風の吹く丘
風の音が聴こえる。
決して強くはない。髪や肩を優しく撫で上げるような、静かな風だ。冷たくもなく程よく暖かいそれは、身体全体を包み込むようになびいていてとても心地好く感じられた。
そんな風の中で、少年は片膝をつき、瞳を閉じていた。
もうどのくらいそうしているのか。随分と長い事佇んでいるような、刹那の瞬きであったような。彼自身にもどちらともとれてしまうような奇妙な感覚だった。
重たく閉じられていた双眸が、ゆっくりと開かれる。
少年は、まだ幼かった。
あどけなさの残る顔立ち。本来なら様々な彩りを見せるであろうその表情は、沈痛な想いに歪められていた。
未だ成長過程の小さな身体には決して似つかわしくない、その身を包む薄手の鎧。
そして――傍らに横たえられた細身の剣。
「挨拶は済んだのか?」
少年が立ち上がろうと力を込めた時、後ろから声をかけられた。
ゆっくりと振り返ると、見知った顔がそこにあった。
「あぁ……もう済んだ」
少年は、自分に言い聞かせるように呟いた。
正直な所、済んだとは思えていない。言いたい事も交わしたい言葉も山のようにある。おそらくはどれだけの時間を費やそうとも、それが尽きる事などないであろう事を、彼は知っていた。
「……そうか」
少年にかけられた声の主が、少年の見据える先を同じく眺め、目を細める。漏れ出すように発せられた言葉尻に納得や落胆のような、何とも言えない感情が宿っていた。
こちらは少年に比べ、大人びた青年だった。整った顔立ちに引き締まった身体つき。少年と同じように鎧を身に纏い、やはり同じく一振りの剣が背負われている。
「ならば、行こうか」
「あぁ」
青年の呼び掛けに応じ、腰を上げる。手元に横たえていた剣を握った少年は、先を歩み始めた青年の後を追うようにそれに背を向けた。
その場を後にする二人の背の先。そこには大きな石が鎮座していた。さらにその脇にはどこで摘まれたか、小さな花が二輪添えられている。
振り返る事もなく歩み去る二人の背を、石は見守るかようにただ佇んでいた。