第46話:残った熱
父と別れたあと、
翔はしばらく、その場から動けなかった。
夜の空気が、
やけに静かだった。
さっきまで、
胸の奥を占領していたはずの感情が、
形を失っている。
泣いたわけじゃない。
叫んだわけでもない。
ただ、
抱きしめられた。
それだけで、
世界の重さが少し変わった。
◇
歩き出す。
足取りは、
思ったよりも確かだった。
――迷っている。
それは、はっきり分かる。
でも同時に、
止まれてはいない。
父の言葉は、
否定でも肯定でもなかった。
「生きてて、よかった」
それだけ。
その一言が、
今まで積み上げてきた
復讐の理由を、
壊しはしなかった。
ただ、
揺らした。
◇
家に戻ると、
明かりは落ちていた。
澪も、由衣も、
もう休んでいるらしい。
それが、少しだけ救いだった。
今は、
誰とも話したくない。
◇
自室に入り、
ベッドに腰を下ろす。
天井を見る。
復讐は、
正しいか、間違っているか。
そんな問いは、
もう何度も考えた。
でも今、
胸に残っているのは、
別の感覚だ。
――それでも、やるのか。
誰かに問われたわけじゃない。
自分が、自分に向けた問い。
父は、
やめろとは言わなかった。
母も、
まだ何も言っていない。
だからこそ、
答えは自分で出すしかない。
◇
スマホを手に取る。
配信アプリ。
通知。
数字。
いつもの画面。
ここに戻ってくると、
頭が切り替わる。
アイドルを目指す配信者。
注目される側。
顔を出す存在。
――この立場を、
何のために使うのか。
復讐のため。
それは、変わらない。
でも。
父の腕の感触が、
まだ残っている。
その温度を、
無かったことにはできない。
◇
翔は、目を閉じた。
復讐をやめる理由は、
まだ見つからない。
それでも。
復讐だけで、
自分を支え続けるのは、
もう無理だと分かってしまった。
怒りは、
確かに燃料になる。
だが、
それだけでは足りない。
――別の理由が、必要だ。
何かを守るためか。
誰かのためか。
それとも――
自分が壊れきらないためか。
答えは、
まだ出ない。
だが一つだけ、
はっきりしている。
父と再会した今、
もう以前と同じ温度では
復讐を選べない。
翔は、
胸に残った微かな熱を、
振り払わずに受け止めた。
迷いは、
始まったばかりだった。




