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XenoCrisis - ゼノ・クライシス -  作者: 高杉零
ハンター試験 - Encounter with a female magician -
11/24

初めての

「はぁッ!」

「ギャアァァァァッ!!」


 剣が真一文字に走り、飛び掛かってきたワイルドドッグの胴を切り裂く。甲高い断末摩が洞窟内に響き、そのまま光と化して消え失せる。


 着地して体勢を立て直しながら、ゼノは辺りを見回した。

 自らが引き付けた分は全て倒した。後はユニが受け持った方だけだ。


「ピギィィィィッ!」

「あぁもう! ちょこまかちょこまか鬱陶しいわね!」


 ユニは四匹の鳥型の魔物――ミニマムビークに囲まれていた。小柄だが動きが素早く、硬い嘴を突き出して突撃してくる魔物だ。

 ミニマムビークは翼をはためかせ、ユニの頭上を旋回するように飛行している。あれでは手も届かない。


 ワイルドドッグとミニマムビークが同時に複数現れた為に、直接攻撃しか手段がないゼノがワイルドドッグの方を受け持った。ユニの魔法なら何とかなると思ったのだが、失策だったのだろうか。


「ユニ!」

「るっさい! 分かってるわよ!」


 ゼノの問い掛けを一蹴し、ユニは頭上に向き直る。飛行を続けるミニマムビークに対して掌を突き出した。


「……≪風よ。優しく流るる風よ。我が手に集いて力を示せ≫」


 ユニが口元で詠唱を紡ぐ。それに呼応するように掌に緑色の光が集束していく。

 そして――


「≪レラ・ブラスト≫」


 ――その一言と共に、魔法が発現した。

 ユニの掌に集束した光は手元で風の渦へと変化し、彼女が導く通りの軌跡を辿って放たれる。


 ミニマムビークは焦ったように飛行軌道を変えようとしたが、既に手遅れだった。風の渦に巻き込まれ、内部で無数の鎌鼬(かまいたち)によって切り刻まれる。


 風が収まった時には、ミニマムビーク達は満身創痍で力なく地面へと落下し――着地を待たずして消えていった。


「やった、見たか!」


 思った通りの展開だったのか、ユニは勝ち誇ってゼノを見やる。これが私の実力だと言わんばかりに。

 だが、ゼノはそれを見もせずに走り出していた。


「ユニ! まだ!」

「え?」


 ミニマムビークを倒す為に頭上を見上げていたユニは気付いていなかった。少し離れた所から状況を眺めていたゼノだったから気付く事が出来た。

 ゼノの言葉と視線に、ユニは足下に目を持っていく。


「グァオゥ!!」

「きゃッ!?」


 直前まではいなかったワイルドドッグがユニの足下から跳び付こうとしていた。

 ワイルドドッグとほぼ同時に、ゼノは地を蹴って跳躍した。

 洞窟内に金属音が鳴り響く。


「ぜ、ゼノ?」

「退がって!」


 際どい所でゼノは身体を滑り込ませていた。剣でワイルドドッグの噛み付きを防ぎ、空いた胴体に蹴りを入れる。


「でぇぇぇやぁぁぁぁッ!!」


 体勢を崩したワイルドドッグに向かって再度跳躍。

 そのまま、一閃。


「ギギャアァァァッ!!」


 凄まじい雄叫びと共に、ワイルドドッグは光となった。

 辺りを静寂が支配する。聴こえるのは自分と、そしてユニの息遣いだけだ。


「はぁ……はぁ……あ、危なかったぁ……」


 周囲に魔物がいない事を視認してから、ゼノは力を抜いた。

 それから傍らに目を向ける。


「ユニ、大丈夫?」

「……えぇ、大丈夫よ」


 少し躊躇してユニは問題ないと言う。

 しかしゼノは目ざとかった。


「どっか怪我したの?」


 ユニは明らかに左腕を抑えていた。

 きっと怪我をしたのだ。そんな根拠もない確信を持ってユニに近付く。


「大丈夫だって言ってるじゃない」

「ダメだよ! 見せて」

「あ、ちょッ――」


 有無を言わせずに彼女の左手を取る。

 思った通り、怪我をしていた。

 おそらくは先程ワイルドドッグと交錯した時に爪が触れたのだろう。小さくはあったが、そこには明らかに切り傷があった。


「やっぱり怪我してるじゃないか」

「……こんなの大した事ないわよ」

「ダメだってば。ちょっと待ってね――」


 取られた腕を引き抜こうとするユニを抑え、ゼノは切り傷に手を添える。

 ゆっくりと、記憶の底から紡ぎ出す。


「≪大地に満ちたる命の躍動。明瞭たる癒やしの光よ。天に踊りて全てを照らせ――リヒト・リライブ≫」


 瞬間、ゼノの掌が熱を持った。白い光が集束し、掌からユニの傷口へと注がれていく。

 ほんの僅かではあるが身体中が倦怠感で包まれた。同じく僅かに意識が遠退く感覚。

 久し振りの、魔法を使った感覚である。


「……よし、これで平気かな」


 少しの時間そうしていると、すぐにユニの傷口は塞がった。

 もう大丈夫、とゼノは彼女の手を離す。


「あんた、回復魔法なんか使えるんだ?」

「まぁね」


 少しだけ得意になってはみるが、実を言えばゼノが使える魔法はこれだけだ。リーシャ村に魔法を使える人間が数人いて、その内の一人に教わった事があった。

 回復魔法以外にも教わってはいた。詠唱も概念も知ってはいるのだが、ゼノにはとんと使えなかった。

 おそらく感覚が掴めていないのだろうと言われている。よくは分からなかったがしっくり来ていなかったのは事実だ。

 しかし今回はそれが役に立った。教わっておいて良かったと思う。


「少し休憩する?」

「大して疲れてもないし、別にいいわよ」

「そう?」


 もう洞窟に入ってからどれくらい経ったのだろう。陽の光がないので時間の感覚が曖昧だ。かなり経過したようにも感じるし、それ程経っていないようにも感じる。

 二人が洞窟に入ったのは昼前頃。朝早い時間にギルドを出た後、二人は道具屋で必要な物を揃えた。あまり金銭を持っていなかったゼノは早々に準備を終えてひたすら待っていたが。


 結局ユニと二人で洞窟に入る事にしたのは、実は彼女からの進言だった。

 ユニ曰く、別々に入るのは先に入る側にとって一切メリットがないのだと言う。先に入った側が片っ端から魔物を倒す事になり、後から入る側が楽になるだけだからだ。


 もちろん魔物を全て倒せば、後から入る者が何もしなくて良い訳ではない。魔物が出現する場所では時間が経てば倒した魔物も復活する。洞窟内が一本道という保証はないし、内部の地図を持ってもいない。

 だがどちらにせよ、先に入る者の方がより大変である事は間違いなかった。


 それならユニが後から来るかと問うてはみたものの、バカにするなの一言で一蹴されてしまった。

 結果、二人で協力して洞窟を進んでいるのである。


「けど……結構出てくるね、魔物」

「まぁそうでもなきゃ試験になんないんでしょ」


 そんなに強くはないけどね、とユニは笑う。

 ゼノから見て、彼女はかなり強い。というよりも、知識の豊富さに驚愕せざるを得なかった。つい何日か前に剣を振り出し、ようやく村の外へと出たゼノとは全く違った。


 ゼノなどは出てくる魔物の名前すらアルトリアに着くまでに戦った種類のものしか分からなかったのに、ユニは名前どころか攻撃方法や対処法も知っていてゼノに細かく教えてくれるのだ。


「ユニが立てた作戦、大成功だね」


 洞窟に入ってからの戦い方を考えたのも彼女だった。

 魔法師の彼女が扱う魔法は効果範囲がとにかく広い。通路の狭まった洞窟内――それもせいぜい五、六人が横並びになって歩ける程度の広さしかない場所――ならば、前方または後方のいずれかからしか現れない魔物の相手は事足りてしまう程だ。威力については言わずもがなである。


 ただしデメリットもある。それは、魔法の発動には"詠唱"が必要である事だ。

 魔法の発動には"詠唱"と"命令"と呼ばれる二つの言霊をもって行われる。詩にも似た形式をもって成されるのが"詠唱"であり、魔法そのものの名としても用いられる一意名称が"命令"だ。


 問題はこの"詠唱"なのだ。


 "詠唱"は詩に近い形式の言霊で、総じてある一定以上の長さの言霊を口にしなくてはならない。効果範囲や威力が強い魔法であればある程この"詠唱"は長くなる傾向にあり、その分時間がかかるのである。


 ユニによればこの"詠唱"は省略する事も可能だそうなのだが、その分威力は激減し、かつ消費する精神力が増大するのだと言う。"詠唱破棄"と呼ばれる技術だと言われたが、正直ゼノにはよく分からなかった。


 要するに、より疲れる上に威力が出ない、という事らしい。魔法で一掃したいのにそれが出来ないのでは元も子もない。従ってこの"詠唱破棄"は使えない。


 そのせいで魔法の発動にはどうしても時間がかかる。魔物が現れてから狙いを定め、それから言霊を紡ぐ。その間ユニは大して動き回る事が出来ない。


 動きの速い魔物が出てくると、発動までの間に抜かれてしまう可能性があるのだ。

 だからこそ、ユニはゼノと協力する事にした。


 ユニが魔法で撃ち漏らした敵。魔法の効果範囲外から迫り来る敵。時間差で攻めて来た敵。これらを引き寄せ、対処するのがゼノの役目という訳だ。


 この作戦は予想以上に功を奏した。お互い不慣れだからこその小さな――先程のような――イレギュラーはあるにせよ、ここまで危な気らしい危な気もなく来ている。

 正直、ゼノ一人で訪れていたらどれだけの苦戦を強いられていたか分からない。ゼノは心からユニに感謝していた。


「ま、これくらいは当然よ」


 ふふんと慎ましやかな胸を張るユニには苦笑するしかなかったが。


「後どれくらいかしらね?」

「どうだろう……もう半分は来たと思いたいけど」


 ゼノは肩を落として小さく息を吐く。

 多少なりとも疲労が溜まっている。ユニは大丈夫と言っていたし自分も問われればそう答えるだろうが、全く疲れていないかと言えば答えはノーである。

 後どれくらい続くのだろうという疑問が先程から頭をちらつくのだ。


「ほら、休んでる暇なんてないわよ」

「分かってるよ……」

「ま、意外と作戦が上手くいくって事も分かったし――」


 先を歩くユニが振り返る。

 そして、思わず見惚れてしまう程の笑顔で、言った。


「――あんたと一緒なら、どんな相手が来ても大丈夫そう」




 ◆




「――なんて事言ってたのはどこの誰だったっけぇぇぇぇぇッ!?」

「うるっさい! 余計な事喋るなぁッ!」


 それから数分。

 ゼノ達は互いを見やる事すらせず喚き合いながら、ひたすら全力疾走を続けていた。

 背後からはけたたましく踏み荒らされる鈍重な足音が鳴り響く。


「ブオォォォォォォォッ!!」


 それは獰猛な咆哮を上げてまっしぐらにゼノ達を追いかけていた。

 ぶくぶくと肥えた醜い腹。嗤うように歪む口。ゼノの二倍は軽く超えているであろう巨体。腕に構えられた無骨な棍棒。そして、頭に怪しく光る――紅い一つ目。

 モノアイトロルドと呼ばれる人型を模した魔物だ。


「こんなのがいるなら最初に言いなさいよッ!」

「僕がそんな事知ってる訳ないだろぉぉぉッ!」


 横を向く事すらままならない。

 モノアイトロルドはその図体に似つかわしくない程の速さでゼノ達に追いすがって来る。全速力で逃げているのに、全く引き離す事が出来なかった。


「っていうか作戦は!? 魔法をどばーんとぶっ放すって言ってなかったっけ!?」

「あんなスピードで迫って来られたら詠唱してる時間なんてないでしょうが! あぁもう!」


 走る速度を落とさず、ユニは器用に片手だけをモノアイトロルドに向ける。

 そうして自身の身体を砲身と化し、引鉄を引く。


「《エクル・ランスッ》!!」


 凝縮された雷の矢がユニの掌から迸る。矢はジグザグに蛇行しながら速度を増し、モノアイトロルドの出っ張った腹に直撃した。

 しかし――


「ブモ?」


 ――効果は全くないらしい。


「やっぱダメッ!」

「諦めるの早いよ!?」

「うるさいわね! 最初から逃げてるあんたに言われたくない!」

「そういう作戦だったでしょ!? ユニが魔法を放つ間、僕は少し退がって様子を見るって!」

「じゃあ作戦変更! あんたが突撃してあたしが逃げる!」

「丸投げじゃないかぁッ!!」


 そんな無茶な話があってたまるかと思いながら、ゼノは思考を巡らせる。

 詠唱破棄したとは言え、ユニの魔法をまともに喰らって微々たる効果もない。真正面からぶつかってもどうにか出来るとは思えない。


 かと言ってこのまま逃げ続ける訳にもいかない。せっかく潜ってきた道程のおよそ三分の一近く戻ってしまっている。この調子では入り口まで押し戻されてしまってもおかしくはない。


 何かをしなければならない。現状を打破する為に。

 ならどうする。自分には何が出来る。


 ゼノ一人の力では不可能だ。それが出来るなら既にやっている。そうでないからこうして逃げているのだから。

 今ここにいるのはゼノと、そしてユニの二人。敵は今の時点ではモノアイトロルド一匹だけ。

 自分達がいるのは洞窟。決して広くはない岩壁の通路が前後に一本伸びている。この先はどうなっていたっけ。

 待てよ、もしかしたら――


「ねぇユニ」

「何よ! あたしそろそろ喋ってる余裕なくなってきてるんだけど!」

「あのさ、壁って創れる?」

「壁ぇ!?」


 素っ頓狂なオウム返しをするユニに、ゼノは自分の考えを伝えた。

 すると、ユニの表情がみるみる内に変わっていく。


「そ、それは出来るけど……あんたはその後どうすんのよ?」

「分かんないけど……やれるだけやってみるよ」


 ゼノは少しばかり強がって――それでも優しく笑ってみせた。

 初めは躊躇する素振りを見せていたユニも、それを見て決意したように前を向き直る。


「分かった。とにかく試してみるしかないわね」

「うん」

「そんじゃ――いくわよッ!」


 ユニの言葉を合図に、ゼノは脚を突っ張って勢いを急激に殺した。ついでに足下に転がっていた石礫(いしつぶて)を片手でいくつか拾う。

 見上げると、モノアイトロルドがすぐそこに迫っていた。


 狙いをつける。標的は目の前のモノアイトロルド。頭部に大きく見開かれた、紅い一つ目。


「っっっだぁぁぁぁぁ――」


 強くイメージした。

 脚を通って腰。腰を通って胸。胸から肩へ。肩から腕へ。そして腕から手の先へ。

 決して逆らう事なく、捻った身体に蓄えられた力の全てを通せるように。


「――っっりゃあッ!!」


 一気に、解き放った。

 イメージ通りに力は伝わった。腕の力だけではなく、身体を捻った反動だけが流れていく。


 そして、投げ抜く。

 渾身の力で放られた石礫は風を切り、ヒュオンと高い音をあげて真っ直ぐに――


「ブォ」


 ――カツンと軽い音をもって、モノアイトロルドの腕に弾かれた。


「で、ですよねぇ……」


 背負った剣を抜きもせず、ゼノはその場に立ち尽くす。今背を向ければ、間違いなく潰される。


 ようやく立ち止まった獲物を前に、モノアイトロルドはにやりと笑みを浮かべてみせた。ただでさえ醜悪な顔を意地悪く歪めて。

 口からはみ出た長い舌で舌舐めずりをし、重々しい棍棒をゆっくりと振り上げ、


「ブモォォォォッ!!」


 力任せに振り下ろした。

 棍棒は地面を抉る程に勢いよく振り下ろされたが――そこにゼノの姿はなかった。


「うっひゃあッ!?」


 避けた。何とか免れた。

 ギリギリのタイミングで身体を屈め、モノアイトロルドを正面に置いて真横に跳んだ。抉られ飛散した地面の欠片が身体に当たりはしていたが、まともに喰らうより格段にいい。


 そのまま、再び走り出す。

 先程までと同じだ。モノアイトロルドから全速力で逃げる。

 そうする為に、剣も抜かずにいたのだから。


 走る。全力で走る。他の一切を頭の中から追いやって、ただひたすらに走る。

 もう少しだ。もう少しで――


「――見えた!」


 真っ直ぐに走り続けるゼノの目線の向こうで、通路がほぼ直角に曲がっていた。

 そう。そここそがゼノが到達したかった場所。


 残していた石礫の感触を確かめてから、速度を落とさないよう器用に肩口を捻り、それを投げる。先程とは異なり大して力は入らなかった為に礫は山なりの軌道で跳んでいく。

 それで、十分だった。


「ッ! 来たわね!」


 ゼノの投げた石礫が地面に転がると同時、曲がり角の向こうからユニが小さく顔を出す。

 彼女は天井に手を伸ばし、言葉を紡ぐ。


「≪地よ、今一度(ひとたび)我が呼び掛けに応えよ≫」


 壁へと近付くにつれ、ユニの声が聴こえてくる。

 始まった。急げ、と自分に言い聞かせる。


 ゼノは目の前に広がる壁と、そして自らの上方――曲がり角の向こうからユニが手を伸ばす先に目をやった。

 そこに付けられた、赤い印。


「≪停滞と胎動≫」


 天井の赤い印を通り過ぎた所で、ゼノは勢いをそのままに跳躍した。

 身体を捻って脚を振り上げる。

 そのまま壁に着地(・・・・)し、再度跳躍。


「≪反発し、戒め、解放せよ――≫」


 壁から跳んだゼノの身体は宙を舞い、地面とほぼ並行になった状態で天井すれすれを通過した。

 魔物の頭上に滑り込む形で、だ。


「ブォ!」


 モノアイトロルドは自らの頭上に手を振り上げたが、それよりも早くゼノの身体はそこを通り過ぎる。

 そして、剣を振り翳した。


「ユニ!」

「≪――エルデ・ブランドォッ≫!!」


 ゼノが彼女を呼ぶのとユニが言霊を紡ぎ終わるのは、まさに同時だった。

 赤い印が付けられた天井に土色の光が収束し――飲み込まれた。

 天井が隆起し、まるで大きな盾のように聳え落ちる。


 ――その頂に、ゼノが振り翳した剣を乗せて。


「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」


 二人の声が重なる。

 天井が隆起する勢いを上乗せした剣の切っ先はモノアイトロルドの脳天をかろうじて捉え――


「――――ッッ!?」


 ――これを両断した。

 断末摩を上げる事もままならず、モノアイトロルドは脳天から胸部に至るまでを真っ二つに切り裂かれ、そのまま光と化していった。


 上手くいった。

 ゼノは沸き上がる喜びを思わず口に出そうとして、


「いやったぐへッ!?」


 突き落とされる剣の勢いに引かれ、地面に激突した。

 身体の前面を襲う鈍い痛みに、ゼノは言葉にならない声を上げながら悶絶する。


 完全に忘れていた。自分が剣を握ったままであった事を。

 剣を握ったままその剣が隆起した天井に巻き込まれれば、自分の身体が同じように突き落とされるのは自明の理だ。

 肝心な所で詰めが甘かった自らを呪うしかなかった。


「あんた何やってんの?」


 ようやく身体中を蝕むダメージが弱まったのを見計らったのか、ユニが話しかけてくる。

 見上げると、その顔は呆れる気持ちが溢れ返っていた。


「バカじゃないの? 天井を隆起させたのにそれに剣を巻き込ませたらそうなるに決まってるじゃない」

「そ、それはそうだけど……思い付いちゃったんだもん」


 実を言えば、剣を振り翳したのは突発的な思い付きだった。


 モノアイトロルドから逃げている時に打ち合わせた内容は二つ。ユニを先に行かせる為にゼノがモノアイトロルドを引き付ける事と、ユニの隆起魔法を用いてモノアイトロルドを押し潰す事。


 モノアイトロルドと遭遇する数分前に曲がり角を曲がった事は覚えていた。帰り道に迷う事を危惧して道順を覚えておくのは基本中の基本とユニから教えられていた為だ。

 その曲がり角を使えないだろうかとゼノは考えた。


 状況を打破する為には、変化を生み出さなければならない。だからこそ、ゼノはユニに持ち掛けた。

 ――あいつを挟み撃ちにする状況を作り出そう、と。


 その為にはどうしても反転しなくてはならない。その上でモノアイトロルドの脇を抜けなくてはならなかった。


 そこで曲がり角を使う事にした。モノアイトロルドは大きいが、天井まで届く程ではなかった。出っ張った腹部もあって横を抜けるのは骨が折れそうだったが、空いた天井付近を抜ける事は出来るのではないかと考えた。


 結果は先程の通り。長い腕を振り上げるにはそれなりに時間がかかるというのもユニの指摘通りだった。


 その後、後ろに回り込むゼノに気を取られているモノアイトロルドの隙を突き、予め"詠唱"を始めておいたユニが隆起魔法を使用。モノアイトロルドの動きを制限した上でゼノとユニの二人掛かりで挟み撃ちを行う、というのが打ち合わせた内容だった。


 だが、頭上を通り過ぎた時に思い付いた。

 ――天井が隆起する勢いを使ってモノアイトロルドに一撃を喰らわせられないだろうか。


 モノアイトロルドの身体は硬く、並の斬撃では刃が通らない。ユニの雷魔法でも効果がなかった程だ。あまり力強くもないゼノの剣技ではたかが知れていた。

 だが、ユニの魔法の力を合わせれば、と考えたのである。


 ユニに確認する時間はなかった。思い付くままに試すしかなかった。

 結果として上手くはいったが――正直に言って賭けだった事は否めない。


 確かにそうではあるのだが、それはバカとまで言われなければならない事なのだろうか。


「……上手くいったんだからいいじゃないか」

「はぁ!? そういう問題じゃないでしょ!? 打ち合わせ通りにやんなさいよ!」

「そんな事言ったってやれる時にやった方がいいだろ!?」

「勝手に作戦を変えるなって言ってんの!」

「先に作戦変更したのはユニだろ!?」

「何よ!」

「何さ!」


 売り言葉に書い言葉。示し合わせたかのように互いの言葉が互いの興奮を加速させていた。

 ぐぬぬぬ、と互いに顔を突き合わせる。


 ――と。


「「……プッ」」


 どちらからともなく、堰を切ったように笑いがこぼれた。

 緊張の糸が、切れたのだ。


「あっはははは! 思い付いちゃったんだもん、だって! それであんな無謀な事する!? しちゃう!? あははは!」

「う、うるさいなぁ」


 豪快に笑い飛ばすユニに、気恥ずかしさを禁じ得ない。

 それでも、不思議と嫌な気分ではなかった。


 強大な敵を初めて倒したのだという実感が心に満ちていた。

 無論、ゼノ一人の力ではない。ユニの魔法がなければこうも上手くはいかなかったとは自覚している。


 それでも、自分の手で倒したのだ。

 自分達――二人の力で。


 初めての、勝利。

 それが堪らなく嬉しかった。


「さ、そろそろ行くわよ」

「そうだね」


 少しして、ユニは立ち上がる。彼女が差し出す手を掴み、ゼノも遅れて起き上がった。


 行ける。自分達は進める。この調子で、依頼を達成するんだ。

 ゼノは心の中で改めて誓った。




 ◆




「ふわぁ……」


 思わず、声が漏れ出た。

 モノアイトロルドを倒してからしばらくして、ゼノ達はようやく洞窟の最奥部と思しき広間に辿り着いていた。

 目の前に広がる光景に、ただただ目を奪われる。


 そこはギルドの職員が言っていた通り――まさに"水晶の間"だった。

 目に映る全てが水晶で満たされている。大小様々な水晶がそこかしこに転がり、虹色に煌めいていた。


 ここは洞窟内であるはずなのに、と思って頭上を見上げる。


 先程の通路まで続いていた岩盤が、天井の一部分に渡って存在しなかった。あるのはこれまた水晶で出来た壁。それがレンズの役割を果たし、空から降り注ぐ太陽光をこの広間にもたらしているのだ。


 ゼノには月並みな言葉しか浮かばなかったが、それは本当に綺麗だった。何とも幻想的なその光景が、ゼノの目に強く焼き付けられた。


「……ここにある"水晶の欠片"を、持って帰ればいいのよね?」

「うん……そのはず」


 ユニの言葉に再び目線を下に向ける。

 右を見ても左を見ても、水晶の欠片や塊だらけだ。持ち帰れと言われても果たしてどれを持ち帰ったものか。


 ――いや。


「……やっぱり、あれよね?」

「たぶん……あれだよね」


 "水晶の間"の一番奥。広間に転がる無数の水晶の放つ虹色の光が交差するそこにある――一際大きな、それ。


 何と形容すれば良いのか、ゼノには分からなかった。白。水色。蒼。緑。翡翠色。どの色にも見えて、どの色とも違う。


 そこにあるのは欠片でも塊でもなく――柱だった。


 天井を貫く程に大きく聳え立つ、水晶の柱。

 たぶんこれだ。根拠はないけれど、そう確信していた。


「お前等の考えてる通り……こいつが依頼対象だ」


 ――その確信を肯定してくれる者がいるとは、思ってもいなかったのだが。

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