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XenoCrisis - ゼノ・クライシス -  作者: 高杉零
ハンター試験 - Encounter with a female magician -
12/24

ハンター試験

 聴き覚えのある声だった。

 この二、三日で散々聴いた声だ。


「……セヴィルさん?」


 その名を口にする。

 気怠そうな座り込む身体を起き上がらせながらその声の主――セヴィルは告げた。


「よぅお前等。遅かったな、待ちくたびれたぜ」


 セヴィルの言葉を聴いた途端、ゼノの心は喜びに満ち溢れた。


「セヴィルさん! 僕達、ちゃんと辿り付けました!」

「あぁ、そうだな」

「さっき通路でモノアイトロルドに出遭って……でも、倒しました!」

「そいつは良かったな」


 矢継ぎ早に口を動かす。

 聴いて欲しかった。知って欲しかった。

 たかだか一日に満たないものではあったけれど。

 それでも、自分は冒険をしたのだと。


 そう。これは紛れもなく冒険だった。

 見た事もない場所へ行き、見た事もないものを目にし、見た事もない人達と出逢った。これが冒険でなく何なのだ。

 村を出たばかりの未熟なゼノが体験した、小さな冒険だったのだ。

 冒険者を夢見るゼノが興奮しないはずがない。


「セヴィルさん! 後はあの"水晶の欠片"を持って帰れば任務達成なんですよね!?」

「あぁ、そういう事になるな」


 よぉし、とゼノは気合を入れ直して歩みを進める。

 彼の顔はにやけていた。気持ちを切り替えようとは思うのだが、上手く抑える事が出来ない。


 今この時においてゼノの頭の中は――ギルドに戻った後の事で一杯だった。

 持ち帰れたらすぐにハンターになれるのだろうか。すぐにも仕事を受けられるのだろうか。自分の目的を果たす為には情報を集めなければならないのだが、それはどうやっていけば良いのだろうか。

 そんな、他愛もない思考で埋め尽くされていた。


 だから――


「――――――避けなさい! ゼノ!!」


 ――傍らのユニが叫ぶ声に反応するのが、遅れた。


 たぶんそれはほんの一瞬だった。それこそ、瞬き一回分にも満たない程の刹那。

 たったそれだけの差だった。


 ユニの声に気付き、振り返ろうとした。偶然にもゼノが彼女よりも前に歩み出ていたから振り返る事が必要だった。

 振り返る動作の為に、ゼノは無意識に身体を横に反らした。

 その瞬間。


「……≪イル・ダート≫」


 ゼノの瞳の前、精々が指二本分程度の距離を――赤い何かが通過した。

 注視していた訳ではないし、凄まじい速度での通過だったから、ゼノはそれが何だったのかを含めて何も把握出来なかった。

 ――ただ一つだけを除いて。


「あ、熱ッ!?」


 目の前の前髪が燃えていた。熱と痛みが混在して目元を襲い、思わず前屈みに突っ伏す。

 パンパンと前髪を叩き、それはようやく消えてくれた。


「あっ―――つかったぁ……」


 突然自分を襲った出来事に半ば呆然となる。

 一体、何が起こった。

 疑問を解消しようと顔を上げ、ユニの方を見やる。


「――ッ!?」


 ユニが、セヴィルを見据えていた。

 ――今にも跳び掛かりそうな形相で。


「……そう……そういう事……」


 何かを得心したように呟く。

 次いで、言葉を紡ぎ始めた。


「≪汝、この瞬間を繋ぎ止めんと欲するならば、その身を委ねし流れを塞き止めよ――グラス・スピアァッ≫!!」


 お返しと言わんばかりにユニは氷の矢を撃ち放った。

 それはみるみるセヴィルの下へと走り、


「……遅ぇよ」


 ブォンという重い音と共に掻き消えた。

 セヴィルは例の大剣――シュタルシュロットを手にしていた。自らの背丈程もある大剣を片手で操り、氷の矢を弾き飛ばしたのだ。


 ゼノはとにかく混乱していた。この人達は一体何を始めたのか。

 ユニとセヴィル、二人の顔を交互に見る。何かを問い掛けようと口を開いてはみるものの、あまりにも何も分からないので言葉を発せなかった。


 ――と。


「ハンター試験もいよいよ大詰め……って所かしら?」


 ゼノの代わりを務めるようにユニがその口を開いた。

 彼女の様子は、ゼノとは全く違った。

 混乱などしていない。それどころか今何が起こったのかも、何故それが起こったのかも、齟齬なく理解しているようだった。


「……ふん」


 ユニの問いに、セヴィルは答えなかった。

 代わりに剣を持たない方の掌を眼前に翳し、告げる。


「≪イル・ダート≫」

「ちぃ……ッ! ≪グラス・ウォールッ≫!!」


 セヴィルの掌から炎の矢が放たれたのとほぼ同時、ユニはそれを唱えた。

 ゼノとセヴィルの立つ丁度中間に、氷の壁が創り出される。

 そして、激突。


「うあッ!?」


 ゼノは突如襲った衝撃に煽られて地面に転げた。

 セヴィルの放った炎の矢が、ユニの創り上げた氷の壁を粉砕したのだ。


 ――何だよ。一体何がどうなってるんだよ!

 混乱は深まる一方だった。それは、自分の目の前で何が行われているのかをようやく把握出来た証拠でもあった。


 ユニとセヴィルが戦っている。

 自分で反芻してみて、その意味の分からなさに驚愕する。何故二人が戦わなければならないのか。


 止めなくちゃ。

 そう思って、ゼノは取り戻した声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って! 二人とも!」

「邪魔しないで!」

「何言ってるんだよ! っていうか、何やってるんだよ!」


 当然の疑問を口にする。

 すると今度はセヴィルの方から返答があった。


「分かっちゃいたが……お前はバカだな、ゼノ」

「え……?」

「嬢ちゃんは分かってるみてぇだぞ。なぁ?」

「あたしは嬢ちゃんなんて名前じゃない」

「へいへい……」


 アルトリアに着く前。リーシャ村からアルトリアへの道程で出逢った時と同じような会話を繰り広げる。

 直前まで魔法を撃ち合っていたとは到底思えない会話。それがさらにゼノの思考を鈍らせる。


 何でこんな事をする? どうして戦いなんか始まる?

 何か糸口はないかと思考を巡らせている内に、気付いた。


 ――ハンター試験もいよいよ大詰め。


 ユニは確かにそう言った。

 試験も大詰め。という事はこれは――試験?


「まさか……」

「そのまさかでたぶん正解だぜ、ゼノ」


 不意に漏らした呟きにセヴィルが肯定の意を示した。


 試験内容を改めて思い返す。

 "水晶の間"にある"水晶の欠片"を持ち帰る(・・・・)事。


 つまり――まだ試験は終わっていない。


「さて……必要ねぇかもしれんが、改めて説明をしておこうか」

「説明ですって……?」


 ヒュンと風を斬る音がした。

 翳していたシュタルシュロットを、セヴィルが肩に担ぎ直したのだ。


「先に伝えてある通り、お前達に与えられた試験任務は"水晶の欠片"をギルドに持ち帰る事。そして俺は、お前達二人のハンター試験の合否を決める――試験官」

「試験官?」

「そういう依頼を受けたのさ」


 さも当たり前だろと言わんばかりにセヴィルは端的に言う。


「別に試験の内容を変えようって訳じゃねぇ。依頼の達成目的は変わらん。ギルドにこいつを持ち帰れば、お前等は晴れて合格って事になる」


 言いながらセヴィルは足下に転がっていた欠片をいくつか手に取った。

 "水晶の柱"と同じ色に煌めく小さな欠片。ゼノ達の持ち帰るべき依頼目的。


「……あんたはその邪魔をしに来たって、訳よね」

「邪魔たぁ人聞きが悪ぃぜ。言うならせめて試練を与えに来たって言えよ」


 口調はおどけているものの、セヴィル自身の表情には一切の笑みがなかった。

 そのまま、続ける。


「俺が試験内容に加える事柄は一つ。俺の妨害を掻い潜り、この"水晶の欠片"を手に入れて持ち帰れ。それだけだ。方法は問わねぇ」


 あまりにもあっさりと言い放つ。

 その言葉を聴いて――ゼノはようやく、自分がとんでもない勘違いをしている事に気が付いた。


 セヴィルが自分達の妨害をしている事は最初の数秒で気が付いた。何せ、ボーッとしているゼノに向けて炎の矢を放ってきたのは、他でもないセヴィルだったのだから。

 ゼノにはその理由が分からなかった。


 彼はアルトリアのギルドにおいて、ゼノとユニの為に紹介状を書いてくれた。彼等がハンター試験を受ける為にたった一つ無くてはならなかった物を用意してくれた。


 その彼が、何故自分達を妨害するのかが分からなかった。彼の行動が矛盾しているように思えて仕方がなかった。


 だが、それは大きな勘違いだった。

 セヴィルは依頼を受けたと言った。おそらくギルドが出した依頼を請けたのだろう。

 それは、ゼノ達が出発した後の出来事だ。


 アルトリアに着く前、ハンターについて尋ねる中でセヴィルが言っていた。

 仕事を請けたら私情を挟んではいけない。任務遂行の為に全力を尽くさなければならない。それがハンターの仕事だ、と。

 彼は、それを実践しているに過ぎないのだ。


 どういった経緯で彼が試験官の依頼とやらを請けたのかは知らない。

 だが、事実として請けたからこそ、彼は今ここにいる。

 試験官を請けた今のセヴィルにとって、紹介状を書いた経緯など――関係ないのだ。


「無駄だって分かっててあえて聞くけど……話し合いで退いてくれたりはしないのよね?」

「愚問だな。それじゃ俺の依頼が達成出来ねぇんだよ」

「……言うと思ったわ」

「他に何か聞きてぇ事は?」


 セヴィルの言葉を受けて、ゼノとユニは顔を見合わせた。

 言葉もなく互いの目を見て、理解する。


 質問などない。もう十分に分かったから。

 互いの目が同じく告げていた。


 セヴィルを倒さなければハンターになれない。

 それさえ分かれば十分だ、と。


「……無さそうだな。んじゃあ最後に一つ伝えとくぞ」


 二人の様子を眺め、セヴィルは軽く息を吐く。

 途端、場を包む空気が変わった。


「――本気で来い。自分が目指す道すら本気で歩めない奴がハンターになろうなんざ、俺は認めねぇ」


 返答の代わりに、ゼノは剣を抜き構える。

 傍らではユニが掌を翳し、いつでも動けるよう体勢を整えていた。

 二人はその態度をもって――肯定とした。


「オーケー。なら……始めようか」


 直後、ゼノは横に跳んだ。

 ユニからセヴィルへと続く直線を開く為に。


「≪広がる大地を(はし)存在(もの)! 高き天空(そら)を駆ける存在(もの)! 決して交わらぬ狭間を巡り、その爪を僅かに立てるがいい――レラ・トルネード≫!!」


 ゼノが動くのと同時にユニが言霊を紡ぐ。

 翳した掌に緑色の光が収束し、大気の渦と化して放たれる。


「……竜巻、ね」


 猛烈な勢いを押し込められた渦は直線軌道を描き、瞬く間にセヴィルの下へと迫った。

 だが――


「≪イル・イラプション≫」


 セヴィルの呟きが、彼の眼前に赤い光をもたらした。


 直後、爆散する。

 渦の中心部から爆発の衝撃を加えられ、収束していた大気が霧散した。


 なるほど、上手い。ゼノは心の中で感嘆した。

 竜巻を受けるでもなく、避けるでもない。自分の下に到達する前に、これ自体を消滅せしめる。

 ゼノが思い付く限り、一番良い手だと思えた。


 ――だけど。


「うおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 獰猛な雄叫びと共に、壁を地面に見立てて脚をつく。

 自らを矢と化し、さながら弓に引き絞られるかのように膝を屈め――解き放った。


 狙うは一点。ユニの竜巻とセヴィルの爆発が重なり生じた煙の中心。

 その向こうに、セヴィルがいる。


 具体的な示し合わせはなかった。それでも、洞窟に入ってからずっとこのパターンで攻撃を仕掛け続けた。

 ゼノは一度脇に避け、ユニが魔物達に向けて魔法を放つ。大体の場合はこれで何とかなっていた。


 それでも時折仕留め切れない事があった。敵が素早くて魔法を避けられたり、耐久力が魔法の威力を勝っていて耐え切られたり。

 そうなった時の為に、脇に避けたゼノは続けて側面から攻撃を仕掛ける役割があった。


 走って攻撃を仕掛けるのでは間に合わない。煙が晴れてしまったらセヴィルの視界を妨げる物がなくなってしまう。そうなれば――セヴィルなら避ける事など造作もないだろう。


 だから、今しかない。

 勢いに身を任せて突っ込む。剣を突き出し、勢いを殺さないように身体をなるべく直線にまとめる。

 このままいってくれ、とゼノは内心で願った。


「……いつまでもそんな所でボーッと突っ立ってると思うか?」


 ゼノは耳を疑った。

 直前までは確かにそこにいたはずだった。自分が壁を蹴って跳ぶのと、ユニの竜巻が霧散させられるのはほぼ同時だったから。


 なのに。

 何故(・・)セヴィルは(・・・・・)跳んでいる(・・・・・)自分の(・・・)横にいる(・・・・)


 ズン、と鈍い音がした。

 自らが跳ぶ勢いに対して真横から加えられた衝撃は無防備な腹に打ち込まれ、ゼノは地面に叩き付けられる。


「か……は……ッ」


 肺が強制的に縮まされ、取り込んでいた空気が絞り出されていく。刹那の時間、吸い込む事が出来なかった。


「じっとしてていいのか?」

「――ッ!?」


 (すんで)の所で身体を転がす。

 直前までゼノがいた場所に、無骨な大剣が振り下ろされた。


「く……ッ!!」


 飛散する地面の欠片を無我夢中で蹴り飛ばす。

 欠片はカツンカツンと軽い音と共に大剣の鍔に弾かれた。


 突き立った大剣越しに、セヴィルの瞳が目に入る。

 その双眸は鋭く、そして真っ直ぐにゼノを見据えていた。

 見下すでもなく。嘲るでもなく。ただ、真っ直ぐに。

 まるで、ゼノの全てを見透かすかのように。


 異様な程に遅く感じられた交錯の瞬間は、しかしすぐさま解放される。

 転がる勢いでゼノは何とかその場を脱する。

 対するセヴィルは既に体勢を立て直し、ゼノの方へ歩を進めようとしていた。


 と、そこへ。


「≪地に逆らわず、己を捨てず、静かに流れたゆとう水よ。流れに一切の悪意を押し込め、優しく包みこめ――ウル・クランブルッ≫!!」


 水の流れが凝縮された塊がセヴィルの下へと飛来する。

 少し離れた場所にいたユニが、魔法で水流弾を放ったのだ。

 それを横目で一瞥したセヴィルは向き直る事もなく、


「――≪イル・ダート≫」


 掌だけを翳して呟いた。

 生み出された炎の矢は真っ向から水流弾に直進し――これを相殺する。


 その一瞬の隙を突いて立ち上がったゼノは、跳びながら旋回して向き直る。

 そして、ユニの隣へと並んだ。


「……へぇ」


 セヴィルは、大剣を肩口に担ぎ上げながら口元を吊り上げる。


「面白ぇ。なかなかどうして、やるじゃねぇか」

「何言ってんだか。こっちの全力の魔法、詠唱破棄の劣化魔法で当たり前のように相殺してくれちゃって」


 口調こそ軽口だったが、ユニの表情は険しかった。


 それはそうだ、とゼノは思う。

 セヴィルが強いのは知っていた。実際に戦う姿も何度か見ているし、ユニはともかくゼノは素人も同然。比べるべくもないのはよく分かっている。


 それにしたって、この強さは異常だ。

 一度に二人を相手にしている事はまぁいい。試験官を請け負っている以上、それぐらいは出来なければと言われても納得はいく。


 だが彼はユニの魔法に真っ向から対抗し、それも全て詠唱破棄でだ。

 ユニから聞いていた話では詠唱破棄の魔法は威力も三分の一以下になるとの事だったから、本来ならば相殺どころか貫通していて然るべきという事になる。


 その上裏をかいてこちらを視認出来ない状態で攻撃を加えたにも関わらず彼はその先を行き、避けるどころか確定反撃を加えてきた。


 完全にとったと思った。そこにいると確信していたのに、しかしそこにはいなかった。

 速さ。力。魔法。そのどれもにおいて、セヴィルはゼノ達二人を大きく超えていた。


 これがハンターというものなのか。

 モノアイトロルドを倒して生まれた自信がみるみる内に崩れ落ちていく。


「……ねぇ」

「え?」


 どうすればいいのかと思考を巡らせていると、横から声をかけられた。


「あんた、あいつとやり合ってどれぐらいもたせられる?」

「……たぶん……いい所五秒って所だと思う」


 正直な感想だった。

 ゼノにはセヴィルの一撃を受けるだけの力がない。それをいなすだけの技術もない。避け続けられるだけの体力もない。


 そして彼の一撃をまともに喰らえば――ゼノは耐える事も出来ず倒れてしまうだろう。

 五秒もたせられれば御の字、というのは決して間違いではないと断言出来た。


「五秒……か」

「ユニ?」


 己の内に溜まる何かを吐き出すように大きく息を吐くと、ユニはごめんと小さく呟いた。


「あんたのその五秒、あたしに頂戴」

「え? それって――」


 翳した掌はそのままに。

 目線もセヴィルから反らす事なく。

 それでもユニは今この時、ゼノに向けて静かに告げた。


「やれるだけ、やってみるから」


 ハッとしてユニを横目で見やる。

 彼女の瞳は小さく――されど綺麗に輝いていた。


 それはモノアイトロルドから逃げている間にゼノが口にした言葉だ。


 何か、やろうとしている。

 それだけがゼノに伝わって来た。

 ――それだけで、ゼノには十分だった。


「ウダウダ喋ってるたぁ余裕だな」


 二人を眺めるセヴィルは、その場から動こうとしなかった。

 当然だ。彼の目的はこちらを倒す事ではないのだから。彼はゼノ達が"水晶の欠片"を手に入れる事を妨害しているだけなのだから。

 ユニはふんと鼻を鳴らして口を開く。


「何よ。ちょっと話すのも待てないくらい、プロのハンターってのはせっかちな訳?」

「ガキが生意気言ってんじゃねぇ」

「ガキって言うな!!」


 半ば条件反射のようにユニが口にする。

 途端、ゼノは動いた。

 地面を蹴り、体勢を低くして正面に突撃する。


「≪エクル・ランス≫!」


 背後からユニが雷の矢を放った。

 迸る雷撃であるそれは跳んだゼノを易々と追い抜き、正面に立つセヴィルへと向かう。


「……ち」


 気怠るそうに小さく舌打ちをし、セヴィルは剣を振り上げた。

 そのまま、横に薙ぐ。

 異常な程に広がる刃は放たれた雷の矢を全て捉え、これを簡単に掻き消した。


 詠唱破棄したものであったから、雷の矢は数える程しか放たれなかった。一振りで掻き消されてしまうのも無理はない。

 そう。そんな事は最初から(・・・・・・・・・)分かっている(・・・・・・)


「しッ!」


 セヴィルが雷の矢を斬り払う間に彼の下へと到達したゼノは、手にした剣を小さく構えた。振り被るのではなく、自分の身体に脇に納めるように。

 そして、一直線に剣を突き出す。


「でやぁぁぁぁぁッ!!」


 何度も。何度も。突いては引き、引いては突く。


「おいおい、そんなんでどうにか出来ると思ってんのかよ?」

「思って! ません! よッ!!」


 正面に構えられた大剣を貫く事は敵わない。

 それでも、何度も突き続ける。


 どうにか出来るだなどとは思っていない。

 それは、ゼノの本心だった。


「じゃあどうしようってんだ?」

「「こうするッ!!」」


 ゼノとユニの声が重なった。

 それを合図にしてゼノは一度大きく上に跳んだ。


「あ?」


 ゼノの動きにつられてセヴィルは彼の姿を追う。

 それこそが、ゼノが狙って作り上げたほんの一瞬だった。


「≪エクル・バインドォッ≫!!」


 ユニの咆哮が場を(つんざ)いた。

 その声に呼応して地面に光が収束し、雷の鎖が生み出される。


「ッ!?」


 瞬間、セヴィルは気付いていた。

 簡単に斬り払えない事を悟った彼は、その場を脱しようと地面を踏み締めた。

 ――ゼノは、その一瞬を見逃さなかった。


「こんのぉぉぉぉッ!!」


 ゼノが剣を振るう。セヴィルの頭上をとった彼の、上方からの一撃。


 甲高い金属音が鳴り響く。

 セヴィルは大剣を振り上げ、ゼノの一撃を防いでいた。その勢いをもって、ゼノの剣を跳ね飛ばしていた(・・・・・・・・)


「何!?」


 さしものセヴィルも驚いた顔をしていた。

 何せ、今し方剣を振るったはずのゼノの姿がそこになかったのから。

 その一瞬の動揺が仇となる。


「ちぃッ!」


 地面から伸びた雷の鎖がセヴィルの四肢を捉えた。

 鎖は何重にも巻き付き、彼の動きを縛り付けようと締まる。

 しかしこれだけでは無駄だと、ゼノ達は知っていた。


「舐めんなよ、こんなもんで俺を縛れると――」

「「思ってないッ!!」」


 再び、二人の声が重なり合う。


「≪天空(そら)を裂き、大地を目指して(はし)る雷よ! 数多に分かれしその身を集わせ、地を穿つ楔と化せッ≫!!」


 ユニが言霊を紡ぐ。

 新たな魔法を発動する為ではなく、既に発動している魔法――雷の鎖を生み出す為の"詠唱"だ。


「後述詠唱……!?」


 それは、"後述詠唱"と呼ばれる技術。

 ユニから詠唱破棄について聞いた際に、ゼノは同じく教わっていた。


 詠唱破棄した魔法は威力が激減し、かつ消費する精神力は増大する。これは詠唱を破棄する事によるデメリットであり、これ自体をなくす事は出来ない。


 だが、詠唱破棄した魔法の威力を底上げする事は出来るのだ。

 詠唱を破棄して発動した魔法に対し、対応する言霊を後から紡ぐ。さらに精神力を上乗せする事と引き換えにして、激減した威力を通常と同等まで増大させる。


 要するに借金の後払いみたいなもの、とユニから教えられていた。


「く……ッ!?」


 セヴィルを縛る雷の鎖が、"後述詠唱"によって力を増す。振り払おうとしていた彼の力を押さえ付け、引き剥がされずに形状を保った。


 それと、同時。

 跳ね飛ばされて空中を舞っていた剣に、手が伸ばされる。


「だぁぁぁぁぁ」


 それは、最初に雷の鎖から逃れようとしたセヴィルに対し、手にした剣を投げ付けた(・・・・・)ゼノの手。

 剣より数瞬先に着地する事に成功していたゼノは再度跳躍し、放していた剣を再び手にする。

 そのまま頭上高らかに大きく振り被り――


「っっりゃあああああッ!!」


 ――落下の勢いを上乗せし、全力で振り抜いた。


 剣を握る手に、確かに鈍い感触が走る。

 今度こそ捉えた。間違いなく。


 着地したゼノはそのまま後ろへさらに跳び、距離を取った。


「やった!?」

「いや……まだだよ」


 分かっている。

 この程度では、セヴィルを倒すには至らない事くらい。


「……ったく……」


 地面から伸びていた雷の鎖が無造作に引き千切られた。

 濛々と立ち上る砂塵が少しずつ晴れ――人影が姿を現す。


「やってくれやがるなガキ共……ちぃとばかし痛かったぜ」


 その姿を見て、ゼノ達はギョッとした。


「む、無傷……」

「剣で斬ったのになぁ……」


 一連のやり取りが起こる前と何も変わらない姿がそこにある。

 しかし、セヴィルの態度だけは明らかに変わっていた。


「無傷じゃねぇよ。見ろ。傷、付いてんだろが」


 セヴィルがひょいと出した左腕。

 その一箇所に、言われなければ気付かない程に小さな切り傷が付いていた。

 二人は思わずずり落ちそうになる身体を何とか保つ。


「傷って! ただの掠り傷じゃないのよ!!」

「そ、そこまでいくと揚げ足取ってるようにしか見えないです……」

「そいつはテメェ等の勝手だ」


 げんなりする二人にセヴィルが言い放つ。

 それはそうかもしれないが、さりとて認める気にはなれない。

 この人は本当に人間なんだろうかとゼノは本気で思った。


 でも。


「さて……続きといこうか」

「くッ!」


 一撃、入れられた。

 ――何も出来ない訳じゃない。


「こうなったら根競べね」

「それだけで済めばいいんだけど」


 ユニと顔を見合わせ、共に苦笑する。

 そして二人は向き直る。


 やれるだけ、やってみよう。

 ユニの瞳がそう告げているように感じた。

 心の中で、力強く応える。


「「絶対に、ハンターになるんだッ!!」」


 二人の声が、大きな広間に響き渡った。

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