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XenoCrisis - ゼノ・クライシス -  作者: 高杉零
旅立ちの日 - The beginning -
6/24

旅立ちの日

 目を覚ました時、そこは見慣れた場所ではなかった。

 目の前を覆う天井も。自分が寝かされているベッドも。どれもこれも、自分の家とは違うものだった。


 ここは、どこなんだろう。

 ボーッとする頭で周りを眺めようと首を横に向けようとした。


 壁に備えられた、大きな本棚が目に入る。

 懐かしかった。小さな頃、色々な本を読んだっけ。寝る時になると色々な物語を読み聞かせてもらったっけ。


 そこで気付く。

 あぁ、ここは――


「起きたかい、ゼノ?」


 不意に脇から声をかけられた。


「……村長」

「良かった。気を失っておったから心配したよ」


 心の底から安堵した表情の村長が、傍らに腰掛けていた。


 そうだ。ここは村長の家だ。

 十歳の頃まで自分も住んでいた。気付いてみれば、見覚えがある。離れて四年が経つとは言え、忘れてなどいない。懐かしい。


「身体の具合はどうだい?」

「あ、いえ――」


 ハッとする。

 そうだ、自分は――


「村長! 山賊は!? 村の皆は!?」


 勢いよく起き上がり、一気にまくしたてる。


 リーシャ村は山賊に襲撃されていた。ゼノは村長に一度逃がされたものの、山を下りて逃げ出す事がどうしても出来なかった。山の中腹に突き立てられていた剣を引き抜き、それを持って村へと戻った。村長達が逃げ始めるだけの時間稼ぎは出来たものの、自分一人では山賊達に敵わず、組み敷かれてしまった。


 そして――


「セヴィルさんは!? セヴィルさんはどうしたんですか!?」


 ――セヴィルと名乗るあの男に、助けられたのだ。


「落ち着きなさい、ゼノ」


 掴みかからん勢いで詰め寄るゼノの肩に手を置き、村長は優しく声をかける。


「皆なら大丈夫じゃ。あの男が山賊達を追い払ってくれた」

「セヴィルさんが……」


 良かった。心からそう思う。


 偶然、あの人と村の近くで出逢って。

 偶然、自分の家で寝ていてくれて。

 偶然、山賊達に事前に見つかる事がなくて。


「村長はその……怪我は?」

「あぁ、心配ないよ。薬草が効いたようだ」


 そっか、と微笑んだゼノは、身体中から力が抜けるのを感じた。張り詰めていた糸が抜けるようだった。

 全ては偶然の賜物だ。自分の力で出来た事など、それこそ非常に小さなものでしかない。

 それでも、結果として皆が無事であった事が――とにかく嬉しかった。


「……ゼノ」


 安堵に胸を撫で下ろしていると、村長が不意にゼノを呼んだ。


「はい?」

「……」


 返事を返すが、村長は俯いたままだった。

 ちらつく灯りに照らされた村長の表情は――これまでに見た事のないものだった。

 何かを言いだそうとしているのに、それを言ってしまいたくない。苦痛を噛み締めそれから逃れたいと思いながら、これは苦痛などではないと自分自身に戒めている。

 そんな、矛盾を何重にも折り重ねたような表情だった。


 しばらく沈黙が続いた後、村長は何かに耐えながら口を開いた。


「……なぁ、ゼノ」

「はい」


 何か、大切な話をしようとしている。

 村長の表情を見て、ゼノにもそれだけは分かった。

 だから――村長の瞳をしっかり見つめて、ゼノは呼び掛けに応える。


「お前に……話さなければならん事があるんじゃ」


 そう言いながら、村長は部屋の片隅に視線を寄せた。つられるようにゼノもそちらへ目をやる。


 そこには、一振りの剣が立て掛けられていた。

 改めて確認するまでもない。ゼノが持っていた――山道の途中、大樹の傍らに突き立てられていた剣だ。


 剣を一瞥し、村長は一度目を閉じた。自分の中で気持ちを立て直したのだろう。少しの後、村長は再び口を開く。


「ゼノ。お前には、この村を出て行って貰う」


 え、と聞き返す事すらも出来なかった。


 ようやく落ち着いたと思っていたゼノの心は、一気に掻き乱された。掻き乱され過ぎて、掻き乱されたのかどうかすら自分では判断出来なかった。

 瞬きをする事さえも忘れて、言葉にならない聞き返しを続けて口をパクパクさせながら、ゼノは村長を見つめ続けていた。


 そして村長もまた――ゼノを見つめ続けていた。

 物心がついてからずっと笑いかけてくれていた瞳が。十四年間ずっとゼノを見守り続けてくれていた瞳が。じっとゼノの姿を映していた。


 その瞳が告げている。

 彼の言葉は、冗談なんかではないと。

 ゼノが察したのに気付いたのかそうでないのか、村長はふぅと軽く息を吐き、椅子に深々と腰掛けなおした。


「……その剣はな。この地に、ある魔物を封じ込めていたものなのだよ」

「魔物……!?」


 背筋がゾッとするのを感じた。


 村長曰く、それはもう十何年も前の事らしい。ゼノが一切知らないのだから、少なくとも十四年以上は前の事だ。

 とある魔物が村に出現し、破壊の限りを尽くしたのだと言う。

 魔物は村を出て、世界中に破壊と混乱を広げようとした。

 そこへ名も知らぬ旅人が現れ、これと相対した。


 だが。

 戦い、追い詰めるも、旅人は魔物を倒す事が出来なかった。

 そこで旅人は手にした剣を媒介とし、魔物を封じ込める陣を張った。


「それが……あの剣……?」

「そうじゃ」


 にわかに信じられる話ではなかった。

 話自体はありきたりとさえ思える英雄譚そのもの。お伽噺のそれに近い。

 信じられないのはそこではない。

 それが、リーシャ村で起こった、という事だ。


「儂等は恐怖で何も出来んかった。扉を閉ざし、家の中でただ震えておった」


 見て見ぬ振りをした――という村長の顔は、その時の光景を苦々しく思い描いていた。

 だから分かる。それが、お伽噺や伝承の類ではない、事実であると。

 魔物が封印され、村に平和が戻った。

 村長の話は、そこで途切れる。

 ゼノの中で分かれていた点と点がようやく繋がった。


「つまり……僕があの剣を抜いてしまったから――」


 幼い頃からずっと不思議だった。

 何故、山道の傍らの一角に近寄ってはならなかったのか。

 何故、村長が徹底してあの場所への立ち入りを禁じていたのか。


 分かってみれば簡単だ。

 剣をもって、魔物を封じた場所だから。


「――魔物が……復活してしまった……?」

「……そういう事になるじゃろうな」


 村長は沈痛な面持ちで応じる。だが、それ以上は言葉を紡がなかった。

 それでも、分かる。知ってしまったから。

 事情がどうあれ、剣は抜かれてしまった。誰あろうゼノ自身の手で。

 魔物の出現が十数年前の事であるのなら、その被害を受けた村人も多いのだろう。

 そんな彼等は――ゼノの事を責めるかもしれない。

 表立って責めないにしても、心中が複雑である事は間違いない。

 そしてその心の淀みは、いつかゼノに向けられる。


 そういう事なのだ。


「……怖いんじゃ」

「え?」


 村長が声を漏らす。声はか細く、今にも消え入りそうなくらいに小さかった。

 その声が、震えているのが分かった。


「復活した魔物がまた襲ってはこないかと。自らを封印したあの剣を求めて現れるのではないかと。村が再び蹂躙されるのではないかと。儂は……それが恐ろしくて仕方がない……」


 実際に目の前で起こった光景を思い返しているのだろうか。村長は頭を抱え、震える声で告げる。何故あんな事を――村を出て行けなどと言ったのか。


 だが、ゼノには分かる。

 村長の言うそれは――優しい嘘なのだと。

 全てが嘘ではないだろう。それはきっと、本当に恐ろしい出来事であったに違いない。

 それでも。


「……分かり……ました」


 今、ゼノと村長の二人しかいないこの場でそれを告げる村長は。


「出て行きます。この村を」


 皆に責められないように、はからってくれたのだろうから。


 決意は――固まった。


「よい……しょ」


 掛け布団を折り畳み、立ち上がる。

 あれだけボロボロだったにも関わらず、身体に痛みはほとんどなかった。村長達が治療してくれたのだろう。

 本当に、感謝の気持ちで一杯だ。心からそう思う。

 だから――


「今日まで……お世話になりました、村長」


 ――これ以上、村長に、村の皆に迷惑をかけてはいけない。


 それが、ゼノが導き出した答えだった。


「ゼノ……」

「何も言わないで下さい。決心が揺らいじゃいますから」


 心配そうに見つめる村長に、ゼノは精一杯の笑顔を見せる。

 ベッドを下り、壁に立て掛けられた剣を手に取る。


 村長の方を振り返り事が出来ない。そうしてしまったら決意が鈍ってしまう。出て行く事を躊躇してしまう。

 出て行きたくなんかない。それはゼノの本心だ。


 だが村長には、村の人々には、自分が生まれてからずっと世話になってきた恩がある。幾度となく、様々な場面で助けられ、見守られてきた恩が。


 それに何より、村の人々を守りたい。

 だからこそ彼は戻って来た。だからこそ対峙する事が出来た。

 その気持ちだって、紛れもなく本心なのだ。


「それじゃあ、一度家に帰ります」


 それだけを告げて、ゼノは部屋を後にした。





 残された村長は、閉じた扉をずっと見つめていた。


「……これで……本当に良かったのか?」


 思考の渦から漏れ出た言葉が、不意に口をついて出る。

 それは、少年を預かってから今日に至るまで、何度となく心を悩ませてきた問い。かつてやむを得ず請け負うしかなかった懇願に対する結末。


 瞼を閉じれば今でも鮮明に思い出す。少年がこの世に生まれ出でたその日の事を。そして、少年を預かるに至ったその時の事を。

 それから十四年間、自問自答を続けてきた。答えも出せず迷い苦しみ、天を仰いだ事が何度あった事か。


 今日この時になって、改めて問い掛ける。


「お前は……本当にこれで良かったのか、ヴェイグよ……」


 静寂に包まれた部屋の中で、彼の言葉に応える者は、なかった。




  ◆




「……よし、と」


 一刻の後。一通りの準備を終えたゼノは、自分の家の扉を閉め、立っていた。

 その背には決して小さくはないバックパックが背負われている。


 家にあった全てを持つ事は出来なかった。入れる事が出来たのは、数日分の食料と幾らかの衣類、それからかさばらない道具類だけだ。

 たったそれだけだと言うのに、背中にずっしりとした重量感があった。


 持てたのはたった一部。それだけでこれ程の重量を感じる程に――この家には物があった。

 村長の家を出てから四年。それは決して短い時間ではなかったのだと、改めて実感させられた。


「さ……行こう」


 家を後にし、歩き出す。

 程なくして村の入口に差し掛かった時、ゼノの脚は再び止まった。


「よぅ」


 入口に立てられた門柱の脇に、一人の男が立っていた。


「セヴィルさん」


 男の名を呼ぶ。


 待ちくたびれたと言わんばかりに、セヴィルは寄り掛かっていた門柱から身体を離した。傍らには例のバカでかい大剣――シュタルシュロットとか言っていたろうか――も立て掛けられていた。


 もうとっくに帰ってしまったと思っていたのにこんな所で何をしているんだろうと考えていると、セヴィルの側から話しかけられる。


「身体の具合はどうだ?」

「大丈夫です。村長達が治療してくれたので……」

「そうか」


 セヴィルはぶっきらぼうに応じると、門の外へと目をやる。

 そうだ忘れてた、とゼノは深々と頭を垂れた。


「セヴィルさん。村を守ってくれて……村の皆を守ってくれて、本当にありがとうございました」

「気にすんな。こっちも仕事だ」

「お仕事、ですか?」

「あぁそうだ。だからテメェに礼を言われる筋合いはねぇ」


 フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いたままのセヴィルを見て、ゼノは思わず可笑しくなった。


「――そんな事より」


 笑いを噛み殺そうと必死になるゼノに、セヴィルは淡々とした声色のまま声をかけた。


「どうすんだよ、これから」

「え?」

「え、じゃねぇよ。その荷物見りゃあ誰でも分かる……村を追い出されたんだろう?」

「あ……」


 図星を突かれ、ゼノは押し黙ってしまう。

 準備をしている間、ずっと考えていた。これからどうすれば良いのだろうかと。


 答えは出なかった。


 生まれてから今日まで、村を出た事など数える程しかない。その数度でさえお使いなどの用事があっての事で、村の外で生活する事などこれまで考えた事もなかった。


「……その様子だと、特に決まってはいねぇみてぇだな」


 俯くゼノを一瞥し、セヴィルは一度空を見上げる。

 地平線に陽が沈もうとする時間だ。彼の視界に広がる空は既に星々が輝いていた。山の上にあるリーシャ村だから、その輝きはとても美しく見えた。

 少しの間空を仰ぎ、セヴィルは頭を掻く。そして、小さな溜め息混じりに告げた。


「なら、俺と一緒に来るか?」

「……へ?」


 予想だにしていなかった突然の誘いに、思わず声が裏返った。何を言われたのかがさっぱり分からず、きょとんとしたままセヴィルの顔を見つめてしまう。


「い、一緒に……って?」

「はぁ? 一緒にったら一緒にだよ」


 それで分かるなら始めから聞き返していない、とゼノは思う。


「俺はこれからアルトリアに向かう。こっから一番近ぇ街ったらそこだ。お前がこれからどうするにせよ、どっかの街に出る事にはなるだろう?」


 そこでようやく、理解した。

 何故、セヴィルが今、ここにいるのかを。


「で、でも迷惑じゃ――」

「バァたれ。迷惑だと思うんなら最初からこんな事言うか」


 この人は――優しいんだ。ゼノは素直にそう思った。


 思い返してみれば、彼が山賊達を追い返してから多少なりとも時間が経っている。何せ、ゼノ自身は気を失って村長の家で介抱されていたのだから。

 にも関わらず、セヴィルはここにいた。村を出るとしたら――村長宅の裏道のようなイレギュラーを除けば――必ず通る、この村の入り口に。


 どうしてセヴィルがこの状況を予想出来たのか、そんな事は分からない。何故セヴィルがわざわざ自分なんかを待つのかもさっぱり分からない。


 それでも。

 彼は自分を待っていてくれたのだと、何故だか確信が出来た。


「んじゃ行くぞ、"ゼノ"」

「あ、ちょっと待っ――」


 ゼノの返答を待ちもせず歩き出そうとしたセヴィルを追いかけようとして――気付く。


「あん? どうした?」

「……今……僕の名前……」


 初めて、セヴィルに名を呼ばれた。


 出逢ってから実は一日と経っていない。昼前に出逢い、お互いに名を名乗り、それからすぐに事件が起きた。

 大した事ではない――と、いつかそんな風に思うのかもしれない。


 されど今この時において。


「いつまでも"坊主"じゃ、格好つかねぇだろうが」


 セヴィルに名を呼ばれた事が、とてつもなく強烈に印象に残って。


「一応言っとくが、お前の為にゆっくり歩いたりはしねぇぞ。ついて来れねぇようなら置いてくからな」


 堪らなく――嬉しく感じた。


「――――ッ! はいッ!!」


 言葉通りさっさと歩き始めてしまった男の背中を追い、少年は駆け出した。


 これから何をすればいいのかなど分からない。

 これから何処へ行けばいいのかなど分からない。


 それでも、少年は歩みを始めた――

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