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XenoCrisis - ゼノ・クライシス -  作者: 高杉零
資質 - Probationers who busy themselves -
15/24

見習い

「もぉぉぉぉぉ! う・ん・ざ・り!!」


 昼時も過ぎあちこちが一層賑やかになってきた通りの隅で、ユニ・プラムスは鬱憤を解放するように喚いた。


 横で聞いていたゼノ・シーリエは、頭の形が変わってしまっていないかを確認しながら彼女を横目で見やる。


「何がうんざりなの?」

「何がじゃないわよ、何がじゃ」


 ユニはがっくりと肩を落とす。

 すると。


「何か文句でもあるのか?」


 少しばかりゼノ達の前を歩いていたセヴィル・バスクードが後ろを振り返る。

 ユニはここが言い時だとばかりに矢継ぎ早に不満をぶち撒けた。


「あるわよ! ようやくハンターの仕事が出来ると思ってたら何!? 昨日はゴミ拾いに公園の掃除と交通量調査? 今日は落し物探しに迷い猫探しって!」

「ユニ。抑えて抑えて」

「抑えられるかってーの!」


 ゼノがあやしてみても聞く耳を持たない。

 しかしこの流れ、ゼノにとってはもはや慣れたものだ。三日も続けて同じ流れになれば、落ち着いて対処も出来る。


 ゼノとユニがハンター試験を受けた日から、既に一週間が経過している。

 ハンターにこそなれなかったものの、試験官を買って出たセヴィルの評価もあり、ゼノ達はハンター見習いとして認められた。


 結果を伝えに来た際に彼が言っていた通り、要するに研修だ。試験の翌日はギルド職員から様々な講習を受け、ハンターやギルドの仕組みについてあれこれ教え込まれた。途中で頭がパンクしたゼノは話半分になっていた所もあったが、一通りの事は理解出来たと思う。


 その更に翌日からはハンターであるセヴィルの下に付き、彼が請けた依頼を手伝いながら日々を過ごしていた。


 この、セヴィルが請ける依頼というのが問題なのだ。


 要するに、地味なのである。

 街に起こった小さないざこざの解決。街の人々がやりたがらない汚い場所の掃除。そんなものばかりだった。


 無論ハンターを志す二人であるから、そういった依頼を無下にするつもりはない。


 だが、焦りはする。


 ハンター試験において、ゼノは自分の未熟さを嫌と言う程痛感させられた。

 自分は弱い。何もかもが足りない。


 ゼノには目的がある。自分が剣を抜いた事によって封印から解放してしまったらしい魔物を見つけ、これを退治するという目的が。

 その為に否が応でも力をつけなくてはならないのだ。


 おそらくはユニも同じなのだろう。

 それを何とかしたくてウズウズしているのに、舞い込む依頼は雑用ばかり。


 こんな事で強くなれるのだろうかと、疑問に思う事はゼノにも確かにあった。


「気に入らねぇのか?」

「気に入らないっていうか……もうちょっとこう、特訓みたいのはしてくれないの?」

「しねぇ」

「即答ですね!?」


 間髪を入れないセヴィルの応答に思わずゼノもツッコミを入れる。

 試験結果を伝えに来た時こそ二人の未熟な点を色々と挙げてくれたセヴィルだったが、それ以降ゼノ達の訓練に付き合ってくれる訳ではなかった。


 早朝。昼間。深夜。時間さえ空けばゼノ達はギルドの訓練場で鍛錬に励んでいたのだが、この一週間セヴィルが顔を出す事はなかったのだ。

 やる事と言えば小さな依頼を一日に何件も請けて来てゼノ達に経験を積ませる事くらいだった。


「はぁ……何かこう、ない訳? 強くなる為の秘訣とか」

「そんなもんがあるなら俺が知りてぇ」

「昨日と同じお答えでございますこと……」

「昨日と同じ質問されたからな」


 こんなやり取りがもう三日も続けて行われている。

 最終的にはユニが折れる形で場が収まるのが通例のようになっていた。


 やれやれ、とゼノは肩を竦める。

 ユニが焦っているのは分かる。自分だってそれは同じだ。


 だがそれはあくまでも自分達の問題でしかない。

 仕事を請けたら私情を挟んではいけない。任務遂行の為に全力を尽くさなければならない。それがハンターの仕事だとセヴィルに教わった。ギルド職員からも説明を受けた。


 焦った所で仕方がないのである。

 ユニだってそれは分かっているはずなのに、と脇で歯を噛み締めている彼女をチラ見する。


「……何よ」

「な、何でもないよ、あはは」


 まるで家族の仇でも見るような形相で睨まれてしまった。

 どうすればいいだろう。とにかくこの場を取り繕わないと。


「あ、あの。セヴィルさん」

「あ? どうした?」

「えと、いつも心がけている事って何かありますか?」

「……はぁ?」


 何言ってるんだお前というセヴィルの心の声がひしひしと伝わって来る。

 お願いだから話に乗っかって下さいという気持ちを強く込め、彼を見据えながら続けて聞いた。


「仕事をする上で大切にしている気持ちとか、誰にも譲れない信念、みたいなものです」

「何でそんな事聞くんだよ」

「ちょっと興味があって」


 嘘は吐いていない。興味はあった。


 一週間以上行動を共にしていれば流石に少しは人となりが見えてくる。

 ゼノから見てセヴィルは――面倒くさがりだった。


 面倒な事をとことんやりたがらない。泊まっている宿の部屋では布団を片付けないし、飯などある所に食べに行けばいいと言って作らない。本心がどうだかは知らないが、ゼノ達の鍛錬に顔を出さないのも面倒だからだと言っていた。


 そんなセヴィルが、こと仕事となるとどんな面倒な事でも律儀にこなすのだ。

 先程の依頼もそうだった。迷い猫探しとなってはいたが、猫は迷ってなどいなかった。ただ、飼い主の下から逃げ出してしまって戻って来ないから連れ帰って欲しいという内容だった。


 そんな事までギルドに依頼するのかとゼノ達は驚きを隠せなかったが、セヴィルは当然のようにそれを請け、また当然のようにこれを遂行した。

 対象の猫が寝転がり、安心し切って無防備な状態となるのを数時間かけて待ち続けた。


 仕事中とそれ以外の人となりがまるで違う。そこには何か理由があるのではないか、と思い至った訳だ。


「大切にしてる気持ちねぇ……」

「いくらあんたでも何かあるでしょ? 誇りとかそういうの」

「何言ってんだ? 埃なんざその辺にいくらでも落ちてるぞ?」

「そういう事言ってんじゃない!」

「ま、まぁまぁ……」


 適当な返しを受けると怒るのに何故わざわざ突っ掛かるのだろうか。

 出来ればやめて欲しい、とゼノは思う。


「まぁ強いて言うなら……今ここに俺がいる事、か」

「「今ここに俺がいる事?」」

「ハモるな」


 予想外に抽象的な表現が示された。

 ゼノが改めて聞き返すと、セヴィルは至極面倒そうに口を開いた。


「今ここにいるって事実。そこから目を背ける事は誰にも出来ねぇ」

「そりゃそうでしょうよ」

「だろ? だがそいつを分かってねぇ奴ってのは実はやたらと多い」


 ハンターという職業に就く者のほとんどは、元々は冒険者であった者達なのだそうだ。

 そもそもハンターズギルドの歴史は、実を言えばかなり浅い。設立してから十年が経った程度、というのはギルド職員からも説明されていた。


 登録をしておく事で仕事にありつける。仕事をこなす事で金を得る事が出来る。単純と言えば単純な仕組みだからこそ、冒険者達はこぞってそこに集った。

 冒険をするには金がいる。装備を整えるにも、日々食事を摂るのにも。何をするにも金は必要だ。


 そういった者達は往々にして、夢に生きる者達ばかりだ。だからこそそれに捕らわれ、地に足が付いていないのだとセヴィルは言う。


「んー……」

「何唸ってんのよ、ゼノ?」

「いやぁ、何となく分かるんだけど……何となく分からないと言うか何と言うか」

「何それ?」


 答えられるくらいなら最初から唸らない、と言うと怒られそうな気がしたので口にはしなかった。よく分かんないとだけ言って濁す。


 分からないのは本当だ。

 セヴィルの言う事は理解出来る。先ばかり見ていて今を疎かにしたらいつか足下をすくわれる、という事なのだろう。


 だが、そこには何か他の意図が含まれているような気がしたのだ。

 そう感じただけの事だったし、それが何なのかは考えても分からなかった。


「……ま、あくまで俺の考えだからな。押し付けるつもりはねぇよ」


 セヴィルはぶっきらぼうにそう言った。

 気にはなるがそれ以上を詮索するのはやめておいた。答えは自身で見つけるもの。そんな風に言っているように思えた。


「今ここにいる事ねぇ……それであんな仕事ばっかり受けてたっての?」

「そうだとも言えるし、そうでもないとも言えるな」

「……よく分かんないわ」


 対してユニは納得も出来ていないようだった。

 無理もないとは思う。ゼノが感じた事をきっと彼女も感じてはいると思うのだが、はぐらかされたようで微妙な気分なのだろう。


 仕方のない事だ。何もかも全てを教えて貰える訳でもない。ヒントを与えられたり実際に自分で見聞きしたりする中で、自分で考え養わないといけない事だから。

 山奥の村で四苦八苦しながら農業に関わっていたゼノは、昔の事を思い返して懐かしい気持ちになった。


「さて。ぼちぼち次の依頼人の所に行きてぇんだが」


 セヴィルが二人の顔を見やる。

 自分は大丈夫だとゼノが告げ、ユニも渋々それに従った。


「次はどんな依頼なんですか?」

「あぁ。馴染みの店の手伝いだ」

「馴染みの店ぇ?」

「ま、行きゃあすぐ分かるさ」




 ◆




「すとれい……きゃっと?」


 目の前に大きく立て掛けられた看板の文字をゼノはたどたどしく読み上げた。

 村に住んでいた頃はあまり文字を読む機会がなかったのもあって読み書きに難があったのだが、ユニに教えて貰いながら少しずつ覚え始めている所だ。目に入る文字はとにかく一度読んで声に出してみる癖が付いていた。


 セヴィルに連れて来られたのはアルトリア王都のほぼ中心部にある一軒の建物だ。周りにたくさんの飲食店が立ち並んでいるから、おそらくこの店も飲食店なのだろうと思われた。


「……ねぇセヴィル、ここって――」


 ゼノの後ろに立つユニが同じく看板を見ながらジトついた目でセヴィルに尋ねる。


「言ったろ。馴染みの店だって」

「そりゃ言ってたけど……あんたここであたし達を働かせる訳?」

「何か問題でもあるか?」

「思いっ切りありまくりって言うか、問題だらけな気がするんですけどねぇ」


 二人が話す内容に首を傾げつつゼノは通りに面した窓から中を覗いてみる。店内はまだ明かりが灯っておらず薄暗かった。


 いくつかのテーブルや椅子が整然と並んでいる。その向こうにカウンター形式の座席が数個見える。

 これって――


「何してんだゼノ、さっさと入るぞ」

「え、あ、はい!」


 じっと窓に張り付いているとセヴィルから呼び掛けられる。

 今にも店に入ろうとしている二人に遅れないよう、ゼノは急いで彼等の後を追った。





 カランカランと扉に備えられた鈴が心地良い音色を奏でる。

 改めて店内を見渡そうと思った所で、彼等に話し掛ける声が一つ。


「いらっしゃい」


 見るとカウンターの奥に一人の老人が立っていた。

 五十代後半から六十代近い風貌。小奇麗なワイシャツに重ねられた黒いベスト。同じく黒いスラックスを覆うように巻かれたベージュ色のサロンが暗い色に統一されているにも関わらずむしろ鮮やかに映えていた。

 この店のマスターだろう。そんな貫録が漂っている。


「まいど」

「やぁセヴィル。随分と早いね。まだ準備の途中だよ」

「あぁ。実は――」

「いいよいいよ。今日は何からだい?」

「いやそうじゃなくて――」

「いつものローテーションだとスコッチかな? 昨日美味しいワインが手に入ってねぇ。良かったら試すかね?」

「俺の話を聞け」


 げんなりしたようにセヴィルは漏らすが、その口調はとても気安かった。馴染みの店だと言っていたから日頃からしばしば訪れているのだろう。

 ギルドの時もそうだった。仲が良いと言うべきかそうでないのかは分からないが、セヴィルと職員はとても親しくしていた。


 いいな、とゼノは思う。


 セヴィルと出逢ってからまだ一週間と少し。その大半を共に過ごしているから少しばかりはセヴィルの人となりも分かってきたつもりでいる。


 だが親しいかどうかは別だ。


 今のゼノにとってセヴィルは最も近しい大人であり、また仕事においての師でもある。と同時に、彼は未成年であるゼノとユニの保護者でもある。

 そんな風に世話になり通しの自分は――彼と親しい間柄になどなれるものなのだろうか。


 尊敬している。憧れてもいるし、天と地ほどの遠い距離を感じている。知れば知る程、彼の圧倒的な凄さが身に染みる。

 その強さは言わずもがな。ギルドを始めとして街の至る所に人脈がある。そして世界中にその名を轟かせるハンター、"鬼人"。

 単なる偶然だったとは言え、とんでもない人と知り合ったものだと改めて思う。


 いつか――それがいつになるかなど知る由もないが――セヴィルのように強くなれるだろうか。

 彼のように世界中を旅する事が出来るだろうか。

 そしていつか――彼に認めて貰えるだろうか。

 日を追う毎に、そんな事を考えるようになっていた。


「大体、バーにガキ連れで来るもんかよ」


 セヴィルは後ろに控えたゼノ達を示して言う。

 彼の中では、今の自分達はまだまだただのガキなんだよな、と心の中で苦笑した。


「ガキ? 誰だい、その子達は?」

「あぁ、こいつ等は――」

「ま、まさか!?」


 穏やかな笑顔を浮かべていたマスターの表情が一変した。まるで化け物でも見たかのように目を見開いて驚愕している。


「な、何だよ?」

「セヴィル……どうして隠してたんだ……」

「は?」


 何を言ってるんだと言うようにセヴィルの眉がしかめられる。

 何だろう。一体何の話をしているんだ。

 話について行けずキョロキョロと交互にセヴィルとマスターを眺めていると、マスターが徐に身を乗り出した。


「こんな大きな子供がいただなんて……一体誰との子だ? クリスか? シャロンか? まさかレティシアか?」


 場が、凍り付いた。

 いくらゼノでも理解する。

 この人は、何やらとんでもない勘違いをしている。


「ちょ、ちょっと待て。どんな恐ろしい勘違いしてやがる」

「見た所十四、五って所か……お前さんがこの街に現れる前だな……まさか故郷に残して来た子供がお前さんを頼ってこの街に……良い話だねぇ」

「勝手な妄想膨らましてんじゃねぇ」

「違うのか?」

「ありえねぇ」


 キョトンとするマスターを前に、セヴィルは盛大に溜め息を吐いた。


「よく考えろよ。こんなデケぇガキがいる訳ねぇだろが。一体いくつん時の子だってんだよ」

「……あぁ。そういえばそうだったな」

「やっと分かったか」


 どうやら誤解は解けたらしい。

 そういえばセヴィルはいくつなのだろう。聞いた事がない。


「それで、何で子供なんて連れてるんだい?」

「こいつ等はハンター見習いだ。研修期間って奴でな」

「あぁなるほど。という事は、依頼を請けて来てくれたのか」

「そういうこった」


 なるほどなるほどと呟きながらマスターはゼノ達を繁々と眺める。その視線に妙な気恥ずかしさを感じつつ脇を見ると、ユニがセヴィルに何やら耳打ちしていた。


「ちょっと、セヴィル」

「何だ?」

「一体何のつもりよ、あたし達を酒場なんかに連れて来て」

「何度も言ったろ、手伝いだって」


 それを聞いてユニはずり落ちそうになる。何とか踏み止まりながら顔をしかめて続ける。


「あのね。自分から言いたくないけどあたし達未成年よ? それが酒場で働くなんて無理でしょ」

「別に無理じゃねぇだろ。酒飲む訳じゃねぇんだ」

「酔っ払いの相手なんて出来ないわよ。ねぇゼノ?」


 同意を求めようとユニはゼノに話を振って来た。

 だが、ゼノは軽く微笑みながら軽いトーンで言ってのける。


「えっと。僕は割と慣れてるから大丈夫かなぁ、って」

「はぁ!? 何でよ!?」

「そ、そんなに驚かなくても」


 ゼノが住んでいた村には大した施設はなかったが、道具屋の他に一軒の酒場があった。妙齢の女性が仕切るその店は村の人々の憩い場であり語らい場となっていた。

 その酒場に時折顔を出すと、既に酔っ払った大人達によく絡まれた。共に大笑いし、もみくちゃにされ、騒がしい夜を過ごしたものだ。


 流石にお酒は飲ませて貰えなかったけどね、とゼノは笑って付け加えた。


「あんた……変な所で経験あるのね」

「小さい村だったからね」


 もちろん、働いた事がある訳ではないから仕事としてこなす事が出来るかは分からない。村の酒場にある酒は大した種類ではなかったから酒についても詳しくはない。

 だが、こと酔っ払いの相手なら少しは通用すると自負出来る。そのくらいの経験は確かにあった。


「そうかい。それじゃあお願いしようかねぇ」

「はい! 一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」

「お、お願いします……」


 ゼノと、少し遅れてユニが頭を下げたのを見て、マスターはその風貌に違わず穏やかに笑う。


「ほっほ。おやおやなかなかどうして、いい子達じゃないか。セヴィルに似なくて良かったな」

「いつまでそのネタ引っ張ってんだ。いいから早く俺達の服出してくれよ」

「そうだったな。ちょっと待っていてくれ。セヴィルは前に使った奴でいいだろう?」

「残ってるのか?」

「まぁね、こうして依頼する事もあるかと」

「いい加減バイトでも雇えよ。その内疲れが溜まって倒れちまうぞ」

「ははは。そうなる前にはな。さて、服はどこにしまっておいたかな、と」


 セヴィルのジト目を穏やかにかわし、マスターは店の奥へと消えた。

 やれやれ、と言わんばかりにセヴィルは改めて大きく息を吐く。


「ったく毎度毎度……」

「セヴィルさん、ここってよく来るんですか?」

「あ? よく来るぞ、二日に一回くらい」

「それほぼ毎日じゃないの」


 ユニがすかさずツッコミをいれるが、セヴィルは無視した。

 下手に相手をすると面倒だから適度に流すくらいで丁度いいとはセヴィルの談だが、ユニには決して伝えられない。

 今更だが何故自分が板挟みのような状態になっているのだろう、とゼノは小さく苦笑した。


「ところで、僕達は一体何をすればいいんですか?」

「あーそれなんだがな。ひとまずこっちで勝手に分担を決めた」

「って言うと?」


 ユニの聞き返しを受けてセヴィルが一人ずる担当を発表していく。

 大まかな担当分けとしては、セヴィルが厨房、ゼノとユニがホールで接客なのだそうだ。

 あれ、と思ってセヴィルの方を見やる。


「え、セヴィルさん厨房ですか?」

「何だ。ホールは嫌か?」

「あ、いえ、嫌って言うか。セヴィルさんはホールの方がいいんじゃないかなぁと」

「そーよ。あんたここの常連なんでしょ? 他のお客さんとも仲いいんじゃないの?」

「……まぁ別に俺がホールに出てもいいんだが」


 と言ってセヴィルは言葉を止めた。


 突然訪れた静寂に妙な緊張が走る。

 場の雰囲気につられてゴクリと唾を飲み込むくらいの時間が経って、ようやく彼は続きを口にした。


「たった一人誰と関わる事もなく、空調もねぇクソ蒸し暑い厨房に籠もって火使って料理してぇ奴がいんならな」

「「ホールやらせて下さい」」


 示し合わせもなく綺麗に二人の声が重なる。

 何故だろう。この一週間で一番成長したと感じるのが二人の声が重なる頻度が徐々に増えている事なのが妙な気分だ。


「後、俺は客だろうがマスターだろうが遠慮なく殴るぞ」

「殴らないで下さい! っていうかマスターも!?」

「あんたが殴ったら折れちゃうわよあのマスター……」

「どっちにしろお前等じゃ厨房は厳しいだろ。この店マスターだけでやってるから料理のレシピもねぇしな」


 俺は普段からよく見てるし食ってるから大体分かるが、とセヴィルは告げる。

 それなら最初からそっちの理由を言えばいいのに、と思ったのは内緒だ。


「常連の相手はマスターに任しときゃいい」

「え。それでいいの?」

「むしろそれと飲み物作りだけさせとけ。それ以外はお前等がやれ」


 セヴィルは簡単に言い放ったが、ゼノは頭を悩ませる。

 それ以外、と言われても正直何をすればいいのだろう。接客と言われて思い付くのは、来店した客の案内と注文の受付、その品の提供と会計、さらには片付け。それだけでも結構な量だ。

 いきなりやれと言われて出来るものでもないと思うのだが。


「……何かコツとかありますか?」


 悩んだ挙句に聞いてみる事にした。素人の自分があれこれ悩むよりは聞いてしまった方が早いと思ったからだ。

 だが。


「適材適所。それ以上はねぇ」


 それだけ言い残してセヴィルは厨房へと消えてしまった。マスターが制服を用意している間に、おそらくは食材等の確認でもするのだろう。


 ユニはユニで手近なメニューを手にレジ回りの確認をしている。メニューの内容と合わせてそれぞれの金額を確認しているらしい。


 さてどうしたものか。

 開店まで後一時間足らず。あまり時間はない。

 ゼノにとっての初めての接客業は、どうやら仕事を探す事からになりそうだ。

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