遠ざかる街並み
「え、忘れ物ですか?」
ゼノがやたらと間延びした気怠そうな声で会話に割り込んできたのは、宿に帰ってしばらくした頃だった。会話の当事者であるセヴィルは話に入るなら入るでまともに話を聞く体勢になれと視線を向けるが、残念ながら届きそうもなかった。
まったく、どれだけ落ち込んでるんだと小さく嘆息する。
結局、ゼノは焼き芋を手に入れる事が出来なかった。出店の前に出来ていた列に並び、いざ次がゼノの番という所で商品が売り切れてしまったのだ。
それだけなら仕方がないだろうとも思えるが、ユニが購入した時点ではなかった長い列が何故出来たのかと尋ねてみれば、街行く通行人達があまりにも美味そうに焼き芋を頬張るユニを見て買う気になったと皆が口を揃えて言うものだから救いがない。
どうやら焼き芋を取り合うゼノとユニを見てそんなに美味しいのかと感じた者達もいたようで、原因の一端が自分にもあるゼノはただただ落ち込むしかなかったのである。
やれやれ。たかが焼き芋でこれだけ一喜一憂出来るのだから、今日もアルトリアは平和なものだ。
「そうなんだよぉ! 一体どうしたらいいんだぁ!」
そんな平和とはかけ離れたように悲しい声をあげているのが、先程からセヴィルと話していた宿屋の主人である。
普段は穏やかにカウンターに腰掛けて新聞でも眺めている主人が、今日に限って妙に慌てふためいていた。
その慌て方は尋常なものではなく、カウンター前をぐるぐる早足で回っては壁に肩をぶつけ、体勢が崩れてはぶつけた壁の上に飾られた置物が頭に落ち、倒れ込みそうになった所で肘の裏側をカウンターの角に痛打した程だ。
それを見たセヴィルは思わず眉をしかめ、ユニに至っては苦虫を噛み殺したような顔で自分の肘を押さえていた。ゼノだけは焼き芋の衝撃から立ち直っていなかったが。
始めはそのまま通り過ぎようとも思ったが流石に見て見ぬ振りも出来ず、何があったのかと尋ねた所で先程のゼノの発言に至るのである。
「さっきまでウチに泊まってたお客さんが、部屋に忘れ物をして行ったんだぁ……」
いつもならチェックアウトの手続きをしている間に女将が部屋を見回るらしい。そうやって忘れ物はないか、妙な物を捨てられていないかなどを確認するそうなのだが。
「ごめんなさいあなた……あたしが焼き芋なんて買いに出てしまったから……」
タイミング悪く、ふと多くなった焼き芋を頬張る通行人達を見て食欲が刺激された女将が購入の為に出てしまったのである。
ちなみに購入した焼き芋は一つだけだったそうで、あわよくば分けて貰えるかもと復活の兆しを見せたゼノの淡い期待はものの見事に打ち砕かれていた。
「お前のせいじゃない……お客さんが急いでいるからと部屋の確認を怠った私が悪いんだ……」
夫婦で営むこの宿屋は他に従業員がいない。その分小さいながらもサービスは行き届きアットホームな雰囲気で評判の宿屋でもあるのだが、今回はそれが災いした。件の客とやらがしきりに時間を気にしているのを見て、急いでいるのだろうと部屋の確認を後回しにしてしまったのだと言う。
後から部屋に忘れ物がある事に気付き慌てふためいていた、というわけだ。
「あぁ……どうすればいいんだ……!」
「あなた……」
夫婦は頭を抱えてしまう。どうすればいいもこうすればいいも大してないとセヴィルは思うが、混乱と焦りから正常な判断が出来ないのだろう。
と、そこへ。
「ねぇ、とりあえず宿泊台帳で名前とか確認したら?」
ユニが冷静に差し込んだ。
その意見は正解だ。気持ちを落ち着ける意味でも、まずは状況と情報を整理した方がいい。忘れ物を届けるにしても、届け先が分からないのならどうしようもないのだ。
「そ、そうか。えぇと……」
カウンターに置かれた宿泊台帳をひっ掴み、主人はパラパラとめくっていく。丁度ごく最近のページに至ったのかめくる指を少し緩め――
「……はぁぁぁぁぁぁ……」
――やがて大きく項垂れた。
「どうした?」
「ダメだ……送り先の住所なんかは何も書いてないよ……」
まぁそうだろう。宿をとる者の多くはハンターや旅人だ。大半が家など持たず、街での拠点として宿をとる。必然、台帳に書ける内容など名前と年令くらいのものだ。
「名前は?」
「えぇっと……ケヴィン・ラザフォードさん、だね」
「ふむ」
名前が分かるのならどうにかしようはある。多少時間がかかっても問題のない忘れ物なら、それこそギルドに依頼を出して届けて貰う事だって出来る。
名前だけを頼りに物を届けて欲しいという依頼を請けた事がこれまで何度あった事か。情報は多いに越した事はないが、名前だけでも探し当てる事は不可能ではない。性別が分からず、名前の語感だけで女性と思っていたら実は男性だったという事もありがちな話だ。
今回の場合は男性で間違いないだろう。ケヴィンという名は一般的にも男性につける名だ。主人に確かめるまでもない。
「……ん?」
そこでふと、自分の思考に違和感を覚えた。
いや、違和感というよりもこれは――
「え……ケヴィン、さん?」
「あぁ、そう台帳には――」
「「ケヴィン・ラザフォーあいだッ!?」」
黙ったままで拳を降り下ろした。
「無駄に叫ぶな」
「ててて……だ、だってケヴィンさんって……あのケヴィンさん、ですよね?」
「たぶんな」
そう。違和感というよりも既視感だった。妙に聞き覚えがあると思えば、少しばかり前に出会った青年が名乗った名であったのだ。
「会ったのかい!?」
「あぁ。帰ってくる前に少しな」
「じゃあまだすぐそこにいるかもしれなうぐへッ!?」
「落ち着け」
突然走り出しかけた主人の襟を掴んでその場に座り込ませる。予想だにしない早業に、主人は身体だけでなく声までひっくり返った。その拍子に腰を打ったようでしきりに痛みを目で訴えてくる。
そんな目をされても仕方がない。今から急いで追った所で、おそらくケヴィンは見付からないだろう。
「どうしてそんな事言えるんです?」
「簡単な話だ。奴が向かって行ったのが……港の方だったからな」
ケヴィンが歩き去った道の先には小さな港があった。海に面しながらもそれ程漁業が盛んなわけでもないアルトリアの港は、専ら貨物船や連絡船の停泊に用いられている。
もちろん港へ向かう道沿いにもいくつか店もあるが、一番可能性が高いのはやはり港だろう。大きな荷物も背負っていたのだから。
問題は、何の為に港へ向かったのか、である。
「難しく考えなければ、船に乗る為よね」
「船……あっ!」
「心当たりが?」
「そういえばこの間、ランゼーナへの定期船の時間を聞かれたわ」
「らんぜーな?」
答えが出たようだ。
当然のようにオウム返ししてくるゼノは無視する。異国の港町だという説明では足りないだろうし、いちいち詳しく教えていたら話が先に進まない。きっとユニが後で説明するはめになる。
さて。ここまでの想像通り、ケヴィンがランゼーナへの定期船に乗ろうと港へ行ったと仮定すると。
大きな問題が立ち上がる。
「……ダメ、間に合わない。もう船は出てしまったわ……」
件の定期船はおそらくもう出港している。
別れ際、ケヴィン自身が急いでいるような事を言っていたからおそらく間違いない。
つまり、走って追い掛けられる範囲には、既にいない。そして、ランゼーナへの定期船は一日に一本しか出ていない事をセヴィルは知っていた。
だから主人を止めた。どれだけ急いでもただ疲れるだけなのだ。
「……そんな……」
主人と女将はがっくりと項垂れてしまった。
セヴィルは横目でその姿を眺めながら、少しばかり思考する。
考え、組み立て、そして結論する。
まだ早いと思っていたが、他に良い手が思い付きそうになかった。
「ゼノ」
「はい?」
「ユニと二人で荷物まとめてこい」
「へ?」
素頓狂な声をあげたのはユニだ。無理もない。
「これからケヴィンを追う」
「えぇ!? でもランゼーナでしょ!? 海の向こうなんだけど!?」
「だからそれを追うって言ってんだ」
セヴィルの言葉に、宿屋夫婦が勢いよく顔をあげた。届けてくれるのかと言わんばかりに口をパクパクさせている。
仕方がないだろう、とセヴィルは嘆息を禁じ得なかった。
今は焦りと落胆に苛まれているこの夫婦も、少し落ち着けばギルドに依頼を出すしかないと思い至るのは時間の問題だ。そんな依頼が出されれば、自分の所にその話が来るのは目に見えていた。
届け先は海の向こうへと渡ってしまっている。追い掛けるなら当然海を渡らなくてはならない。
ギルドには担当区域が定められていて、それを越えなくてはならない依頼を請けられるハンターにはいくつか条件が設けられる。
セヴィルならその条件を十分に満たす。加えて自分達はケヴィンとも見知っている。
これ以上ない適材なのである。
「荷物まとめたら港に行け。俺もギルドで手続き済ましたら向かう」
「ギルド……あぁ!」
宿屋の主人がようやく気付く。
「けど、どうやって行くのよ? 船出ちゃったんでしょ?」
ユニの疑問はもっともだが、その質問はセヴィルを見くびっている。その程度も考えずにプロのハンターなど務まりはしないと出かかった言葉を飲み込んだ。面倒な予感しかしない。
「当てはある。何とかするから心配すんな」
「ち、ちょっと待ってください! 追うって、ケヴィンさんを!?」
「ワンテンポ遅いッ!」
「海を……渡るのか……」
ようやく事態を飲み込めたらしいゼノは、セヴィルの指示に小さな躊躇を見せた。
だが、その躊躇が否定的な感情からくるものではない事は見てとれた。戸惑う表情と裏腹に、その瞳は輝きを増している。
リーシャ村で彼と出逢った際に彼自身が語っていた、いつか世界に出てみたいという夢の第一歩が突然目の前にぶら下げられたのだ。
「いくら何でも急過ぎじゃない……?」
「何言ってやがる。見習い認定受けた時に講習で言われたはずだ。依頼内容によっては世界各地を転々とする事もよくあるってな」
「それはそうだけど……」
ユニまで緊張した面持ちを見せる。
告げるセヴィル自身、これ程早くアルトリアから離れる事になるとは思ってもいなかった。何せ彼等が見習いになってからたかが一週間しか経っていないのだ。
「嫌なら俺だけで行くが」
「い、嫌って訳じゃ……」
一応選択肢を与えてはみたが、予想通りの回答だった。
実質、選択肢などあってないようなものである。
ゼノとユニの様子をハラハラとした表情で眺める宿屋夫婦の事だ。これで引き受けないなどと言えば落ち込むだろうし、最悪の場合店を畳むとさえ言い出しかねない。
そうなれば居心地の悪い事この上ない。周りからの評価をさして気に止めないセヴィルがそう思うのだから、きっとゼノ達は耐えられないだろう。
そして何より。
「行こう、ユニ! 忘れ物を届けなくっちゃ!」
「やれやれ仕方ない、か」
良くもまぁぬけぬけと、とセヴィルは再び溜め息を吐く。
二人の口をついて出る言葉は既にただの言い訳だ。事情があるなら仕方がないと、正当な理由を己の外に求めているに過ぎない。
握られた拳が、押さえきれない口元のにやけが告げている。
――心の高揚を止められない、と。
「さて。話もまとまった所でそろそろ動け。ケヴィンの奴は今も着実に遠ざかってる。追い掛けるなら早いに越した事はねぇ」
「はい!」
「よぉし! そうと決まったら気張るわよーッ!」
言うが早いか、二人は自分達が寝泊まりしている部屋へと駆け込んでいった。ドタンバタンと大きな音が部屋の中から飛び出てくる。
やれやれ。そういう所が子供だと言うんだとセヴィルは肩を竦めてみせた。
「セヴィル……すまない、恩に着る」
「着なくていい。報酬は頂くからな。そいつはこっちの事情だ」
「事情?」
「ハンターの面倒なトコなんだよ、悪いな」
街の中にいる相手に届けるだけならばわざわざ依頼を出してもらう必要はない。
だが、海を渡るとなれば話は違ってくる。船に乗るにも、渡った先で人を探すにも元手が必要なのだ。どの程度かかるか想定が難しい以上、それを調達できる状態を作っておいた方が良い。ギルドを通して依頼として請ければ、かかった経費は後から請求出来る。
世の中、何をするにも金が要る。何とも世知辛い話である。
「気にしないでくれ、ものを頼もうとしているのはこっちだ。さぁ、ギルドへ行こう」
「その前にちぃとばかし寄り道するぞ」
「どこにだい?」
主人はきょとんと首を傾げて尋ねる。
そんな主人に視線を向け、セヴィルは小さく口元を緩めながら告げた。
「酒場に、さ」
◆
「やっぱり影も形もないわねぇ、ランゼーナ行きの船」
港に到着するや否や辺りを見回すユニが口にした。わざわざ言葉にするという事はゼノに同意を求めているのだろう。
それはよく分かるのだが。
「はぁ……ひぃ……はぁ……」
あがった息を整えられないゼノは声を出すどころではなかった。口を開けば身体中が空気を欲する事を優先してしまう。
原因は、傍らに積まれた荷物の山だ。
「あ、こら。適当に積み上げないでよね。あたしの荷物、壊れ物だってあるんだから」
それなら自分で持てばいいと割と真剣に思いつつ、それを口にするのすら憚られた。とにかく息を落ち着けるのが先だ。
セヴィルと別れてすぐ、宿屋の部屋に広げていた荷物をまとめた。どれが誰のと悠長にしている余裕はなかったから、文字通り適当に詰め込んである。
ゼノがアルトリアに辿り着いてから一週間。たかが一週間という短い期間だったにも関わらず、荷物はそれなりの量だった。それこそ、宿屋から港まで運んでくるだけで話すのも億劫になる程に。
食料なんかは大してなかった。あるのは衣服と武器防具の類い、それらの手入れ用具が精々である。セヴィルの仕事を手伝った報酬の取り分もあるが、それは懐に仕舞える程度だ。
それなのに、こんなにも山になる程の量になるとは思わなかった。
しばらくアルトリアに居着くのだとばかり思っていたから消耗品を少し多目に買っていたからかもしれない。
もっとも、この消耗品の大半はユニが必要だからと買い込んだものであったのだが。
「っていうか。追い掛けるったって船とかどうすんのよ?」
「僕が知ってる訳ないじゃないか」
「だーよねー。あ、セヴィル!」
ようやく息が落ち着いた所でユニが声をあげる。港の入口に目をやると、セヴィルが足早に歩み寄っていた。
ゼノの横に鎮座した荷物の山を一瞥し、セヴィルは満足げに口を開く。
「ご苦労だったな」
「すっごい大変だったんだからね!」
大変だったのは主に力仕事を丸投げされた僕だと思う、とゼノは心の内で呟いた。
「やっほ。ゼノ君、ユニちゃん」
セヴィルの後ろから片手をひらひらさせながら顔を出したのは、ギルド職員のレティシアだった。いつものかちっとした制服姿ではない、何やらふわふわした私服だ。
「お仕事、終わりなんですか?」
「ホントはもうちょっとなんだけどね。急な呼び出しで早く出たから、早めにあがっちゃった」
ぺろっと舌を出して軽くはにかむ。普段はギルドのカウンター越しに――他の職員に比べれば多少くだけているとはいえ――てきぱきと仕事をこなしている彼女ばかり見ていたゼノには、何だか新鮮な仕草だ。
「あがろうと思って着替えたら、セヴィルが血相変えて入ってくるんだもの。何事かと思ったわよー」
「話を盛るな」
「急いでたのは事実でしょー。それで、話聞いたらランゼーナに行くって言うから、見送りに来たの」
「ありがとうございます」
思わず笑みをこぼしてしまう。
あまりにも急な事だったので挨拶に回れないのが少し心残りではあった。ましてや見送りなど考えてもいなかったから嬉しかった。
――と。
「何だ、連れがいるのか」
セヴィルとレティシアの向こうから野太い声が聞こえてきた。少しばかり遅れて歩いてきたらしい男が一人、姿を現す。
屈強という言葉が実によく似合う、がっしりした体格の中年男性だ。暑いのか、着古した作業衣を肩に軽く引っ掛けている。
「まぁな」
「見ねぇ顔だな。んーー?」
言うが否や、男性はゼノ達二人をじっくりと眺め回した。上から下へ、下から上へ。舐めるようなと言うよりは調べるような視線を浴びせられて身体を強張らせる。
「せ、セヴィル、さん? こ、こちらは――?」
「あぁ、その人「セヴィル」は――って何だよ藪から棒に」
ゼノの問いに応えようとしたセヴィルの言葉を遮り、男性は徐に体勢を立て直す。小柄なゼノ達を眺めていた所から起き上がる形になったので、セヴィルに傾ける視線がやや上向きだ。
正直、怖い。
眉間には皺が寄せられ、口は固く閉ざされている。ぼさぼさの髪が目元に被っているので睨んでいるようにしか見えない。
何だろう。僕は何か気に障る事をしただろうか。
そんな事を考えられる程度の間を置いて――男性はゆっくりとその口を開いた。
「――誰との子だ」
再び訪れる沈黙。
身体を硬直させたまま、瞬間何を言われたのかを必死に考えようとして――
「「「……は?」」」
――意味が分からなかった。
呆けたように口を開くセヴィルという珍しい絵面に気を回せない程に、ゼノも劣らずあんぐりと広げた口を閉じられずにいた。
動いていたのは、視界の端で笑いを噛み殺して震えているレティシアだけだ。
「……何だって?」
「一体誰との子だと聞いとるんだ! シャロンか? クリスか? まさか……レティシアか!?」
「どうして私の名前が最後なのー?」
「ツッコむ所はそこじゃねぇ」
「じゃあ最初にしてもいい?」
「してどうすんだ」
あからさまに大きな溜め息を吐いたセヴィルを見て、ようやく理解が出来た。
「ち、違います! 僕達はハンター見習いで……」
「見習いだぁ?」
「はッ、はひッ!」
盛大に噛んだ。
要するに、この男性は勘違いをしている。それも昨日仕事を手伝った酒場のマスターと同じ勘違いだ。
それ程までに自分達とセヴィルは親子に見えてしまうのだろうか。
再び突き刺すような視線に耐えながらそんな事を考えていると。
「がっははは! そうかそうか違うのか! こいつはすまんな!」
男性は途端に大声で笑い飛ばした。何を言われるのだろうと少し耳を澄ましていたが為に劈くような耳鳴りがゼノを襲う。
「くだらねぇ妄想してんじゃねぇ。しこたま酔ってんじゃねぇだろうな」
「アホゥ。あの程度で酔うものかよ」
「そうであって貰いてぇな」
良かった。ひとまず誤解は解けたらしい。
改めて、自己紹介をする。ユニもそれに倣った。
「俺ぁバズートだ、よろしくな」
「この人は貨物運搬船の船長だ」
「おいおい、船長なんて堅苦しいぜ。俺の事はお頭と呼びな」
「船長?」
ピンとくる。
なるほど。つまりはそういう事か。
「察したな」
視線を上げたゼノに、ニヤリと口元を歪ませてセヴィルは言い放つ。
「お前の想像通り、足は出来た」
「海の事なら任せとけ! んがっはっは!」
目の前の船長――お頭こそ、セヴィルの言っていた"当て"だったのだ。貨物運搬船という事だから大量の貨物を乗せる船に便乗しようという事なのだろう。
これでランゼーナへ向かう事が出来る。ケヴィンを追う為に、忘れ物を届ける為に海を渡る事が出来る。
そしてそれはすなわち――
「寂しくなるなぁ。ゼノ君達が行っちゃうのは」
――アルトリアからの旅立ちを意味する。
「レティシアさん。今までお世話になりました」
「色々と教えてくれて、ありがとう」
「くはー! ホントにいい子達だわー! セヴィル、あなたも私との別れを惜しんでくれてもいいのよ?」
「これっぽっちも惜しくねぇ」
「酷いッ!?」
随分とばっさり言うなぁとは思うものの、セヴィルの言わんとする事もまた察する事が出来た。
これはきっと、別れではない。
目的を持って旅立つ。
街を、国を離れる事ではあっても、捨て去る訳ではないのだ。いつか戻って来る事もあるだろう。これから先――セヴィルの下で経験を積み、ハンターとなる事が出来たなら――仕事で訪れる事もあるかもしれない。
二度と戻って来られない訳では、ない。
アルトリアにも。そして――リーシャ村にも、だ。
「あぁそれと。出発前に言っておく」
レティシアと二、三言葉を交わしてから運搬船へと歩を進めようとセヴィルがふと振り向いた。
倣って足を止めたゼノとユニを見やる。
「ゼノ・シーリエ」
「はい?」
「ユニ・プラムス」
「……はい」
含むように静かに二人の名を呼んだセヴィルは少しの間を空け、そして告げた。
「何かで俺を超える事だ」
「へ?」
「お前等の見習い卒業条件だよ」
あっさりと言い放った。
それを聞いて思わずぽかんとしてしまう。
意味が分からない訳ではない。セヴィルの発言はしばしばゼノ達の理解を易々と乗り越えていくが、今回は違った。
何かで、セヴィルを超える事。
たった一つでもいい。
それが何であれ問いはしない。
力でも、速さでも、知識でも、それ以外でも。
超えてみせろ。
見せつけてみせろ。
そうすればハンターとして認めてやる、と言っているのだ。
「ま、そう簡単にはいかねぇからな。そのつもりでかかって来い」
それだけ言い残し、セヴィルは運搬船へと向かって行った。
傍らに目をやる。
同じようにこちらを見るユニと目が合う。
――自然に、笑みがこぼれた。
「「はいッ!!」」
力強く応え、彼の後を追う。
リーシャ村と旅立った時と同じ。異なるのは隣にユニがいる事と、旅立つ先が海の向こうである事だ。
ちらと後ろを振り返る。
いつの間にやら、日も傾く時刻となっていた。
港から伸びる道の先にはほんのりと紅く染まり始めた街並みが広がっている。
降って湧いた夢への糸口。
そして、自らに課した目的への第一歩。
その一歩を今踏み出したのだと、強く実感していた。
本章完結です




