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ハートの世界 -2


山に近づくにつれて、白い部分が増えてきた。いや、まだ鉛筆で書かれただけなのか下書きのようなところが多い。途中まで書かれた岩、一筆で塗られただけの山肌。木々も描いている途中なのか、まだきちんと形を成していないものも多い。まるで、描くのを誰かに中断されたみたいな感じ。私は見ているとなぜか続きを書きたくなってきた。萌えの彼女が話しかけてくる。


「この場所に来るとなんでか絵が描きたくなるんだよね。あまりにも途中で終わっているから。あの、親子*****さんも絵を描くのが好きだから」


どうやら私だけじゃなかったみたい。私は上を見上げた。岩が転がり落ちてきた。いや、それが塗りつぶされていない、丸くごつごつした絵が転がり落ちてきた。よく見ると、岩には針金がついている。変な動きをしてきてこっちに向かってくる。避けようと思っても私たちの方向に向かってくる。影がぐにゃりとまがった。影から出てきたのは金色の盾だった。いや、金色の盾の形をした絵だった。その盾は岩を押しとめて押し返した。


「助かったね」


萌えの彼女がそう言ってきた。何度も岩が落ちてきたが、その都度チェシャが盾となって助けてくれた。盾も絵で描かれているということは剣になったとしても私はその剣を持てない。

そう思ってしまった。頂上に来たとき、そこにあったのは大きな黒い壁だった。壁に私たちは近づいた。そこには紙に描かれた萌えの彼女じゃなく、実際の萌えの彼女がその黒い壁に映っていた。そして、もう一人。少し明るい髪は肩より少し長く、白いワンピースに赤い靴。

少しきりっとした表情をした女性が立っていた。私はその顔をまじまじと見ていた。

私はこんな顔をしていたんだ。なぜか久しぶりに見る自分の顔は好きになれなかった。

いや、これはどこかで自分じゃないって思っているのかも。私の思いとは違って萌えの彼女はテンションがあがっていた。


「ねえ、見て。私が映っているよ。私が頭の中で体を動かしたら、鏡の向こうの私はちゃんと動いてくれるの。なんだかうれしい」


そう言って萌えの彼女は踊っていた。そういえば、この踊りは何かのアニメのエンディングで見たことがある気がする。私はその萌えの彼女の踊りを見ながら、どこから光が差し込んでいるのか考えていた。けれど、どう考えてもこの黒い壁、いや、鏡の先である。壁に背を向けるとまっすぐに光が伸びていくからだ。私は恐る恐る壁に近寄ってみた。壁に映る私が近づいてくる。壁に映っている私は、紙で描かれた私に触れようと手を伸ばしてくる。その時、強い衝撃が走った。影からチェシャが出てきたんだ。相変わらず、かわいらしいカッコをしている。

黒いメイドのカッコにヘッドドレスからかすかに猫耳が見えている。そう、そう描かれているんだ。チェシャはこう言ってきた。


「ダメだよ、アリス。その壁に触ったら。ほら、見てみな」


チェシャはそう言って萌えの彼女を方に向いた。萌えの彼女は、いや、鏡の中の萌えの彼女は壁を触ってきた。いや、壁から手が出てきた。絵で描かれていない手が。その手が紙に描かれている萌えの彼女を鏡の中に引きずり込もうとしている。


「危ない」


私は意識では手元にあった石をそのにょきって出ている手に投げつけていた。いや、私の変わりに鏡越しの私は石を投げていた。鏡の向こうの萌えの彼女が一歩下がる。石が飛び出してきた。いや、出てくると思ったけれど、石はぼすんという音とともに消えていった。その時、チェシャはこう伝えてきた。


「アリス、この場所の怖さがわかった?でも、この場所にアリスの刻印を押さないといけない。それもアリスでしかできない、アリスの方法で」


そう言って、チェシャはまた影の中に消えていった。チェシャはいつも協力をしてくれている。でも、最後は私に決めさせてくる。私は考えていた。


あの鏡のような壁に近づいていない時は、頭の中で思った行動を取る。でも、近づいてくると襲ってくる。多分、さっきチェシャが助けてくれた距離が危険なんだろう。でも、さっきチェシャは私を助けるために壁ギリギリに現れていた。なぜチェシャは大丈夫だったんだろう。

私は考えていた。目を閉じてみる。といっても、目は気持ちだけだ。私の頭の中では目は閉じられている。現に鏡に映っている私は目を閉じている。私はそのままの状態で一歩前に進んだ。

二歩進む。三歩、四歩。その時に気がついたんだ。鏡に映っている私は動いていない。そのままとまっていた。私はそのまま壁に近づいていった。私は壁に体を寄せる。まるで水の中に入るみたいな感覚。そう、壁や鏡と思っていた『それ』はそこには何もなかったのだ。その境界線を越えた時、世界は絵で描かれていたあのハートの世界にそっくりな実際の世界がそこに待っていた。

ただ、違うのは私に似た何者かわからないものが目を閉じてそこに立っていた。あのままの状態で。その時ベルがなった。じりじりじりっと。私に似た『それ』はいきなり目を開いた。

そして、体は動いていないのに首だけがぐるりと動いて私を見てきた。よく見たらその私に似た『それ』は人形だった。首だけが先に動き、腰が次に動いて最後に足が動き出した。同じように萌えの彼女にそっくりな人形も同じように私に向かってきた。遠くからあの親子にそっくりな人形もこっちに向かってゆっくり歩いてくる。周りは人形だらけだった。いや、人形じゃないのが一人だけいた。シロウサギのあの人だ。真っ赤な目をして私を見ている。時折手に持っている銀の懐中時計で時間を確認している。私は怖くなってこう口ずさんだ。


「チェシャ、助けて」


前のクラブの世界みたいに盾となって私を助けてほしいって、剣となって戦ってほしいって。

でも、チェシャは気まぐれなのかわからないけれど、出てきてくれなかった。私はゆるりと私の周りに集まってくる人形から逃げるように走っていった。そう、あのシロウサギの人めがけて。この世界で人形じゃないのはあの人だけだから。足が重い。

一歩、一歩。

前に進むたびに体が重くなってくる。私はシロウサギに後少しで、後5歩くらいで届きそうなのに体が動かなくなった。後ろにはあの萌えの彼女そっくりな人形が迫ってきていた。その時、頭に言葉が響いた。チェシャの声だった。


「僕らの『アリス』にしかできないことを」


私はその言葉で気がついた。萌えの彼女を呼ぶならもう決めている。私はその人形に向かって言った。


「あなたは『ミク』。ミクやめて」


そう言った瞬間、ミクは人形から人間に戻っていった。あの、母親と女の子の二人も来る。


「あなたは、キュア。そしてあなたはエンジェル」


そう、私はそこにいるすべての人に名前をつけていった。迫りくる人はみな名前をつけていった。いや、不思議とこの人に名前をつけるなら、これだって名前が頭の中に浮かんできた。最後に私そっくりな人形がやってきた。そう、彼女は『アリス』じゃない。それはわかっていた。私は私に似た人形にこう言った。


「あなたがシロウサギなのね」


そう言った瞬間、私の人形はシロウサギに変わった。あの端正な顔、キレイな顔が私を見て微笑んでくれた。ドキッとしたけれど、シロウサギの目線は後ろを見ていた。そう、そこにはもともとのシロウサギがいる。振り返ると私の近くに見えていたシロウサギの姿が黒い霧に包まれた。霧は白い仮面をかぶった。


「あなたはジョーカーだったのね」


ジョーカーの表情はわからなかった。ただ、くるくるっとジョーカーが身を回転させたと思ったら突風が吹いた。私は飛ばされていった。飛ばされた先は丘の上だった。そこはこのハートの世界を一望できる丘だった。そして、そこには一枚のキャンパスがある。描きかけだった。

あの絵で見た世界そのままに。


「これは一体?」


私はそのキャンパスを眺めた。不思議とこの絵のタッチを覚えていた。そう、まるでこの絵は私が描く絵に似ているからだ。でも、私にはその記憶がない。吸い込まれるように絵を見ていたら声が聞こえた。


「危ない」


影がぐにゃりの曲がってチェシャが出てきた。チェシャは黒いメイドのカッコをしていた。ドレスヘッドからは猫耳が少しだけ見えている。チェシャはキャンパスを倒した。キャンパスは黒くなって灰になっていく。私はキャンパスに引き込まれてまたあの絵の世界に行くところだった。不気味な声が聞こえてくる。


「ここにもアリスの刻印が押されてしまったな」


背後から声が聞こえた。黒い霧のような体白い仮面。ジョーカーは不気味に笑っていた。

私はジョーカーに向かって言い放った。


「あなたは何がしたいの?」


ジョーカーは笑ってこう言った。


「アリスに伝説を。このハートの世界はもう僕らの『アリス』のものだ。アリスがすべての伝説をこのワンダーランドに刻印できるのか。それを見ている」


そう言った瞬間にジョーカーは消えていった。アリスの伝説って、名を受け継ぐって。

私はチェシャに聞きたくなった。


チェシャが駆け寄ってくる。いつもチェシャの笑顔にくらっとしてしまう。女の子に見えるけれど男の子。

私は抱きついてくるチェシャの顔を見た。いつも左目は髪の毛で隠れている。あれ、チェシャの隠れていた目はひだりだったかな。私はなんだかちょっと自信がなくなった。

私は抱きついてきたチェシャの髪を書き上げてその左目を除こうとした。


「アリス、ダメだよ。この目を見ては」


掻き揚げようとした私をより抱きしめて目を見えないようにされてしまった。どうしてチェシャの左目は隠されているのだろう。私はチェシャの体が離れたときに覗き込んでみた。チェシャの左目を。少しだけ見えたような気がした。黒く、どこまでも黒いその瞳が少しだけ見えたと思ったら、頭の中に何かがはじけた。いろんな記憶がいっきに私の中を駆け巡った。

気持ち悪い。気がついたら私は倒れていた。気がつくとベッドに横たわっていた。


「気がついたのね、アリス」


そう言ってくれたのは、あの萌えの彼女「ミク」だった。彼女の家に運び込まれたらしい。

横にはすごくハンサムな男性がいる。


「あ、アリス。旦那なの。えへ」


そう言ったミクの表情はものすごくかわいかった。私は起き上がろうとしたときにまだ気持ち悪いのがわかった。そう、頭の中に一気にいろんな記憶が入ってきたからだ。。しかも、その記憶は今まで嫌だった、忘れたい記憶がやってきた。一体チェシャの左目には何があるんだろう。私はこわくなっていた。ミクが心配そうに私を見ている。


「大丈夫?アリス。でも、今このハートの世界ではみんなでアリスを祝福しているのよ。ほら、いたるところにアリスの絵が飾られているでしょ。私も描いたの。アリスを」


そう言って、出してくれた絵はものすごくキレイでかわいかった。目がくりくりしていて、白いワンピース、赤い靴。そして、赤いリボンをしていた。リボン。私は頭を触ったけれどリボンなんてつけていなかった。


「このリボンは?」


私はミクに聞いた。

ミクは少し笑ってこう言った。


「もうすぐあなたが手にするものよ。ありがとうね。この世界を救ってくれて。でも、あんな絵とか人形になって思ったの。自分のしたいって思いはしないと出来なくなったときに後悔しちゃうものね。アリスもそういう自分の思いを押し殺したりするのかな?」


私は前のクラブの世界のときも耳が痛かった。自分の思いを押し殺していること、多いかも知れない。私が答えなかったからミクはこう言って来た。


「私たちのアリスですものね。そんなの大丈夫だものね。」


そう言ってミクはこう言って来た。


「先に待っているから。また会いましょう。次は一緒に絵を描きたいな」


私は行かないとって思った。そう、ここにはもう私はとどまれないんだ。私は心配するミクをよそに歩き始めた。


あの丘に着いたときにチェシャが待っていた。


「ありがとう、アリス。このハートの世界を元に戻してくれて」


そう言って、チェシャは赤いリボンを出してくれた。チェシャが私の後ろに回って、リボンをつけてくれた。そう、ミクが描いたあの絵のように。


「チェシャ、行きましょう。扉を」


私はそう言った。今まで何もなかったところに扉が2つ現れた。


そして扉を選んだ。

私はそう「スペード」の扉を開いたのだった。


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