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十四歳の年上の彼女

十四歳の年上の彼女・続

作者: 小々野秋紀

「関係者以外立ち入り禁止よ」

 彼女は自分のデスクに鞄を置き、こちらを見ずにそう声をかけた。

「お早い出勤ですね、佐々木さん。――つれないこと言わないでくださいよ。ほんの一日前まで上司と部下だった仲じゃないですか」

 僕はあの人の冷たいデスクに腰掛けて、一本の赤い花を指先で弄ぶ。

「退職したんですって?」

「はい。突然ですみません」

「本気で言っているの?」

「はい」

 僕の返事に納得できない様子で、佐々木さんは腕を組み身体をこちらに向ける。

「A級本部で退職は不可能よ、秘密が外部に漏れないようにね。それなのに……、いったい誰がバックにいるのよ」

「誰も」

「いないはずないでしょ」

「そうだなァ、あえて言うなら神様かな。実在する方の」

 この答えにも納得してもらえず、佐々木さんが白い目で僕を見る。

 A級指令本部にいる研究員たちは皆、我先にと延命を望む強欲な者達に目を付けられて憑かれている――もとい、援助されている。それは上層部の者であったり、献金と称した裏金を渡した政治家だったり、金持ちだったりと。

「檜山さんの死亡と、その関係者としてあなたが拘束されたと連絡が来た時は、まだ楽に情報が手に入っていたわ。それが、半日もしない内に一変して極秘扱い。彼女の最期の映像がカメラにあるはずなのに、見せろという要求を上のやつらは断固拒否。私のバックも一切手を貸さなくなったわ。――監視員も行方不明ですってね」

「それは、心配ですね」

「あなたがやったんでしょ」

「そこまでしろとは言ってませんけど」

「あら、それじゃあずいぶんと過保護なカミサマね」

 と、佐々木さんは皮肉たっぷりに言う。

「アハッ、確かにそうなんですよ、過保護でして。時たま今回のようにお願いなんてすると張り切っちゃってね」

 ヒールを鳴らして佐々木さんは僕の目の前に立った。高いヒールのおかげで僕を見下ろすかたちになる。

「やってくれたわね、あなた。彼女に執着していたのは知っていたけど、ダメな男――貴重な成功例を死なせて」

「ハハハ。ダメですか」

「いつまでもヘラヘラ笑っていないで、彼女がどうなったのか教えなさい」

「出来ませんね」

「どうして」

「知る必要がないからです」

「それはあなたが決めることなの?」

「はい」

 佐々木さんの整えられた眉がぴくりと不機嫌そうに反応した。

「僕だって知りませんよ」

 あの人が望んでいたから、醜態をさらしたくないと望んでいたから。

「そんなことより、面白い話をしましょうよ佐々木さん」

 言って一枚の写真を佐々木さんに見せる。その写真には若い男が一人。

「誰だと思います?」

 僕の手から写真を抜き取ると、怪訝けげんな顔をしながら佐々木さんは僕と写真を何度も見比べる。

「……あなた、でしょ」

「それがねぇ、違うんですよ。実はこの人、さとると昔付き合っていた人らしいです」

「顔でも変えたの? 佐伯くん」

「残念、またハズレです。僕もさっき知って驚きました、まるでそっくりで」

 僕と瓜二つの、写真の中の彼――これが、ショウ。初めて惺と会った時、彼女から聞こえた「ショウ」は、僕が聞き逃した言葉の端でもなく、彼女が何かを言いかけた始でもなく、彼女は彼の名前を呼んだんだ。

 嫉妬しちゃうなァ。絶対、惺、僕とショウを重ねてたよ。

 無権籍者であったから彼の詳しい出生を知ることはできなかったが、エリア8に住んでいた頃のこと、そして彼を買った男の元から脱走し、惺と出会ったこと――街頭の防犯カメラの記録にその様子が残されていた。それから約半年後に、彼は路上で偶然自分を買った男と遭遇、口論の末にナイフを取り出した男に刺され、A級本部へと――。

「拘束されてね、カミサマが迎えに来るのを待っていたらわざわざ黒田さんが会いに来てくださって。この写真の彼の存在をその時、黒田さんから話を聞いて初めて知り得たんですよ」

「黒田って……幹部の一人じゃないの」

 大息して佐々木さんは近くの席の椅子に半ば呆れ返りながら腰をおろし、足を組んだ。

「まったく、あなたのバックはどれほど力を持った人……いいえ、あなたが何者って話にもなりそうね、これは」

「そうですか?」

「ええ、そうやってニヤつくと余計にそう思えるわ」

「ニヤついた顔は元からですよ。僕は、僕以外の何者でもない。神様を生んだ人間、ただそれだけ」

 軽くデスクから飛び降りて、僕は持っていた赤い花を惺に献花する。ここに彼女がいる訳でもないが、そうせずにはいられない。彼女が使用していたこのデスクが、椅子が、山積みの書類が、全てが愛しく、どれもに彼女を感じる。

 だけども、これらを愛でる趣味は無い、持って帰りはしないよ。

「じゃあ、佐々木さん、機会があればまたいつか」

 言って、僕はラボをあとにした。

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