第36話:踏み込まない距離
二次審査の案内は、具体的だった。
日時、場所、簡単な課題。
それだけ。
条件が増えたぶん、
余計な説明は削られている。
――ここからは、
「見られる側」だ。
柊 翔は、画面を閉じて深呼吸した。
◇
配信をつける。
告知だけの短時間。
雑談も深掘りもしない。
「今日は報告だけ。
二次、行ってきます」
コメントが流れる。
〈がんばれ〉
〈応援してる〉
〈次は何するの?〉
好意は、ありがたい。
同時に、重い。
翔は一線を引く。
「詳しい話は、
終わってから」
そこで切った。
◇
神崎 遼から、すぐにメッセージが来た。
――無理すんな
――踏み込みすぎると、見えなくなる
翔は短く返す。
――了解
助言でも命令でもない。
隣に立つ人間の距離だ。
◇
夜。
澪がキッチンでコーヒーを淹れていた。
「兄様」
「なに」
「……近づかれてるね」
視線を逸らしたまま。
「誰に」
「いろいろ」
曖昧な言い方。
それで十分だった。
「距離、間違えないで」
「分かってる」
「分かってる人は、
時々間違える」
澪は、カップを差し出す。
「だから、
“踏み込まない選択”も
用意して」
翔は、受け取った。
「……ありがとう」
◇
由衣は、ソファで端末を見ていた。
「例の人、
今日は動いてない」
「配信?」
「うん。
静かすぎる」
それが、
警戒なのか、準備なのか。
翔は、聞かない。
「由衣」
「なに?」
「無理はするな」
「それ、
私の台詞」
少しだけ笑って、
画面に戻った。
◇
ベッドに腰を下ろす。
境界線の外から、
覗いてくる視線。
踏み込まれたくない。
でも、完全に遮断もしない。
踏み込まない距離。
それは逃げではない。
戦うための位置取りだ。
翔は、目を閉じる。
二次審査。
配信。
割れた意見。
そして、
まだ名を持たない違和感。
すべてを同時に抱えない。
一つずつ、置く。
それが今の最善だと、
自分に言い聞かせた。
次に進む準備は、
もうできている。




