第39話:仮面の隙間
二次審査から数日が経った。
結果は、まだ来ない。
それなのに、時間だけが先に進んでいる感覚があった。
翔は、配信の準備をしながら、
画面に映る自分の顔を見つめていた。
――悪くない。
表情は整っている。
目線も安定している。
“アイドルを目指す配信者”として、
文句のつけようはなかった。
◇
配信を始める。
「今日は、短めで」
それだけで、コメントが流れる。
〈無理しないで〉
〈最近ちょっと疲れてない?〉
〈応援してる〉
翔は、微笑んで返す。
「大丈夫。
ちゃんと寝てる」
嘘ではない。
でも、全部でもない。
話題は軽いものだけを選ぶ。
近況、次の予定、
当たり障りのない雑談。
空気はいい。
数字も悪くない。
――完璧だ。
なのに。
胸の奥に、
小さな引っかかりが残る。
◇
配信を切った瞬間、
肩から力が抜けた。
椅子に深く座り直し、
目を閉じる。
息が、思ったより重い。
仮面は、外した。
でも、
完全には休めない。
仮面を外した後に残るのは、
“次にまた被る”という前提だからだ。
翔は、無意識に指先を握り込んでいた。
――これが、限界の手前か。
◇
スマホが鳴る。
神崎 遼からだった。
――今、少し話せる?
翔は、一瞬迷ってから返す。
――通話なら
呼び出し音のあと、
落ち着いた声がした。
「顔、出さなくていい。
声だけで」
「助かる」
それだけで、
少し楽になった。
「最近さ」
遼が言う。
「お前、
ちゃんと“止まれてる”か?」
翔は、すぐには答えない。
「……止まってはいる」
「じゃあ、
考え続けてるな」
図星だった。
「それ、
休みじゃない」
遼の声は、淡々としている。
説教でも、
心配の押し付けでもない。
事実の確認。
「仮面を被るのは得意だろ。
でもな」
一拍。
「被り続ける前提で生きてると、
外した時の自分が
どこにいるか分からなくなる」
翔は、目を閉じた。
「……分かってる」
「分かってるなら、
一つだけ」
遼が続ける。
「誰の前でなら、
無防備でいられるか
ちゃんと把握しとけ」
翔は、ゆっくり息を吐いた。
「……今は、
お前と、
家の中だけだ」
「なら十分だ」
即答だった。
「それ以上増やすのは、
今じゃない」
◇
通話を切ったあと、
部屋は静かになった。
だが、
さっきまでとは違う静けさだった。
重さが、
少しだけ軽い。
翔は、立ち上がり、
カーテンを少し開ける。
夜の街の光が、
部屋に差し込む。
仮面は必要だ。
武器でもある。
でも、
仮面だけで生きる必要はない。
そのことを、
忘れない場所がある。
それだけで、
今は十分だと思えた。
翔は、電気を消し、
ベッドに横になった。
次の結果が来るまで、
やることは変わらない。
ただ一つ、
自分を削り切らないこと。
その小さな決意を胸に、
翔は、静かに目を閉じた。




