第41話:燃料の正体
オーディション会場を出た瞬間、
張りつめていたものが、少しだけ緩んだ。
外の空気は冷たい。
肺の奥まで届く。
翔は、立ち止まって息を整えた。
――まだ動ける。
そう思った直後、
その理由がはっきりと分かってしまう。
◇
楽しいからじゃない。
夢があるからでもない。
今の自分を前に進ませているのは、
怒りだ。
復讐心。
納得できないという感情。
「このままで終われるか」という反発。
それが、
消耗した体の奥で、
燃料のように燃えている。
翔は、苦笑した。
――分かりやすいな。
自分で思う。
人に好かれること。
期待されること。
評価されること。
それらは、
一時的には支えになる。
でも、
長くは続かない。
だから、
より強い感情に頼る。
復讐という名の、
確実に燃える燃料。
◇
スマホが震える。
――今日はどうだった?
澪からのメッセージ。
翔は、少し迷ってから返す。
――話しかけられすぎて疲れた
――でも、大丈夫
すぐに返事が来る。
――「大丈夫」は信用してない
――帰ったらちゃんと休んで
短い文面。
それだけで、
少しだけ肩の力が抜ける。
◇
家に戻ると、
リビングの明かりがついていた。
由衣が、ソファで端末を見ている。
「おかえり」
「ただいま」
それだけのやり取り。
深く聞かれない。
踏み込まれない。
今は、それが助かる。
翔は、自室に向かいながら考える。
――この二人の前では、
怒りを燃料にしなくても立てている。
それが、
答えなのかもしれない。
◇
部屋に戻り、
椅子に腰を下ろす。
配信の準備画面が、
まだ開いたままだった。
数字。
コメント。
期待。
どれも、
自分を動かす理由になり得る。
だが、
一番強いのは、やはり――
「許せない」
その感情。
翔は、画面を閉じた。
――いつまで、これに頼る?
問いは浮かぶ。
答えは出ない。
今は、
それでいい。
燃料が危険だと分かっていても、
エンジンが止まるよりはましだ。
止まったら、
何も進まない。
◇
ベッドに倒れ込み、
天井を見る。
怒りは、
確かに自分を支えている。
同時に、
削ってもいる。
それを自覚できているだけ、
まだ大丈夫だと、
自分に言い聞かせた。
翔は、目を閉じる。
次に進む力は、
まだ残っている。
問題は――
その力を、いつまで使い続けるか。
答えは、
まだ先だ。
だが、
今は進む。
燃料の正体を知ったまま、
あえて、アクセルを踏み続ける。
翔は、
静かな部屋の中で、
眠りに落ちていった。




