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第5話:確認という名の違和感

 翌日から、俺の生活は驚くほど静かだった。


 学校へ行けとも言われない。

 仕事を探せとも言われない。

 「落ち着くまででいい」という言葉が、すべてを覆っている。


 ――落ち着くまで。


 それが、いつまでなのかは誰も言わない。


 午前中は、家にいる。

 妹は学校へ行き、母は家事をする。

 俺は自室かリビングで、何もしない。


 何もしない、というのは楽だ。

 だが同時に、思考が止まらない。


 管理局の説明。

 男女比。

 保護対象。

 そして――異世界からの来訪者は、俺だけではない。


 俺はノート端末を起動した。

 管理局が用意したものだ。制限付きだが、情報閲覧はできる。


 検索窓に指を置き、少し迷ってから文字を打つ。


 「異世界 来訪者 事例」


 結果は、ほとんど出ない。

 公的な記録は非公開。

 ニュースも、曖昧な噂話程度。


 ――当然だ。


 男は希少で、来訪者はさらに希少。

 公にする理由がない。


 だが、完全に消せるものでもない。


 俺は、検索条件を変えた。


 「保護対象 トラウマ」

 「男性 精神ケア」

 「異常反応 管理局」


 引っかかったのは、専門家向けの記事だった。

 一般には見えないが、用語を知っていれば辿り着ける。


 そこに、こんな一文があった。


 ――「来訪以前に強い加害・被害体験を持つ男性は、保護環境に対して過剰な拒否反応を示す場合がある」


 加害・被害体験。


 俺は画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。


 さらに読み進める。


 ――「特に、同一人物による加害が未解決の場合、

 来訪後も被害感情が継続する例が報告されている」


 未解決。


 俺の中で、何かが噛み合う音がした。


 ――もし、加害者が“いない”なら。

 ――もし、完全に切り離されているなら。


 被害感情は、時間とともに薄れる。


 だが。


 もし、同じ世界にいるとしたら?


 俺は端末を閉じた。


 これ以上は、ここでは分からない。

 分からない、ということが分かっただけでも十分だ。


 ◇


 夕方、妹が帰ってきた。


「兄様」


 呼びかけは、いつも慎重だ。


「今日……学校で、ちょっと聞いた話があって」


 嫌な予感がした。

 でも、止めなかった。


「何」


「管理局の話なんですけど……」


 彼女は言葉を選びながら続ける。


「最近、保護対象の男性が増えてるって。

 急に、じゃなくて……少しずつ、でも確実に」


 俺は黙って聞く。


「その中に、前の世界で……その、怖い目に遭った人もいるらしくて」


 怖い目。


 妹は、俺の表情を窺っている。

 踏み込みすぎないように、でも伝えようとしている。


「兄様とは、関係ないかもしれません。

 ただ……」


 ただ、何だ。


「皆、少し似てるって。

 人を避けて、管理局にも距離を取って……

 でも、どこかで“探してる”みたいだって」


 探している。


 何を?


 答えは、聞かなくても分かる。


「ありがとう」


 短く言うと、妹はほっとしたように頷いた。


 その反応に、胸が少しだけ痛む。

 だが、それでも踏み込まない。


 俺は、信じないと決めている。


 ◇


 夜。

 ベッドに横になり、天井を見る。


 情報は、まだ断片だ。

 確証はない。

 名前も、顔も、何も分からない。


 それでも。


 この世界に、

 元の世界で“誰かを傷つけた人間”が来ている可能性は、否定できない。


 そして。


 俺を傷つけた人間が、

 例外である理由もない。


 胸の奥に、静かな熱が灯る。

 怒りではない。

 期待でもない。


 もっと乾いた感覚。


 ――確認しなければならない。


 許すかどうかの話じゃない。

 復讐するかどうかでもない。


 ただ、自分がどこに立っているのかを知るために。


 この世界が、

 本当に“安全”なのかを確かめるために。


 俺は目を閉じた。


 柊 翔は、まだ何も決めていない。

 だが、確実に一歩、内側へ踏み込んでいる。


 それだけは、はっきりしていた。

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