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XenoCrisis - ゼノ・クライシス -  作者: 高杉零
ハンター試験 - Encounter with a female magician -
13/24

認定

「……」


 ゆっくりと目を開ける。

 どれだけの時間そうしていたのか、閉じていた瞼はやたら重く感じた。


 背中を包む柔らかな感触が布団である事はすぐに分かった。

 最後に意識が途切れた時の事を思い描いても、何やら曖昧ではっきりしない。


 無理もないか、とゼノは思った。

 ヘトヘトに疲れ切っていたのだろうし、きっと最後の方は意識が薄らいだ状態だったのだろうから。


 少し身体を動かしてみる。

 重い。凄まじく重い。痛みは大分引いているが、蓄積された疲労は抜け切っていない。そんな感じだ。


 首を横に向けてみる。

 白い小さな部屋の中に、自分が寝ているのとは別にもう一つベッドがあった。

 そこに寝ている、もう一つの人影。


「……ユニ?」

「何だ。起きたの?」


 彼女はどうやらゼノよりも先に起きていたらしい。


「ここは?」

「医務室よ。アルトリアのギルドの中」

「僕達は、どうして……?」

「さぁ。あたしもついさっき起きたばかりだから」


 ベッドに横たわったまま微動だにせず、しかしユニははっきりと応えていた。

 ゼノと同じような状態なのだろう。ゼノ自身、意識は大分覚醒してきた。


「でも……考えるまでもないわよ」

「……そうだね」


 そう。何故ここに運び込まれたのかなど、考えるまでもない。


 負けたのだ。自分達は。


 セヴィルに五撃目を加えた所までは覚えている。きっとその後体力の限界を迎えて意識を失い、そのまま運び込まれたのだろう。

 正直に言えばあれを攻撃出来ていたと言うのは語弊がある気がする。セヴィルに与える事が出来たのは結局一撃目のような掠り傷ばかりだった。


 だが、今にして思う。

 自分達は全力でやった。だからこそセヴィルに――例え掠り傷とは言え――傷を負わせる事も出来た。


 セヴィルは本当に強かった。

 こちらの攻撃はまともに通らず、それどころか真正面から叩き潰されてしまった。ゼノ達は互いにカバーし合いながら奇を衒ってほんの少しの隙を突く事しかとうとう出来なかった。


 それでも今思えば――彼は手加減していてくれたように思う。

 セヴィルはゼノに魔法を使って来なかった。逆に、ユニには直接攻撃をしなかった。剣には剣で対応し、魔法には魔法で対処していた。


 それ程の余裕が、彼にはあったのだ。

 何という差なのだろう。

 圧倒的という言葉だけでは決して表す事の出来ない程の差が、そこにはあった。


 凄いと思う。強く、たくましく、それでいて優しかった。尊敬し、憧れる。

 そしてその分だけ――悔しさが溢れた。


 自分の力を過信していた訳ではない。勝てる自信があった訳でもない。

 それでも、気持ちは抑えられない。


 足下にも及ばなかった。自分には何も出来なかった。全力で事にあたって、それでも何も変えられなかった。

 こんな事で自分の目的を果たそうだなどと、おこがましい。


「……ねぇ」


 自身の不甲斐なさを噛み締めていると、脇から声をかけられる。


「何?」

「あの、さ。ゼノは、どうしてハンターになろうと思ったの?」


 小さな疑問を投げられる。

 そういえば、彼女とはそんな話はしていなかった。


「剣をね、抜いちゃったんだ」

「剣? それって、あんたが使ってた剣の事?」

「うん。詳しい事は僕もよく知らないんだけど……とても大事な剣だったらしいんだ」

「ふぅん……」

「それを抜いちゃったから……決着をつけなくちゃいけないんだ。僕自身の手で」


 またやり直しだけどね、とゼノは付け加える。


 セヴィルと出逢った事で得られた僥倖。

 それは同じく彼によって阻まれてしまった。

 別のやり方を探さなくてはならない。身体が治ったらすぐにでも。

 立ち止まっている暇など、ないから。


「……あんたも、色々大変なのね」

「そういうユニはどうなのさ?」

「あたし?」

「そうだよ」


 ユニは、ゼノとは違った。


 彼女の力は魔法師として十分なものだと、少なくともゼノは思う。

 多種多様な魔法を扱う事が出来、知識も豊富。彼女の持つ魔法や知識に助けられた場面がどれ程あったか分からない。


 アルトリアに着く前、セヴィルに教えて貰った。

 ハンターは総じて仲間を持つ。それがハンター同士である事もあれば、自分にはない力を持つ魔法師や鍛冶師などを仲間にする者も少なくない。


 だがユニは、自分がハンターになる事にこだわっていた。それはギルドで職員に食い下がっていた時の必死さを見ても明らかだ。

 何故なのだろう、と疑問に思った。


「あたしは……」


 ユニは黙って天井を見上げる。

 何かを思い描いているのか。

 あるいは何かを思い出そうとしているのか。

 彼女の心の内は見えなかったが――その顔は、ゼノには酷く悲しいものに見えた。


 少しの沈黙を経て、ユニが口を開く。


「……秘密」

「え、秘密?」

「そーよ。人に言うつもり、ないもの」

「……ズルくないか、それ?」

「別にいいでしょ。人の自由よ」


 自分には聞いてきたのにとは思ったが、不思議と嫌な気分ではなかった。


 彼女がいたから"水晶の間"まで辿り着けた。自分一人では間違いなく途中で音を上げていた。

 彼女がいたからセヴィルとあそこまで渡り合えた。自分一人なら間違いなく最初の一撃で終わっていた。


 何から何まで世話になり通しだ。感謝の気持ちで一杯だった。


「「あのさ」」


 ありがとうと言おうと口にしたゼノの言葉に、ユニの声が重なる。


「今度は何?」

「あんたこそ何よ?」

「ユニからでいいよ」

「あんたから先に言いなさいよ」

「む……譲ってあげるって言ってるんじゃないか」

「うっさいわね。さっさと言いなさいよ」


 売り言葉に書い言葉。まるで示し合ったかのように繰り返される返答の波。

 あの時と、同じだ。


「「……プッ」」


 どちらからともなく笑い声が上がった。

 モノアイトロルドを倒した時と同じ。

 何故だか、妙に懐かしさを感じるやり取り。

 それが無性におかしくて仕方がなかった。


 ――と。


「お? やっと起きたか、お前等」


 不意に部屋の扉が開かれ、人影が入って来る。


「せ、セヴィルさん?」

「よぅ」


 人影の正体は、セヴィルだった。

 何やら山のように物が詰め込まれた紙袋を脇に備えられた棚に乗せると、ゼノ達が寝るベッドの足下に置かれた椅子に腰掛ける。


「身体の具合はどうだ、ゼノ?」

「え? えぇと……たぶん大丈夫です。身体が重たいくらいで、痛みは引いてます」


 セヴィルの質問に対して、ゼノはぎこちなく返答した。

 何というか、気まずいのだ。


「そりゃ良かったな。お前は?」

「あたしはお前じゃない」


 セヴィルは矛先を変えてユニにも同様の質問を投げ掛けるが、彼女はぷいと身体を回して背中を向けてしまった。

 小さく肩を竦め、セヴィルは続ける。


「へいへい……んで、ユニ。身体の具合はどうだ?」

「答える義務なんてないわ」

「……答える気ねぇなら先に言え」


 はぁと大きな溜め息を吐く。

 ゼノは――沸き上がる気持ちを抑え切れず、セヴィルに尋ねた。


「……何故、ここに?」

「ん?」


 質問の意味が分からない、といった具合にセヴィルがゼノを見やる。


 流石にあんまりだと思った。

 自分達がここで寝かされる直接の原因は、他でもないセヴィルなのだから。


 無論彼のせいでこうなったのに、などとずれた事を(のたま)うつもりはさらさらない。

 大本の原因はゼノとユニがハンターを目指して試験を受けた事であり、セヴィルはその試験官をしただけだ。彼を責めるのは筋違いだと、如何に世間知らずのゼノでも分かる。


 理屈では分かっている。納得もしているし割り切るべきだとも思う。

 それでも――気持ちを誤魔化す事は出来なかった。


「正直……今はセヴィルさんと面と向かって話せないですよ……」


 整理がついていないのだ。

 悔しさと無力感、自分自身への憤りが腹の底で沸々と煮えている。そこに事実と理屈を加えた上で次なる希望を見出だし、鎮火しなければならないのに。

 そこに至る段階に届いていない。


 正直な所、後少しの時間が欲しい。それをもって冷静になれば、気持ちの整理はつけられる。

 もう少し待って欲しかった、と絞り出すように口にする。


 目頭が熱くなるのを感じた。

 ただでさえゴチャゴチャした気持ちが乱雑に掻き乱されていく。


 抑え切れない。留められない。

 込み上げてくる思いのままに、叫んでしまいたい衝動に刈られる。


「はぁ……」


 そんなゼノの様子を眺めて、セヴィルは再度溜め息を吐いた。

 ――それが引き鉄となった。


「……溜め息?」


 ユニが、閉ざしていた口を開く。


「溜め息吐いたの? あんたが? セヴィル・バスクードが? あたし達を叩き潰したプロハンターが!?」


 ゼノよりも先に、ユニの気持ちが爆発した。

 堰を切ったように言葉は連なり、その度に語気が荒くなる。

 そして彼女の瞳には――大粒の涙が浮かんでいた。


「あんたと話す事なんて何もないわ。何が"鬼人"よ。何が紹介状よ! 期待を持たせるだけ持たせて自分でへし折って……さぞ満足でしょうよ!!」


 ゼノは、言葉を溢れさせる彼女の姿を黙って眺めていた。

 彼女の気持ちが溢れたからこそ、ゼノは逆に冷静になれた。


「何しに来たんだか知らないけど、今すぐここから出てってよ! お望み通り帰るわよ! すぐにでもここから逃げ帰るわよ!」


 違う、とゼノの心が告げる。

 ずっと心の片隅にあった小さな違和感が表層に浮かび上がって来た。


 疑問に思っていた事がある。アルトリアについてギルドに向かう前にも、もっと前――リーシャ村を発つ時にも抱いた疑問。


 何故、セヴィルは自分に手を貸してくれたのだろう。


 リーシャ村ではいつ目覚めるかも分からないゼノをわざわざ待ち受け、共に来るかと誘ってくれた。

 ハンターになりたいと言い出した自分に、紹介状を書いてくれた。

 ユニにそれを書いてやって欲しいと頼んだ時は、快くという訳でもなかったが結果としてそれをしてくれた。


 改めて考えてみればおかしいのだ。偶然出逢っただけの他人でしかないゼノに、セヴィルは何度も手を貸してくれた。

 そんな事をする理由など、どこにもないというのに。


 疑問の答えは見つからない。セヴィルの心の内など読めはしないから。気怠く構えるその奥で彼が何を思うのかなど、ゼノには知る由もない。


 ただ、そこに繋がる疑問が一つ。

 そうやって手を貸してくれるようなセヴィルが、何故試験官として自分達の前に現れたのだろう。


「……」


 セヴィルは何も言わなかった。黙って目を閉じたまま、しばらくの間ユニの言葉をただ聴いていた。

 ユニは矢継ぎ早にセヴィルに溢れ出した感情をぶつけている。


 違う。そうじゃない。込み上げる気持ちを露にするよりも前に、やらなければならない事がある。

 そう思って、ゼノは噤んでいた口を開こうとした。


 だが――


「なぁ、二人共」


 ――ゼノが言葉を発するのを遮るように、セヴィルが不意に二人に呼び掛けた。


「何よ! あんたと話す事なんてないってさっきから――」

「三十秒でいいから黙れ」


 今度はユニの言葉を明確に遮って告げる。

 静かに。それでいて力強く。

 ゼノもユニも暴れていた訳ではないのに、まるで羽交い絞めにされたかのような感覚に見舞われた。


「……今一度。お前達二人に、問う」


 場が静寂に満たされるのを待って、セヴィルはそう告げた。

 そして、その問いを口にする。


「――今もまだ……ハンターになりたいか?」


 同じだ。ゼノはそう思った。


 それは、ギルドに初めて向かった時に同じく彼から掛けられた問い。

 言葉も違うし、内容も細かく見れば違うけれど。

 それでも問われている対象は全く同じものだ。


「……」


 俯き、自分自身に重ねて問う。

 本当にハンターになりたいか。


 初めは打算にも近かった。目的を果たす為に情報が必要だったから。それを得る為の糸口となり得ると思ったから。


 しかし――今は少し違う気がする。

 リーシャ村を出て以降、セヴィルの姿を見て来た。彼の強さ。彼の優しさ。

 試験を通してユニの姿を目にした。彼女の思い。彼女の必死さ。


 それらから自分が感じたものを。それによって自分の中に生まれたものを。

 ゼノは、ゆっくりと口にした。


「「――なりたい」」


 二つの声が重なった。

 それはゼノと、そしてユニの思い。試験に挑む間に互いに育み、互いに至った一つの答え。


 巨大な壁が立ち塞がっても。

 強大過ぎる力に叩き潰されても。

 折れる事のなかった二人の願い。

 次こそ必ずという新たな誓いだ。


「……そうか」


 二人の言葉を確かめるように、セヴィルは小さく言った。

 それから二人の顔を交互に眺め、そして続ける。


「それなら、その気概をもって明日から必死について来いよ」

「「……へ?」」


 思いがけず素っ頓狂な声が出た。


 次は頑張れとでも言われるかと思っていた。あるいは、思いだけで力がなければ何の意味もないと諭される事も覚悟していた。

 にも関わらずそのどちらとも違ったのだ。


「えと……それは、どういう……?」

「あ? あぁそうか。そっちの説明はされてねぇんだったな」


 セヴィルは背もたれに寄り掛かり、長い脚を組んで体勢を崩す。

 頭の中に無数に生まれた疑問符に混乱する二人を見やり、改めて口を開いた。


「まず始めに。勘違いしねぇように言っておくが、お前等の試験結果は不合格だ」


 改めて結果を突き付けられたが動揺は特になかった。依頼内容を達成出来なかったのだから、それは必然だと受け入れられる。

 少しの間を置いてから、実を言うとなと前置きを入れてセヴィルは続ける。


「試験に合格しようがしまいが、そもそも十五歳未満の未成年者を、ハンターとして認める事はねぇんだ」

「え、でも……」

「言いたい事は分かる。だったら何故試験を受ける例外があるのかって事だろ?」

「理由が、あるの?」


 当然だ、とセヴィルは端的に言った。理由もないのに例外が設けられる事はまずあり得ない。


 世間一般において、齢十五を数えて初めて成人したと認められる。それを満たさない者は未成年者――要するに子供という訳だ。

 そしてハンターという職業はギルドに寄せられた依頼をハンターに任せるもの。それが未成年者をハンターとして認めない理由だとセヴィルは告げた。


「つまりだ。ギルドに依頼したら子供を宛がわれた。そんな風に依頼人に思われるのは信用の失墜を招くんだよ」


 たとえ子供と呼べる年齢であれ、仕事をこなせる人材はいる。依頼を達成さえしてみせれば良いのではないかという考えも確かにある。


 しかしながら、依頼人の心証は少なからず揺らぐのだ。

 結果がどうであったにせよ、派遣した者が子供であったというだけで嫌な顔をする依頼人は決して少なくないのだと言う。


 だからこそ、どれだけ能力があろうとも未成年者をハンターとして認める訳にはいかないのだ。それはハンターズギルドが信用を糧として依頼を請け負う為であり、同時に子供達を偏見から守る為でもある。


 ならば何故、受験資格を決める条件に例外が存在するのか。


「何の事はねぇ。お前等みたいなのがいるからさ」

「あたし達……みたいなの?」

「そうだ」


 十五歳未満を認めないと取り決めた所で、それでもハンターになりたいと申し出る少年少女がいる。それこそ、今回のゼノやユニのように。


 単なる憧れからである者もいれば、何らかの特別な動機がある者もいる。全く力のない者もいれば、類稀な才能を持ち合わせる者もいる。事情により今日を生きる事すら難しくなり、救いを求めてくる者もいると言う。

 そんな者達を年齢だけを理由に全て遮断しても良いのだろうか、とギルドの幹部達は考えたのだそうだ。


「そうして生まれたのが"ハンター見習い"って制度で、それに伴って例の受験条件の例外が設けられた」

「はんたー、みならい?」

「まぁ簡単に言っちまえば研修制度だな。未成年だって以外にも経験が足りなかったり、とある一面だけがぶっちぎりなのにそれ以外が全くダメだって奴はいる。そういう奴等に経験を積ませてハンターとして育て上げる場を作る、ってのがこの制度の目的だ」


 ハンターという職業に夢を持って登録し、仕事をする中で現実との大きなギャップに音を上げる者も少なくはない。この傾向は若ければ若い程多いのが実態であるらしい。

 と同時に、ハンター試験の試験官が――今回のセヴィルのように――人である以上、能力や人となりの判定が多少なりともずれる可能性もゼロではない。


 それらを踏まえ、更なる振るいをかける意味もあって設けられるのが研修という制度なのだ。


「えと……つまり?」


 いきなりあれやこれやと説明をされた為に、ゼノの頭は今にもパンクしそうだった。今の所ギリギリでついていってはいるものの、後少し詰め込まれたらいよいよ危ない。


 泣き出しそうと形容しても差し支えない表情で簡潔なまとめを求めるゼノに、セヴィルは小さく息を吐いてから告げた。


「まぁ待て。その前に言っとかなきゃならん事がある」

「ひぃ……」


 ゼノが漏らした小さな悲鳴を無視し、セヴィルはユニに向き直る。


「まずはお前だ、ユニ・プラムス」

「はい」


 先程までの感情は既に失せ、ユニはセヴィルの言葉に静かに耳を傾けていた。

 それを確かめた上で、セヴィルは更に続ける。


「お前の魔法に関する知識と、それを扱う技術は既に十四歳のそれじゃねぇ。俺の知る限り、少しは名の知れた魔法師ハンターと比べてみても大した差はねぇと言ってもいい」


 ただし、とセヴィルは付け加える。


「それでもお前は、魔法師として未熟だと言わざるを得ねぇ」

「……何でか、聞いてもいい?」


 告げられた明確な評価を静かに飲み込み、ユニは改めて尋ねる。


 セヴィルの発言はゼノも気になった事だ。

 共に戦ったからこそ分かるのだが、ユニは間違いなく強かった。それでも未熟だとセヴィルは言う。


 何故なのだろう、と疑問に思う。

 その答えをセヴィルは語り始める。


「一番未熟だと感じたのは、お前の魔法師としてのあり方だな」

「魔法師としての……あり方?」

「あぁ」


 有体に言って前に出過ぎなんだよ、とセヴィルは言う。


 洞窟に向かう前、ゼノとユニで話し合った。ゼノにあまりにも経験がないのもあり、ユニの魔法をメインに戦おうと。

 それが評価に繋がったのなら申し訳ないなと思ったのだが。


「魔法師はな。とにかく視野を広く持たなくちゃならねぇ」


 セヴィルが言うにはこうだ。


 剣士と魔法師が共にいる場合、どうしたって前線に出るのは剣士になる。これは戦闘スタイルが近接か遠距離かの違いによるものなのだから変えようのない事実だ。


 だからこそ、敵から間合いを取っている魔法師は視野を広げなくてはならない。


 剣士は前線に出れば目の前の敵に集中する。それでも周囲の状況は把握しなくてはならないが、それを疎かにしては元も子もない。

 そうなった時に、戦闘の場を統括して把握した上で動かすのは、やはり魔法師のように距離を保つ戦いが出来るものになるのがセオリーであり必然なのだ。


 それに対し、ユニは自らが前に出過ぎだとセヴィルは指摘した。


 前に出るというのは何も前線に出る事だけを指すのではない。自分が起点となる事でその姿を敵に晒すというのもそれに当たるのだと彼は付け加える。

 魔法の威力は凄まじい。それは間違いない。ユニが現状に満足せず己を鍛え続ければ、それは更なる向上を臨めるはずだ。


 だが、それをもって敵の眼前に姿を晒し続ければ、敵の注意は当然ユニに集中してしまう。それでは意味がない。

 場を制御して前線で戦う者達を動かす。耐えず状況を把握し、予測し、判断する事こそが魔法師に求められるべき能力であると締め括った。


「……なるほど」

「まぁそれだけが答えって訳じゃねぇ。あくまでも俺が考える魔法師の姿の一つだ。参考までに頭の片隅にでも置いとけ」

「うん」

「それから……ゼノ・シーリエ」

「はい!」


 待ってましたと言わんばかりにゼノは声を上げる。


「お前の欠点は……そうだなぁ……」


 とここで、セヴィルは頭をガリガリと掻きながら言葉を止めた。


 ゼノは、ゾッとする。

 そんなに悩まなければならない程、ゼノの欠点は満載なのだろうか。


 いや、確かにゼノには未熟な所だらけだ。それは自覚している。ユニと違って経験も少なく、出来る事も数える程度しかない。

 どうしよう。聞きたいのは山々だけれど、これ以上を聞いてきちんと自分の中に落とせるだろうか。


 そんな風に思っていたのだが――その心配は杞憂に終わった。


「頭が悪い事、だな」

「……へ?」


 それだけ? と思わず聞き返しそうになる。ずらずらと欠点と思しきあれもこれもを並べ立てられると思っていたゼノは肩透かしを食った気分だった。

 それを察したのか、セヴィルが言う。


「言うまでもねぇ事だが、お前は何より経験が足りねぇ。正直な所、精々見られるレベルなのは速さくらいなもんだ」

「は、はぁ」

「山奥で暮らしてたから身体能力はそれなりにある。だがそれもあくまでもそれなりでしかねぇ。はっきり言って何もかもが足りん」


 分かってはいた事だが、無性に居たたまれない気持ちになる。仕方がない事とは言え心に深く突き刺さる指摘だ。


「ま、お前の場合はとにかく経験だ。それに尽きる」

「はい……分かりました」


 凄まじい差だな、とゼノは素直に思う。


 セヴィルとの差は嫌と言う程に見せ付けられた。実際に戦って感じた上、それでも彼は手加減していたのだから。

 ユニとの差も恐ろしい程だ。あれだけ具体的な指摘が出るくらいなのだから、逆を返せば大枠の基本は押さえられているという事なのだろう。


 頑張らなくちゃな、とゼノは自分に言い聞かせた。


「さて。ここまで色々言ってきた訳だが」


 ようやく一段落したのか、セヴィルは徐々に乗り出していた身体を戻し、背もたれに身を預ける。

 それから、二人の顔を真っ直ぐ見つめて告げる。


「以上の理由もあり、かつ任務を達成出来なかった事実を踏まえ、お前達のハンター試験は不合格とした。ただし――」


 セヴィルの口元が僅かながら笑みを見せる。

 そして。


「――お前達の強い信念を評価し、ハンター見習いとして認める事とする」


 以上だ、と締め括ってセヴィルはその口を閉じた。


 もう、ダメだ。


「……い」

「あ? どうした、ゼ――」


 堪えられない。


 溢れる(・・・)


「「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」


 甲高い声が折り重なり合い、小さな部屋の中を乱雑に暴れ回った。


 途中でセヴィルが示してくれた可能性。それが今、現実のものとなったから。

 逃してしまったと諦めてさえいたたった一本の細い糸を、その手にする事が出来たから。


 ゼノとユニは疲労も痛みさえも忘れて――溢れ出る喜びにいつまでもその身を委ねていた。





 緊迫から静寂、そして賑やかさを得た小さな部屋からそっと姿を消す影が一つ。

 セヴィルはゼノ達に気付かれないよう静かに扉を開け、そしてその場を後にした。


 扉を閉めても、部屋の中の声が聴こえて来る。

 嬉しいのだろう。感激に打ち震えているのだろう。

 今だけは、邪魔をしないでやろうと思う。


「……ふぅ」


 ゼノ達の声にカタカタと震える扉に寄り掛かり、小さく息を吐く。

 廊下に備えられた窓から望む空には、既に深い夜が広がっていた。


 正直な事を言えば、彼は今もって迷っていた。


 ゼノがハンターになりたいと言い出した時も、ユニの紹介状を書いて欲しいと求められた時も、そしてハンター試験の最中も。セヴィルは迷い、結果として答えを出した。


 ただ、だ。

 これで本当に良いのだろうかという疑問が消える事はない。


 おそらくは全く逆の答えを選んだのだとしても、同じように迷うのだろう。

 "選択する"という行為が示すもの、そこから生み出されるものをセヴィルは知っていた。


 だからこそ。

 己の心に従い"選択"をした彼等の今後を思い、口にする。


「……辛ぇのもしんどいのも……全部これからだぜ、ガキ共」


 その言葉は誰に届くでもなく、星灯りが淡く照らす廊下に静かに舞い散るのだった。

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