隅でじっとうずくまっている。食欲もひどく減退していた。もうあと二、三年は楽々生きられると思っていたが、さすがに人間の年齢に換算すれば八〇歳になるのだ。覚悟をしていたつもりだった。ところが亜咲美の用件は、緊急事態ではあったが、猫のことではなかった。娘の奈央(なお)の耳に玩具のイヤリングが入ってしまった、と。ピンセットで掴もうとしたが、先端でそれをとらえた瞬間に奈央が暴れ、いまその影は見えるが到底ピンセットをさらに彼女の耳の奥へと差し込む気にはなれないという。かかりつけの小児科医に電話したところ、とにかく連れて来るように言われたらしい。私は会議室には戻らず、デスクに直行して、内勤の女性に事情を話し部長への伝言を頼んだ。そして、引き出しのカバンを鷲掴みにして、いかにも殺伐とした空気を身にまといオフィスを後にしたのだ。居ても立ってもいられない。気が動転する。脇汗、脂汗が止まらない。――そうだ、「とりまぎれる」だ。そうした状況に人は、とりまぎれざるをえないのだ。


     *


「|(とりまぎれる、とりまぎれる)」

「先に寝るわよ」

「う、うん、ああ、おやすみ」

「どうしたの、ずいぶん熱心なのね」

「昔の感覚がなかなか思い出せなくてさ」

「昔って、たかだか学生演劇でしょ。二十年も遠ざかってんだから、そんなの当たり前じゃない。それに、もっぱら悪役じゃなかったの、二十年前は?」

「もっぱらってほどじゃないけどさ。どっちかと言えば善人役よりは多かった、くらいのもんだよ」

「あら、このごろめっきり悪人顔が戻ってきたみたいよ。クリーニング屋の優佳ちゃん、こないだあなたがシャツを持っていったら一瞬あとじさりしたでしょ」

「おいおい、今回の役は悪人じゃないぜ」

「あら、そうだったの。で、『今回』っていうのは『次回』もあるっていうこと?」

「……」

「ところで、土曜日はだいじょうぶよね? 新水社の佐貫さんとかから、例によって翌日ゴルフ(・・・・・)に誘われることなんてないでしょうね」

「ああ、ちゃんと予定してるから。智香(ともか)の担任はなんといったっけ?」

「まったく、いいかげんに覚えてよ。台詞を覚えるくらい真剣に。ナカソネ先生。ナカはにんべんの仲、ソはシュウキョウの宗、ネッコの根」

「そうだった。中曽根康弘じゃなく仲宗根美樹のナカソネ先生だったな」

「ねえ、やめてよ。お願いだから先生や保護者の前でナカソネミキなんて担ぎ出さないで」

「わくらばをきょうもうかべ~て~」

「だから、や、め、て」

「なんて、おふくろがよく歌ってたっけな」

「それって『島娘』じゃなかったの? それとも『北上夜曲』だっけ? お義母さんが歌っているのを聞いた覚えがあるけど。にお~いやさしいしら~ゆりの~」

「おお。さすが(・・・)だな」

「……。とにかくお願いね、土曜日」

「だいじょうぶ、悪人面下げて授業参観してくるさ」

「仏頂面でも黙っててくれたら智香はうれしいんじゃないかしら」

「……。|(とりまぎれる、とりまぎれる)」


     *


 私が帰宅すると、今日は珍しくキャンディが二階に上がっていて、置きエサもこの数日に比べればいくらか多く減っていました。水は、エサの脇に置くには置いていますが、滅多なことがなければ口にはしません。小さいころ、私の灰皿に水が浸してあったのを彼女が呑もうとして叱ったところ、置き水を一切呑まなくなってしまったのです。以前は、金輪際呑まない、といった風情でしたが、年をとった今では移動するよりも近間にあるものに頼る傾向が、少しですが出てきました。それでも、このごろは一階にいることが多いので、風呂場の蛇口をわずかに開き放しにしています。そこから流れる細い水を彼女は長い時間をかけて呑みます。

 私は足元にすり寄ってきたキャンディを抱き上げリビングのソファーに座りました。座った途端に、もう二度と動けないのではないか、と思えるくたいの疲労感がありました。妻が亡くなってから七年間、私はキャンディと二人暮らしをしてきました。短い旅行の時には最初車で一緒に連れていましたが、移動でストレスを溜めてしまうので、やがて彼女は留守番役になりました。そのほうが幸せ、というか本人の表情からは理に適っている(・・・・・・・)ようでした。ロケでしばらく家を空ける時には、姉やスポーツジムの仲間に面倒を見てもらいました。人見知りをする彼女は、訪問者が家の中にいる間はベッドの下にじっと隠れていて、人の気配がなくなってようやくエサ置き場に文字通り抜き足差し足で向かうのでした。つまり、彼女は私にしかなついていない。そのことがまた、彼女への愛情が深まる理由でもありました。

 私はビデオデッキの電源を入れ、昨夜見た「素敵なウソの恋まじない」のあの場面をもう一度見ることにしました。「素敵なウソの恋まじない」はロアルド・ダールの児童書『恋のまじない、ヨンサメカ』を原作にした二〇一五年のイギリス映画です。ロンドンを舞台にした、アメリカ人の老人ホッピーさんがアパートの階下に引っ越してきた老婆のシルバーさんに恋をする物語です。シャイで内弁慶なホッピーさんは自分の気持ちをいっこうにシルバーさんに打ち明けられない。いっぽう同じアパートに住む別の男性・ブリングルさんが積極的にシルバーさんにアタックして、気が気でない。そんな折、シルバーさんがペットの亀に我が子以上の愛情を注ぐのに注目したホッピーさんは、その亀・アルフィーが思うように成長しないことを気に病むシルバーさんに「おまじない」を手渡して彼女の気を惹こうとする。その呪文が「ヨンサメカ」、逆さから読めば「カメサンヨ」です。終盤になってちょっとしたサプライズがあるにはありますが、正直なところ、おおよそ斬新と言えるようなストーリーではありません。最後までホッピーさんやシルバーさんとの関係がわからない太った語り手の男の存在も少々鬱陶しい。そのうえさらに鬱陶しいのは画面いっぱいに現れる夥しい数の亀。気味が悪いったらない。ダールを原作にダスティン・ホフマン(ホッピーさん)、ジュディ・デンチ(シルバーさん)、二人の名優を配して撮っただけの映画、そう言ってしまえばそれまでです。ただなぜ私が昨夜それを見た後に即座に消去をしなかったかと言えば、一時間半ほどの映画で一シーンだけ(・・)どうしても気に留めておきたい箇所があったからです。

 それは、映画が始まってほどなくして、ホッピーさんがアパートのエレベーターでシルバーさんに出くわす場面です。シルバーさんがホッピーさんのアメリカ訛りの英語を指摘した後に、好みのアメリカ人俳優の名前を挙げるのですが、ケイリー|(私には「カイリー」と発音しているように聞こえました)・グラント、ポール・ニューマンと彼女が言うと、ホッピーさん、つまりダスティン・ホフマンがそれに対して一瞬戸惑うような、我田引水的な言いかたをすれば、不満そう(・・・・)な表情を浮かべるのです。これは見逃してはいけない場面です。なぜならホッピーさんはそこでダスティン・ホフマンの顔を覗かせるのです。「ケイリー・グラント、ポール・ニューマン、で、この俺は?」とでも言いたげに。三人の中ではもちろんダスティン・ホフマンがいちばん年少ですが、主演映画で二度アカデミー賞を受賞しているのはホフマンだけです。そして、映画を観た後にインターネットで調べていて気づいたのですが、活躍した年代がそもそも違うグラントとの共演がないのはわかるにしても、ホフマンはニューマンと共演したこともない。これは意外な気もします。「パピヨン」でホフマンと共演していたスティーヴ・マックイーンが「タワーリング・インフェルノ」でニューマンと共演していたりしているので、ホフマンとニューマンも共演作があるような錯覚をしていたのかもしれません。

 それはそうとシルバーさんが言及したグラントやニューマンはいわゆる二枚目モテ男役の符牒(・・)です。ところが身長が一六〇センチなかばほどしかないホフマンは三枚目、あるいは個性派俳優です。世界中の誰もがそれを知っていることを前提に、あの場面のホフマンの表情には、どこにでもいそうな下世話な婦人の符牒であるシルバーさんをして名前がリストアップされる二人だが、なんだ、なんていう組み合わせだ、共通点はどっちもただの優男ということだけじゃないか、見る目がないな、といったホッピーさんならぬホフマン自身の意味深でしたたかなメッセージがこめられているように思えてならない。本来は子供向けに書かれたストーリーですから大人が見るぶんには緩さがほうぼうでまとわりつくのは仕方がない。でも、たったあの一場面だけで、私にはこの映画を捨てられなくなったのです。役者が、ふと、作中人物の殻を捨て素顔を晒す。そう、それもまた映画がその物語内部から足を一歩踏み出す瞬間です。私はそうしたトリック、というか演出者の遊び心に、ストーリーの出来不出来はいったんさておき、何より喝采を送りたいのです。

 私は映画の再生を停め、あらためてキャンディを抱き寄せました。顔つきだけを見れば、はっきりと年齢を感じさせるものは何ひとつありません。けれども、高いところへ飛び乗ったり、高いところから高いところへと飛び移ったりする動作は、人間の目にはことさら慎重になってきたように見えます。しかし彼女自身は決して失敗などしはしないと確信しているのです。いっぽういつ失敗しても不思議ではないように私の目には映るのです。彼女ほどの年ではありませんが、役者としてある程度の年月を経てきた私にもそれと似たようなことが言えるかもしれません。つまり、自分では決して失敗するようには思っていないが、客観的には(・・・・・)いつ失敗しても不思議ではない、そう見られているのではないかと。そうした自覚があって私は、演技そのもののではなく、作品のつくりのほうへと関心が向かっているのではないかと。いえ、そちらへとあえて関心を向かわせているのではないかと。


     *


「ごめんなさい、厄介なことに巻き込んじゃって。社長さんなんだから二週間くらい芝居に引っ張り出してもどうってことないだろうなんて、甘い考えだったね」

「いいんだよ。親父がぽっくりいっちまってから十年間、考えてみたら仕事にかこつけて外の世界には目を背けてきた」

「商売品の中身(・・)にはじっくり目を通してきたけど?」

「中身? 本のことか? まともに読んでるのはミステリーだけだよ」

「それで加治原町の名探偵って呼ばれるまでになったんだから大したもんよ」

「そう? そんなこと言われてんの? うだつの上がらない製本屋の親父、じゃなくて?」

「うだつ上がってないのね?」

「電子書籍の時代だぜ。最近は小学校の卒業文集だってクラウド(・・・・)だからな」

「まさか。いくらなんでもまだそこまではいってないでしょ」

「いずれそうなるさ」

「そうなる日のために何か対策でも?」

「もちろん」

「なに?」

「企業秘密。いくら諒子でもそれは言えない」

「ふう。たいへんなのね、出版界も」

「どこの業界もいっしょ。ずっと業界の外を見てこなかった。だからグローバル時代にやってけない」

「外を見てこなかったのはギョーカイ(・・・・・)だけじゃなくて私個人も同じだわ」

「早々に専業主婦になったからじゃないか」

「子供ができてからは親の目でしか世界を見ていない」

「でも演劇だけは続けてきた。俺はそれすら捨ててしまった――。俺で良かったのか?」

「『ミリオンダラー・ベイビー』みたいなことがこんなちっぽけな世界にもあるなんてね」

「『ミリオンダラー・ベイビー』?」

「見てないの?」

「いや、見た。二回見た」

「イーストウッドが育ててきたボクサーが、他所に移っていく場面があったでしょ」

「ああ。夜分に自宅を訪ねてきて」

「上演まで三週間で、いきなりやめますって言われて、座長が若きイーストウッドならブッ飛ばしてるわね」

「若きイーストウッドと言えばハリー・キャラハン。ブッ飛ばすじゃなく、ブッ放すだ。『さあ、撃たせろ。やれよ、楽しませてくれ。裸の男がナイフを手に女を追っかけてりゃ、まさか共同募金じゃないだろ』」

「その冴え方は昔とちっとも変ってないね」

「……。ところで明日は?」

「私はいまのところ皆勤だし。初めてよね?」

「ただ教室の後ろで突っ立てればいいんだろ?」

「子供がらみで同じ場所に居合わすことになるなんて、二十年前は思いもしなかったね」

「芸術方面で入れたんだろ?」

「そういうことになるわね。智香ちゃんも?」

「そういうことになるよな。よく合格できたもんだとは思うが」

「合格してくれたのはいいけど、後がたいへんよね。この先、中学校、高校といったいいくらかかるのかしら。ウチはサラリーマンだし、社長さんみたいに余裕はない」

「どうだ、女優業に本腰入れて金儲けしたら?」

「……。それじゃあ、明日学校で。夕方はまた稽古よろしくね。ああ、いい、たったコーヒー一杯だけで申し訳ないけど、ここは私が出す」

「そうか、じゃあご馳走になるか。台本集とか、製本のご用命があれば大サービスするな」

「台本集? それこそクラウド(・・・・)でしょうね。と言って、クラウドってよくわかってない」

「それは、お互いさまだ」

 そうやって諒子と別れはしたものの、この日もまた私はあることを彼女に聞けずじまいだった。それは(・・・)、あまりにも符合しすぎていたのだ。偶然などでは決してない。彼女はそれを知っていたのに違いない。とすれば、学生時代に淑子はそのことを彼女に話したのだろうか。もしかしたら淑子から聞いたことすら諒子は忘れているのかもしれないが、それは(・・・)私が聞いている限り、まぎれもなく淑子の身に起こったことだったのだ。そして、その淑子の子供時代の経験を私自身が当事者の一人になっていま再現しようとしているとは。


     *


 夏の夕刻、サンフランシスコのカリフォルニア通りにあるチルドレンズ・ホスピタルに三歳の淑子は両親とともに入った。そこは彼女が生まれた病院でもあった。彼女は右手で右耳をすっぽり覆っていた。昼間、妻から娘が耳にバービー人形のイヤリングを入れてしまったと勤め先に電話が入った淑子の父親は、すぐに仕事を切り上げ、車で自宅に戻ってから、妻がすでに緊急予約を入れていた日系人の小児科医のオフィスに淑子を連れていった。そのオフィスはチルドレンズ・ホスピタルの隣のメディカル・ビルディングにあり、淑子の出産を任せた中国系産婦人科医のオフィスも同じ建物の中にあった。つまり、カリフォルニア通りのその界隈が淑子の厳密な(・・・)生まれ故郷ということになる。

 父親は帰宅すると急いでシャワーを浴びた。小児科医は極度の香水アレルギーで、患者用にと待合室に秘書が置く女性雑誌に袋閉じされた香水のサンプルにさえ、まだスクラッチされてなくて匂いは拡散されていないのに敏感に反応し、「誰だ、香水をつけているのは! ゲッタウトブヒア!」と診察室の奥から声を張り上げるのだった。だから淑子の父親は、そんな緊急時にあっても身体にまとわりついているコロンの匂いを落とさなければならなかったのだ。

 酒造メーカーに勤務していた父親は、彼女が生まれた年の三月に日本の本社からサンフランシスコ支店に赴任していた。すでに淑子を身篭っていた母親は妊娠安定期の夏を待って夫の待つサンフランシスコに移り、暮れに淑子は、片言の日本語を話す中国系産婦人科医に取り上げられた。日本人の両親のもとに日本で生命を授かった淑子は、アメリカで産まれたというだけでアメリカ国籍を日本国籍とあわせて持つことになった。そしてその時から、サンフランシスコ市内や近郊の日本企業で働く多くの駐在員同様、その日本語が通じる日系人小児科医を主治医にしたのだった。理由は単純で、サンフランシスコの日系人小児科医といえば、老齢のその医師一人きりだったのだ。

 淑子の右耳をルーペ越しに一通り検分してから、小児科医はそれが常識的な(・・・・)対処法と言って、彼女の耳孔に大振りのステンレス製ロートをあて、プラスティックのバケツから勢いよく水を流し込んだ。そんな荒っぽいやり方に両親は肝を冷やさざるをえなかったが、風邪をこじらせた子供を水風呂に入れるよう医師が親に真顔で言いつける国でもあり、言葉の問題以上にそうした日常的な文化の差異に両親は自分達が異国の土地で異物であるような感を強くしながらも、目の前に現出するものをそのまま受け入れざるをえなかった。ましてや、医師の専門的な知識にのっとった処方になど逆らえるはずもなかった。

 耳の中が浸水(・・)したことに淑子はひどく怯えたが、幸いイヤリングは耳孔の入口にまで出てきてイミテーションの宝石の紫色がはっきりと見てとれた。思わぬ大騒ぎになってしまったが、思いのほか容易にこの局面を乗り越えられる、とそのとき両親は思った。けれどもつぎの瞬間、医師がもう目前にあるイヤリングに向けてピンセットを差し入れ、その先端でそれをしっかりと捉え、いざ力を加減しながらそれを引き抜こうとすると、宝石を載せていた王冠が耳孔に引っかかり、痛みに顔をゆがめながら淑子は身体を暴れさせたのだった。それによってピンセットは耳孔から剥がされた。もうそこまで出かかっていたイヤリングが再び孔の奥深くへと落ちていったのは言うまでもなかった。医師は大きく息を漏らした。両親は思わず天を仰ぎ、つぎに脱臼まがいに肩を落とした。気がつくと、淑子の耳から溢れた水でリノリウムの床がしとどに濡れていた。

 もうあと少しだったんですけどね。医師は日本語でそう言った。もういちどやるのですか。母親はそう訊ねた。医師は首を振った。さっきよりも奥に入ってしまいましたし、また水を入れるとなると今度は鼓膜を傷つけてしまいます。では、どうしたらいいんですか。手術をするしかないでしょう。手術? 麻酔をして耳孔を切るのです。切る? だいじょうぶ、少し入口を広げる程度で傷が残るようなことはありません。先生が? わたくしはできません、専門の耳鼻科医に執刀を頼まなくてはなりません。医師はこめかみをこねながらそう言い、その場で電話の受話器をとったのだった。

 いますぐにでも異物を取り除いてやりたい。両親のその強い思いが通じたのか、チルドレンズ・ホスピタスのオペレーション室に空きがあり、手術はその日の晩に行なわれた。小児科医から紹介されたのは同じメディカル・ビルディングの白人の耳鼻科医だった。銀縁の眼鏡に口ひげをたくわえた医師は身長が二メートル近くはあり、恰幅もあった。その全身像をとらえたつぎの瞬間、両親の目線はおのずと彼の指先へと移動した。それもまた、アメリカで暮らす日本人にしてみれば当たり前の反応だった。殊に、産婦人科医や歯科医に日本人は同じ日本人か、いなければ東洋人の医師を選んだ。アメリカ人のあの太い指が自分の中に(・・・・・)入ってくると思うと――というのがその理由だった。耳鼻科医の指先は体格から想像される以上に両親の目には太く見えたが、二人には医師の選択をする余地などあるはずもなかった。異物感を抱えながら涼し気な笑みを含んだその大柄な医師を信じるしかなかったのだ。

「ほら、ここ、残ってるでしょ」

 淑子はそう言って耳元を指差すが、四十年近く経ったいま、他人の目にその痕跡を認めることはできなかった。もちろんそれは、そのときの手術が無事に執り行われたことの証だった。

「麻酔が切れたときに少し痛がるかもしれませんが、どうしても我慢できないようならタイラノルを飲ませてあげてください」

 医師はそう言いながら、ステンレスプレートに載せられたイミテーションのイヤリングを両親に差し出した。除去手術じたいは十分ほどで終わったが、術前後の麻酔観察に時間を割き、もうじき日付が変わろうとしていた。両親は目の前にあるその異物(・・)に目を凝らした。正確には、淑子の耳の中にあったときは異物だったが、いまこうして外に出されてしまえばもはや異物とは呼べなかった。それは、異物としての存在感が薄れつつある異物だった。ただのおもちゃのイヤリングに戻りつつある異物だった。

「そういうふうに親からは聞かされたけど、子供のころは、もしかしたらそのイヤリングは私の耳の中に置きざりにされたんじゃないかと思っていたことがある。麻酔をかけられて耳孔を切ったのはいいけど、イヤリングはどんどん耳の奥に転がっていって見えなくなってしまった。両親が医者に見せられたのはそのことを隠すための、べつのイヤリングじゃなかったかって。ようするに、替え玉ね。そしていまでもそのほんとうの異物は私の耳の肉の中に(・・・・)埋もれているんじゃないかって」

 それは、七歳になって両親とともに日本で暮らすようになった淑子が抱えた、彼女自身の異物感だったのかもしれないし、あるいはそれとはまったくべつの、淑子という人間の根源的な痛みであり、耳孔の迷路の奥に潜む異物としての存在感を無窮に失わない異物、だったのかもしれない。


     *


「だから、そのことと彼女が犯人だっていうことに、ボクはいまひとつ、説得力がないっていうか、必然性が見いだせないんですよ」

「それはあなたの言うことじゃないでしょ。役者は演技に責任を持つ。説得力とか必然性は作り手の責任。もちろん我々は台本(ほん)に責任も自信ももっている。あとは、良し悪しの判断をオーディエンスに委ねるのみだ」

「そうですか。つまり、その耳の奥に残留した異物の感覚が、実際には彼女のものではないのに、三半規管を伝って彼女を外圧的に制御していたという……」

「そう、それ、そういうこと。ぜんぜんおかしくないでしょ。辻褄合ってんでしょ」

「そうかな。しっくりこないですが……」

「だから、犯人の動機がしっくりしてるかどうかを誰もあなたになんて聞いていないんだ。さ、もうこれ以上話していても無駄だから、リハに戻りますよ。ああ、それとね……」

「それと?」

「ちょっとアドリブ多すぎないですか? ガマンして見てきたけど、いいかげん切らせてもらいますよ。少し台本に集中してください」

「多すぎると言えば、ボクには、回想場面が細かすぎで不必要にボリュームがあるように思えてならない」

「そんなことはないな。何度も言うけど、あれをビシッとやっておかないと、彼女の抱える闇の、それこそ説得力が出てこないんだ。もう、ったく、のべつまくなくなんやかや口出ししてくるのはたいがいにしてもらいたい」

「……」


     *


 土曜日、智香を送り出した後で、淑子は自分で車を運転してつくばへと向かった。私は工場へ顔を出し、土日返上で納期が迫った仕事を片づけに出ているベテラン職人の松元さんを労ってから身支度をした。十時前になって諒子が愛車の赤いプリウスで迎えにきた。智香は友人と一緒に路線バスで通っているが、学園までは徒歩では少々時間がかかるにしても、自転車でなら二十分ほどで行けた。そう言って諒子の誘いを断ろうとしたのだが、どうせ通り道だからと立ち寄ってくれたのだ。白いスーツで現れた諒子は美しかった。スカートの下から覗く膝小僧に私が目をやると、彼女はまんざらでもなさそうな笑みを浮かべるのだった。

「淑子はもうおでかけ?」と諒子は私が助手席に乗りこむと、ハンドルに顎をのせ、工場に隣接する私の自宅に目を泳がせて言った。

「うん。つくばまで行って、先生(・・)を拾って、都内に戻って講演の立ち合い。でまた、つくばまで送ってから帰ってくる」

「大学の同級生だったっけ?」

「独文科って言ってたかな。独語科だったかな。知らなかったよな、お互い」

「サークルが同じとかならいざしらず、一歩自分の学科を出てしまったら知り合う術もないし。で、そのわれらの同級生はいまや有名な先生なのね?」

「自分で研究所を経営してるんだけど、著作もいっぱいあるし、取り巻きも多いらしい」

「怪しい研究所とかじゃないのよね?」

「いや、ちらっと本を、ああ、もちろんウチの扱いに回ってきたときだけど、見たら、ちゃんとした研究をやっているようだった、教育系の。オレにはそれこそ、ちゃんとしてる、くらいしか内容の見当がつかなかったけど」

「ハ、ハ、ハ。ハァクション大魔王」

「なんだそれ?」

「子供のころやんなかった、笑いを誤魔化すときじゃなくて、くしゃみが出そうで出なかったときに」

「知らないな、そもそもハァクション大魔王を。ハ、ハ、ハ。ビューティフル・サ~ンデ~なら聞いた覚えがある」

「すばすばすば素晴らしいサ~ンデ~。なんでどもんなきゃ(・・・・・・)いけなかったんだろ」

「いまごろの季節の歌だったのかな。ヒバリの声とともに目覚める日曜日!」

「なんだそれ?」

「原曲だよ。たしかそんな歌い出しだった」

「あなたがそばにいると、どうしていつだって鳥たちが急に現れるのかしら、って?」

「それはべつの歌。カーペンターズだ」

 私はバックミラーに身体を突き出してネクタイの結び目を整えた。まだ五月の連休明けとはいえ、気温は上がっていた。街道を両脇からアーチ状に被う杉並木の葉叢の隙間から真っ青な空と、上手に弾けたポップコーンのような雲が見えた。私はハンドルを握る諒子の横顔を覗いた。年齢を重ねたとはいえ、彼女は学生時代と変わっていなかった。淑子は腹回りにいくらか余裕が出てきていたが、諒子は、体重は減ってはいないとはいえ、増えたとしてもせいぜい一、二キロのはずだった。都内の施設の使いまわしができるスポーツジムに毎日通っているらしい。トレーニングには声を出さない(・・・・・・)発声練習も含まれる、そう稽古のときに彼女は言っていた。学生時代の三文芝居も、いまでは木戸銭をとれるまでになっていた。私はいまこそあのこと訊ねようとしたが、そう思った瞬間に、出入りする生徒を鷲掴みせんとばかりに屈強そうな枝を垂らす御神木さながらの巨木が冠る、学園の正門が見えてきたのだった。

「ここだとどうしても安っぽく見えちゃう」

 諒子は二台のBMWの間にプリウスを停め、そうぼやいた。学園の駐車場を埋めているのはドイツ製の高級車ばかりだった。ブラックやシルバーの車体に囲まれ、赤いプリウスは色だけは(・・・・)目立っていた。めかしたつもりの私のスーツのほうが、よほど蓬頭垢面に見えた。

「ISO14000とかで、プリウスを使う大会社の社長が増えたって聞いたけど」

「アイ・エス・オー? 死語だったんじゃないの? 亭主の会社はそれゲットしようとして、社員が毎朝駅前に出張って道路掃除しなきゃいけないとかで、バカバカしくなってやめたって言ってたわ。御社(・・)みたいな紙系の(・・・)会社こそとっといたほうがいいんじゃない?」

「コスパが悪い」

「効果が費用に見合わないってこと?」

 私は頷いた。

「こいつだってコスパがほんとうにいいんだかどうなんだか」と言って諒子はプリウスを顎で指しながらロックした。「福山と大泉のダブルキャストで宣伝してるけど、どっちか一人だけ、大泉一人だけ? にしたら宣伝経費が下がって、もうちょっと安くなるとか?」

「そうだな。あるいは、そういうビッグな役者じゃなく、たとえば俺たちみたいなの?」

 私のその言葉を受けた彼女のいたずらっぽい目が、私にはうれしく思えた。

「売れない、売れない、私たちじゃムリ!」

「……。いちおう言ってみただけだぜ。にしても、五月だっていうのにこうも暑くなるともうサラ金が恋しくなるな」

「サラ金?」

「こおりがし、ってか?」

「どうしたの今日は? 冴えてるじゃない」

 諒子は微笑んで額に手を翳した。強い日差しが頬に差しこみ、そのせいか彼女の法令線が際立ったような気がした。その翳り(・・)こそが、この汗ばむ初夏の日を、じきに凍りつかせることになる符牒だったのかもしれない。


     *


「あなたは台本にも演出にもずっと不満をお持ちだった」

「台本のほうは、ジョークはクラシックすぎたし、ト書きが細か過ぎて役者が自分のオリジナリティを出すのをとことん封じているようでした。つまり、それを演じるのは取り立てて私である必要なんてない、誰でもいいように思えました。もちろん、役者と入念に打ち合わせをしながらその個性を活かした台本を仕立てていく、そんな類の芝居じゃないのは百も承知です。それにしても、です。注文が多すぎた。せいぜい、『つっけんどんな声で』とかその程度ですよ、普通ト書きにあったとして。それが、たとえば『無関心を装いつつ、けれども実は大いに関心があって、だが必死につっけんどんを決め込もうとしているような』とかそういう具合です。そんなので、どこでどうやって自分の演技をしろっていうんですか。まあただ、あるといったらそんな台本はいくらでもあります。そういうがんじがらめの枠の中でいくらかでも自分の味を芝居に籠めようとする、それが役者の務めと言えばそういうことになるのかもしれない」

「つまり、アドリブ、ということですか?」

「ひとことで言えばそういうことになりますが、私の意図する『アドリブ』は、そのへんのアドリブ(・・・・)とは比べものにならない、ソフィステケイトされたものです。目を凝らさないと、見切れちゃっているのに誰も気づかないような」

「見切れちゃってる?」

「あってはならないものが芝居の中に紛れ込んでしまっていることです。その逆、ようするに、本来あるべきものがないない場合を指すこともあります」

「参勤交代の道中に電柱があるとか?」

「……。まあ、そういうことです。町人が井戸にぶつかったら、井戸が動いた、とか」

「それを意図的におやりになると?」

「井戸を動かすのとはわけが違いますが、ようはそういうことです。こおりがし(・・・・・)みたいなどうしようもないギャグじゃないんだ。たとえば、昔『課長サンの厄年』っていうドラマがあった。萩原健一、ショーケンです、が企業の課長さん役をやったんです。人気ドラマで続編もあって、たしかそこではショーケンは部長サンに出世してました。で、ドラマの中で、ショーケンが得意先の接待か何かで、カラオケの付き合いをするんです。その場面で、課長さんだか部長さんだかの劇中役をやっているショーケンが『花の首飾り』をつまんなさそうに歌う。そこ、なんです。おわかりになりますか? ショーケンと言えばグループ・サウンズ時代、一世を風靡したテンプターズです。そして、『花の首飾り』は彼らの曲か言えばそうではなくて、ライバルのタイガーズの歌です。これが、この場面の妙なんです。ショーケンは芝居の中にいるわけですが、ここで、芝居の外に、現実の世界に一瞬、飛び出すんです。私が言うアドリブとはそういうことなんです。高尚なファルス、というか……。そう、メタレベル。そこには芝居の外からその芝居を客観視するようなメタレベルの出来(しゅったい)が目論まれているのです」

「……。それらの多くがカットされてしまったと……」

「多く、ではなく、悉く、です。活かしてくれるよう恥をしのんで頼みましたが、聞く耳など最初から持ち合わせていなかった。マッチ棒みたいな煙草を吹かして、ふん、でおしまいです。半ズボンを履いた子供を追っ払うみたいに」

「ふむ……。なるほど。動機(・・)としてはしっくりするようなしないような」


     *


 気候がよくなったからか、傾向としては当然ながら老衰に向かっているとは言え、それでもこのごろのキャンディは体調が上向きで多くの時間を二階で過ごしていました。その日も、私が仕事から戻りソファーに腰を下ろすと、私の足元に身体を擦り寄せてきました。尾骨のあたりをポンポンと叩いてやると、さらに顎を捩じり寄せてきました。子どもがいない私にとって、いま仮に身内に不測の事態があるとしたら、真っ先に思い浮かぶのはキャンディです。だから、役柄としてそのような状況をあてがわれたとき、検診で妻に腫瘍が見つかったとか、小学生の娘が夜九時を過ぎても家に帰らないとか、そんな場面ですが、私は心配して気を揉む、あるいは気が動転する、そうまさにとりまぎれる夫や父親を演じるのに、キャンディを思い浮かべるのです。もちろんそんなことをしていると、キャンディへの恋しさが余計つのります。彼女を失うことになれば、それこそ二、三週間、いや、少なくとも一か月は脱力し、昼間からしんねり酒を飲んで過ごすことになるでしょう。

 私はDVDレコーダーの電源を入れ、撮り溜めている映画のタイトルをざっと眺めました。タイトルだけを見ていても、何を見よう(・・・・・)と思ってそれを録画したのかさっぱり思い出せません。それどころか、このごろはタイトルだけでなく実際にその作品を最後まで見終わっても、何に惹かれてそれを録画したのか、思い出せないのです。そしてその頃にはBSテレビの番組プログラムをもう処分してしまっている。挙句には、録画した作品を見もせずにDVDにダビングして実質上お蔵入りにしてしまったり、はたまた冒頭だけ見てそそくさとトラッシュしてしまったりです。キャンディのことばかりも言っていられない、私も確実に老化している。そして、老化とはまた、他人(ひと)に言わせたら何でもない細かいことにむやみやたらにこだわるようになる、そういう全般的な(・・・・)傾向を指すのかもしれません。

 目をすがめながら、私はTVを地上波に切り替えました。ニュースで、このところ頻繁に取りざたされているJR運転士の規律問題を特集していました。乗務中に居眠り、スマホ、SNS投稿、漫画本、文庫本……。見るともなく見ていたそのニュースに、私は思わずコーヒーテーブルの下から新聞の束を引っ張り出してしまいました。目的の記事はすぐに見つかりました。やはり、と私は一人合点したのです。四日前の全日新聞の朝刊にそれはありました。JRの運転士が甲府駅での出発前の待機中に運転席で単行本を読んでいた、という記事です。食い違っているではないですか、TVのニュースと。スマホを持たない私はすぐにタブレット端末を起動させ、立ち上がりの遅さをもどかしく思いながらも、いざ立ち上がると矢も楯もたまらず「JR運転士/読書」で検索をしました。どうやら全日新聞だけが違っていたようです。全日以外のすべてのニュースメディアはJR運転士が読んでいたのを「文庫本」と伝えていました。ところが全日はそれを「単行本」としていたのです。数的に見れば、間違っているのは全日のほうです。素人なら「文庫本」と「単行本」とを取り違える|(文庫本を指して単行本と呼ぶ)ことはままあるでしょう。しかし、発行部数何百万部という全国紙のような、同じ活字で身を立てている職業集団がそれを間違えてはならない。おそらく報道発表は「文庫本」だったのでしょう。そもそも、私たちが目にする運転士のアタッシュケースはいつだってパンパンです。常識的に考えれば、あの中に入れて持ち運ぶとしたら、それは大判の単行本ではなくコンパクトな文庫本なのではないか。とすれば、その記事は全日の記者の素人じみた思い込みによって書かれたのではないか。私はタブレットのブラウザを全日新聞のサイトへと移動させました。そして、意見投稿欄にたったいま思ったことをそのまま書きつけ、何者かに拍車をかけられたかのように余りある勢いをもって送信したのです。

 それからというもの、私は来る日も来る日も全日新聞の朝刊社会面に注意してきました。全日新聞では第二社会面に「お詫びと訂正」が掲載されるのです。見ていると、それは最近のものばかりとも限らないようでした。一か月、二か月前の記事の訂正が掲載されることもあった。けれども、いつになってもその「文庫本」と「単行本」の取り違え(・・・・)は訂正されることはなかった。そしてネット上には相も変わらず「単行本」と記したままの記事が掲載され続けていたのです。一週間経っても二週間経っても私の意見は取り上げられない。そのとき私が覚えた衝動は、JRに問い合わせをして真実を確かめるとか、執拗に全日新聞に訂正を求めるとか、そうした回りくどいことではありません。そうではなく、端的に言えばそれは全日新聞への殺意(・・)でした。むろん相手は全日新聞という組織であり、対象となる個人が特定されるわけではありませんから、殺意が現実の殺害行為には結びついていません。とはいえ、人を殺したい、本気でそう思える私自身の存在が確実にあったのです。


     *


「諒子」と私は少女のぐったりとした身体を抱えたまま、振り向きざまに彼女の顔をまっすぐに見つめた。「心当たりが、あるのか?」

 彼女がそれにコクリと頷いた。

「ここではなんだし、とりあえずいまは」

 諒子がそう言って教員に視線を向けると、彼女は着ていたグリーンのジャケットを少女にかぶせ、職員室へと向かった。私は、気の毒と思いつつ少女の身体をそっと元のようにトイレの床へ横たえた。廊下に撒き散るように、教室のざわめきが伝わってきた。

「この子、名前はなんていうんだ?」

「後藤(はるか)ちゃん」

「親御さんは?」

「来てない。見ててって頼まれてたのに……」

 彼女は加害者を知っているのかもしれなかった。しかも、こうした事態が起こりえることが何らかのかたちで事前予告されていたのに違いなかった。けれども、彼女たち(・・)にはまた、そのことをあらかじめ届け出ることができない事情があったのに違いなかった。そこまでは頭の中でさっと整理ができたが、あらためて少女に視線を落とし、私はその(・・)疑問をいまいちど反芻した。授業参観日で普段にはない人間の多くの出入りがあった。だから加害者が校内に入ってくるのは容易だったはずだ。年齢相応でありさえすれば、親っぽい恰好をしていればいいだけの話だ。否、祖父母や兄弟姉妹が親の代わりに授業参観に来ることだってあるはずだから、出入りするのに不自然と見なされない年齢にも、幅がでてくる。そう考えれば、誰だって疑われない状況にあったことになる。しかし問題は、加害者がそこまで見透かしていたとして、どうやって少女が授業中にトイレに立つことが予測できたか、ということに他ならなかった。手をかける機会を窺っていて、たまたま(・・・・)標的(・・)のほうから近づいてきたのだろうか。その可能性もじゅうぶんある。となれば、この惨事は、今日は起こらなかったかもしれないのだ。ようするに、漠然とした計画はあったが、具体的な実行策は何ら練られていなかった。いっぽう、そうではないとしたら、つまり入念な計画のものとにこの犯行が実行されたとしたら、仕掛け(・・・)があったことになる。この少女が授業中に席を立ち、トイレに行かざるをえないようになる仕掛けが。

 そんな探偵ごっこに興じながら、私は重大なことに思い当たった。職員室まで行って学校の人間に頼むのももどかしく、私は自分から行動に出たのだった。かえって足手まといになるスリッパを脱ぎ捨て、私は昇降口へと急いだ。そして、革靴のかかとをつぶしながら正門へと駆けた。授業参観日だから特別にいるのか、普段はいるのかいないのか、とにかく守衛がいたのだ。授業時間に入り通行者がほぼいなくなったせいか、守衛と言えば年配者か、あるいは学生アルバイトが相場だが、私と同年代の中年の守衛は、巨木がつくる木陰の中で折り畳み式の椅子に腰かけ、俯いていた。気候のせいもあってか、うたた寝をしているのかもしれないが、気配を察したのか、私が近づいていくと、声をかける以前に立ち上がった。私は息を切らしながら、学校内で起こっていることを手早く伝えた。守衛の目の色がみるみる変わっていくのが見てとれた。じきに警察が来るであろうことを告げると、いくらか安心したようだった。

「せいぜいこの十五分くらいだと思います。不審者を見かけませんでしたか?」

 私のその問いに、守衛は気まずそうな顔になった。見張っているのかいないのか、本人にすらわからないような状況だったのだから無理もなかった。これより前の時間帯のことは目をつむるほかないようだった。

「警察が来るまで、誰かここを出ていこうとしたら、少しの間だけ校内に留まるようお伝え願えないでしょうか?」

 ト書きに「で、あなたはどなた?というような顔で」と書かれているような表情で守衛は、はあ、と頷いた。

「私は授業参観に来た、ただの一保護者です。が、たったいまその現場に(・・・)居合わせた。そういう状況なら誰だって、できるだけ現況を保持するように努めるでしょ?」

誰だって(・・・・)?」|(自分が守衛であることをすっかり忘れてしまっているかのように。)

「……。とにかく――」と私が思わず守衛に一歩詰め寄りそうになったところで、微かにパトカーのサイレンが聞こえ始め、その音が確実に大きくなってくるのがわかった。

「いずれにしても、警察からいろいろ訊かれることになりますね、あなたも私も」と私は言った。

「わかりました。注意をして視ています」

 守衛はそう言うと、いましがたまで座っていた椅子を折りたたみ、欅の太い幹の背後へとそれを|(隠すように)そっと置いたのだった。


     *


 もちろんその場所はバミってあったのです。テープで目印がつけられていたという意味です。役者の立ち位置ばかりでなく、小道具に至るまで、そこ(・・)に置くようにと、テープが床に貼られていた。よくあることです、カメオってわかりますよね、意外な人物をほんのワンポイント、芝居の中にインサートしてウケを狙う。そう、たとえばアルフレッド・ヒッチコックです。彼の場合はもちろん自身が監督だからべつでしょうが、普通のチラ出(・・・)は、自分の登場シーン以外にはろくに台本なんて読んでません。そのうえ、小学校の学芸会ですら立木の役しかやったことがないようなスポーツ選手やら、時には政治家やらが起用されることだってままありますから、出てもらう側はあらゆる手を尽くして、その有名人(・・・)に余計な神経を使わせないようにする。至れり尽くせりとは文字通りこのことです。そんなことをするものだからなまじ不自然な、実社会とはかけ離れた配役になってしまうことがある。美人すぎるガス検針員だとか、長髪の警察官だとか、働きざかりの守衛だとか。

 あの場面は、それこそあちこちバミるとか、用意周到だった。にもかかわらず、実は稽古でてっぺん越えを繰り返したんです。夜中の十二時を回ってしまったということです。観る側はそりゃ喜ぶのかもしれないが、素人芝居に付き合わされるこっちはたまったもんじゃない。それこそ、最悪のシナリオ、です。芝居という虚偽の世界にどれだけ演じる側のインテリジェンスを潜り込ませられるか。このごろの私の頭の中はそのことでずっといっぱいでした。なのに、あの男は安易に、逡巡する素振りすらなく、こうすりゃオーディエンスがはしゃぐだろと、それくらいにしか考えていなかった。それってザ・マンザイですか? いえ、そんなことを言えば漫才に対して失礼です。そう、それは芝居という建築行為に対する冒涜としか私には思えなかった。名演出家を気取った俗物主義者(スノッブ)です。そもそも、トリックにしても、動機にしても、犯人像にしても、ありきたりだったんです、あの台本は。だから本筋とはまるで関係のないところで点数を稼ごうとする。いえ、私も似たようなことをやっていたんですから、いいんです、本筋には関係のないインサートがあっても。しかし、金を注ぎこんで綺羅星を傭い、耳目を引けばいいってもんじゃない。そんな浮薄な行為は当然オーディエンスに見透かされる。想像力の貧困そのものです。そして、ちょっとでも忠告しようものなら、胴間声をおもむろに張り上げる――。

「まあ、わからなくもないですが。けど、芝居の世界の常識はよくわからんので、いちおうあたしの常識を言っておくと、そんなこといちいち言ってたら社会では勤まらんでしょ。あたしらの業界(・・)にもね、ちょっと違うかもしれませんが、とくに必要もないのに現場の遺留品をハイクオリテー(・・)の科学捜査かなんかに勝手にまわして博識ぶるやからとかは、うじゃうじゃいる。けどね、普通のサラリーマンなら、むろんあたしらだってそうですが、それはある意味システムの一部なんだ。で、システムに盾つこうもんなら、逆に後ろ盾を一枚また一枚となくしていくんだ。表現者の世界はそうじゃないの? お宅に共感する人間が山ほどいるとでも?」

「ん? あなたは私に共感なされない?」

「ふう。あたしには、お宅は単にやさぐれているふうにしか思えない。あたしはね、そりゃ学歴も知性もありゃしない。だから妙にこまっしゃくれた芝居より、感情が迸るような芝居が観たい。捻り(・・)を期待する人だって少なからずいるかもしれない。けどね、多くの人は、なんていうか、わたしみたいに、ザクッとしてんじゃないの? お宅、細かなことを気にしすぎる性格じゃない? 何か間違いを見つけると、たまらずそいつを追及したくなるみたいな。お芝居の一風コミカルな役柄からは想像し難いですが」

「……」

「……?」

「なくしました。後ろ盾を一枚」


     *


「ひとことで言ってしまえば、いじめ。柴山君が入部する前の話だし、あれ以降私たちは口を閉ざしたから、知らなくて当然よね」

 そう言って諒子は話し出した。警察の現場検証や聴取が終わりすでに夕刻になっていた。と言っても、むろん校内にいた大人(・・)全員から話を聞けたわけではなかった。低学年全クラスの授業参観日で三百人近い保護者が集まっていた。聴取が終わった親も終わっていない親も、皆連絡先を警察に提出した。

 学園近くの街道沿いにあるファミリー・レストランは、土曜日ということもあり、子どもたちの嬌声があちこちで上がっていた。智香と諒子の娘の由翔(ゆか)は、つくばへの送還を切り上げた淑子が家に連れて帰った。二人とも顔が青ざめ、それでなくても朝から緊張の連続で、車の後部座席に乗り込むなり、それぞれがドアにぐったりと身体を預けた。心ここにあらずという様子で車が走り出すのを見送ると、諒子は思い出したように劇団に連絡を入れた。この状況で稽古に出られるはずもなかった。

「犯人から当時の関係者に脅迫状が送りつけられていた。警察に連絡してもまともにはとりあってはくれないと思って……。だから淑子に頼んで名探偵にご同道願ったというわけ。あの()を抱きかかえた瞬間に、私に心当たりがあるはずとか、見抜いたのはさすがね」

「諒子の顔にそう書かれていたまでだ」

 殺害された女の子と彼女の親をよく知っているということもあり、警察は諒子から重点的に話を聞いた。その諒子の口から女の子の母親の旧姓を知らされたとき、私の脳裏には、カールしたショートヘアでスリムな身体つきだった女性の姿がすぐに思い浮かんだ。

「昌美の娘さんだったのか」

 磐田昌美。大学は違ったが、我々の劇団で一緒に芝居をしていた仲間だった。報せを受けて駆けつけていたはずだが、彼女の姿を認めた覚えはなかった。あるいは、学生時代とは容貌が変わっていて、すれ違っても気づかなかっただけなのか。

「昌美もあそこが母校なの。大学を卒業して、就職して、同じころに結婚して、たまたま同い年の娘ができて、二人とも自分たちの母校に彼女たちを入れて、そして今年からはたまたま同じクラスになった。柴山君も含めて、同じ劇団にいたメンバーのうち三人が、子どもを同じ学校に通わせている」

「劇団員の関係者(・・・)まで入れれば、たまたまは四人になるかもしれない」

「うん。それって、犯人ってことよね?」

 私は頷き、諒子に話の続きを促した。

「岡部愛子さん。青森のたぶん五所川原」

 新入生で劇団に入部した女子は七人いて、そのうちの一人が岡部愛子だった。誰の目からも見ても、彼女の美貌は際立っていた。一見冷ややかな印象もあったが、一七〇センチ近い長身、細身で、肌は文字通り透き通る白さだった。新人ながら座長が彼女を新人顔見世公演の主役に大抜擢したことに、不平を言う者はなかった。それどころか、彼女の加入で劇団への注目が高まると誰しもが期待するほどだった。

 しかし、それとは裏腹に、一抹の不安があった。愛子は、どうして劇団に入ったのか、その理由が知れないほど、極端に無口だったのだ。級友たちとの普段の会話でも、自分から何かを問いかけることは滅多になく、問いかけられたときにはもっぱら、文章ではなく単語(・・)で受け答えをした。大丈夫、そういう人間に限って芝居になると大声を張り上げるもんさ。そう座長は言い、彼が書いた劇団オリジナルの定番劇の台本を彼女に手渡した。

「そうか。そういうことか」

「そんときの座長は四年生だったから、柴山君が入部する前には劇団を抜けていた、定番劇の台本といっしょにね」

「でも演劇は続けていて、それがつまりあの男ということか」

「そう。『フォーリン! フォーリン!』で怒鳴るのは昔とちっとも変ってない」

 岡部愛子もおそらく、「フォーリン! フォーリン!」とあの男に怒鳴られたことだろう。

「で、結論から先に言えば、その岡部愛子さんは亡くなった。たぶん、自殺」

「もう。ほんとうに名探偵ね。製本屋さんってみんなそんななの?」と言って、諒子はこぼしかけた笑みを引っこめた。笑っていられるような状況ではなかった。

「彼女が亡くなったあと、劇団員は口を閉ざしたんだな。彼女のことも、彼女が主役を務めるはずだった芝居のことも」

「ご名答。あえて訊かなくたってなんでもお見通しじゃない」

「彼女がどうして自殺するに至ったかもなんとなく想像はつく。が、わからないことがひとつだけある」

「これだけの名探偵をして、なに?」

「耳に異物が入る話、そういう話を淑子が俺に聞かせてくれたことがあるんだ。自分の幼いころの体験談として。今回の台本とは舞台、っていうか場所とかはサンフランシスコだし、細部は違うんだが、話のスジ(・・)そのものは酷似してる。諒子に心当たりがないかと、ついつい聞きそびれてた」

 諒子は一瞬戸惑うような顔をし、眉根がひそんだかと思うと、次の瞬間にその顔は一閃した。それを見て、私の背にも鋭い悪寒が走ったのだった。

 目を見合わせただけで、私たちは一言も発することなく、駆け出していた。


     *


「それはそうと、ご覧になったんですね」

「テレビ局に頼みましたよ。手元に一通り関連情報を持っとかないとね。なにしろ殺人事件なんですから」

「珍しくもない筋書きだったでしょ」

「そうかなあ。愛子さんと淑子さんが、実は学生時代、同じ女子寮で暮らす仲良しだったなんて、あたしには思いつかなかったなあ。根本的にストックが不足してんですかね、ミステリーの。あれ、もしかして、いま、笑った?」

「はい。ストック不足って、刑事さんでしょ。事実は小説より奇なり、なんじゃないですか」

「あ、こらまた。自分が刑事なのをすっかり忘れてましたわ」

「いまんとこ、ト書きに、平手で額を打つように、って書かれてますよ」

「あ、こらまた、こらまた! ピシャッ!」

「そもそも、大学は違っても学生寮は一緒だったなんていうのが当たり前すぎる。ところで、すみません、取り調べ中に。キャンディは元気にしてるでしょうか?」

「あ、キャンディ? ああ。ちゃんと家内が面倒を見させてもらってます。テーブルの上で腹を見せたり、足元にからだを寄せつけてきたりするそうです」

「珍しいな」

「ん? なにが?」

「私にしか見せなかったんです、そういう姿」

「そうですか。こう言うのもなんですか、カミさんは猫づかいを結構得手にしてます」

「それはありがたい。奥さまにはくれぐれもよろしくお伝えください。ほんとうに助かる」

「……。そういや、あの劇中劇っていうんでしたか、ああいうのってどうなんです?」

「どうなんです、というのは?」

「つまり、藤田ユタカって役者がいて、その藤田が真剣に柴山進一郎になって演じる芝居があって、その芝居の中で柴山がへたくそな役者の役を演じるのは、むつかしい?」

「というのは、何か感じられましたか。あの場面のことですよね? 娘の耳に異物が入った父親の焦燥を表現する場面」

「稽古のやり直しのところで、感情が入り過ぎてたような……」

「刑事さん、ストックが足りないどころか、潤沢にお持ちです。あそこは、本来柴山進一郎が素人役者を演じなきゃいけなかったんです。けど、柴山進一郎を通り越して、藤田ユタカが演じてしまった。子どもがいない私フジタは、何かを失う芝居をするのに家族同然のキャンディを念頭に置いていた。刑事さんはそれを見抜かれた。さすが、と言うか、ご商売柄と言っては失礼ですが、人間をよく見てらっしゃる。だいいち、私が下手だったんです。それでも刑事さんの観察力は鋭い」

「あ、こらまた。そんなふうにお褒めいただくと、事件のことが二の次になりますな」

 刑事はそう言い、平手で額をぴしゃりと打ったのだった。


     *


 劇団員の関係者も含めれば四人になる。諒子とそんな話をしたが、その四人目がこともあろうか淑子になろうとは、私は愕然とするほかなかった。諒子がプリウスのスタートキイをまわしてすぐに彼女のスマホが鳴った。諒子の夫からだった。智香と由翔が街道沿いの交番に保護されたらしく、彼がそちらへ向かうということだった。由翔の身になにもなく私はひとまず胸を撫で下ろした。が、もちろんそれで事態が収拾したわけではなかった。

「どういうことなのかしら」と諒子がスマホをバッグにしまいながら私を見た。

「逃げたんだよ。おそらく智香が由翔ちゃんを連れて」と私は言いながら、ついさきほどのくたびれ果てた二人の姿を思い出していた。

「逃げた?」

「智香は知っていたんだと思う。事件に淑子が関わっているのを。最初は半信半疑だったか、母親を信じたかったのか。けど、さっき車に乗ったあと、淑子の普段にはない気配の違いみたいなものを微妙に感じとったんじゃないかな」

「気配の違い? ふう。女の子だし、相手は母親だものね。ありうるか。でも、そもそもなぜ智香ちゃんは感づいてたの?」

「うむ。ずっと考えてたんだけどな。ところで、昌美は来てたのか?」

「もちろんよ。柴山君ぜんぜん変わってないって言ってた。昌美のほうがもっと変わってないと思うけど」

「会ったのか、俺と?」

「廊下ですれ違ったのよ。でも、見向きもしなかったって。探偵稼業にさぞご執心だったんでしょう。それで、何を考えてたのよ?」

「学生時代の昌美は俺らの中じゃいちばんの読書家だったよな。小説を書いて文芸誌の新人賞にせっせと応募してた。それは、娘さんもいっしょだったか?」

「そうそう。そんなこと由翔から聞いた」

「そうか。ああ、考えていたというのは、やっぱり偶然じゃなかったと思うんだ。昌美の娘さん、遥ちゃんは、急に尿意をもよおしたわけではなく、あらかじめ洗面所に行くようにプログラムされていた」

「誰かに、つまり、淑子に呼び出されていたってこと?」

「呼び出す、と言うより、会う、その約束だったと思う。で、その仲介役が智香だった」

 そう私が言うと、さすがに諒子にも思い当たるものがあるようだった。

「そっか。淑子、児童文学作家だったわね」

作家(・・)? 伝手がある出版社に無理言って出してもらったまでさ。いまんとこ三冊だけだけど、熱心な読者はいるみたいだ。増刷して累計五万部を越えてるのもある」

「立派な作家さんじゃない。大したものだわ。それに、本の力ってまだ簡単に捨てられるようなもんじゃないね」

「本の力?」

「それだけ影響力があるってことよ。インターネットが普及してますます本が読まれなくなったって言うけど、ネットで小説か何かを勝手に発表して、しかも結構支持されていても、形のある本を出すまでは作家って呼ばれないじゃない。だからやっぱり本はすごい。製本屋さんも当面は安泰だわ」

「おいおい。それはそうと、問題はやはり言葉(・・)だったのか?」

「あ、ああ、愛子のことね。そう。いざ芝居になったら抜けるかと思ったけど、どうにもならなかった。彼女では行けない(・・・・)っていうのが早々にわかった。彼女にしてみれば、もしかしたら標準語を身につけるために演劇部に入ったのかもしれない。それがいきなり主役になっちゃった。彼女のことをきちんと忖度してあげられなかった私たちに責任があるのに、芝居が動き出してしまってからは誰もがはっきりと彼女の訛りのことが言えなくしなってしまった。そればかりか彼女と口をきくことさえしなくなってしまった。愛子はそれで気を病むようになって、結局顔見世公演は出直しになった」

「そして彼女は自らの命を絶った」

「うん。六月の末だった。たぶんそんな彼女の唯一の話し相手が淑子だったのね。大学は違うし、青森と静岡とで、この東京で、どこでどう繋がっていたのかと思ったけど、そうか、女子寮だったのか」

「ちらっとだけだけどな、今回の芝居のことを淑子に話してたんだ。昔、淑子から同じような話を聞いたのを忘れたふりをして。それがそもそもこの事件の発端だったんだな」

「あれから二十年以上も経っていまさらなんで再演なんかするの、そう思うわよね。でも、だとしたら、本来の標的は再演を決めた演出家と出演する私のはずだった。でも、まず私が柴山君の同道を頼んだから彼女は授業参観にこなくてすんだ」

「まさか自分の夫がその曰くつきの芝居に共演しようとはな」

「そして遥ちゃんが淑子のファンだったから、おあつらえ向きに標的を特定できた、というかすり替えられた。ほんとうは演出家と私さえ脅迫すればすんだのに、それが関係者全員への脅迫状になった」

「なんだ、名探偵はどっちだよ」

「公演初日は二十三回忌なのよ、愛子の。彼女への弔いのつもりで再演を決めたの」

「そう、だったのか」

「けど、いまとなって淑子にそのことを伝えようにもね」

「遅くはないさ。伝えてやってくれないか」


     *


「あの最後の場面ね、女子寮の屋上で三人が対峙する、わたしゃもう手に汗握ったな。実際の現場じゃああいうことは滅多にないもんでね、いや、少なくともわたしゃ経験したことがない」

「サスペンスドラマでは定番じゃないですか。東尋坊とか倉庫街とか、あるいは建物の屋上。当たり前すぎる」

「当たり前でパターン化してるからこそ見るほうは安心できる、そういう考え方もある。投げた礫が穴を開けるようなエンディングを誰しもが期待してんじゃないのかな。お宅がやろうとしてたことは、どうなのよ。万人が受け入れるの?」

「ですから、あらゆる人間が受け入れてパターン化してしまうのがいけないって言ってるじゃないですか」

「ふうん。そうねえ。わたしに言わせりゃ、それじゃあちっとも感情移入できないっつうか、面白くないっつうか、もっと言うなら、鼻持ちならないっつうか。あたしも地方、熊本の出身だからね、あの淑子さんの愛子さんへの約束みたいなものがよくわかるんだ。東京で一人暮らしする人間の異物感みたいなもの。愛子さんが背負っていたそれを、淑子さんが彼女亡きあと自分の物語として背負って生きていく。それが、たとえどれだけこの大都会が身近なものになったとしても、心の芯の部分でいつまでも炯々とした光を帯び続けている。そういうストーリーを人々は求めてんじゃないですか?」

「……。刑事さんは知悉してらっしゃる」

「ち、ちしつ? それって誉め言葉ですか。まあ、いい。本題に戻りましょう。ドラマの試写が済んだあと、お宅は被害者の控室を訪ね、彼を()めつけた」

「その通りです。ヤツは木で鼻を括ったような顔で私を見つめた」

「いくつかのポイントがあったが、いちばんのシーンはあれ、諒子さん役の女優さん、ええっと」

「内田憲子さんです」

「そう、フィルムが残ってたんで見させてもらいましたよ、内田さん、じゃない、諒子さんが『北上夜曲』を口ずさむシーン。あれ、もしかして、いままた、笑った?」

「だから、刑事さんは知悉してらっしゃる、とさっきから言ってるんです。担当があなたで、ある意味、私はラッキーでした」

「ラッキー? 大俳優のお宅にそう言われると、こりゃ、覚えも目出度いっていうか、なんていうか。あたしみたいのが担当になってどうにも詮無いと思ってましたが」

「そんなことはありません。内田さん、じゃない、諒子さんが『北上夜曲』を口ずさむシーン、っていま言われたじゃないですか」

「ああ、そりゃ意識してそう言ったわけじゃない。でも、うむ、つまり、お宅はあそこで、諒子さんではない内田さんの歌声に『さすが』と相槌を入れることによって、諒子さんという劇中人物からいったん遊離して、俳優だけど本業は歌手の内田さんの実像(・・)を浮かび上がらせたかった、そういうことでしょ」

「おっしゃる通りです」

「それをカットされてしまった。そしてカッとなったあなたはその勢いのまま被害者の首を絞めた」

「親父ギャグですね。でも、その通りです」

「その後あなたは逃げようとしなかった。その場に居続けてじきにスタッフに発見され、とり押さえられた」

「その通りです。屋上にでも逃げればよかったかな」

「そうしてたら、淑子さんと諒子さんが説得にいらしてくれたかもしれんですな」

 私はそこでもういちど、刑事の顔を見て微笑んだ。けれども刑事は、こんどは「いま笑った?」とは言わなかった。

「俗名柴山進一郎こと藤田ユタカ。罪状殺人。認めますね」

「はい。相違ありません」【了】


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