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XenoCrisis - ゼノ・クライシス -  作者: 高杉零
ハンター試験 - Encounter with a female magician -
9/24

ハンターズギルド

「ふわぁ……」


 目の前に映る光景に、ゼノは感嘆の溜め息を漏らした。


 家のすぐ隣に家が建ち、まるで並木道の木々のように建ち並ぶ。間にいくつもの通りが走り、そのあちこちを数え切れない程の人々が闊歩している。店先からは客引の呼び声がかかり、威勢の良い声が通りに響き渡っていた。

 整備された石畳の道路。通り抜けるのに一苦労する程の人混み。ふと耳を撫でる陽気な音楽は、どこぞで吟遊詩人が奏でてるのだろうか。


 どれもこれも、リーシャ村にはなかったものだ。目に入るもの全てがとにかく新鮮で、ゼノは目を輝かせながらしきりに首を回していた。


「あんまりキョロキョロしてんじゃねぇよ」


 数歩先んじて前を歩くセヴィルが、呆れた声で言ってきた。それじゃあただの田舎者だとゼノを制するが、目新しさに興味の尽きない彼は聞く耳を持たなかった。


「セヴィルさん、昨日はありがとうございました」

「別にいいさ。あんだけ走ったからヘトヘトだったんだろ」


 彼等がここ――アルトリア王国王都に到達したのは、昨日の夕刻に差し掛かった頃だった。

 セヴィルの当初の見立てでは日を跨がなければ辿り着けないと思われたのだが、例の女魔法師から一心不乱に逃げる為に道中をショートカットし続けた結果、予想以上に早く目的地に到達した。

 剣の扱いに慣れるという目的すらも忘れて駆け抜けた。魔物と遭遇しても立ち止まらず、走るのに邪魔になる者だけを切り捨てた。


 およそ半日に渡って走り続け王都に到達した時、ゼノは既に疲労困憊だった。金もなく、宿をとる事も出来ない。

 どうしようかと悩んでいる時に、セヴィルが自分の所で良ければと手を差し伸べた。そのお陰で、ゼノは柔らかい布団で眠る事が出来たのである。


 何故だろう、とゼノは思う。何故セヴィルは、自分に優しくしてくれるのだろうと。

 リーシャ村でもそうだった。村を出る事となった自分を待ち、共に来るかと誘ってくれた。

 介抱した恩? あの日――リーシャ村が山賊に襲われた日、気を失っているセヴィルを自分の家まで運んで介抱したのゼノだ。それを返そうとしてくれている?

 いやしかし、あの程度でここまでしてくれるものだろうか。セヴィルが優しいだけでは納得出来ない。


 考えがまとまらず、ボーッとセヴィルを見つめていると、不意に彼が口を開いた。


「で? どうすんだ?」

「へ?」

「へ、じゃねぇよ。どうすんだよ、これから」


 ゼノはハッとした。そうだ、余計な事を考えている場合ではなかった。

 背中に背負ったそれに手を伸ばすと、彼の小柄な体格には少し不釣り合いな細身の剣に指先が触れる。

 魔物を封じていたという、剣。それを自分が引き抜き、解き放ってしまった。それ故に村を出なくてはならなくなったのが一昨日の話だ。


 一日をかけてアルトリア王都までやってきた。その間ずっと考えていた。

 自分は、一体どうすれば良いのか。


 如何にして日々を過ごせば良いのかといった目先の事ではない。何を目的とすれば良いのか、それを決めなくては話が始まらないと思った。その目的によって成すべき事も向かうべき所も全く違ってくるからだ。


 そして、決めた。


「セヴィルさん……ハンターって、どうすればなれるんですか?」


 途端、ゼノは恐ろしいものを目にして凍り付いた。

 セヴィルが――リーシャ村では山賊達に相対し、冷静な対応でこれを見事に撃退してみせた大人の男が――あんぐりと口を開いたまま目を皿のように剥いていたからだ。


 たっぷり十秒近い時間を要してようやく立ち直ったのか、セヴィルは目頭を指で抑え、改めて聞き返す。


「……何だと?」

「えっと、ハンターには、どうすればなれますか?」


 聞き取れなかったのだろうかと、ゼノは再度ゆっくりと問う。

 彼の言葉をしっかり噛み締めるように耳で受けたセヴィルは――


「…………はぁぁ」


 ――盛大に溜め息を吐いた。


 気持ちは、分かる。自分はまだ十四の子供で、ついこの間村から出たばかりの世間知らず。戦闘経験だって数える程しかなければ、そもそもハンターというのがどのような仕事なのかも昨日初めて知ったのだ。

 それが突然ハンターになりたいなどとは笑わせる、といった所だろう。

 ゼノ自身もそう思う。なれると思うのかと問われれば、正直分からないと言わざるを得ない。

 しかしながら、それがゼノの選択だった。


「……何でハンターになろうなんて思うんだ?」


 セヴィルの問いに、ゼノは昨日から考え続けた結論を告げる。


 何を目的とすれば良いのか。これを考えるのは容易かった。自分が何をしたのかを考えれば、すべき事は自ずと見える。


 ――解き放ってしまった魔物を退治、あるいは再封印する。


 剣が引き抜かれた事で封印が解かれたのならば、これを見て見ぬ振りなど出来はしない。剣を抜いたのは他でもない、ゼノ自身なのだから。解き放った魔物を何とかするのが、剣を引き抜いたゼノが果たすべき責任でなければならない。


 目的は定まった。今度はその為に何をしなければならないのかを考える。

 ――とここで、ゼノの思考は迷走を始めてしまったのだ。


 そもそも解き放たれた魔物というのがどういうものなのかを彼は知らない。どんな魔物なのか。今どこにいるのか。退治するにしても封印するにしても、どうすればそれを成す事が出来るのか。そして、それを知る為には何をすれば良いのか。

 はっきり言って分からない事だらけだ。というよりも、分からない事しかないと言った方が正しいかもしれない。何が分からないのかすら分からないのが現状だ。


 それならば。


「今は、とにかく情報が必要なんだと思ったんです」

「情報だ?」


 昨日、セヴィルは言った。山賊の情報が入ったから、捕縛の為にリーシャ村を訪れたと。

 情報を得れば行動が出来る。行動が出来れば結果を生み出せる。結果が生まれればさらに次の行動をとる事が出来るのではないか。ゼノはそう考えた。


 そして。

 ハンターズギルドには世界各国の様々な情報が寄せられるのだ、とも教えて貰った。

 だとすれば、ゼノが求めるものはそこにあるかもしれない。ないとしても、今考えられる中で一番それを得られる可能性が高いのはハンターズギルドなのではないか――という考えに至ったのだ。


「……簡単な事じゃねぇんだぞ」

「分かってます」


 そう。分かっている。

 ハンターという職業がどんなものか、全てを理解は出来ていない。何も持たず、何も知らずに真っ暗闇の樹海の中に跳び込むようなものだろう。一朝一夕でどうにかなるとはとても思えない。


 それでも、だ。


「――ルさんなら……」

「……あ?」


 俯いたまま、ゼノは呟いた。その声があまりにか細かったので、セヴィルは思わず聞き返す。

 自分の中にある確かな思いを確かめて――ゼノは顔を上げた。


「自分で蒔いた種は、自分で摘まないといけない……セヴィルさんなら、きっとそう言うと思います」


 詰まる所、そこなのだ。

 責任感。使命感。言い方はいくつもあるであろうが、帰結するのは結局の所その一点。


 自分が広げたおもちゃは、自分で畳んで片付ける。

 今の自分には、その思いしかない。それ以外、今の自分は何も持ち合わせていない。知識も、力も、術も、何もない。

 それなら、それを手に入れる。手に入れた上で先に進む。先に進む為に、知らなければならない。

 その為の方法として、ゼノはハンターになろうと決めた。


「……」


 言葉を紡ぐゼノに対し、セヴィルは瞳を閉じてそれを聞き続けた。数度聞き返し尋ねる事もあったが、たった一言を除いて否定する事も拒絶する事もなかった。


 簡単な事ではない。セヴィルはそう呟いた。

 セヴィルはハンターとして仕事をこなす一人。当然、ハンターになる事の難しさも、ハンターとして仕事をこなす難しさも知っている。


 その彼が言う。ゼノには難しいと。

 それでも、始めもせずに諦める事は、ゼノには出来そうもなかった。


「僕……ハンターになりたいです」


 力強く、言い放つ。その声は決して大きくはなかったが、言葉には思いの全てを注ぎ込んだ。

 黙ってそれを聞いていたセヴィルはゆっくりと目蓋を開く。拳を握り強い眼差しで彼を見つめるゼノを眺め、ボソリと呟く。


「なる……じゃなくて、なりたい、か」

「あ、えっと……」


 しまった。なってみせるとでも言った方が良かったろうか。

 単なる願望なら捨ててしまえと言われるかもしれない。お前のような子供にそんな事が出来る訳がないと切り捨てられるかもしれない。

 自分の思いを伝えられたのかどうかが不安で、言葉を続けようと口を開こうとした。


 だが――セヴィルは口元を緩めていた。


「そう言われちゃ、俺には何も言えねぇな」

「え?」


 予想と真逆だった。返ってくるであろう返答をいくつも考えてはいたが、そのいずれとも違っていた。

 先程ゼノがハンターになるにはどうすれば良いのかと質問をした時のセヴィルのように、口をポカンと開けて呆然とした。


「責任感や使命感だけでハンターに"なる"なんて言いやがったら殴り飛ばしてやろうかとも思ったんだがな。"なりたい"って言うなら話は別だ。それがお前の本心だってんなら、俺がどうこう言う事じゃねぇ」


 見開いた目をパチクリしながらセヴィルの言葉を頭の中で反芻する。


 そして理解する。

 セヴィルは、自分が言葉に出来なかった部分すらも受け取ってくれたのだと。


「言っておくが、そいつはとんでもなく難しい。ちょっとやそっと頑張ればどうにかなるような話じゃねぇ」


 ゼノは、"ハンターになりたい"と言った。

 一番の理由は、もちろん解き放った魔物を何とかする為だ。そこに嘘偽りは全くない。


 だが、ある。

 ゼノの心の奥底にある、もう一つの理由が。


「ましてやお前はガキだ。背伸びしようが逆立ちしようが、そいつは変わらねぇ」


 それは儚い夢だった。幼い頃から少しずつ膨らませていった憧憬。


 ――世界中を旅してみたい。


 何をどうすればそれが出来るのかが分からない。日々を生きるのが精一杯だった。

 そんな理由で夢のままにしておいた。夢は所詮夢だと折り合いをつけられるくらいには、理想と現実が決して重なり合わない領域を垣間見ていたから。


「キツいから辛いから逃げるなんて事は出来ねぇ。一度足を踏み入れたら落ちる所まで落ちていく。底のねぇ崖みたいな世界だと言ってもいい」


 しかし状況は一変した。一生を過ごすのだろうと勝手に思っていた村を出る事になり、ゼノは外の世界へ歩み始めた。


 そして知った。"ハンター"という存在を。

 可能性が生まれた。それは決して高い可能性ではなく、それどころか限りなくゼロに近い。それでもゼロではない、とてもか細い可能性。


「それでも、やるか?」


 ゼノの方へと向き直り、セヴィルが改めて尋ねる。ゼノの瞳を正面に据え、真っ直ぐに見つめてくる。


 選べ、と問われている事はよく分かった。

 誰かに強制されるでもない。何かに流されるでもない。

 ゼノ自身の選択を改めて聞かせろ、と。セヴィルの瞳はそう告げていた。


 セヴィルはやれるのかとは聞かなかった。

 仮にそう問われたのだとしたら、ゼノは答えを出せなかっただろう。


 不安は、ある。

 仕事内容を軽くは聞いたものの全容は見えない。それはきっと、仕事を始めても、何年も続けたとしても見えては来ないのだろう。

 力はない。知識もない。使えるものは何もない。

 やれる、などとは口が裂けても言えはしない。


 それでも。

 試してみたい。やってみたい。成し遂げてみせたい。

 その欲求が、ゼノの心を突き動かした。


「……やります」


 再度、思いを言葉に乗せる。

 先程の願望とは違う。これは、ゼノが選んだ一つの答え。

 ゼノが己の奥底から絞り出した、自らの意思。


「そうか」


 ゼノの答えに呟きを返し、セヴィルは再び俯いた。目を瞑り、先程と同じように黙って何かを考えている。

 静寂が辺りを包んでいた。街は喧騒で賑わっているのに、ゼノの耳には一切が届いていなかった。

 しばしの沈黙の後、言葉は紡がれた。


「仕方ねぇ。俺が紹介状書いてやる」

「……へ?」

「聞いてなかったのか? 紹介状書いてやるって言ったんだ」

「紹介……状?」


 彼の言う意味が分からずゼノはただただオウム返しをする。

 ゼノの心意を悟ったのか、セヴィルはガリガリと頭を掻きながら説明を始めた。


「ハンターになる為には、試験を受けなきゃならねぇんだ」

「試験?」


 本来、ハンターになりたいと願う者を拒む理由などない。

 困っている人々は世界中どこにでもいる。ギルドに寄せられる依頼は大小関係なく山のように――いや、夜空に浮かぶ星の数程あるのだ。人手はいくらあっても足りはしない。


 ならば何故、試験などというものが存在するのか。

 その答えは――ハンターという職業の特殊性だ。


「ハンターってのは言ってみれば請負派遣業だ。依頼を請けて人材を派遣し、これを達成する。要するに依頼人はハンターに仕事の一端、ないし全てを任せる訳だ」


 依頼を達成し報酬を貰う。そんな職業であるから、そこには当然信用が関わって来る。


 しかしながらギルドとしては、依頼人からの希望には可能な限り沿うけれど、その全てを満たせる訳ではない。全幅の信頼を寄せられるハンターに依頼したいという希望があっても、そんな依頼の全てを一人のハンターに請けて貰えるとは限らない。

 どんなハンターを派遣したとしても、同等の成果を挙げられる必要があるのだ。


 だからこそ、ある程度のふるいをかけなくてはならない。

 力を確かめ、人となりを確かめ、適性を見る。それが試験を行う理由なのである。


 と、ここまで説明をふんふんと聞いていたゼノが、不意に口を挟んだ。


「理由は分かりましたけど……紹介状って何なんですか?」


 紹介状とは何か。それを語るにはハンター登録の条件を語らなければならない、とセヴィルは告げた。

 新規にハンター登録を行う為には、三つの条件をクリアしなければならないのだ。


 一つ。ハンター試験はハンターズギルドより試験依頼を請けた場合にのみ受験出来、試験内容と同等の成果を示してもこれを認めない。

 一つ。ハンター試験は何度でも受験する事が可能であるが、試験中に不正行為が発覚した者については永久に受験資格を失う事とする。

 一つ。ハンター試験の受験者は十五歳以上の成年者でなければならない。


「え、えぇッ!?」


 衝撃の発言に愕然とする。

 十四歳であるゼノは、十五歳以上でなければならないという条件を満たしていない。

 すなわち――試験を受ける事が出来ない。


「露骨にがっかりしたな」

「そ、それはそうですよ……」


 決意した矢先に出鼻を挫かれた。

 受験する事が出来ないのならハンターにはなれない。ハンターになれないのなら、ゼノが思い描いていた今後の展望も全て水泡に帰す。


 さっきまでのやり取りは一体何だったんだと肩を落とすゼノの頭に――セヴィルは軽く手を乗せた。


「……何です?」


 ゼノは口を尖らせて言う。

 慰めるくらいなら最初から教えて欲しかった。改めて決意する前に無理だと分かっていれば、諦めもついたのに。

 と――


「――ぁだッ!?」


 脳天に激痛が走った。

 思わず仰け反り、ズキズキと痛む頭を抑えながら顔を上げると、ゼノに拳骨を喰らわせた状態のまま静止したセヴィルの姿があった。


「な、何するんですかぁ……?」

「コロコロと忙しねぇ奴だな。話は最後まで聞け」

「……話?」


 キョトンと目を丸めたゼノをチラリと流し見て、セヴィルは路地の角を曲がった。ゼノも遅れながらそれに続く。


「確かに十五歳未満の未成年者はハンター試験を受けられねぇ。ただし――現役ハンターの紹介状があった場合だけは別だ」

「え?」


 ようやく現れたキーワード。先程から話していたはずの対象が、ここへ来てゼノの心を突き刺した。

 紹介状があれば、ハンターになれる?


「正確にはハンター試験を受けられる、だ。なれるかどうかは試験の結果次第」


 自分の顔が綻んでいくのを自覚した。

 仕方がない。どうしようもない。

 だって――


「そいつを俺が書いてやる。なれるかどうかは知らねぇが……まぁやれるだけやってみろ」

「はいッ!!」


 ――細いけれど確かにそこにある糸口を、見つけてしまったから。


「よし。とにかくギルドに行くぞ。依頼の報告もしなきゃなんねぇからな」

「ギルドって、どっちですか!?」

「そこ真っ直ぐ行って二つ目の十字路を右に曲がって、次の曲がり角を――」

「こっちですねッ!!」


 言うが早いか、ゼノは駆け出した。


 心が逸る。高まる鼓動を抑えられない。魔物の事を考えると不謹慎だとは思うけれど、それでも気持ちは偽れない。

 今、ゼノは心からワクワクしている。


 煉瓦造りの家々が建ち並ぶ細い路地を疾走する。一つ目の十字路を通り過ぎ、尚も脚は軽やかに跳ねる。


 叫び出してしまいそうな衝動を何とか我慢し、心の中で強く誓う。

 絶対、ハンターになってやる。


 二つ目の十字路に差し掛かる。勢いに乗ったまま身体を回し、糸口に繋がる次なる一歩を――


「ぶへッ!?」


 ――盛大に、遮られた。

 角の向こうから現れた何かに顔面から激突したゼノは弾き返され、通りに転げる。


「あいたたたた……」

「ったく、勢いに任せて突っ走るからだぜ」


 後ろからセヴィルの呆れた声がかけられる。

 ブツけた顔と地面に打ち付けた腰に手を添えながら起き上がると、目の前に一人の青年が転げていた。

 僕はこの人にブツかったんだと悟り、とにかく謝らなければと手を差し伸べた。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「く……どこを見て歩いているんだ……」


 苦々しく悪態をつきながら、青年はゼノの手を取りもせずに自力で立ち上がった。


 青年はゼノよりもずっと大きかった。大柄なセヴィル程ではないが、対して小柄なゼノと比べると頭一つ半は差があるように見えた。

 青年に対して向き直り、深く頭を下げる。


「本当にすみませんでした。僕、ちょっと舞い上がってしまっていて……」

「今のはお前が悪ぃぜ」

「はい……」


 わざわざセヴィルに追い打ちされ、ゼノは肩を竦めてしまう。

 彼の言う通り、今のはゼノが悪い。嬉しさにかまけて注意を怠った。村と違って視界が開けていないので気をつけなければならないというのは昨日の時点で分かっていた事なのに。


「すまねぇな。こいつには俺から言って聞かせておく。許してやってくれ、坊主――」

「俺を坊主と呼ぶなッ!!」

「――は?」


 怒声が響き渡った。

 頭を下げたままだったゼノは突然の事に思わず身を硬くした。何が何だかさっぱり分からなかった。


 それから恐る恐る目を開き、伺うように顔を上げる。

 怒声の主は、目の前の青年だった。


「……俺は坊主じゃない。それに、あんたに坊主なんて言われる筋合いはない」

「あ、あぁ。そいつはすまなかった」


 目をやると脇でセヴィルが驚いた表情をしている。いくらセヴィルでも面喰ったらしい。


「おい、お前」

「は、はいぃッ!」


 青年から声をかけられ、上擦った声が口から漏れる。悲鳴のような声に近くを歩いていた人々が何だ何だと振り向いたが、ゼノに気にする余裕は残っていなかった。

 反射するかのように強張った身体は、直立不動のまま動こうとしない。


 青年は服に付いた埃を払い、ゼノを一瞥すると踵を返した。

 そのまま、背中越しに言う。


「これからは、ちゃんと前を向いて歩け」

「は、はい……」

「ふん」


 それだけ告げて、青年は行ってしまった。

 一気に緊張が解かれる。強張っていた力が抜けると、途端に脱力感に苛まれた。力と共に大きく息を吐いて初めて自分が知らない内に息を止めていた事に気が付いた。


 怖かった。何だかよく分からないけど、怖かった。

 昨日と同じ感覚だった事を思い出してセヴィルに話し掛ける。


「あ、あはは……怒られちゃい、ましたね」

「何で俺まで……昨日のあの女といい流行ってんのか、ああいうの」

「僕に分かる訳ないじゃないですか」


 どうやらセヴィルも同じ事を考えていたらしい。

 まぁ昨日の一件はともかく、今日は自分が悪いのだから何も言えはしない。

 舞い上がってすみませんでしたとセヴィルにも謝り、ゼノ達はその場を後にした。




  ◆




 ハンターズギルド。ハンター達が集い、依頼を請ける窓口機関。

 アルトリア王都にある他の建造物と同じく煉瓦で造られた建物の内部は、意外な程に小綺麗だ。華やかな装飾がある訳ではないが、白で統一された壁や床には汚れもほとんど見当たらない。

 ゼノがセヴィルに続きロビーに足を踏み入れた途端、ふわっとした優しい匂いが鼻腔をくすぐった。館内を見渡すといくつかの観葉植物が置かれている。きちんと手入れされているようで、その葉は瑞々しさに溢れていた。


 想像していたのと違う、とゼノは驚いていた。

 セヴィルのような――と付け加えると本人に怒られそうではあるが――腕に自信のある猛者が集う場所なのだから、それこそ筋骨隆々で大柄な男達でひしめき合っていて入った瞬間にジロリと睨みでも利かされるとでも思っていたのだが、実際は全く違った。


 館内には幾人もの人々がいたが、皆が皆ハンターという訳ではなさそうだった。窓口で職員に向かい相談をしている少女。空調も効いていて居心地が良いのか雑談に華を咲かせる女性達。見るからにハンターではない一般人も多数いた。


「こっちだ」


 セヴィルに導かれ、後について一つの窓口へ向かう。その向こうでは一人の女性職員が事務処理を行っているようだった。


「あら? セヴィルじゃないの」

「よぅ」


 窓口に到達する前に女性職員がこちらに気付く。セヴィルの顔を確認すると手を止め、窓口まで出て来た。


「随分と遅かったのね。他の人達は昨日戻って来たのに」

「まぁ色々とあってな」

「ふぅん? まぁたどこかの女の子に言い寄られてたんじゃないの?」

「んな訳あるか」

「ホントにぃ?」

「るっせぇぞ。仕事しろ仕事。ほれ、報告書だ」

「はいはい。ちょっと待ってねー」


 セヴィルが懐から出した紙切れを受け取り、女性職員は窓口を離れる。報告書と言っていたから、内容を確認するのだろう。書類をペラペラとめくり、別の書類に何かを書き込んだ上で判を押している。


 何だか、新鮮だ。

 リーシャ村は小さな村だったから、こういった施設の類は一切なかった。ちょっとした酒場と道具屋があるくらい。基本的に農業をして過ごす生活にはそれくらいで十分だった。

 この街にはきっとギルド以外にも色々な施設があるのだろう。もし時間が出来たら見て回りたいな、とゼノは思った。


 程なくして、確認を終えた女性職員が窓口に戻って来る。


「お待たせ。確認出来たわ。これが報酬よ」

「まいど」


 カウンターに置かれた布袋をセヴィルが受け取る。

 なるほど、ああやって依頼を達成した報酬を貰うのか。袋に詰まった金貨がじゃらりと鳴ったのを耳にし、あんな大金貰ったらどうやって管理すればいいんだろうなどと妄想を膨らませる。


「それで、そっちの子は?」

「あぁ。ハンター志望でな」

「へぇ……」


 女性職員がゼノをじっくりと観察する。下から上までじっと見つめられると、何やら気恥ずかしさを感じた。

 ざっと眺め終わった所で、女性職員が口を開く。


「君、いくつ?」

「じ、十四です」

「だよねぇ……セヴィル、もしかして紹介状書くの?」

「何だ、いけないのか?」

「あら珍しい! セヴィルが紹介状なんて!」


 女性職員が挙げた声に、窓口の向こう側がざわめいた。

 妙なざわめきに不安を感じ、傍らのセヴィルに話し掛ける。


「せ、セヴィルさん……?」

「あぁ気にすんな。今まで俺が紹介状なんて書いた事ねぇから珍しいんだろ」

「そうなんですか?」

「書く機会もなかったからな」


 ――もしかして、僕は物凄く恵まれているのだろうか。

 そんな事を思った矢先、少し離れた別の窓口から甲高い声が挙がった。


「だから、どうして試験が受けられないのよ!?」

「で、ですから、これは規則でして……」

「何日もかけてここまで来たのよ!? ちょっとくらい融通利かせてくれたっていいじゃない!」

「いやそういう訳には……」


 声を挙げているのは少女のようだった。

 その声を聞いて――身体中から一気に汗が噴き出した。


 嫌な予感がした。


「十五歳未満の方は紹介状が必要なんですよ」

「誰の紹介を受けろって言うのよ!」

「現役ハンターの紹介をですね……」

「そんな人と知り合えるなら、わざわざアルトリアまで出て来ないっての!」


 長く綺麗な金髪。少女が声を上げる度に元気に揺れるポニーテール。

 見間違いではなさそうだった。


「ん?」

「あっ……」


 目が合った。

 見ていると吸い込まれてしまいそうな程、透き通った翡翠色の双眸。


「「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」


 示し合わせたかのように互いを指差し合い、同時に声を張り上げたのは――


「な、何であんた達がここにいるのよ!?」


 ――魔法師、ユニ・プラムスその人だった。

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