第43話:時間のズレ
名前を聞いた瞬間、
胸の奥が、嫌な音を立てた。
――西織 周。
忘れるはずがない。
二人目の「親友だった人間」。
◇
人混みの中で、
そいつは現れた。
背が高い。
記憶より、明らかに。
体格も違う。
声の出し方も、少し大人びている。
翔は、瞬時に理解した。
――時間が、合っていない。
同じ平行世界から来た。
だが、同じ“時点”じゃない。
こいつは――
俺がいなくなった、数年後の世界から来ている。
その事実が、
じわじわと背筋を冷やす。
◇
「翔……だよな?」
周は、嬉しそうに笑った。
信じられないものを見つけた、
そんな顔で。
「生きててよかった」
距離が、近い。
肩に触れそうな距離まで、
ためらいなく詰めてくる。
懐かしさ。
安堵。
再会の喜び。
全部、本物だ。
だからこそ――
最悪だった。
◇
生きててよかった?
翔の喉が、わずかに動く。
――ふざけるな。
――こっちは、生きていて最悪だ。
母は死んだ。
親友は殺人鬼になった。
もう一人は、それを庇った。
その結果が、
今の自分だ。
だが、
その言葉は、口に出さない。
出せない。
今は、
アイドルを目指している。
注目される立場。
顔と名前を売る立場。
感情で切り捨てれば、
計画が崩れる。
翔は、
ゆっくりと表情を整えた。
「……久しぶりだな」
それだけ言う。
声は、
完璧に平坦だった。
◇
「ほんとにさ」
周は、続ける。
「急にいなくなって、
事故だって聞いて……」
その先を、
翔は聞かなかった。
聞けば、
線が揺らぐ。
「事故」。
「行方不明」。
「死んだかもしれない」。
――その世界で、
母はどうなった?
考えない。
今は、考えない。
◇
時間軸が、ずれている。
同じ世界。
同じ人間。
なのに、
立っている位置が違う。
自分が消えた後の未来から来た人間が、
何事もなかったかのように
“友達の顔”で話しかけてくる。
その異常さを、
翔は噛み殺した。
◇
「こっちで会えるとは思わなかった」
周は、
本当に嬉しそうだった。
「また一緒にやれたらいいな」
その言葉で、
翔の中に、はっきりと線が引かれる。
――一緒になんて、やらない。
――二度と。
だが、それも言わない。
今は、
計画の途中だ。
怒りで、
壊すわけにはいかない。
翔は、軽く頷いた。
「……今は、忙しい」
「そっか」
周は、少しだけ残念そうに笑った。
その表情が、
余計に胸に刺さる。
◇
別れ際。
周は、振り返って言った。
「会えてよかった」
その一言に、
翔は返事をしなかった。
できなかった。
◇
一人になってから、
ようやく息を吐く。
手が、微かに震えている。
時間軸。
平行世界。
未来から来た幼馴染。
疑問は山ほどある。
だが、
一番の問題はそこじゃない。
――あいつは、
“何も知らない顔”で生きている。
それが、
許せないわけでもない。
ただ――
もう、同じ場所には立てない。
翔は、
心の中でだけ吐き捨てた。
――生きててよかった、か。
――こっちは、生きていて最悪だ。
それでも、
前に進むしかない。
計画は、崩さない。
感情は、
今は使わない。
翔は、
静かに歩き出した。
時間のズレを抱えたまま。




