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第45話:生きてて、よかった

 「……生きてて、よかった」


 その声は、

 大きくもなく、

 はっきりともしていなかった。


 ただ――

 震えていた。


 ◇


 聞きなれた声が、そこにあった。


 いや、

 正確には。


 聞きなれていた声、だ。


 翔は、ゆっくりと振り向いた。


 そこに立っていたのは、

 記憶よりも少し痩せた男だった。


 白髪が増えている。

 目の下には、はっきりと影。

 背中が、わずかに丸くなっている。


 それでも。


 目だけは、

 間違いようがなかった。


 ◇


「……翔、だよな」


 父は、そう言ってから、

 それ以上近づかなかった。


 一歩だけ前に出て、

 そこで止まる。


 手も、伸ばさない。


 まるで――

 触れていい存在なのか、

 まだ分からないみたいに。


 翔の喉が、ひくりと鳴る。


 言葉は、出なかった。


 ◇


「……ずっと、探してた」


 父は、それだけを言った。


 理由も、

 期間も、

 苦労も。


 何一つ、語らない。


 それでも。


 翔には、

 分かってしまった。


 ◇


 身なりを見れば。

 表情を見れば。


 寝る間も惜しんで、

 捜索の募集を続け、

 それでも足りなくて、

 自分の足で探し続けていた。


 そんな時間が、

 その体に、

 はっきりと刻まれている。


 知っていた。


 勘違いしていたわけではない。


 この人は、

 俺の親として、

 ずっと俺のことを心配していた。


 ◇


 翔は、

 一歩だけ前に出た。


 ぎこちなく。

 力も入らず。


 それでも、

 確かに。


 父の胸に、

 額が触れる。


 一瞬、父の体が強張り、

 それから、

 ゆっくりと腕が回された。


 強くもなく、

 弱くもない。


 ただ、

 確かめるような抱擁。


 父の肩が、

 小さく震え始める。


 声は、

 上がらなかった。


 ただ、

 呼吸が乱れている。


 ◇


「……会えて、よかった」


 それだけ。


 復讐の話は、出なかった。

 正しさも、未来も、語られない。


 ただ、

 今ここにいる事実だけが、

 そこにあった。


 ◇


 知っていた。

 勘違いしていたわけではない。


 父は、

 俺の親として、

 俺のことをずっと心配していた。


 身なりも、

 表情も、

 見れば分かる。


 寝る間も惜しんで、

 捜索の募集を続け、

 それでも足りなくて、

 自分自身でも探し続けていたのだろう。


 この人は――

 正真正銘。


 俺のお父さんだった。

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