第42話:もう一人の裏切り
人間不信になった理由を、
翔は一つだけだと思っていなかった。
殺したのは、
あいつだ。
母を刺した、
中学からの親友。
それは、揺るがない。
だが――
壊れたのは、
そこだけじゃない。
◇
翔には、
もう一人「親友」と呼んでいた人間がいた。
幼馴染。
物心つく前から知っている、同い年の男。
家も近くて、
親同士も顔見知りで、
自然と一緒にいる時間が長かった。
特別仲が良かった、というより。
疑う理由がなかった。
だから、
疑わなかった。
◇
母が殺されたあと。
世界は、一変した。
加害者は行方不明。
理由も、動機も、
はっきりしないまま。
そんな中で、
幼馴染は、翔にこう言った。
「……あいつも、
相当追い詰められてたんだと思う」
翔は、何も言えなかった。
「やりたくて、
やったわけじゃないんじゃないか?」
言葉は、柔らかかった。
「辛い中で、
間違ったことをしてしまっただけで……」
綺麗だった。
あまりにも。
◇
その瞬間。
翔の中で、
何かが、静かに切れた。
怒鳴りもしなかった。
殴りもしなかった。
ただ、
線を引いた。
――ああ、こいつは。
――俺の母より、
――“分かりやすい正しさ”を選ぶんだ。
それが、
悪だとは思わない。
正論だとも思う。
でも。
その正論は、
母の死の前に立つ言葉じゃなかった。
◇
翔は、理解していた。
あいつが辛かったことも。
逃げ場がなかったことも。
それでも。
「だから仕方ない」という言葉を、
自分に向けて投げてきた瞬間。
その男は、
親友ではなくなった。
敵ですらない。
もっと遠い存在。
信用する価値が、
消えただけの人間。
◇
人を信じられなくなった理由は、
一つじゃない。
刃を向けた人間。
それを正当化した人間。
どちらも、
“近い場所にいた”。
だから翔は、
距離を測る。
笑顔を作る。
線を引く。
裏切られないためじゃない。
もう、失わないためだ。
◇
翔は、窓の外を見た。
夜の街は、
変わらず光っている。
人は、
悪意だけで人を壊すわけじゃない。
正しさでも、
同じことが起きる。
その事実を、
自分はもう知っている。
二人目のくずは、
刃を持たなかった。
でも――
確実に、心を切った。
翔は、静かに目を閉じる。
信じない理由は、
十分すぎるほど揃っている。
それでも前に進むなら。
もう二度と、
同じ場所で躓かないために。
この記憶は、
捨てずに持っていく。
――忘れないために。




