はた迷惑な
結論。
接客は――戦いだ。
「すいませーん! こっちアルトリア・エール二つねー!」
「うわヤベ!? グラス割っちった!」
「あれー皿もう空じゃん。厚切り肉追加よろー」
「まだ食うの!?」
あちこちから上がる声。それらが全て給仕をしているユニ達を呼ぶ声である現実に驚き戸惑う余裕すら与えては貰えなかった。
「ご、ごめんなさい! 少々お待ち下さぁいッ!!」
「次伺いますからッ!」
一度にあちこちへ回るのは不可能だ。とにかく一つずつ片付けていくしかないとゼノとユニはバタバタと走り回っていた。
店内は大変に盛況だった。開店してから二時間近く経った今、来店する客でごった返している。
本来はマスターが一人で切り盛りしている店であるから店内は実を言うとそこまで広くはない。ユニ達が店に来た時点では精々が二十前後の席数しかなかった。
だと言うのに。
「よくもまぁこんなに入るもんね……」
無意識に心の中に生まれた感想が口をついて出る。
店内の人口は既に三十を超えていた。
開店した後、客入りはそこそこ上々だった。接客には不慣れなユニ達だったが、たどたどしくもそれなりには回せていたのだ。
それが時間が経つにつれて客足がさらに伸びていった。途中で満席となり入り口で待って貰っていたのにそれでも留まる事を知らず、挙げ句に席を取り払って皆が立ち飲みを始めた。
そうなったらもう制御など出来はしない。提供しようにもテーブル上は皿が満載。人が多過ぎて通るに通れない。厨房のセヴィルは調理にかかりきりになっていて洗い物まで手を回せず、ゼノやユニが合間を縫って手伝う始末。
そしてマスターはと言えば。
「聞いてよマスター! セヴィルったらこないだの飲み比べ、勝ち逃げしっ放しなのよー?」
「仕方ないだろうクリス。彼だって仕事中は飲まんよ」
「だぁかぁらぁ、今の内に強くなってあいつを見返すのよぉ!」
「はいはい。だが少し休憩したらどうだね? お連れさん、もう潰れちまってるよ?」
「……うぐぅ……」
「だぁいじょぶ! 問題なんれありまひぇん! もぉいっぱぁい!」
「やれやれ」
カウンターで常連客の相手をしながらせかせかとグラスを洗っていた。彼曰く平常運転との事だが、いつもの状態など想像もしたくない。
「二番のオムライスと厚切り肉出るぞ」
厨房のセヴィルから声をかけられた。
持っていた空グラスをマスターのいるカウンターに置き、ユニは厨房の扉をくぐる。
「遅ぇぞ。冷めちまうだろ」
「しょーがないでしょ。こんだけバタバタしてんだから」
出来上がったばかりの料理を受け取りながらユニは肩を落とす。目の前に仕事がなければすぐにでも身体中を投げ出してしまいたいくらいだ。
――しかし。
「……あんた。意外と料理上手いのね」
「あ? こんなもんレシピ通りにやりゃ誰でも出来る」
そんなレベルじゃないんだけど、とユニは手にした料理を眺める。
艶やかな光沢の煌めく黄金色の卵。一度まとめられ乗せられた後に真ん中から大胆に開かれたのであろうそれはほぼ固形でありながらも僅かに流動し、とろとろでふわふわな柔らかい食感を食べずしてこちらに与えてくる。
上からかけられた白いソースは少なからず甘い芳香を漂わせ、手にするユニの鼻腔をくすぐっていた。ソースが濃厚なら金色の幕に隠されたその奥には決して主張しないこそ事が主張足り得る縁の下の力持ちがいる事だろう。見えもしないのにその様子がありありと脳裏に描かれる。
そして別の手にはこれでもかと言わんばかりの厚切り肉。焼き過ぎず、生過ぎず。食べやすいサイズに切られた断面からは既に肉汁が溢れ出し、こちらの食欲を貪欲に誘う。降り注がれた塩胡椒の香りが緩やかに広がって傍らのソースの匂いと混ざり合い、ユニの意識を深くまで奪っていく。
そんな風に思えてしまう程に良い出来なのだ。今が仕事中でなければ一口でいいから味見をさせてくれと懇願したくなるくらい。レシピを見るだけでこれ程の物が出来上がるなどとは考えられない。
「おいこら」
「ふぇ?」
「ヨダレ拭け」
「うぇ!?」
欲望が滝のように溢れたらしい。
しかし仕方がないではないか。それくらい手にした料理は美味しそうなのだ。
いくらセヴィル相手とは言え失礼かもしれないが、彼がこれを作ったと知っている今でも実に信じ難い。イメージがそぐわなさ過ぎる。
今度少しだけ教えて貰おうかしら。そんな事を思っていると悲鳴のような声がユニの耳に届いてきた。
「ユニーー! ちょっと助けてーッ!!」
扉から少し顔を出す。ゼノがごった返す客達の波に飲み込まれて身動きが取れなくなっていた。
「ボーッとしてねぇで早く行け」
セヴィルまで急かしてくる。
はぁ。まったくこいつ等は。
気付かれる事も気に留めずあからさまに大きな溜め息を吐いてユニは厨房を出た。二番のテーブル――と言ってももはやどこが二番なのか分からないが――に手にした料理を提供し、すかさずわいわいと騒がしい店の中心に歩を進める。
客のド真ん中で立ち往生しているゼノを無理矢理に引っこ抜き、何とかカウンターの脇まで戻る事が出来た。
「はゃー……あ、ありがと、ユニ」
「どういたしまして」
「……お、怒って、る?」
「怒ってない」
自身の感情を的確に表すように言い放つ。はて。どうしてゼノは怯える小動物のようにビクビクしているのだろうか。
「それにしても……」
改めて店内を見回す。
あっちもこっちもとにかく騒々しい。熱気という波が寄せては返さずまた寄せる。そうやってエスカレートしていっている。
別にこういう雰囲気が嫌いという訳ではないが、さりとて得意という事もない。
はっきり言って、疲れていた。
セヴィルは何だってこんな仕事を請けてくるのだろう。
仕事そのものを軽視するつもりはない。飲食業だって立派な仕事だし、それがなくなれば困る者達はそれこそ山のようにいる。
だが、それにしたって思うのだ。
らしくない、と。
こういった仕事はユニの中にあるセヴィルのイメージと全く合致しない。むしろかけ離れていると言ってもいい。
この仕事だけではない。交通量調査も。迷い猫探しも。全くもって彼に似つかわしい仕事とは思えない。
あれだけの力を持っていて、あれだけの強さを持っていて、何故こんな仕事を引き受けるのだろうと疑問に思う。
セヴィルやギルド職員の話を聞く限り、十四歳の内はハンターにはなれそうにない。依頼人を納得させられる実績や名声を得られれば別だそうだが、そんなものはユニにはない。
ならばとセヴィルの下で請けている仕事は雑用ばかり。こんな事でハンターになど本当になれるのだろうか。
「難しい顔をしているね」
沸き上がる客達を眺めながら唸っていると、脇から声をかけられた。
「何か悩み事かい?」
「あーいや……大丈夫です」
気にしてくれたマスターには申し訳ないが、話した所でどうにかなるとも思えない。それどころかこの仕事を舐めていると捉えられかねない。
下手な事を口にしないように、マスターからさりげなく目を反らす。
「そうかい」
ちらりとユニを見やってから、マスターはグラス洗いを再開した。
まぁウジウジ考えていても仕方がない。とにかく今は仕事中だ。しっかりこなして、帰る前にまた鍛練場に顔を出そう。
そうユニが気を取り直した時だった。
「んだコラァ!? もっぺん言ってみろテメェ!!」
「何度だって言ってやるぜ! お前みたいな木偶の坊がいるからいつまで経っても仕事が先に進まねぇんだよ!!」
突然の怒声に目をパチクリさせながら目をやる。やんややんやと騒いでいる客達の丁度真ん中辺りで一際がなり立てている二人の男性を見付けた。
「ちょっとやめてよ……?」
誰にも届かないくらい小さな声がユニの口から漏れ出た。
店内で喧嘩だなどと厄介な事この上ない。ましてや酒まで入っているとなればもはや収拾などつけられそうにない。
「ま、まぁまぁまぁ! 落ち着いて下さいお二人共!」
見るに見かねたのかゼノが間に割って入る。
もしかしたら何とかなるかもしれない。彼は酔っ払いの相手に慣れていると言っていたから、こういう場合の仲裁もお手の物なのかも――
「ガキはすっこんでろ!」
「邪魔だどけコラ!」
「うひゃあッ!?」
――どうやらそんな事はなかったらしい。
いがみ合う二人の手に制され跳ね飛ばされたゼノは上擦った情けない声を上げながら盛大に尻餅をつく。
ダメだ。役に立ちそうにない。
この一週間でよく分かった事だが、ゼノは何しろ考えがない。とりあえず話し掛ける。とりあえず突っ込む。とりあえず手にしてみる。よく分からないけどとりあえず、というのがとにかく多いのだ。
今回の事もそう。説得する算段があるならまだしも、何の策もなくただ間に立った所で火に油を注ぐだけだと何故分からないのか。向こうは大人なのだから、リーチも力も向こうが上。取り押さえるなど出来ようはずもないのに。
どうしよう、とユニは考え込んだ。
ゼノのように無闇に突撃してもおそらく何も出来ない。力で押さえるなど不可能だし、そもそも入り込んでいける余地が見当たらない。説得だって言わずもがな。こちらの言う事に耳を傾ける気などさらさらないだろう。
頭の中で自分とゼノを動かしてみては成功に繋がらず考えを消す。上手くいくイメージが作り出せない。脇に目をやってもマスターは我関せずで洗い終わったグラスを丁寧に拭いていた。
そうして少しの時間が経った頃だ。
「何してんだよ、テメェ等」
自分のすぐ真横から聴こえた声に驚き目を上げる。映した光景に思わず喉がおかしな音を鳴らした。
そこには胸から腹辺りにかけて赤い何かに染まった白衣を纏った大柄の男が立っていた。
――今の今まで使っていたのだろう、こちらも赤い液体の付着した少し大きい包丁を手にした状態で。
「あ……あぁいや……これは、別に何でも……」
「あぁ?」
「ひッ!?」
セヴィルが聞き返すと、先程まで凄まじい怒声を上げていた男が思わず後ずさった。
怖い。何しろ怖い。何となく何をしていたのかは分かるものの、突然あんな格好のセヴィルが目の前に出てきたら恐怖しか感じない。
あちこち赤い液体塗れで包丁という凶器を携えて、鋭く睨みを利かせた目線が彼等を深く突き刺している。ちょっとしたどころではないホラーだ。少なくとも暗い夜道でだけは出遭いたくないと心から思う。
ただ眺めているだけのユニですらそう思うのだから実際に睨み付けられている男性達の恐怖は相当なものだろう。可哀想に。
――などと思っていたのだが。
「セヴィルじゃねぇか! いるんなら顔出せよお前!」
「バァたれ仕事中だ」
「仕事とかいいからよ、ほれ飲め飲め!」
「飲むかどアホ。喧嘩すんなら外行け外」
「バッカお前、俺達が喧嘩なんざするわきゃねぇだろ!」
いや、間違いなく喧嘩してたから。
そんなツッコミを入れる事すら忘れて、ユニは身体がずり落ちるのを何とか堪える。
何でだ。どうしてこうなった。
「やれやれ、収まったかね?」
「マスター」
ひとしきり緊張感が消えた所でマスターが脇から声をかけてくる。どうやら溜まっていたグラスを洗い終わったらしい。
「あの……」
すみません、と続けようと思った。何だかよく分からないけれど、少なくとも自分は役に立てなかったと感じたから。仕事を全う出来ていない歯痒さを感じたから。
だが、マスターはそれを最後まで聞かずに言い放つ。
「気にしなくていいよ、いつもの事だから。というより、あれも全部セヴィルを誘い出す為だしね」
ユニは今度こそ開いた口を塞げなかった。
え。何。セヴィルを、誘い出す、為?
「別にあいつも毎日来てる訳じゃないんだけどね。来る日だろうがそうじゃなかろうが、この時間になってあいつがいないと決まって始まるんだよ」
セヴィルが来る日なら大体これぐらいの時間には来るし、来ないなら今日は来ないとマスターが伝えるのだそうだ。いつの頃からかお決まりになったやり取りなのだとマスターは付け加えた。
なるほど。だからこそマスターは口を出さなかったのだ。最終的にはセヴィルが出て行って事が収まるのは分かっていたし、そもそもそれが意図的に起こされた喧嘩だと分かっていたから。わざわざ口を挟むまでもない、とるに足らない事でしかなかったのである。
ユニは改めて大きく息を吸い込んで――憚る事なく盛大に溜め息を吐いた。
何とはた迷惑な。というかせめて先に言っておいてくれないか。
「まぁ君が何を思ってるかは分かるつもりだけど」
先程までと全く変わらない微笑みを浮かべたまま、マスターが続ける。
「大目に見てやっておくれ。皆セヴィルが好きでやっている事だ。お店に迷惑がかからないのなら、別に構わないと思っているんだよ」
いや、一時的には間違いなくかかってると思うんだけど。主にあたしに。後、店の外でやり取り聞いた人に。
と最後まで思うよりも前に、一つの疑問が浮かんだ。マスターの言葉の一部分が妙に引っ掛かったのだ。
「あの……セヴィルって、そんなに皆から慕われてるんですか?」
「ん? あぁもちろん。そう言うとあいつ自身は頭から否定するだろうけどね」
その光景は考えるまでもなくありありと目に浮かぶ。『あぁ? 何訳の分かんねぇ事ぬかしてんだ?』とでもジト目で言ってくるのが関の山だろう。
しかしそうなのか。セヴィルはそれ程までに皆に慕われているのか。
正直な所、ユニにとってこれはとても意外だった。彼女から見たセヴィルという男はぶっきらぼうで無愛想で、周囲との関わり合いを重視するような人間だとは思えなかったから。
無論セヴィルとて一介の大人だ。それこそハンターなどという人との関わりが生み出す仕事をしているのだから、ある程度の人付き合いはするのだろうし、そうでなければならない。それを一切合切放り出す程だとは流石に思っていない。
とは言えあのセヴィルだ。下手をすればそれを放り出したとしても納得してしまうような迫力の持ち主なのである。人付き合いなど二の次だと言われても何も不思議ではない。
だからこそ意外だった。セヴィル本人こそ変わらず無愛想なしかめっ面ではあるものの、心からの笑顔を振り撒く人々に囲まれて仲良く語らっている目の前の光景が。
「……意外そうな顔だね」
「ぅへ?」
不意に脇から図星を突かれたので、ユニの口からは妙な声が跳び出した。
振り返ると洗い物も何もかもすっかり終え、柔らかな微笑みを向けてこちらを覗き込むマスターがいた。
「な、なな、何ですかッ?」
「いやぁ。最近ではめっきり見なくなった顔なのでね。何だか懐かしくなったんだ」
「は、はぁ?」
どういう事ですかと尋ねてみると、マスターはセヴィル達を眺めながら少しばかり目を細める。
しまった。これは俗に言う老人の昔語りモードという奴ではなかろうか。
「奴がこの街に来たのはかれこれ七年前になるんだ」
気付いたものの時既に遅く、マスターは滔々と語り出す。どうやら諦めるしかないらしい。
マスターの長話を要約すると、こういう事なのだそうだ。
セヴィルはこの街に来た当初から今と変わらず無愛想でぶっきらぼうだった。ユニの想像に違わず人付き合いは大の苦手で、今のように慕われる状態など夢のまた夢であったらしい。
どちらかと言うとその状態の方が想像が難しくない。というより、そうなって然るべきであろうとさえ思える。
それがどうして今のような状況に変わったのだろうか。
「見習いをしているなら君も分かっているだろうが……ハンターの仕事は結局人と人との繋がりから生まれるものだろう?」
「そうですね」
それは間違いない。セヴィル自身も言っていた通り、ハンターの仕事は信頼感があってこそ発生するものだ。腕っ節が強ければ良いという訳ではない。
こんな事を言っては何だが、どうにもセヴィルには似つかわしくない仕事ではなかろうかと思えてしまう。
「奴もそれは分かっていた。だが自分の性格というのはそう簡単に変えられるものではないんだよ」
「じゃあ……どうしたんです?」
そこで何かがあったのだろう。そうでなくては今はない。
だがしかし。ちょっとやそっとの出来事でそれを変えられるとは到底思えないのだが。
「単純な話さ。自分を変えられないと思った奴は……周りを変えたんだ」
思わずユニの眉間にしわが寄る。
周りを変えた? 自分を変えなくてはならない状況で?
一体何を言っているんだろうと思っているとマスターからふっと笑いが漏れる。
「言うだけならそれ程難しい話じゃあない。要するに奴は周りの"認識"を変えたんだよ」
"認識"。それこそが、セヴィルが今の状況を作り上げる為の一番の要因だったのだとマスターは言う。
要するに見え方の問題だ。ぶっきらぼうで無愛想、とても人と関わらなそうに見えているものをねじ曲げてしまえばいい。関わらなそうに見えるのなら無理矢理関わってしまえばそれだけで"認識"は変わるのだ。こちら側から関わりに行っているのだから。
「え。でもそれって……」
そう。事はそう単純な話ではない。ただ変えるだけなら簡単だとしても、その変え方が次の問題になる。
何より昔のセヴィルがユニが想像している通りの性格なら、周囲が持つ第一印象は決して良いものではないだろう。
「そこは発想の逆転という奴かな」
「発想の逆転?」
「そうさ。周りの"認識"を変えればいいと思ったあいつは……辺り構わず喧嘩をふっかけたんだ」
「け、喧嘩ぁ!?」
もう何度目なのかも分からない素っ頓狂な声を上げる。
一体何を考えてるんだあいつは。そんな事したってちっとも改善しやしないじゃないか。
そんな風に思ったユニをマスターが制す。
「あぁいや。喧嘩って言っても大したものじゃない。要は飲み比べって奴だよ」
「は、はぁ」
「不思議なものでね。きっかけはそれこそ喧嘩をふっかけていたはずなのに、飲み比べが進むと少しずつ打ち解けていくんだから。終いには相手が盛大に笑いながらセヴィルに向かって楽しそうに話しかけているんだよ」
そんなものなのだろうか。酒の味も酒の場の雰囲気も知らないユニはあまり想像が出来なかった。
だが先程のマスターの言葉の意味は理解出来た。発想の逆転。というよりも、もはや開き直りに近い。
そもそも第一印象が悪いならちょっとやそっとの事ではそれ以上悪くはならないだろう、といった類いの事に違いない。
何とまぁ。セヴィルらしいかと聞かれれば違和感はないと即答出来る。
ふふふ、と小さく笑っていたマスターは視線を再び店内へと移し、既にセヴィルを取り囲んで揉みくちゃにしている客達を眺めながらまた微笑む。
「それが毎日のように続いていって、気が付いたらあんな風になっていたよ。時折あいつが仕事で来られない日が続くと、店の雰囲気も心なしか静かでね」
彼自身が見てきた事だからこそ、マスターはあっさりとそれを口にする。
しかしだ。
ユニにしてみれば、それは途方もない時間の積み重ねによって導かれた結果なのだ。数日繰り返した程度では到底達成出来はしない。それこそ数週間。いや、数ヶ月単位の話でもおかしくない。
セヴィルとてそれだけに時間を費やした訳ではないだろう。仕事だってしていただろうし、自己鍛練の時間だって必要だったはずだ。信頼を勝ち取る事は目的の一つでしかなかっただろうから。
恐ろしい。ユニはそう強く感じた。これまで凄いだの強いだの思っていた以上に、感動すら感じる程に驚きだった。
一週間前。あの洞窟の最奥部で相対した彼は何しろ格が違った。単純な強さもそう。先を読む力もそう。決して本気ではなかったとはいえ、自分とゼノに合わせて戦い方を逐一変える程の余裕を見せていた。
ユニにとって彼はいわゆる化け物の類いだった。自分達とは程遠い、認めたくはないが雲の上の存在。そんな風に感じていた事は自覚している。
その彼がだ。気が遠くなるような地道な努力を繰り返して積み重ねて今の状況を作り上げたのだと言う。
それはつまり。
彼が、天上の存在などでは決してない事を示してはいないだろうか。
彼が、自分と同じ存在である事をはっきりと示してはいないだろうか。
「そういえば前に酔ったあいつが言っていたなぁ」
「何てです?」
「えぇと確か……『どんな場所にも最初はそこに自分はいねぇ。だったらそこを自分のいる場所に書き換えちまえばいい』だったかな」
「……はぁ」
随分と簡単に言ってくれるものだ。それがどれだけ難しい事か、やり通したあんただからこそよく分かるでしょうに。
――いや、そうじゃない。ユニはすぐに頭を振った。
やり通したからこそ言えるのだ。言うだけ単純な事くらいやれない奴が、夢を叶えようだなどおこがましいと。
くそぅ。あいつ自身がやったんなら文句の一つも言えないじゃないか。
ユニは自分の中に何やら複雑な気持ちを自覚しつつ――少しばかり晴れやかな感覚を覚えていた。
「だぁうざってぇなテメェ等! たまには静かに味わって飲め味わって!」
「バァカ! どうせ飲むなら面白おかしく飲んだ方がいいに決まってんだろ!」
「そーそ、時間を無駄にしちゃいかんのですよこれが」
「セェヴィルゥッ! こないだのリベンジぃ! 今日こそ負けないから! やろ? 飲も?」
「俺は仕事中だって何度言や分かんだこの飲んだくれ共が!」
「ねぇねぇ、君はあたしと飲んでくれるよねぇ?」
「え!? いやそんなの無理で……ゆ、ユニぃッ! 助けてぇッ!!」
はぁ。やれやれ。
きっかけと言わんばかりに大きな溜め息を改めて吐き、ユニは騒動の中へと歩き始める。
絶対見返す。絶対感心させてやる。あたしは夢を叶えて、あいつにもそれを見せ付けてやる。
そんな事を考えながら、目の前の仕事を片付ける為に拳を握り直すのだった。




