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ではでは、世界最古の長編小説から。

第1夜は、『源氏物語げんじものがたり』です。


その前に予備知識です。


『源氏物語』の作者は『紫式部むらさきしきぶ』。

生没年不明ですが、『藤原道長ふじわらのみちなが』の娘の『藤原彰子ふじわらのしょうし』……もしくは『あきこ』と呼ばれた女性に仕えた女房です。


当時の女房というのは、身分の低い人物ではなく、中流階級貴族の娘で、当時としては高レベルの教育を受けた女性たち。

一種のサロンのようになっていて、幼く入内じゅだいと言って、後宮にあがったみかど女御にょうご中宮ちゅうぐうに教育を施したり、有力な后に使えることにより、父親や兄弟が、后の父親である権力者の物覚えが良くなり、位が上がることもありました。


その為、女性同士の争いもあり、有名なのは『清少納言せいしょうなごん』と『紫式部』。

ですが、同じ帝の后である『藤原定子ふじわらのていし』……もしくは『さだこ』とも言います……と彰子にそれぞれ仕えましたが、従姉妹同士であるものの年の差に様々な事もあり、直接同じ時に仕えた訳ではないのです。

これは有名だと思います。


そして、紫式部のお父さんが『藤原為時ふじわらのためとき』、当時の有名な漢学者で詩人です。

正式の名前は残っていませんが、兄弟に『惟規のぶのり』という人物がいますが、お父さんは娘の聡明さに、


「この子が男であれば……」


と嘆いたとされています。


紫式部は、姓の藤原と式部丞しきぶのじょうの地位にあった父から、元々は『藤式部とうのしきぶ』と呼ばれていたとされています。

しかし、『源氏物語』が有名になるにつれて、特に有名になった『若紫わかむらさき』のじょうから『紫式部』と呼ばれるようになりました。


そして、紫式部には娘がいて『大弐三位だいにのさんみ』と言います。

彼女も有名な歌人として名前を残します。

こちらは後日、お送りいたします。


彼女は、20歳前後で結婚し、夫は藤原宣孝ふじわらののぶたか

夫と死に別れ、しばらくして、出仕します。

その前より才女として知られていて、藤原道長に頼まれたこと、そして、家族のために出仕したと思われます。

その頃には、『源氏物語』を書き始めていたことも有名だったそうです。


では、とお話にいきたいのですが、次回に回すことにします。


平安絵巻を、よろしくお願いいたします。

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