プロローグ
『早く話をしてきなさいよこの童貞!』
「はあ~。あのなぁ、俺も彼女には話すことなんてないし、あっちも俺と日常会話をする暇なんてないと思う。第一に、俺は彼女に嫌われている。ただの、整備士としか思ってないさ」
『何諦めてるんだよ、この童貞! お前は私という兵器がありながら戦おうとしないから、貧弱野郎って言われるんだよ』
「そんなに言わなくたっていいだろ。それに、俺は絶対に戦わないって本能が告げている。だから、戦わない」
『記憶がないくせに、本能もくそもないでしょうが……』
髪をぼりぼりと掻きながら、頬に流れる汗をスパナを持った手で拭った。頬には汗の代わりに真っ黒な油汚れが跡を残す。気にしてはだめだ、と心の中で自分に言い聞かせ作業に戻ろうとした。しかし、背中越しで聞こえる『童貞、この童貞野郎』という罵倒を聞き、思わず言い返していた。その声は、金属でできた荷台で響き、騒音と化している。だからだろうか、整備室に備え付けられている小窓を開き、そこから一人の少女が顔を出した。眉間に皺を寄せ、顔を真っ赤にしていた。
「誰かと話しているのか? そうじゃなくとしても五月蠅い。君は黙って私の機体を整備してくれ鳳凰家の一員としてな」
「ご、ごめん」
それだけを言うと、少女はバタンと強く小窓を閉めた。
「ほら、お前の言った通りにあの子と話したぞ。これでいいだろ」
『うーん、あれを話したというのか怪しいけど、まあいいか。とにかく、これからはあの子と仲良くするのよ』
バタンと、背後から何かが閉まる音が聞こえる。一旦、作業を止めて振り返ってみる。そこには、金色の人型兵器『ヴァールハイト』が座り込んでいた。電源が入っていないので動かないのは当たり前だが、それでも今に動きそうな雰囲気がそこにある。
俺はこれと一緒にいたんだよなあ、と座り込んでいる機体を眺めながらぼやく。それと同時に数か月、いや、一年近くも前のことを思い出した。自分の名前とこのヴァールハイトと名乗る機体が一緒に砂漠の真ん中で横たわっていた時の事を。そして、緋鳥明日香に拾われてからのことを懐かしく感じながら、数時間後に起こるだろう戦争に向け、真っ赤な機体の整備へと手を進める。