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ハートの世界 -1

~ハートの世界~


扉を開けるとそこに待っていた世界は二次元だった。すべてが紙に書かれた世界。木も草も雲も太陽でさえも紙に書かれた絵で出来ていた。私はその世界を見てびっくりした。まるで絵本の中の世界みたい。私の自分がその絵本の世界にただ入り込んだだけと思っていた。けれど、私の手を見たときにその異変に気がついた。私自身も一枚の紙に描かれているからだ。何が起こったのだろう。

影がぐにゃりとゆがんだ。

チェシャが出てきた。黒いメイドの服を着ている。でも、頭にはヘッドドレスに隠れそうになっているけれど猫耳はついている。両手を祈るようにも見えるけれど指は絡まっていなく、グーのままで固定されている。いや、若干左手の方が上に来ている。そう、その状態でチェシャは絵になっていた。


「どういうことなの?」


私はチェシャに聞いた。チェシャは私とチェシャ自身をみてこう言ってきた。


「この世界は、ハートの世界は本当なら慈愛の世界なんだよ。けれど、誰かがこのような世界に変えてしまったみたい。その理由を解き明かせば元に戻るよ」


よくわからないことをチェシャは言ってきた。でも、その姿はすごくかわいい感じだった。

相変わらず左目は髪の毛で隠れている。私はいつかチェシャの左目がみたいって思っていた。絵じゃなくなったら今度チェシャの髪を掻き揚げてみようってそういう衝動に駆られた。


「あ、誰か来る」


チェシャはそういって影に消えていった。


絵で描かれた道を横にすべるようにやってきた。茶色の髪は肩までで、丸く大きな目。笑顔が素敵、というか満面の笑顔のまま絵になっていて、両足は内側にクロス。手は胸の前でハートの形になっていたかわいい感じの女の子だ。このしぐさがなんだかかわいくて、こういう時ってひょっとしたらあのセリフをいうのかも知れない。そうあの禁断のセリフ。

「萌ぇ」だ。

私はいいそうになっていた。いや、気がついたら紙で噴出してそのセリフが黙々と出ていた。

私はその状況をみて苦笑いをしてしまった。


「あら、***さんじゃない?」


その萌えな彼女は私を呼んだのがわかった。ただ、悲しいかなその名前は音にならず消えていった。どうしてシロウサギは私から名前を奪ったんだろう。こんなに不便なことってない。

私はそう思った。私はその萌えな彼女に、「私はアリスよ。よろしくね」と、伝えた。

萌えの彼女の名前を聞いてもそれは私の名前と同じように音になってくれることなく消えていくのがわかっていた。それに、どうしてか萌えの彼女につけたい名前は決まっているのに、今名前をつけるべきじゃないってことだけはよくわかっていた。どうやら、名前はただ付ければいいってわけじゃないのかも知れない。


「そうだよ、よく気がついたらね。僕らの『アリス』」


頭の中でチェシャの声が響き渡った。チェシャは現れたり、消えたり自分勝手だ。私はそう思った。


「アリス。あのアリスの名を受け継ぐのね」


萌えの彼女がそう話しかけてきた。表情は笑顔のまま。でも、すこし何かがかわったような気がした。何がかわったのか私もわからない。ただ、萌えの彼女自体がすこしいや、一瞬輝いたように見えた。その光はもう消えていた。私にはなんだかわからなかった。わからないついでに私は萌えの彼女に質問をした。


「このハートの世界はいつから絵になったんですか?」


そう、チェシャの話だとこのハートの世界は慈愛の世界。慈愛の世界が絵で出来ているなんて変だ。誰かが何かの目的でこの世界を絵に変えてしまったんだ。いつからなんだろう。

ひょっとして私がこの世界に来たから?

それとも、私が『アリス』の名を受け継いだから?

私は不安になっていた。もし、私の存在がこの世界を狂わしているのではと思うとドキドキしてしまう。でも、萌えの彼女からの答えはこうだった。


「いつからだったかな。部屋で鏡を見ながらポーズをとっていたらいきなりすべてがこう絵になったの。もう、長くこの状態のようにも感じるし、ついさっきなったようにも感じるの。時間の感覚がわからなくなってるからね。空はいつだってこう晴れの状態だし、私たちも眠ることもできないですもの。だって、立ったままの状態でこのポーズのままなんですもの。アリスもそう。その状態のまま体を動かすことも出来ずに、紙ごと動くしか出来ない。んだからね。ま、人の形に紙が切られているからまだいいのかも。それに私はまだいいのかも。あの人に比べたら」


そういって、萌えの彼女が振り向いた先には親子がひとつの紙の中に入っていた。親子楽しそうに手をつないでいる。でも、なんだか子供の、女の子の方はちょっと不機嫌そうに見えた。

顔は笑っているけれどなんだかそう感じてしまったんだ。若いお母さんなんだろう。少し女性の色気を感じる雰囲気、少し茶色い髪はひとつにまとめられていた。メガネからみえるその瞳はすごくきれいだった。


「お母さん。私小川のほうに行きたいよ~」


髪の毛を二つに束ねている女の子が言う。年は幼稚園に入るくらいなのだろうか?手をつないでいる二人はなんだかほほえましい。けれど、ずっと一緒と考えたらたまには離れたいって思うのかも。


「駄目。この前、それで小川に落ちそうになったでしょ。それに今は小川の上にある石の上を飛び跳ねるなんて出来ないんだから」


お母さんがそう言う。確かにこの紙で出来た体だと飛び跳ねるというよりずりずりと滑っていくことしか出来ない。いや、そもそも小川だって紙で描かれた絵でしかない。水しぶきが飛ぶことだってない。そう、このお母さんは子供にそんな水しぶきも飛ばない、水も流れない小川を見せたくないんだ。私はそう思った。でも、いったい何でこういう世界に、紙で描かれた世界になったんだろう。私は考えていた。萌えな彼女が話してきた。


「そう、この体になってから出来ないことがいっぱい増えたのよね。横になることも出来ないから眠ることも出来ないし、ま、横になれたとしても目を閉じることすら出来ないんだけれどね。それに、体を動かすことも出来ないから、大変。何かをしようと思っても出来ないことだらけ」


なんだか萌えの彼女は笑顔だけれどその表情は曇っていた。私はこの世界が、ハートの世界が何を失ってこの世界になったのかを考えていた。考えても、考えても何も進まない。私は萌えの彼女にこう話した。


「あなたの家にお邪魔してもいいかしら?」


萌えの彼女は一瞬困っていた。そりゃそうだろう。いきなり他人が家に来るなんていやだものね。でも、萌えの彼女の心配は違っていた。


「家は私も帰りたいの。でも、この世界は動ける場所が決まっていて、家は見えるのにある境界線から向こうにはいけないの。まるで限られたキャンパスの上を動いているみたいなの」


萌えの彼女が悲しみながらそう言ってきた。いや、悲しんでいるように感じただけだ。相変わらず、萌えの彼女は胸の前で手をハートの形をさせて、笑顔でいる。足はすごく内股だ。そして、その影もまたかわいい感じのままだった。


この限られた場所の世界。キャンパスの中の世界。私も絵を描くのが好きだから、ちょっと考えてみた。この世界は誰かが描いた世界なのかも知れない。そして、その絵の中にハートの世界を押し込んだのかも。では、いったい誰がどうやって、何のためにそんなことをしたんだろう。


私の影がくにゅっと動いた。でも、チェシャは出てこなかった。チェシャは何かを私に告げようとしている。

何を?

私は空を見上げた。まるでもくもくっと描かれた雲。そして、まんまるの太陽。空はクレヨンで描いたみたいな空だった。全体的にかわいらしいあまり角のないやわらかい絵だ。慈愛の世界だからそうなのかも知れない。田園もやわらかいクレヨンで描かれたような感じ。草や、石畳、木の柵なんかもまるい手書きって感じのものだ。地面だってクレヨンで塗られた感じ。

よく見ると所々にぬり漏れというか白い部分がある。私はその部分に向かって歩いてみた。

私の影もついてくる。

影?

どうして影は手書きじゃないんだろう?私は萌えの彼女の影も、親の子二人の影も見てみた。

みんな同じく影がある。

空にあるのは丸く黄色で塗られた太陽しかない。見つめていてもまぶしくもなんともない。

では、この影は一体?


そう、思った瞬間私の影は大きくうなずいていた。チェシャはこの事を伝えたかったんだ。

私は自分の影が出来る反対側を見た。そこには灰色の山があった。不思議とその灰色の山頂近くは真っ白で何も描かれていなかった。いや、山頂もうっすらとしか描かれていない。描きかけなんだ。この世界は。

私は萌えの彼女に聞いた。


「あの山はいけるの?なんだか描きかけみたいに見えるけれど」


萌えの彼女は一瞬固まった。いや、よく考えたら出会ったときから固まっているんだ。

絵という形で。萌えの彼女はゆっくりと話してくれた。


「あの場所はいけるよ。でも、あそこは私たちを消すことも出来る『あの人』がいるんだ。

それでもいいの?」


私は萌えの彼女の話を聞いて私は思った。絵を消すことが出来るということは、この世界を、この絵で出来た世界を作った、いや書いているのではと。それであれば、その人に言えばこの世界は元に戻せるのかも。私は萌えの彼女のこう話した。


「うん、私はあそこに行くよ。そしてこの絵を描いている人に元に戻してもらうように頼んでくる。だって、このままじゃ不便でしょ」


萌えの彼女は私にこう言った。


「間違えたらアリスは消えてしまうのよ」


確かにそうかも知れない。でも、私はチェシャに最初にこの『アリス』の名前を受け継ぐときに言われていた。そう、すごく不思議だった。


『この世界では伝説の名前。伝説を受け継ぐ事が出来たなら君はどの世界にもいられなくなるんだ。そう、元いた世界にもね。』


そう、このセリフ。私はこれからいろんな扉をあけて、アリスの名を受け継いでいく。いや、降り立った世界でアリスの刻印を押すというらしい。どのタイミングなのかわからない。でも、ジョーカーはそう言っていた。アリスの刻印を押さないと次の世界にはいけない。でも、最後の刻印を押してしまうと私はどこにもいけない。私は結局どこにも居場所がないのかも知れない。だったら、私が『ここ』にいた証くらい残したい。私はそう思っていた。私は萌えの彼女に向かってこう言った。


「うん、消えちゃうかもね。でも、誰かがやらなきゃ何も変わらないもの。それに今日っていう日は一日限り何だものね」


私はそう言った。言いながらすごく自分に返ってきたセリフだった。私は今までそうやって自分の人生を歩いてきたかな。不安になった。でも、私が不安になったら、この萌えの彼女もあの親子も、いやこのハートの世界にいる人々が不安になってしまう。私は精一杯の笑顔になってみた。いや、よく考えたらずっと絵に描かれたままの私だ。どういう表情をしているのか私には見えない。でも、気持ちでは、心では精一杯の笑顔をした。萌えの彼女が話し出した。ゆっくりと。


「そうだね。今日という日は一日限りだものね。私、アリスを案内するよ。あの山に」


私はあの描きかけの山を目指して歩いていった。萌えの彼女とともに。そこで待ち構えているものが、あの『***』だなんて予想も出来なかった。そう、予想もつかなったから。


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