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XenoCrisis - ゼノ・クライシス -  作者: 高杉零
ハンター試験 - Encounter with a female magician -
10/24

紹介状

「あうぅ……」

「つ……ぅ……」


 ゼノとユニの二人は、頭頂部を抑えたままうずくまっていた。

 理由は単純。セヴィルの拳骨をまともに喰らったからである。


「ちょっと! 何でいきなり殴るのよ! こいつはともかくあたしまで!」

「そ、そうですよ。いきなり何するんですかぁ……?」


 二人は少し涙目になりながら苦情を訴えた。ユニの物言いに自分だけなら良かったのだろうかと小さな疑問を覚えたが、それを口に出すのは憚られた。


 セヴィルの拳骨は痛い。出逢ってからまだ二日しか経っていないが、ゼノは既に数度喰らってきた。回を増す毎に力も強くなっていっている気がする。


「館内で騒ぐんじゃねぇガキ共」


 そんなゼノ達を見やりもせず、セヴィルは淡々と言ってのけた。

 確かに、思わぬ再会に驚きを隠せず、ゼノ達は周囲の事も考えずに高らかに声を挙げた。声は館内に響き渡り、周囲の注目を集めている。


 だからって殴らなくてもいいのに、とは流石に言えなかった。


「ご、ごめんなさい……」

「ふん、だ」


 謝るゼノの横でユニはそっぽを向く。

 頼むから下手に歯向かわないで欲しいと思う。


「で、どうしたんだ?」

「それが……こちらの方がハンター試験を受けたいと仰いまして……」


 セヴィルが尋ねると、ユニの応対をしていた男性職員が応えた。気弱そうな風貌の青年だ。セヴィルの迫力に少しビクビクしている。


「お前、ハンターになりたいのか?」

「そーよ、悪い?」

「……お前はどうしてそう喧嘩腰なんだよ……」

「ま、まぁまぁまぁ!」


 ユニとセヴィルの間に入り、何とか二人をなだめようとする。

 これ以上ヒートアップしてまた殴られたらたまらない。何故か矛先は自分にも向きそうな気がする。


「しかしまぁ、要するに条件を満たしてねぇ訳だろ?」

「はい。彼女の年齢は十四歳。規定を満たしていません。紹介状もありませんので、受験資格はなく……」


 男性職員は、ゼノがセヴィルから教わった通りの条件を確認していく。内容を聞く限りでは、やはり条件は満たしていない。


 ――十四歳、か。

 魔法師の少女が自分と同じ年齢であった事に、妙な親近感を感じた。もっとも、共通点は年齢と、ハンターになろうとしている事だけであったのだが。


「それならどうしようもねぇじゃねぇか」

「えぇ、ですので説明していたのですが……」

「だから! それをどうにか出来ないのかって聞いてるんじゃないのよ!」


 ユニが口調を荒げる。

 そうは言っても難しいだろう、とゼノは思う。自身が同じ条件を聞いた時に諦めそうになったくらいだ。


 そもそも、本来は十五歳未満では受験出来ないのだ。それに対して現役ハンターの紹介状があれば受験を認めるというのは例外に過ぎない。

 さらにそれ以上の例外を認めろと言っても、土台無理な話なのだ。


 セヴィルの話では、ハンターは世界各地に多数存在している。それならばハンターを志す者とて、それこそ膨大な数がいてもおかしくはない。

 たった一人例外を認めてしまえば、他の者達に例外を認めない訳にはいかなくなる。と同時に、これまで認められなかった者達はどうなるのか、という問題だって出てくるだろう。

 だからこその規則であり条件だ。そこに穴を作る訳にはいかない。


「あのな……」


 職員に食い下がろうとするユニに、セヴィルは言った。


「何を勘違いしてるのか知らないが、ハンター試験はもう始まってるんだぜ?」

「「……は?」」


 言われたユニだけでなく、ゼノの声もが重なった。

 言っている意味が分からない。ハンター試験を受けられないのに、それがもう始まっているとはどういう事なのだろう。

 伝わっていないのを察し、軽く息を吐いてからセヴィルは続ける。


「ハンターの仕事はな、どれもこれも誰かから請け負うものだ。そこには多かれ少なかれルールがあるんだよ」

「ルール?」

「そうだ。守らなきゃならねぇルール。どんな依頼にだってそれはある」


 例えばな、とセヴィルは具体例を挙げていく。


 何らかの荷物を運ぶ仕事なら、荷を決して開けてはならないという事もある。

 接客業を手伝うのなら、客に対して暴言を吐いたり追い出したりなどありえない。

 仕事中に知り得た情報を――内容と程度にもよるが――外部に漏らしてはならないなど日常茶飯事。


 定められた規則。設けられた規定。交わされた約束。それらは守られる為に存在する。

 もしもそれが破られたのなら、即失敗となる事だってある。失敗とならなかったとしても、依頼人はもう二度とギルドに依頼を寄せないかもしれない。信用が失墜されるのだから。


「何よ、そんなの当たり前じゃない」

「そうだな」


 そう。当たり前の話だ。

 誰かと約束をした時にそれが破られたとしたら、誰もが皆憤るだろう。程度と相手によって許す事はあれど、いい気分がする者などまずいない。

 そうなった経験があって、同じ相手と別の約束をする事があったとしたらどう思うのか。

 また同じ事を繰り返される、という不安がよぎるのではなかろうか。

 そこまで考えて、ゼノはセヴィルの言わんとする事を察した。


「で、だ。試験を受けるって時点で決まり事を守れねぇ奴に、ギルドが仕事を任せられると思うか?」


 信用。

 それは何も依頼人とギルド間、依頼人とハンター間のみに生まれるものではない。

 ギルドとハンター間にだってあるべきものなのだ。


「ハンターってのは肩書きとしちゃ何の意味も、価値もねぇ。なったからって必ず仕事が貰える訳じゃねぇし、仕事がなきゃそもそも生活だって出来やしねぇ」


 それは、聞きようによっては極端な言い回しだ。

 リーシャ村の村長は、村の襲撃を受けてハンターを呼んできて欲しいと言った。ハンターなら何とかしてくれる、ハンターがいれば何とかなると思ったからこそ、ゼノに託したはずなのだ。そんな風に思わせるだけの何かは、間違いなくある。


 だが、根本的な面でセヴィルの言葉は真理だ。

 何故何とかしてくれる思われるのか。何故そんな風に信じられるのか。


 そこに、信頼があるから。

 その信頼を生み出せるだけの実績を、ギルドとハンターが作り上げてきたから。

 確かに積み上げられてきた、過去からの軌跡。

 信頼を裏切るという事は、それを壊してしまう事に他ならないのだ。


「……」


 ユニは、俯いていた。

 表情は見えないが、拳は強く握り締められ――身体は、震えていた。

 何かを聞いた訳ではない。ユニの何かを知っている訳でもない。


 それでも、分かる。分かってしまう。

 悔しい。もどかしい。歯痒い。苦しい。

 色んな感情が織り交ざる。憎いとさえ思うのに、その対象が自分以外にないのだ。

 どれだけ手を伸ばしても、後少しの所で届かない。


 このギルドに到着する前、ゼノも数秒だけ味わった。どこに、どんな風にブツければ良いのかも分からない暗い感情の塊。

 ゼノの場合はセヴィルがいた。彼が紹介状を書いてやると言ってくれた事でそこから抜け出す事が出来た。彼が引っ張り上げてくれたから。


 でも。

 ユニにはそれが出来ない。ゼノにとってのセヴィルのような存在が、ユニにはいない。

 同じ年齢で同じ行き先を目指す少年と少女の決定的な違いは、それだけだった。


「あ……」


 声をかけようとして、押し黙る。

 ダメだ。自分がそれをしたら、ダメなんだ。


 ゼノ自身にそのつもりがなくても、それは持つ者故の余裕になってしまう。勝ち誇り、持たざる者を優位から見下すように捉えられてしまう。

 何も言えない。自分には。糸口を掴めてしまったから。


 単なる偶然だった。たまたまゼノがリーシャ村に住んでいて、たまたまセヴィルがリーシャ村を訪れていた。そしてたまたま山道で出逢った。

 たったそれだけの小さな偶然の重なりが、こんなにも決定的な差を生むなんて。


 ――何て、僕はズルいのだろう。


 別段ゼノは何もしていない。汚い手を使った訳でも、誰かを蹴落とした訳でもない。

 だからこそ、そう思える。自分はズルいのだと。

 ただの偶然に乗っかって何を喜んでいたのだろう。当たり前のようにそれを享受して、新たな一歩を自分の力で踏み出したのだと思い込んでいた。


「……あの」

「ん?」


 違う。自分は何もしていない。自分の足で歩いてなどいない。

 ここに来たのだってセヴィルが連れて来てくれたからだ。セヴィルと出逢っていなければ、アルトリアに来る事も、ハンターの事を知る事すらなかった。


 それなら――


「……紹介状……あの子に書いてあげられませんか?」


 ――自分だけが楽をしていいはずが、ない。


「はぁ……」


 セヴィルは大きく溜め息を吐く。


「そう言うだろうとは思ったんだがな……」

「それなら――」

「ダメだ」


 きっぱりと、言い放つ。

 予想はしていた。ゼノならともかく、セヴィルとユニには接点がない。

 セヴィルには、ユニの紹介状を書く理由がないのだ。特別な理由もなく、出逢ったばかりの他人相手にそんな事が出来る訳がない。


 だが、ゼノは引き下がらない。


「お願いします! 僕に書いてくれようとした分を、あの子の為に書いてあげて下さい!」

「お、おいおい……」


 気付いてしまった。いや、最初から分かっていた。


 少年と少女は、何も変わらない。

 年齢と、ハンターになろうとしている事だけだと思った。二人の共通点などそれしかないと思った。


 だが、違う。

 二人共、セヴィルと出逢った。

 タイミングも、出逢い方も全く違う。出逢ってからの期間は、かろうじてゼノの方が少し早い。


 でも――そんな事は関係ないのだ。


「お願いします……ッ!」

「あんた……」


 ゼノは、ユニがどうしてハンターになりたいのかを知らない。ユニだって、ゼノの理由など知るはずがない。

 それでも彼女を見ていれば分かる。その必死さが伝わってくる。

 同じだ。何もかも。


「……やれやれ」


 これまでにない程大きな溜め息がセヴィルの口から漏れる。


「テメェは俺を一体何に仕立てようとしてんだかまったく……」


 その姿はゼノが初めて見る程に気怠そうで――


「分かった。分かりました。書きゃあいいんだろ、書きゃあ。二人分書いてやるよ……あぁ面倒くせぇ」


 ――その顔は、実に面倒くさそうだった。


「いやったぁッ! ありがとうございます、セヴィルさん!!」

「へいへい。もうどうにでもしてくれ」


 即座に表情を戻し、手をヒラヒラさせながら踵を返すセヴィル。

 良かった。何とかいい方向にまとまった。


「ユニ、良かっ――」


 ――たねと口にする前に、ゼノの動きは止まった。

 待って。お願いだから待って欲しい。

 また、なのか。


「……せ……せ……?」


 ユニの目が、大きく見開かれていた。

 誰かを差そうとしているのか指を前に突き出してはいるが、その手はガクガクとぎこちなく震えていた。

 先程の震えとは全く違う。まるで亡霊の類でも見たかのような驚愕の表情。口は空気を求めているかのようにパクパクと開閉されていた。


「ど、どうしたの?」


 意を決して声をかけてみると、少女はビクッと強い反応を示した後、そのまま静止した。

 それからゆっくりゼノの方に首を向ける。まるでギギギと音を立てながら開けられた、錆びついた扉のように。その姿はあまりにも異様だ。はっきり言って怖い。

 ようやくゼノの方へ向き直ると、口元から絞り出すように言葉を発音した。


「せ、セヴィルって……セヴィル・バスクード……?」

「え? あ、うん、そうだけど」

「こいつが……セヴィル・バスクード?」

「これから紹介状書いてやるって言ってる年上をこいつ呼ばわりかおい」


 途端に、空気が変わった。

 さながら煮え滾ったマグマが地表に噴出するかの如く。


「あんたが……あんたが……セヴィル・バスクードぉぉぉぉぉぉッ!?」


 館内どころか外の通りを渡って広い王都中に響き渡るかと思える程の大声でユニは喚いた。

 突然耳に突き刺さった声の針に、ゼノは思わず耳を抑えて身を硬める。


「セヴィル・バスクードってあのセヴィル・バスクード!? 世界を股にかけて活躍する超有名ハンターのセヴィル・バスクード!? "鬼人のバスクード"って異名を轟かせるあのセヴィル・バスクード!?」

「何回人のフルネームを連呼すんだテメェは」

「あーそうそう。"竜に会っては竜を斬り、獣に会っては獣を斬り、人に会っては人を斬る。斬り捨て鬼人のバスクード"その人よー」

「足すな、ギルド職員がそんなデマ」

「み、耳が痛いぃぃぃぃ……」

「あんたがセヴィル・バスクードなんて絶対嘘よ! そうよ、嘘に決まってるわ!」

「それが残念ながら本物なんだよねー」

「テメェ等は……はぁ……」




  ◆




「二名分の紹介状、受理致しました。こちらで手続きは完了となります」

「……こんなに時間がかかったのは初めてだ」

「何言ってるの、あなたそもそも紹介手続きなんて初めてでしょ」


 女性職員に図星を突かれつつ、セヴィルは再度肩を落とした。

 何やかんやで三十分近く。やたらと騒ぐ少年少女を叱りつけ、慣れない紹介状に四苦八苦し、ようやく手続きが終わってくれた。


「終わったんですか?」

「あぁ」


 脇からひょこっと顔を出したゼノに声だけで返事をしながら立ち上がる。

 ゼノは顔を綻ばせ、後ろを振り向いて話し掛ける。


「良かったね、試験受けられて」

「ふん」


 明るく笑い掛けるゼノを無視して相変わらずユニはそっぽを向く。


「か、感謝なんてしないわよ。えと……そう! 昨日の謝礼金の代わりなんだから! これは当然の義務って奴よ! そうよ!」


 先程からずっとこの調子である。素直じゃないガキだとは思うものの、口に出すと酷い目に遭う気がするので口にはしない。


 何にしても。

 これでようやく、先に進む。


「それでは、これより依頼内容について説明します」


 受付をしてくれた男性職員がゼノ達に告げる。

 依頼内容とはもちろんハンター試験に関するものだ。ギルドから出される依頼、という形で志望者が請け負う。

 紹介手続きも終わり自分のやる事を終えたセヴィルは、近くに壁に寄り掛かった。


「まずはこれをご覧下さい」


 男性職員が一枚の紙を取り出してカウンターに置く。


「今現在我々がいるのが、こちらです」


 カウンター上の紙の丁度中心を差し、職員が告げた。


 それは、アルトリア王国の領地付近を示した地図だ。中心にアルトリア王国を据え、北から北西部にかけて山岳地帯が広がっている。西側には深い森林、東側と南側はそれぞれ海に面している。

 職員は中心を差した指をツーっと左上へと移動させる。


「ここから北西に位置する山岳地帯。この手前に洞窟があります。アルトリア王都からそれ程遠い距離ではありません」


 遠い距離どころか目と鼻の先だ、とセヴィルは心の中で笑った。自分なら徒歩で精々三十分といった所。ゼノ達でもまぁ一時間もあれば間違いなく辿り着く。

 そこにある洞窟が、ハンター試験の会場だ。


「試験課題となる依頼内容は、一つです」


 それは至極単純なものだった。


 洞窟の最奥部にあたる、"水晶の間"。そこには、空間の名ともなっている巨大水晶が鎮座している。

 この"水晶の間"に辿り着き、巨大水晶の足下に転がる"水晶の欠片"を手に入れ、アルトリア王都のハンターズギルドまで持ち帰る。

 これが依頼内容の全てだ、と男性職員は告げた。


 実を言えば、こういった探索・捜索依頼というのはギルドに寄せられる依頼の中の実に四割弱を占める。


 半分には満たない為にそれ程多く感じない者もいるが、多種多様な依頼が日々溢れんばかりに集うギルドにおいて、四割というのはかなりの確率なのだ。

 セヴィル自身、これまで受けた事のある依頼の大半が探索・捜索依頼だった。


 希少な鉱石を手に入れて欲しい。失くした物を見つけ出して欲しい。行方も知れない友人や家族を探し出して欲しい。迷い犬探しなどもこれに該当する。

 それらの依頼がギルドに寄せられる理由は様々だ。資金が足りない。時間が足りない。人手が足りない。情報が足りない。何かが足りないからとギルドへ依頼をしてくる。


 要するに、かかる手間が尋常ではないのだ。

 探索・捜索依頼のほとんどが、目的は定まっているが当てはなく、手段もお任せというものばかりだ。セヴィルに言わせれば無茶振り以外の何者でもないのだが、だからと言って無下に出来るものでもない。当てがないからこそ困っているのであり、藁にもすがる気持ちでギルドへ依頼をしているのだから。


 そんな経緯もあり、ハンター試験では今回のような探索依頼を試験内容とする事が半ば形式化されている。世界各地に散らばるギルドそれぞれにおいても同様である事が多い。


 無論、今回の"水晶の欠片"を持ち帰る試験においては目的地も判明しており、探索の当てもついているという低難易度の内容ではある。

 あまり強くはないが、洞窟内には魔物も入り込んでいる。トラップの類はないとは言え、受験者にとっては初めての迷宮(ダンジョン)攻略となる訳だから、十分に試験足り得るのである。


「さて……」


 一通りの説明を終え、男性職員は広げていた地図を丸めた。紐で結わいて手元に置くと、改めてゼノとユニを見やる。


「内容については以上ですが、何か質問はありますか?」

「三つ、聞いていい?」


 間髪入れずユニが手を挙げる。


「えぇ、どうぞ」

「じゃあ一つ目。あたし魔法師なんだけど、魔法使うのはあり?」

「ありです。ただし、依頼はあくまでも"水晶の間"の"水晶の欠片"を持ち帰る事です。それ以外は認められません」

「魔法で水晶創ったりなんて出来るの?」

「知らない。少なくともあたしには出来ない。そこのとんでも爆発男なら分かんないけど」


 昨日の一件を根に持ってやがる、とセヴィルは嘆息した。よりにもよってとんでも爆発男とは何事か。


「二つ目。例えば洞窟内で苦戦を強いられて、一度引き返して再チャレンジってのはあり?」

「はい。洞窟内に限らず、洞窟に向かう道中についても同様に問題ありません。ただ、こちらとしてもあまり時間はかけられませんので、期限は本日中とさせて頂きます」


 随分前に、戦闘にあまり慣れていない受験者が付近の魔物と戦って経験を積んでから挑戦しようとした例があったのをセヴィルは思い出す。確か、三日間帰って来なかったと聞いた気がする。

 本来の探索・捜索依頼では依頼人から期限を設けられない限りはそういった制約はないのだが、これはあくまでも試験という事である。やたらと時間をかけられるのもあまり好ましくはないのだ。


 別にそんな事は考えてないんだけどね、とユニは苦笑していた。

 まぁ受験条件を満たす為に一年待つ事を良しとしない彼女だ。変に時間をかけるのは本意ではないのだろう。


「最後の三つ目」

「はい、どうぞ」

「今回はあたしとこいつと二人が受験する訳だけど……一緒に行くの?」


 ほぉ、と少しばかり感心した。やたらと感情的に喚き散らす程だから短絡的に突撃するタイプかと思っていたのだが、話を聞いて疑問を感じるくらいは出来るらしい。


 別に合格枠が一人という訳ではないのだから、二人の受験者は敵対する必要性はない。二人同時に試験に臨むのなら、協力体制を敷く選択肢だってある。

 しかしながらそうなると、それぞれの実力が分からないのではないか、と疑問に思ったといった所か。

 職員は、にやりと不敵とも思える笑みを浮かべて答えた。


「二つ目の質問に対する解答と同様です。その辺りは問いません」

「……ふぅーん」


 答えを聞き、ユニはほんの少し考えるような仕草を取った。

 どうするかは自由、という所が引っ掛かったのか。あるいは"その辺り"というのがどの辺りまでを差すのかを考えているのか。思考の内容まではセヴィルには分からない。


 が、案外頭が回るタイプなのかもしれない、と感じていた。

 条件を明確にするのは大切な事だ。何が出来て何が出来ないのかを明らかにする。これによって何をすべきなのかがより具体的になる。結果として無駄を省く事に繋がるのだ。


 質問に答え切った職員が、改めて二人に問う。


「他には何かありますか?」

「特にないわ」

「えっと……大丈夫だと思います」

「分かりました。それでは、改めてお二人の名前をお聞かせ下さい」


 その言葉を受けて、ゼノとユニは軽く互いの目を合わせた。

 無言のまま頷き合い、職員の方へと向き直る。


「ゼノ・シーリエです」

「ユニ・プラムスよ」

「……結構です。これでハンター試験の受付は全て完了しました。お気をつけて」


 職員が、告げる。

 ゼノとユニのハンター試験が、今始まった事を。

 何だか微笑ましさを感じながら眺めていると、ふとゼノがセヴィルに歩み寄って来た。


「セヴィルさん。本当に……色々とありがとうございました」

「いいさ。俺に出来るのはここまで。後はお前次第だ。ま、せいぜい頑張って来い」

「はい!」


 応えるゼノは満面の笑顔で、その目は期待に輝いていた。

 果てさてどうなる事やら、とセヴィルは心の内で呟く。


「何してんのよ! さっさと行くわよ!」

「あ、ちょっと待ってよ! セヴィルさん、それじゃ」

「あぁ」


 入口の方からユニに呼ばれて軽やかに走り去った。

 扉が閉まるのを眺め、セヴィルは大きく息を吐いた。

 ようやく行ったか、と軽い安堵を漏らす。


「始まったわね」

「あぁ」


 セヴィルの気持ちを察したのか、窓口の向こうで事務仕事を再開していた女性職員が話しかけて来た。


「でも驚いたわよ」

「何にだよ?」

「だって、あなたが紹介状を書く日が来るなんて。そんな記録もなかったし」

「そういう機会がなかったんだ」

「嘘おっしゃい。そもそもそんなもの書くつもり、今までなかったくせに」

「……ふん」


 図星を突かれてしまった。

 これまでセヴィルが紹介状を書いた事は、確かに一度もなかった。そんなものを書く気がなかったというのも事実だ。

 それどころか、これまで他人に興味を持った事もほとんどない。


「まぁ……色々とあるんだよ」

「それが珍しいって言ってるの」

「うるせぇな」


 珍しいのは自覚している。自分自身、ここまでする事になるとは思っていなかった。

 流れに身を任せる結果にはなったが、これはこれで一つの結果だ。

 乗り掛かったなら、最後まで乗り切るべきだ。


「何にせよこれで役目は終わりだ」

「これからどうするの?」

「依頼、何かあるか?」

「そうね……丁度新しい依頼が入った所よ」

「ならそいつを請ける」

「はいはい。じゃあ手続きするわね」


 窓口に向き直るセヴィルの顔は――小さく微笑んでいた。

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