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第7話:外に出ない男

窓のカーテンは、昼でも閉じられていた。

 隙間から入る光は細く、床に一本の線を落としているだけだ。


 男は、その線を踏まないようにして部屋の隅に座っていた。

 意味はない。

 ただ、そうしないと落ち着かなかった。


 この世界に来てから、時間の感覚がおかしい。

 朝と夜の区別はつく。食事も摂っている。眠れてもいる。

 それでも、外に出るという選択肢だけが、最初から欠け落ちていた。


 玄関は、近い。

 ドアノブに触れることもできる。


 でも、触れない。


 ――外には、いる。


 誰が、とは考えないようにしていた。

 考えた瞬間、胸の奥が潰れる。


 管理局の職員は、優しかった。

 声を荒げることもない。責めることもしない。

 「無理に外出しなくていい」「落ち着くまで待とう」

 そう言って、必要なものはすべて揃えてくれた。


 だから、余計に苦しかった。


 守られている。

 許されている。

 ――許されている、という“前提”で。


 端末が震えた。

 通知。


 男は、しばらくそれを見つめてから、指先で画面をなぞった。


【保護対象者情報更新】


 文字を追う。

 心臓の音が、少しずつ大きくなる。


 ――新規来訪者。

 ――男性。

 ――同一世界出身。


 それだけで、十分だった。


 詳細を開く勇気はなかった。

 開いたら、終わる気がした。


 だが、次の一文が、勝手に目に入る。


【現在、保護家庭にて生活中】


 家庭。


 家族。


 喉の奥が、ひくりと引きつった。


 ――あいつだ。


 根拠はない。

 でも、確信だけがあった。


 同じ世界。

 同じ時間。

 同じ“事件”。


 忘れようとしても、忘れられるはずがない。


 男は、壁に背中を預けた。

 呼吸が浅くなる。


 会いたいわけじゃない。

 憎んでいるわけでもない。


 ただ――


 どうすればいいか、分からない。


 謝る?

 許されるはずがない。


 話す?

 言葉が足りない。


 近づく?

 足が動かない。


 だから、男は選ぶ。


 何もしない。


 少なくとも、外には出ない。

 顔を見せない。

 存在を、気配を、消す。


 そうしていれば、

 いつか――何かが、終わる気がした。


 それが幻想だと分かっていても。


 男は、カーテンの隙間を指で閉じた。

 光が、完全に消える。


 暗闇の中で、男は小さく息を吐いた。


 「……ごめん」


 誰にも届かない声だった。


 ◇


 その日の夜、柊 翔は自室で天井を見ていた。


 管理局で聞いた言葉。

 妹からの噂。

 そして、今日、なぜか消えない違和感。


 “いる”気がする。


 根拠はない。

 だが、いないと思える理由もなかった。


 安全すぎる世界。

 優しすぎる管理。

 その内側に、何かが沈んでいる。


 ――もし、あいつがいるなら。


 翔は、ゆっくりと目を閉じた。


 まだ、追わない。

 まだ、確かめない。


 ただ一つ、確実なのは。


 この世界で、

 動かない誰かがいるということ。


 そして、その“動かなさ”こそが、

 最も不自然だということだった。


 柊 翔は、静かに息を整える。


 次に進む前に、

 まず――線を、もう一本引く必要がある。


 それが誰のための線かは、

 まだ、決めていなかった。

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