表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/54

第43話:時間のズレ

名前を聞いた瞬間、

 胸の奥が、嫌な音を立てた。


 ――西織 あまね


 忘れるはずがない。

 二人目の「親友だった人間」。


 ◇


 人混みの中で、

 そいつは現れた。


 背が高い。

 記憶より、明らかに。


 体格も違う。

 声の出し方も、少し大人びている。


 翔は、瞬時に理解した。


 ――時間が、合っていない。


 同じ平行世界から来た。

 だが、同じ“時点”じゃない。


 こいつは――

 俺がいなくなった、数年後の世界から来ている。


 その事実が、

 じわじわと背筋を冷やす。


 ◇


「翔……だよな?」


 周は、嬉しそうに笑った。


 信じられないものを見つけた、

 そんな顔で。


「生きててよかった」


 距離が、近い。


 肩に触れそうな距離まで、

 ためらいなく詰めてくる。


 懐かしさ。

 安堵。

 再会の喜び。


 全部、本物だ。


 だからこそ――

 最悪だった。


 ◇


 生きててよかった?


 翔の喉が、わずかに動く。


 ――ふざけるな。


 ――こっちは、生きていて最悪だ。


 母は死んだ。

 親友は殺人鬼になった。

 もう一人は、それを庇った。


 その結果が、

 今の自分だ。


 だが、

 その言葉は、口に出さない。


 出せない。


 今は、

 アイドルを目指している。


 注目される立場。

 顔と名前を売る立場。


 感情で切り捨てれば、

 計画が崩れる。


 翔は、

 ゆっくりと表情を整えた。


「……久しぶりだな」


 それだけ言う。


 声は、

 完璧に平坦だった。


 ◇


「ほんとにさ」


 周は、続ける。


「急にいなくなって、

 事故だって聞いて……」


 その先を、

 翔は聞かなかった。


 聞けば、

 線が揺らぐ。


 「事故」。

 「行方不明」。

 「死んだかもしれない」。


 ――その世界で、

 母はどうなった?


 考えない。


 今は、考えない。


 ◇


 時間軸が、ずれている。


 同じ世界。

 同じ人間。


 なのに、

 立っている位置が違う。


 自分が消えた後の未来から来た人間が、

 何事もなかったかのように

 “友達の顔”で話しかけてくる。


 その異常さを、

 翔は噛み殺した。


 ◇


「こっちで会えるとは思わなかった」


 周は、

 本当に嬉しそうだった。


「また一緒にやれたらいいな」


 その言葉で、

 翔の中に、はっきりと線が引かれる。


 ――一緒になんて、やらない。


 ――二度と。


 だが、それも言わない。


 今は、

 計画の途中だ。


 怒りで、

 壊すわけにはいかない。


 翔は、軽く頷いた。


「……今は、忙しい」


「そっか」


 周は、少しだけ残念そうに笑った。


 その表情が、

 余計に胸に刺さる。


 ◇


 別れ際。


 周は、振り返って言った。


「会えてよかった」


 その一言に、

 翔は返事をしなかった。


 できなかった。


 ◇


 一人になってから、

 ようやく息を吐く。


 手が、微かに震えている。


 時間軸。

 平行世界。

 未来から来た幼馴染。


 疑問は山ほどある。


 だが、

 一番の問題はそこじゃない。


 ――あいつは、

 “何も知らない顔”で生きている。


 それが、

 許せないわけでもない。


 ただ――

 もう、同じ場所には立てない。


 翔は、

 心の中でだけ吐き捨てた。


 ――生きててよかった、か。


 ――こっちは、生きていて最悪だ。


 それでも、

 前に進むしかない。


 計画は、崩さない。


 感情は、

 今は使わない。


 翔は、

 静かに歩き出した。


 時間のズレを抱えたまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ