見えない
15分短編です
学生の頃、風邪で学校を休む友人がうらやましかった。私は基本的に健康体で、小中高と大学を含めても、一貫して皆勤賞だけはもらえていた。
社会人になってもそれは変わらない。基本、健康体だったし、風邪をひいても運の良いことに、休みの日と被ったり、出勤の日には、熱は綺麗に下がってしまっていた。
このころ、私はもう一つ、羨ましいものがあった。それは、メンタルの弱い人、だ。もちろん、彼らにもそれぞれ苦悩があるのはわかっている。だから本人に対して、「羨ましい」なんて口が裂けても言えない。
そう、私は健康で、精神も安定している。
だから、かもしれないけれど、私には白馬の王子サマは現れなかった。まぁ、必要だと思うことも、あまりないのだけれど。
精神の不安があるわけではないけれど、少し気落ちしたときに、興味本位で簡易的な診断をしてみたことがある。しかし何度、多様な診断をしてみても[あなたは正常です]と表示されるだけ。
ソレがなんだか空しくなった。
同期がメンタルを病んで、休職した。病院へ行って、診断を貰ったらしい。
病名がつくことが、正直羨ましかった。「いいなぁ」と言う言葉を飲み込んで、「ゆっくり休んで」と声をかけた。
足の先から、じわじわと、何か黒いモヤモヤとしたものが這いあがってくるような気がしてならなかった。
でも私は、ソレがまとわりついてきても、生活できてしまう。仕事ができてしまう。私の強靭なメンタルは、簡単には折れてはくれない。
「あんたは強いよね」
「いつも元気そうでいいね」
「がんばって」
そう言われるたびに、へらへらと笑って返した。でも腹のナカでは、「うるせぇな」と悪態をついた。
悪態をつくたびに、私の中に黒いモヤモヤが溜まっていく。
それでも今日も、ただひたすらに、一日を積み重ねていく。
ある日会社から、転勤を言い渡された。年齢的にもあり得ない話ではないし、昇進が含まれている転勤だから、正直悪い話じゃないのは分かっていた。
わかっていたけれど、私はその話を断って、会社を辞めた。
心のモヤモヤは、頭の先まで溜まっている気がしていた。
上司からも、同期からも、後輩からも「なぜ」と聞かれたけど、わからない。ただ、私の心の奥で、誰かが「もう嫌だ」とそう叫んだような気がしていた。
はれて私は、無職になった。
朝起きても、会社に行かなくて良い、風邪ひいて休みたいとか、会社に隕石落ちろとか、そんなことを思わなくて良くなった。同期がメンタルを病んだと聞いて、心配をする必要がなくなった。
もう、私は何も背負わなくて良いのだ。そう思うと、溜まっていたモヤモヤが少しずつ消えていく気がした。
はたから見れば、私は贅沢な悩みを持った、社会不適合な人間に見えるだろう。それでも私は、もう自分を蔑ろにする人生を歩みたくなかった。自分に嘘をついてまで、生き抜くことは、もう出来ないのだと悟った。
人生にはこれからも、いろいろな不安がついてくるだろうけど、いま、私は確かに幸せを実感していた。
——私、一抜けた!——
私を満たせるのは、私だけ!




