第38話:消耗の自覚
二次審査は、思ったよりも静かに進んだ。
演技課題は一つ。
短い状況説明と、数行の台詞。
派手な感情表現は求められていない。
むしろ――
抑えた時に、何が残るか。
翔は、台本を閉じた。
深呼吸はしない。
整えるのは、呼吸ではなく“顔”だ。
◇
審査室に入る。
照明は強くない。
だが、視線は鋭い。
「準備はいいですか」
「はい」
声は安定している。
作ったものだ。
演技が始まる。
感情は、外に出さない。
怒りも、不安も、
全部、内側に沈める。
――慣れている。
何も感じていないように見せること。
何も考えていないように振る舞うこと。
それは、
転移前から身についた癖だった。
台詞を言い終える。
沈黙。
審査員の一人が、
ペンを置いた。
「……不思議ですね」
翔は、何も言わない。
「あなた、
感情を出していないのに、
“ある”ように見える」
別の審査員が続ける。
「でも同時に、
限界も見える」
その言葉で、
胸の奥が、わずかに疼いた。
――やっぱり。
◇
控室に戻る。
椅子に腰を下ろした瞬間、
力が抜けた。
息が、重い。
走ったわけでもない。
声を張ったわけでもない。
それなのに、
妙に疲れている。
原因は明確だった。
ずっと、
自分を監視し続けていた。
表情。
声色。
視線の位置。
相手の反応を読み、
先回りして調整する。
戦闘なら問題ない。
一瞬で終わる。
だがこれは、
長期戦だ。
翔は、頭を軽く押さえた。
――このままだと、
どこかで判断を誤る。
◇
ふと、視線を感じる。
あの女子高生だった。
壁際に立ち、
こちらを見ている。
近づいてはこない。
声もかけない。
ただ、
“気づいている”目。
翔は、目を逸らした。
今は、話せない。
今、踏み込まれたら、
たぶん――
取り繕えない。
彼女は、
それ以上、近づかなかった。
その距離感が、
逆に胸に残る。
◇
帰り道。
スマホが震えた。
――どうだった?
神崎 遼からの短いメッセージ。
翔は、しばらく画面を見つめてから、
こう返した。
――通ったかは分からない
――でも、疲れた
すぐに返事が来る。
――それ、進んでる証拠だ
――楽なら、何か間違ってる
翔は、少しだけ口角を上げた。
◇
家に着く。
澪も由衣も、
今日は何も聞かなかった。
それが、ありがたい。
自室に戻り、
ベッドに倒れ込む。
天井を見る。
笑顔を作るのは、得意だ。
距離を保つのも、得意だ。
だが、
それを続ける体力は、有限。
この先、
配信も、表舞台も、
さらに増える。
だからこそ。
どこかに、
仮面を外せる場所が必要だ。
相棒。
家族。
あるいは――
まだ名前のつかない誰か。
翔は、目を閉じた。
疲労は、
悪い兆候じゃない。
限界を、
ちゃんと教えてくれる。
問題は、
それを無視し続けることだ。
その一線だけは、
もう超えないと決めた。
静かな部屋で、
翔は、ゆっくりと呼吸を整えた。




