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第40話:上書きされる理由

 二次審査の会場は、

 回を重ねるごとに人が増えていた。


 待機スペース。

 控室。

 廊下の隅。


 どこにいても、

 視線が刺さる。


 翔は、もう慣れていた。


 ――顔がいい。

 ――男性が少ない。

 ――しかも、アイドルや俳優を目指している。


 この世界では、

 それだけで“話しかける理由”になる。


「ねえ、さっきの演技どうだった?」


「配信もしてるんですよね?」


「連絡先、交換しません?」


 次から次へ。


 悪意はない。

 むしろ、好意だ。


 だからこそ、

 断る理由を探すのが、余計に疲れる。


 ◇


 翔は、いつものように笑顔を作る。


 距離を測る。

 踏み込みすぎない。

 拒絶しすぎない。


 完璧な対応。


 兵器としては、

 相変わらず優秀だった。


 だが。


 一人、二人、三人と対応するうちに、

 胸の奥の熱が、

 少しずつ下がっていくのが分かる。


 ――消耗している。


 楽しいわけじゃない。

 苦痛でもない。


 ただ、

 何も残らない会話が、

 体力だけを奪っていく。


 笑顔を維持するたびに、

 呼吸が浅くなる。


 翔は、控室の壁にもたれた。


 視線を落とす。


 ――なんで、ここにいるんだ。


 その問いが、

 ふと浮かぶ。


 ◇


 モチベーションが、

 薄れている。


 成功したい。

 前に進みたい。


 それは本音だ。


 だが、

 それだけでは足りない。


 人の好意に囲まれながら、

 人を信用できないまま。


 この状態を続ければ、

 いずれ――

 空っぽになる。


 翔は、目を閉じた。


 そこで、

 思い出す。


 刺した刃。

 倒れた母。

 被害者面で笑う殺人鬼。


 意見が割れた、生放送の空気。


 ――このままでいいわけがない。


 その感情が、

 胸の奥から、

 はっきりと立ち上がる。


 ◇


 消えかけていたモチベーションが、

 別のもので塗り替えられる。


 楽しさではない。

 承認でもない。


 怒りと意志。


 復讐。


 だが、

 ただの憎しみじゃない。


 ――ここまで来たのに、

 途中で折れるわけにはいかない。


 ――こんな消耗で、

 立ち止まるわけにはいかない。


 翔は、ゆっくりと立ち上がった。


 呼吸が戻る。


 目の奥に、

 はっきりとした焦点が合う。


 笑顔を作る理由が、

 もう一度、明確になる。


 ◇


「大丈夫?」


 声をかけられる。


 また、誰かだ。


 翔は、軽く微笑んだ。


「ええ」


 声は安定している。


「ちょっと、

 考え事してただけ」


 それ以上は、

 踏み込ませない。


 この場で求められているのは、

 素の自分じゃない。


 目的に向かうための顔だ。


 翔は、歩き出す。


 疲労は、消えていない。

 消耗も、続いている。


 それでも。


 モチベーションは、

 上書きされた。


 復讐への意欲が、

 今の自分を支えている。


 それが健全かどうかは、

 まだ分からない。


 だが少なくとも――

 今、立ち止まる理由にはならない。


 翔は、

 次の審査室へ向かった。


 消えそうな気力を、

 怒りで繋ぎ止めながら。

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